複雑・ファジー小説

Re: 落ちこぼれグリモワール 第2話完結しました ( No.19 )
日時: 2014/11/30 06:11
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: b/Lemeyt)
参照: 朝方に更新です……。参照400突破ありがとうございます!

 視界が真っ白に覆いつくされて、俺の頭の中も真っ白になって、平衡感覚を失ってからどれぐらいの時間が経ったのかも分からないまま……俺は、何をしていたんだっけ。

『起きて!!』

 ……どこからともなく、頭の中に響く声は聞いたことのある声だ。それも最近巻き込まれた"厄介者"の声だということまでは覚えている。
 えーと、誰だったかな、こいつ。突然俺の目の前に現れて……そうだ、かの有名な……テレス・アーカイヴを名乗ってたんだった。

『起きろーーッ!!』

 うるっせえな、少し静かに寝させろ。かなり眠たいんだから。ていうか、意識もハッキリとしてるか分からないのに、声が聞こえてくるってことは頭がそれを認識してるってことなのか。つまり、起きてるのかこれ。
 ようやく、俺の中で意識が戻ってきたようで。テレスの声がさっきから凄い頻度で俺の耳に届いて仕方がない。起きろ起きろと何度も繰り返さなくても、ちゃんと起きてるわ。
 ゆっくり目を開くと、眩しい光。やがてだんだんと目が慣れてきて、薄い緑色の髪がちらりと視界に映った。

「あ、起きましたか? 桐谷君」





第3話:非日常の学園生活





 笑顔のニールさんの姿が視界に映った。中性的な顔だから、無邪気な童顔の女の子のようにも見えて不覚にもドキッとしてしまう俺がいる。
 それはさておき、どうしてニールさんがいるのだろう。ここはどこなのか、と目線だけで周りを見渡してみると、どうやらここは俺の部屋のようだし。
 ……え、俺の部屋?

「なっ、何でニールさんが俺の部屋にっ!?」

 何よりもそれが頭の中に浮かんできて言葉としてそれが出てしまっていた。しかし、体は何故かそれに合わせて動かない。あれ、つい力が入った感じはしたのにな。
 突然の発声でニールさんは最初キョトンとした表情をしていたが、次第に笑顔になり、それもそうか、と頷いて俺に説明を始めた。

「君が倒れていたところを助けたんですよ」

 ぶかぶかの白衣をゆらゆらと揺らしながら笑顔でニールさんは言う。
 そういえば、俺は何をしてたんだっけ……。

『古谷君って子を追っかけたんだよ!』
「あぁ、そうだったそうだった……って、お前もいたんだったな、そういえば」
『何それー! 誰が協力してあげたと思ってるの!』
「誰がって……一体お前が何をしたと……」

 あ、っと気付いた時には既にニールさんは笑みを浮かべていた。やばい、今の会話も独り言のように聞こえたよな。

「ふふふ、大丈夫ですよ。ちゃんと分かってますから」
「は、はぁ」

 何を分かっているのかいまいち理解出来ないが、まあ変な奴だと思われてなかったらいいか。もう手遅れだとは思うけど。
 それにしても、この状況は全く意味が分からん。古谷を追いかけて、何か化け物が古谷を襲い、それに巻き込まれた形で、とか思い出してはきているんだけど、その結果どうしてベッドの上で俺は寝ているんだ。

「覚えていないかもしれませんが、桐谷君は魔法を使ったんですよ」
「へぇ、魔法を……」

 ……うん? 何かおかしいな。俺何を聞き逃した。ていうか何を反復して言ったんだ。

「そうです。魔法を使って、あの化け物を木っ端微塵☆にしたんですよ?」
「ま……魔法を使って?」
「はい」
「え、俺が?」
「はい、桐谷君が、ですね」

 ニールさんは相変わらずニッコニコしながら俺と会話しているが、残念ながら俺の方はこの人何を言っているのかよく分からない状態だった。

「君が重傷の古谷君や気絶した佐上さんのピンチを救った……"救世主"そのものなんですよ?」

 ニールさんの話を聞いて、少しずつ思い出してきたような気がする。
 あの時、燐が俺を助けてくれたんだけど、化け物はまだ生きていて……不意打ちを喰らった燐が倒れて、俺一人になって……。
 その時、俺は"厄介者"からある事を聞いたんだった。

「もしかして……テレスが魔力となって俺に魔法を使わせた……?」

 有り得ない。そう心の中で思いながらも声に出して呟いていたようで。

「そういうことになりますね」

 頼んでもいないのにニールさんは俺の言葉を肯定した。
 そこはむしろ、否定して欲しかったぐらいなのに、信じられない話をよく肯定したもんだ。冗談だろ。……え、マジなの?

