複雑・ファジー小説
- Re: 落ちこぼれグリモワール ( No.2 )
- 日時: 2015/05/07 01:08
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: Nw3d6NCO)
生まれてくる世界を間違えたのかもしれない。
幼くして、そんなことを考えさせられたのは、自分に魔法の才能が皆無だったことがきっかけだった。
どんなくだらないものでもいい。水が出せる、いいじゃないか自給自足が出来て。火が出せる、なんてファンタスティックなんだ。手から火が出て熱くないのか、どんな感触なのか、それが体験出来るだけでも十分だろう。
そんなこんなで、魔法の憧れは小さい頃から勿論あった。
血筋的にも、俺以外の全員は魔法が当たり前のように使える。それどころか、優秀な人材が出揃ってるからより一層自分が惨めに思えてくる。
それでも俺が魔法学園に入れたのには、理由があった。
第1話:落ちこぼれの出会い
「うぉお……やっぱり凄い迫力だな、この学園は」
目の前に広がる巨大な門に、それを遥かに超す校舎が奥の方に見える。門から入ってすぐ広がる色とりどりの花たちが新入生を出迎える。
ここはまぎれもなく、世界有数の魔法学園だということを改めて俺は認識した。
「何を今更言ってるのよ。今日からここに通うのよ?」
「分かってるけど、何か……やっぱりすげぇなって思ってさ」
「わけわかんないこと言ってないで、早く入るわよ、みっともない」
朝から不機嫌な燐が俺を急かしつつ、門の中に入っていく。勿論、俺たち二人だけじゃなくて、真新しい制服に身を包んだ色んな人達も巨大な門に吸い込まれていくかのように俺の隣を通り過ぎていく。
「遂に、入るのかぁ……」
感慨深いってものでもないけど、まあぶっちゃけこの後のことが知れてるから、少しやるせなくはなる。
けれど、言ってても始まらないし、とりあえず前を歩こう。燐も鬼のような顔をしてこちらを睨んでくるし。他の生徒が怖がっているぞ、燐。
————
さて、入ったところで壮大な庭がお出迎えをし、新入生はあちら側へ、と案内の人が声を張り上げている。
なんていうか、ここまでは全然魔法学園だという雰囲気は皆無だな、とか思っていた。
「お前が例の"ロクでなし"か!」
そんな声がどこからともなく聞こえてきた。ふと、自分に通ずるものを感じたのか知らないけど、俺の顔がその方へと向いた。
「何とか言ってみろよ! この"ロクでなし"!」
周りの新入生たちも怪訝な顔をしていたり、可哀想だと言いながらも先へ急ぐ人達。素知らぬ顔をして素通りする人もいる。
その中で、一人の女の子と、それに対峙するかのように構える三人組の野郎共がいた。
「……邪魔なんだけど?」
髪がショートめの女の子が言う。けれど格好は何故か男の制服を着ていて、何だか違和感を感じた。
「はぁっ!? なんつったよ、"ロクでなし"!」
「ロクでなしロクでなしって……それしか言えないのかよ、お前ら。もう一度言うけど、そこ邪魔だから、どけよ」
「て、てめぇっ!!」
あぁ、何か女の子の方がややこしくしてるぞ。何でああやって突っかかるんだろうか。それにしても"ロクでなし"って……まあ、落ちこぼれも似たようなものか。
逆上した男のイライラが険悪なムードを漂わせる。もうすぐ手が出そうだな、あれは。
「ちょっと、咲耶、あんた分かってると思うけど——」
何か後ろの方で聞こえたけど、気にせず俺は進んでいく。
横切る人ごみの中を掻き分けて、ようやく辿り着いてから両手を横に伸ばした。
手のひらの先には、三人組の野郎共と女の子。何だこいつは、みたいな顔で見られるのは分かっていながらも、俺は言った。
「まあまあ、落ち着けよ」
「……誰だお前」
すっげぇメンチ切ってくる男共三人がイライラとした口調で俺に問いかけてきた。
「あぁ。俺の名前か? 俺の名前は桐谷 咲耶だ。よろしく」
「んなことは聞いてねぇんだよっ!!」
いや、聞いたじゃん。誰だお前って。
男のイライラが女の子から俺の方に向いた。何がどうなっているのか分からない、といった様子の女の子に対し、俺はアイコンタクトで逃げろと送ったつもりだったけど、なおさらわけ分からんみたいな顔をされて心の中が一気にブルーになる。
「まあまあ。落ち着けって。"女の子"一人相手に、男三人でよってたかることないだろ?」
「はぁ? "女の子"? 何言ってんだお前。こいつは男だよ」
「え、男?」
ちらりと横目で女の子の方を見る。何故か分からないけど、女の子は何も言わず、ただ驚いているのか何を思っているのか、よく分からない顔をしていた。
「いや、そんなはずはない。この子は女——」
「黙れッ!」
え、何で女の子の方から黙れって言われたの?
女の子は息を荒くし、俺を睨みつけている。なおかつ、今だに不満気な男共三人が俺を睨んでいる。あれ、俺に味方してくれる人いなくね?
