複雑・ファジー小説
- Re: 落ちこぼれグリモワール ( No.18 )
- 日時: 2014/11/23 17:57
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: b/Lemeyt)
- 参照: 最近いいペースで書けてる……!
草原の中に、俺は立っていた。ふと意識が気付いた頃には、目の前に立っている子供の姿を無意識に理解していた。
あぁ、あれは俺だ。小さい頃の俺の姿。そんな俺の後ろに続くのは泣いている黒髪の少女の姿だった。
「咲耶ぁ……も、もう帰ろうよぉ……」
「何言ってるんだよ! まだお前のリボン、見つかってないだろ!」
何か言ってる。何を熱くなってるんだ、俺。ていうか、こんな思い出あったっけ。ていうかさ、何で燐が泣いてるんだ。あんなに強い、燐が。
昔はこんなだっけ。……ダメだ、全く思い出せない。ただ、俺の姿は見えてないのか、どれだけ俺が二人の様子をじっくり眺めようと、幼き俺と燐が気付くこともなかった。
草が沢山生い茂ったところに両手をつっこんで、掻き分けながら何かを探している。リボン……あれ、燐ってリボン何かしてたっけ。
「あった! あったぞ!」
幼き俺は大声でリボンを片手に携えて燐に見せる。燐は泣いて赤くなった顔が見る見る内に驚いた顔から笑顔へ変わると、俺の名前を呼んで駆けつけてきた。
——その背後に迫る巨大な影に気付かず。
「ッ! 危ない!!」
幼い俺はその影から庇うようにして燐の元に走り。そして——
俺は、どうなったんだっけ。
————
瓦礫という瓦礫が吹き飛び、まるで熱線を帯びたかのように燃え焦げた石が沢山散らばった中、肉片が木っ端微塵に分解された悲惨な光景が広がっていた。
元々、かろうじて建物という名称でいられたその廃墟はそう呼ぶにもふさわしくないほど崩壊しており、黒くなった血が辺り一面を埋め尽くす。
だが、その中でも"肉片"は動いていた。
ぐるぐると肉片は音を立てて居場所を求めているかのように合体し、また合体を繰り返す。ひとしきりその動作が終わる頃には、何とか人としての形を取り戻していた。
「グ、ゥ、ウゥ……あ、危ナイ、ところダッタ……! コノママだと、死ぬ……! 人間を、人間ヲ喰って魔力を回復しなけれバ……!」
ほとんど瀕死状態であるが、多少の魔力の残った魔人。再生身体とはただメリットだけのある代物ではなく、体内の魔力を過剰に使うことでそれを可能とさせるものである為、魔力の消耗が非常に激しい。ましてや、咲耶に致命傷を負わされ、再生身体によってこれほどまで魔力を消耗させるほどの威力を誇った魔法が使えるとは全く想像もつかなかったのである。
「とにかく、てこずらセタ人間を喰ッテ、逃げ——」
しかし、そこで魔人は"何か"の気配を感じ取る。その方へ向くと、そこには瀕死であった古谷、そして倒れて気絶していた燐の傍に一つの人影があることに気付いた。
「危なかったなぁ。このまま発見が遅れていたら、散々な結果で取り逃がすところだったよ」
と、薄い緑色の短髪を揺らし、中性的な声に、いかにも研究員といったような白衣だがサイズはぶかぶかのそれを着た、ニールが呟くようにして魔人へ言葉を送った。
ニールは古谷に対して白色の光を帯びた魔法、治癒魔法をかけており、古谷の傷口は何とか治まりそうなほどにまで回復していた。
「お、お前! 一体、いつカラ……!」
「ついさっき、君が再生していくのをじっくり見せてもらったよ。凄いねぇ、再生身体。けれど、完全に先ほどまでの巨体までは回復することは出来なかったようだね」
只者ではない。そんなことは魔人には分かっていた。しかし、"もう一人"のプレッシャーがその場を動けなくさせていた。
「君の相手は——ここにいるロゼッタが相手するからね」
ロゼッタ。ニールにそう呼ばれた人物はようやく"異常なまでの殺気"と共に姿を現した。
