複雑・ファジー小説
- Re: 落ちこぼれグリモワール ( No.17 )
- 日時: 2014/11/22 16:15
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: b/Lemeyt)
何とか、助かった。幼馴染の姿に、俺は安堵の息を吐く。
だが、落ち着くにはまだ早い。なぜなら、これから始まるのだから。
「ほォ……お前ハ、そこらの奴ラと違ウようダナ!」
燐の何倍にもなる巨体を持ち、顔は人間のそれとかけ離れた醜く、巨大な目玉がギョロギョロと燐を睨みつけ、口元は笑みで歪んでいる。
どこか化け物は嬉しそうで、全身に身震いが奔る。けれど、燐は怯むこともなく持ち前の魔術式を開放させた。
紅い刃——焔刃と呼ばれるそれは燐が得意としている魔法の一つだ。刃の部分に纏わりつく紅い光が物体と当たった瞬間、炎を生み出し、文字通り炎の刃で切り裂かれたかのようになる。
「お喋りはいいから……かかってきなさい」
冷静に、そして何より幼馴染の俺でさえも鳥肌がたつほどの"殺気"が伝わってくる。
「そう焦らずとモ……! ぶち殺してヤルヨォォォォ!!」
化け物は吼えるように言い放つと巨大な腕を燐に目掛けて振り下ろす。横に飛び跳ねてそれを避けると、燐は長刀を両手で構えて素早く化け物の右側の足の方へ移動する。
見えている、と言わんばかりに化け物はそれに合わせてもう片方の腕で振り払おうとするが、それよりも速く燐はジャンプし、空中で一回転したかと思うと、がら空きになっている化け物の右の肩に長刀を振り下ろした。
シュン、と小さく音がしたと思いきや、綺麗に紅い閃光が斬戟をなぞり、後を追う。すると、一気に斬った部分が燃え上がり、高熱によって熱線で斬り裂かれたかのように火花を残して切断された。
「グォォォォォオオオッ!!」
吼える化け物。落ちる右腕。それでも痛みを伴いながら化け物は左腕で燐を捉えようとする。
しかし、燐の方が何倍も早い。俺なら分かる。燐はちゃんと身体強化の魔法を使って戦闘をしている。あの魔法のおかげで本来の身体能力の何倍もの力を発揮できるのだ。元々でも人間ではないレベルなのに、それさえも超越している。
「す、すげぇ……」
思わず見惚れて、俺は呟いてしまっていた。
『感心している場合じゃないよ! あの子を助けないと!』
少女の言葉で我に返る。そうだった。今のうちに古谷を安全なところに運びこまないと……。
古谷を探す。それ自体はすぐに見つかったのだが、まずい。かなり出血しているのが遠目でも分かるぐらいだ。あのままだと、出血多量で死んでしまう。
急いで俺は駆け出した。とにかく、一刻も早く助けないと。
「お前モ、逃がしてナイゾオオッ!!」
「んな……ッ!」
化け物に見つかっていた。ギョロリとでかい目で見られ、思わず立ち止まってしまう。俺に目掛けて鉄柱のようなものを掲げ、投げようとしてくるが——
「どこ見てるの?」
一閃。燐は化け物の背後を取り、素早く、また丁寧に化け物の首を斬り飛ばしていた。
雄たけびをあげることもなく、断末魔をあげることもなく、ただ化け物は目的を失ったかのように地面を大きく揺らして倒れた。
そのまま華麗に着地した燐は小さく息を吐く。
(あまり、大したことなかったけれど、身体強化も学校から使ってきたわけだから、丁度魔法が切れる頃……。切れる前に倒すことが出来てよかった……)
内心、安堵の気持ちもあり、燐は刀についた血を振り払い、桜の刺繍の入った鞘へ納めた。
俺はというと、既に古谷の元に辿り着き、出血している箇所を自分の制服でも何でも抑え、靴紐を解いてそれを使って腕を縛り、出血を抑えた。
「大丈夫か? しっかりしろ、古谷!」
「う……」
かなりやられているようで、意識も朦朧としている。早く運ばないと、このままじゃ手遅れになりそうだ。