「実は桐谷君が発動した魔法は、並の魔法ではありません。あのテレス・アーカイヴの数多くの魔法書の中でも"禁忌"とまで言われるほどのレベルを誇る魔法でした。こう言っては何ですが……一般人の貴方にそんな魔力があるとは思えませんし、実際に今でも貴方から魔力は感じません」

 なるほど、軽快にdisってくる人なのか、ニールさんって。

「ですが、分かります。あの魔法を発動する瞬間、桐谷君に膨大な魔力が突如発生し、一気に放出されたんです。その異常な魔力によって正確な居場所を突き止めることが出来たぐらいですから」

 要するに俺の発動した魔法によってニールさんたちは絶体絶命の俺たちを探し当てることが出来たということか。

「桐谷君の発動した魔法によって魔人は消滅したかに思えたのですが、何とか再生身体を使って生き残っていたのです。慣れない魔法を使って意識を失った桐谷君を含め、古谷君や佐上さんたちを助け出したのは僕と……もう一人の助っ人さんのおかげですね」
「そ、相当危なかったんですね……」
「まあそうですね。僕たちが来なければ、多分全員あの魔人に喰われてましたよ」

 笑顔でなんてこと言うんだこの人。今もフラッシュバックすれば震え上がるぐらいあの化け物の姿は恐ろしい。あれはまさしく"化け物"だ。他に何に例えるものがあるだろう。思い返せば思い返すほどあの時はよくあんな大胆で、なおかつ根拠のない行動をとったものだと思う。

「で、古谷君と佐上さんは既にそれぞれの自宅へ帰しています。僕は桐谷君が目覚めるのを待っていた、ということですね」
「え、何で待っていたんですか?」
「それは、多分貴方一人にぐらいは話しておかないと状況が何も分からない状態でしょうし……それと、後二つぐらい用件があります」
「用件、ですか?」

 ニールさんはどことなく意味を含んだ笑みを零し、言葉を紡ぐ。

「桐谷君の魔力である、テレス・アーカイヴさんとお話させてください」


————


 いきなり何を言い出すのかと思った。
 要するに、俺しかテレスの声は聞こえないわけだから、俺を通して話がしたいらしかった。

『え、私と話!?』

 テレスは嬉しそうなのか驚きで困惑しているのか分からないようなリアクションでオロオロとしていたが、まあそれぐらいは別に構わない。ていうより、むしろ俺の独り言とか俺が考えて喋ってる、とか思われないか心配だった。
 何せ、テレスの声は俺にしか届かない。ニールさんに対しては俺の声でしか伝えれないわけで、どうやっても俺の自作自演っぽいのは免れないのだ。

「さて、では質問してもいいですか?」

 と、早速ニールさんからやる気満々で言ってきたので、どうやら俺の自作自演による犯行、とかは考えてなさそうだ。
 ていうより、魔法云々の話で俺の他に何かがあるということは確信しているようなのでそこらへんは大丈夫なのか。

『き、緊張する……!』

 何でお前が緊張する必要があるんだよ。俺がむしろ緊張するわ。お前のトーンで話せばいいのか、俺のトーンのままでいいのか凄い気にするわ。

「貴方は何者ですか?」

 いきなり直球というか、何というか。これは答えにくそうな質問をしてきた。

『え、えっと……テレス・アーカイヴだよ! 逆にそれしか覚えてない!』

 お、おう。分かったからそんなに張り切って声を出すのはやめてくれ。俺の頭が痛くなる。

「えーと……テレス・アーカイヴだ。逆にそれしか覚えていない……ですね」
「え、そんなに堅物な少女なんですか?」
「いやもっと少女っぽいですけど……俺がやると何か変じゃないですか!」
「ははは、気にしなくてもいいよ! 彼女の口調でやってみて欲しいなぁ、彼女の人柄も分かると思うから」

 おいおいおいおい、何だこの拷問。新しいな。俺にとっては苦痛の連続じゃないか。俺に何のメリットがある。いや、デメリットしかねえ。

「うーんと、それじゃあ……貴方は桐谷君の魔力の代わりになっているということは気付いていますか?」
『うん! それはあるよ! でも魔力っていうものがよく分からなくて、私にとってはずっとあるような、あって当たり前って感じだよ!』
「……うん! それはあるヨ! でも魔力っていうものがよく分からなくて、私にとってはずっとあるような、あって当たり前って感じだヨ!」
「へぇー……そうなんですねー……」

 いやなんですかその白い目は。やめてください、ニールさんがやらせたんでしょうが……。
 俺だってやりたくなかったのに、と思いながらあまりの辛さと恥ずかしさで咳き込む。その様子を楽しむようにしてクスクスと笑うニールさん。この人、もしかして俺を辱める為だけにやってる?