ふわりと風で揺れる短めの銀髪の髪がよく似合う少女の姿。相手を見下すかのようなその冷酷な表情。それに似合わない赤いリボンを左耳の近くの髪に結んでいる。おおよそ、見た目は中学生といっても通じるような童顔な面持ちとその容姿に、魔法学園の制服を着ている。それも、"咲耶と同じ制服"を。
「な、何ダ……!?」
後ずさりを無意識でしてしまう魔人。ただそこに、少女がいるだけだというのに。
どうしようもないプレッシャー、そして何よりも自分に向けられている明確な殺意が魔人の言葉を失わせる。
「あぁ、そうそう。逃げようなんて思わない方が良いね。——逃げられないから、さ」
ロゼッタはその言葉の途中、ニールの傍から一歩飛び跳ねるようにして魔人の近くに降り立つ。既に、右手には一本の黒色の槍のようなものを持っていた。
「う……ウゥゥウゥ、し、死んで、こんなとこデ、死ンデ……! たまるカァアアッ!!」
魔人は荒れ狂ったように魔力を暴発させて無理矢理巨大化するも、人の形を失っている。そこまでしてまで、目の前の少女を叩き潰そうと両腕に変わるそれを振り下ろす——が、そこには既に少女の姿はなく。
ずぶり、と嫌な音が魔人の耳に入る。それを感じ取った時には既に遅い。魔人は四肢全てに"氷の槍"が貫通していた。つまり、磔の状態にされてしまっていたのだ。
「ひ、ヒィィイッ!!」
圧倒的な力の差の前に、魔人は思った。生まれて初めて、殺される側の気持ちを味わった、と。
この恐怖感、おぞましい感覚。魔人として、人ではない自分でも、これほどまで"死"というものは重くのしかかっているのかと。
「……一つ、聞きたいことがある」
「う、ウァアアアアッ!!」
少女が目の前に立っている。それだけで恐怖感が煽られ、ただ無意識に叫び声が出て——
「うるさい。質問にだけ答えれば良い」
激痛が奔る。自分の腹部にロゼッタの持つ黒色の槍が貫通したことによる痛み。まさに一瞬の出来事で激痛は全身を貫く。いっそ、早くコロシテはくれないノカ。
「これ以上の激痛が嫌なら、早く答えて」
「ワ、ワガリマジタ……! ダガラ、ハヤグ……ッ!」
ロゼッタは一息吐き、言葉を繰り出した。
「——は知ってる?」
「な、何ダソレハ……! シ、シラナイ!! オレハ、何もッ!!」
「……そう。分かった。じゃあ——楽にしてあげる」
ロゼッタの左手に氷の槍が製造され、右手の槍を腹部から上に目掛けて切り裂き、氷の槍で更に腹部を横に切り裂く。
十字に切り裂かれた後、神速の速さで右手の槍を縦横無尽に切り裂き、肉片は分解されたかのように木っ端微塵となった。
その出来事はわずか数秒程度で行われたものである。
魔人の断末魔はなく、ただ肉片が散らばった後に魔力がなくなった魔人の体は溶けるようにして青い霧状となっていった。
仕事が終わった、と言わんばかりに槍を振り払い、ロゼッタは治癒を続けるニールの元へ歩み寄ろうとする。
「あ、ロゼッタ。そっちに倒れている学生をこっちに連れてきてくれない?」
「……無理、重たい」
「さっきまで魔人相手に無双してた子がよく言うよ……。まあいいや。この二人の治癒は終わったから、面倒見てて欲しい」
「分かった」
ロゼッタはいわれるがままにニールと交代して燐と古谷の傍に立つ。その姿に、ニールは苦笑交じりのため息を吐く。
そして倒れている一人の少年。桐谷 咲耶の元に辿り着いてから治癒魔法をかけていく。
「全く……君の言っていたことはやはり正しかったようだね。まさか、君が"あの魔法"を使えるとは思わなかったよ。……"天才と落ちこぼれ"、か。いいコンビじゃないか。僕は、決めたよ。こうして助ける代わりに、君も僕を助けて欲しい。……いや、そんなお願いをしなくても、君は必ず……。だってこれは、"運命"なんだから」
倒れている咲耶に向けてニールは言葉を投げかける。
夕暮れの光が優しく気絶した咲耶とその手に握られた水晶を照らしていた。
第2話:天才と落ちこぼれ(完)