もし、自分に治癒魔法が使えたら。それなら、すぐに古谷を救うことが出来たのに。俺は、無力だ。
「早く学園まで運ばないと……!」
燐がいつの間にか近づいてきていて、俺に話しかける。俺も、燐ほど強かったら……いや、そんなことを思っていてもどうしようもない。それよりも、古谷を助けないと。
俺は古谷を抱えようとしながら、燐の方を向いて言葉を交わそうとした。
「ああ、早く急ご——」
しかし、言葉が途中で詰まる。というよりも、絶句してしまった。
ゆらり、と燐の背後に見えた"巨体"は不気味なほどに歪んだ"笑み"を浮かべ、燐の頭上に腕を振り下ろしている最中だった。
「燐! 危ないッ!!」
「——ッ!」
振り向いた燐だったが、それよりも振り下ろされた腕は地面を軽く抉り、重低音と共に地面を揺らした。煙と重低音によって視界や聴覚があまり頼りに出来ない。
「う、ぅぅ……」
それが払われた後、聞こえてきたのは呻き声と、壁へ激突し、身動きがとれなくなった幼馴染の姿だった。
「う、嘘だろ……?」
燐が倒れている。意識も途絶えたのか、呻き声さえあげなくなった燐に情けない声を出す俺。傍らには、衝撃によって少し体勢の変わった小谷の姿があるだけ。
現状でまともに動けるのは、俺だけだった。
「まぁぁったく……どうなることかと思ったガァ、俺をナメすぎたようダナァ……!」
振り返る。そこには、化け物の姿があった。燐が首を斬り落としたはずなのに、その首はいつの間にか元に戻り、なおかつ右腕も再生していた。
聞いたことがある。魔人の中には様々な種類がいて、その中に含まれる"再生身体"と呼ばれる者のことを。
たった一つの弱点を傷つかなければ、死ぬことはない"ほぼ不死身の体"を持つ個体のことをそう呼んでいる。
もしかして、この化け物はその一種なのではないだろうか、と。
「ふぅ、女の方ハ既に身体強化の魔法は切れたようダナァ……。となれば、残るは……」
「ひっ……!」
化け物に睨まれ、俺は情けない声を出してしまう。ダメだ。震えが止まらない。燐がやられた。もう、俺を助けてくれる人はいない。どうすることも出来ない。終わりだ。何をすることもなく、ここで、皆、やられる。喰われるんだ……。
「情けないナァ……震えて声もデナイカ。お前ハ、私がこれまで会った人間の中で一番情けなく、そして、弱イ!」
弱い。情けない。俺の心は、既に諦めムード一色だった。
どうしろっていうんだ。燐も倒れてしまった今、俺に何が出来るっていうんだよ。
「絶望の中で、死ぬのはドンナ気分ダァ……? クフフフッ、じわじわと虐めて殺してヤル……!」
「や、やめろ……!」
抵抗する言葉は虚しく。俺は後ずさりする。化け物が近づいてくる。俺は、もう——
『諦めたら、ダメだよ!!』
「なん、だよ……今更……」
少女の声に、俺は心が揺らぐ。負けそうになる心が、揺らいだ。
『まだ戦える! 君は、一人じゃない! 私がいるよ!』
「お前に、何が出来るっていうんだよ……!」
『大丈夫。私がいれば、君は"魔法が使える"!』
「何を言って……!」
そこでちらりと目に入ったのは、俺の鞄から飛び出した一冊の本。テレス・アーカイヴの本がそこにあった。
『私の名前は、テレス・アーカイヴ! 一度だけ、可能性にかけてみて欲しい!』
少女の言葉。俺は、どうするべきだ。可能性にかけるだなんて、そんなこと——
「……話を聞かせろ!」
俺は、少女の、テレスの言葉にかけてしまっていた。
どうしてだか分からない。ただ、俺は、この状況を抗いたかった。何も出来ない自分とケリをつけたかったのかもしれない。今度は俺が、燐を救いたかった。人を救いたかった。落ちこぼれでも、それでも、代わりに何か出来るなら、その結果たとえ俺が死んだとしても、何かを成し遂げたかった。