 それから何個か質問を繰り返し、一通り終えたところでニールさんは満足したようにため息を吐いた。

「ありがとうございました。おかげで色々と彼女のことが理解出来たと思います」
「あ……そう、ですか……なら良かった、です……」

 俺も、報われますよ……。ガリガリと削られた俺のハートはもう癒えませんけどね。

「分かったこととしては、彼女は記憶喪失であるにも関わらずテレス・アーカイヴの名を名乗っており、なおかつ桐谷君との関係もちゃんと理解している……。そこから分かったのは、これは仮説ではありますが……桐谷君の"百番目の魔法"によってもしかすると契約されたのかもしれません」
「契約、ですか?」
「はい。これはあくまで仮説ですが、恐らく百番目の魔法によって彼女の存在と無条件に契約が行われ、貴方の魔力として憑依することになったのではないかと」

 そんな、いくらなんでもそれはないんじゃないか。
 だって、あまりに都合が良すぎる。俺が百番目の魔法を唱えたのは"きっと偶然"であるはずだし、そこまで出来すぎたシナリオはどうもおかしい。

「もう一度唱えても何もなかったのは、百番目の魔法は契約魔法であって、既に契約している為効果がなかったのではないか、と僕は考えますね」
「そ、そうは言われても、偶然すぎますよ、そんなの。百番目の魔法なんて俺は……」
「いえ……桐谷君は"水晶を返そうとした"という動機があります。つまり、水晶を拾っていなければその魔法は唱えていませんでした。これは偶然だったと決め付けるには判断が早すぎますよ」

 ぐ……まあ、確かに、言われてみればそうだ。水晶を誰にもバレないように戻したかったから俺は魔法を唱えたんだった。けど、あの時の俺は冗談半分で、まさか成功するなんて思っていなかったわけで……ああ、ダメだ、偶然なのかそうじゃないかとか考えていたらキリがない。

「どちらにせよ、契約のような関係であるのは間違いないです。桐谷君は彼女を魔力として使え、彼女は桐谷君を憑依する為の、存在を維持する為の存在として利用している。そういう関係である、といえますね」
『うーん、まあそうかもだけど、何か微妙な関係だよね』

 お前が言うな、お前が。俺が言いたいわ。望んでもないのに契約したみたいな関係になってて。

「持ちつ持たれつ、の関係ということですよ」

 ふふふ、と可愛らしい笑みを零してニールさんは言った。
 まあ、そうなのかもしれないが……けど、俺が魔法を使えるなんて。それもこの厄介者のおかげで、だ。

「ちなみに言いますが、彼女のステータスは底を知りません。あれほどの魔法を使っておきながら存在が消滅せず、なおかつ時間があまり経過していないのにも関わらずにこうして会話できるほど落ち着いた状態であるということは、異常な魔力を持った存在……まさに、かの有名な"テレス・アーカイヴ"その人なのかもしれませんね」

 どこか冗談っぽくニールさんは言ったが、俺にとっては冗談には聞こえなかった。本当に、こいつはテレス・アーカイヴなのかもしれないのか、と頭に考えが過ぎる。
 記憶喪失ってだけで、魔力はある。それに観察する能力や考える能力も長けているように思えるし……ひょっとすると、俺はとんでもない奴と契約をしたのかもしれない。まだ仮定ではあるが。

「さて、と。続きまして最後の用件を済ませたいと思います」

 唐突に、それまで俺の勉強机に見せかけた机とセットになった勉強机に座っていたニールさんが立ち上がり、俺に言った。

「桐谷 咲耶君。僕と一緒に、"世界を救うお仕事"をしてみないかい?」

 一瞬、何を言っているのか分からなかった。ただ、魅力的に。その言葉は何故か俺の胸に深く突き刺さる。
 今まで必要とされなかった、俺は。期待されても裏切ってきた、俺は。どうしてか、何故だか、思ってしまう。希望を、抱いてしまう。
 俺は、何か役に立てるのではないか、と。

「詳しい話は、また明日。特別にアンノウンへ来ても構わないから、放課後に来て欲しい。招待するから、ね」

 何を招待するか分からないまま、おもむろにニールさんは俺の部屋の窓を開けだした。冷たい風が一気に部屋の中を包み、カーテンが揺れ、ニールさんの緑の髪が揺れ、その背後に照らし出された満月の光。バチバチ、と突如部屋の中の明かりが消えて、月の光だけが部屋の中を照らす。それが、何ともいえないぐらい綺麗で——ていうか、もう夜だったのか。話に夢中で全然気付かなかった。

「あ、そうだ。安静にしておいてね。君は魔法の反動で全く体動かないと思うから。明日になればマシになってると思うよ」
「いや、あの、ニールさ——」
「それじゃあね、桐谷君」

 あ、と俺が声を零す前に、ニールさんは二階にある俺の部屋の窓から飛び降り、窓は自然に閉められた。身体強化の魔法も何もつけてなかったように思えるのだが、果たして大丈夫なのだろうか。
 まるで嵐が過ぎ去った後みたいな状態だ。突然のことだらけで何が何だか分からない。
 ただ一つ。安心したのは、燐と古谷が無事であるということが確認できたこと。そして、それを可能としたのがまさかの厄介者扱いをしていた銀髪少女……テレスだったということ。

「そーいうことかよ、"私のおかげ"って……」
『え、いや、そういう意味じゃなくてね? ほら——』

 何か、言ってる。
 けど、俺の耳には届かない。既に睡魔が俺の頭の中を埋め尽くして、眠りの世界へ誘われた後だったからだ。