周囲がこの辺りでざわつき始めていたのにも関わらず、男共は気が治まらなかったのか、どこから取り出したのか、サバイバルナイフのようなものを右手で構える。
あぁ、こいつも燐と同じ魔技専攻なのか——"可哀想に"。
「てめぇ……! 関係ねぇのに意味わかんねぇことベラベラベラベラと……!」
あ、これはやばい。直感で何となく分かる。
こいつ、"魔法"を使う気だ。何度も幼少の頃に体験した、この感覚。魔法を使ってくる感触がぞくりと自分の胸の中を浸していく。
「魔術式、第一開放……!」
突如男共の周りが青い文字が渦巻く。それらはメビウスの輪のように輪を作り、男達の体の周りをゆっくりと回転する。
当たり前のように魔法を使おうとしている。あぁ、本当にここは魔法学園なんだな、と思わず苦笑してしまいそうになるぐらいだ。
こいつが使えて、どうして俺には使えないのか。そんなことも思ってしまうほどだった。
この辺りで、周りの生徒たちのどよめきと共に被害を被らないように避難する雑踏が聞こえ始めていたけれど、俺はそれどころじゃない。
詠唱が終わったのか、青い光は渦巻き、先頭の男の持つサバイバルナイフの切っ先にぐるぐると取り巻く。それを後ろの男達も続けて同じことをしているってなもんだから仲良しかよってツッコミを入れておきたいところもありつつ、なんだかんだで冷静を保っていた。
「てめぇには痛い目見てもらうぜ……! 喰らえっ、氷天斬戟ぉぉっ!!」
思わず吹き出しそうになるほどの厨二な名称を大きな声で叫んでサバイバルナイフの切っ先に纏わりついた青色のそれは氷の結晶を瞬時に生み出し、氷柱のように伸びて水飛沫と共に俺に斬りかかろうとする。
痛い目っていうか、いくらこの学生服でも迫力十分なこれをまともに喰らうとなると、相当な痛手になるんじゃないか。
まあそんなことを考えながらも、俺はたった一つの鋭い風を感じた。それと同時に思ったことといえば、"可哀想に"の一言に尽きる。
バキバキッ! と激しく何かが弾け飛ぶ音と共に、聞き慣れた声の主が俺の目の前に颯爽と現れた。
「な……! 俺の氷天斬戟が……!」
先ほどの弾け飛ぶ音は男共三人の持つ……簡単に言えば氷の刃を一瞬にして右手に握り締められた太刀で粉々にした音だったというわけだ。
「……朝っぱらから、昨日あれだけ私が家に来るまでに用意してろって言ってたのにずっと寝てて、尚且つインターホンどれだけ鳴らしても起きないし……イライラが募ってる中でまたこんなしょうもないいざこざに自分から巻き込まれに行くし……」
あ、そういえば昨日そんな約束をしたような……てか、燐さん、そんな理由で先ほどからずっと不機嫌だったんですか。
「ひっ……!」
男共は何かを感じたのか、太刀を右手に持ってゆらゆらと左右に小さく揺れ動く燐を見て後ずさる。
「次に何か、魔術式の一つでも唱えてみなさい。……入学祝いが血で染め上げられることになるから」
「ひ、ひぃぃいっ!! お、お助けぇぇええ!!」
男共は逃げ惑い、おぼつかない足取りで燐から逃げて行った。
「……あ、ありがとう、燐」
一応、素直に礼を言ってみる。燐は緩やかな動きで太刀を桜刺繍の入った鞘に納めると、俺の方へ振り返——らないで欲しかったと後から後悔する。
燐は般若を連想させるような恐ろしい表情で俺と顔を合わせた。これは、マジで怒ってるやつじゃないですか……。
「あんたねぇ……! 日頃からあれだけあれだけ面倒ごとには関わるな、私の仕事が増えるからって何度も何度も同じことを繰り返し繰り返し言ってるわよねぇ……!?」
「す、すみませんでした……」
「大体、助けたはずの当の本人はどっか行っちゃってるし、周りの生徒たちからは初っ端から目立ちたがりだとか絶対思われただろうし、何よりも入学する前は魔法は一切禁止されてるのよ!? もしあんたに何か危険があれば私も対抗しないといけないから魔法を使う恐れもあるって分からないわけっ!?」
「う……確かに、そうです……すみません……」
ここは素直に平謝りだ。ここで色々と口を挟んでしまったは最後。視界全体が赤色に染まることだろう。 しかし、助けた当の本人とされる男装の女の子はどこかへ行ってしまっていた。まあ、無事ならばそれでいいんだけど。
「あとねぇ……! こうやって騒ぎを起こすと、学園の教官たちが駆け寄って来るに決まってるじゃない! 入学当日に教官に目をつけられるなんてたまったものじゃ——」
「あら、よく分かってるじゃないの」
燐の言葉を遮り、その後方に立っていたのはまさしくその教官だった。
とはいっても、俺のイメージしていた教官っていうものを根本から覆すようなナイススタイルの金髪美女がそこに立っていた。
「貴方たち、初っ端から元気が良いわね。とりあえず、教官室まで行きましょうか?」
「「……はい」」
俺と燐の声が揃って返事をし、入学当日から教官室へと呼び出しを喰らうことになってしまった。
————
まさか。なんで。どうして。
そんな三つの単語が浮かびあがると同時にパニック状態にある自分の頭を冷静にしようと考えるが、どう考えてもそれを覆すことは出来ない。
自分は"ロクでなし"と呼ばれる人間ではある。それは間違いない。だが、それを今更罵られたところで、何を思うこともない。あんな輩は初めてではないし、追い払うことには慣れていた。
けれど、たった一つ。自分の中では隠し通せていたはずの事実があんな一瞬の出会いだけで見抜かれるだなんて思いもよらなかった。
「何で……何で、"男装"してるのがバレたの……!?」
不意に素の自分である"女の子"としての自分が出てしまうほど動揺してしまっていた。
隠し通せていた唯一のことが、どうして今更バレるのか。
「桐谷 咲耶とか言ってたな……あいつ……」
男口調に戻り、落ち着いて確認する。
これは彼——いや、"彼女"にとって間違いなく桐谷 咲耶は天敵だった。