「何をゴチャゴチャと独り言を言ってイルンダァ……? まあいい。さっさと死ねば楽になれるゾ……!」
腕が振り下ろされる。その一瞬、俺は全速力で駆け出した。何とか腕を避けて、そのまま一冊の本を拾って巨体の方へダッシュする。
「ちょこまかとォッ! うっとうしいヤツめ!!」
「うぉおおおお!」
化け物の巨体は案外セーフポイントのようなもので、そのまま全速力でスライディングをかます。正直、上手くいくかも分からず、ただがむしゃらに行っただけ。巨体の股下をすり抜け、巨体の腕が何もないところに振り下ろされる。
ある程度距離をとったところで、俺は魔法書を開いた。
「何でも、いいんだよな!」
『うん! 何でも!』
俺と少女の会話。それは、少女のたった一つの"可能性"というものにかけたものだった。
適当なページを開き、それを詠唱する。強そうな魔法なら何でも良い。使えるかどうかも定かじゃない。ただ、今なら使えそうな気がする。ただ、それだけで俺は——魔法を唱えていた。
「何を、しているゥッ!!」
化け物がその巨体を俺の方へ向けるその時間の間に、詠唱を完成させる。その瞬間、俺の中に魔力という存在を確認することが出来た。
「マジで、か……!」
俺の中で自然発生したわけでもない。この感覚は、そうだ。テレスと初めて会った時。
魔法はどんな魔法でも魔力が消費されなければ発動できない。それはテレスと出会った時もそうだ。確かに発生する予備動作ともいえるメビウスの輪のようなものが浮かんだ。つまり、あの時魔力はあったわけで、でもそれは俺のものではない。でもあの場には"俺とテレス"しかいない。
つまり、テレスは魔力を持っているということになる。そしてあの時、俺が詠唱して魔法が発動したということは。
『私は君の魔力となり、君は私の魔力を使って、自分の作った本を媒介として詠唱した、ということにはならないかな?』
このテレスの言葉は、確かにそうだ。そうでなければ、辻褄が合わない。どうして魔法は発生したのか。それは、テレスが俺の魔力として働いたから、としか説明がつかない。
信じられないが、それが成立してしまったのはまさにテレスと出会ったあの瞬間。
テレスと出会って、俺は実質上魔法が使えるようになっていたのだ。
「いける、いけるぞ……!」
湧き上がる魔力、それはテレスの魔力。俺はそれを使用し、詠唱し、魔法を発現させる——!
「何だ、この高濃度の魔力ハ……! まさか、コンナちっぽけな人間如きにコノ魔力が……!」
化け物が何故か引いている。俺はどういったものか分からないけど、唱えてみたら何となく凄かったのか……いや、そんなことは関係ない。とりあえず、俺はこの溜まったこれをぶち放てばいいだけだ!
『これ、魔力が強すぎる……!』
「いくぞおおおお!!」
声を高らかに、俺は無我夢中で発現していた。テレスの声が聞こえたような気がしたけど、もう止まることは出来ない。後戻りは出来なかった。
右手に、紅蓮の大剣をいつの間にか持っており、炎が辺りに荒れ狂うかのように散らばっている。この崩壊した建物をさらに木っ端微塵にしようかというほどの地震や空気の振動が伝わってくる。何でもいい、この際なんだって。
こいつを、ぶっ倒せればそれでいい。
「くらえぇぇっ!!」
俺は右腕を振り払う。というよりも、紅蓮の大剣を振り投げるような形で思い切り前に出す。その振動に耐え切れない体は後ずさりどころか吹き飛ぶように後ろに飛ばされ、それと同時に紅蓮の大剣は化け物に目掛けて放たれた。
それが当たったかどうかさえも分からず、紅蓮の大剣は凄まじい勢いで化け物の体に吸い込まれていった。
——紅蓮の大剣"レーヴァテイン"。
伝説の魔術師とも謳われるテレス・アーカイヴの"禁じられた魔法"の一つとしてあげられる伝説の召還魔法をいつの間にか唱えていたことも、俺は知らない。