複雑・ファジー小説

Re: 落ちこぼれグリモワール ( No.20 )
日時: 2014/12/04 12:29
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: XQp3U0Mo)
参照: ある程度進んだらオリキャラでも募集しようかな……。

 ……あぁ、寝ちゃったか。
 返事がないのを確認して、私は力が込めるように願う。すると、幽体の体が青い光と共に咲耶の体から離れ、光は一人の銀髪の少女の姿に実体化した。
 やっぱり、この家の中だけ私は自分の意思で実体化できるみたい。さすがに、あのニールという人がいた時は試す勇気がなかった。何より、一人で試したいこともある。
 この状態で外に出れるのか、少し試してみたかったのだ。

「ん……やっぱり無理か」

 窓を開けようとしてみたものの、何故か自分の力では開けることさえ出来ない。これでハッキリしたけれど、この桐谷 咲耶という男の元を自力で離れようとすることは出来ないわけだ。

 正直に言えば、離れた方がいいのかもしれない、と思っていた。
 咲耶は自分に対してあまり印象の良くないイメージを抱いている。厄介者扱いをしている。どうにもそのことで"迷惑をかけている"という気持ちが複雑に心の中にあった。
 ふと、眠ったままの"自分の宿り主"を見つめる。随分と深く寝入ってるようで、やっぱり疲れていたんだな、と思う。そしてそうさせたのは、驚くべき私自身の魔力。だけどそれは私個人が詠唱をしたところで、"幽体"に過ぎない私には魔法を発動することさえ叶わない。

「一体、私はどういう存在なんだろう……」

 思わず、不意に言葉が呟かれる。それは自分自身に対する迷いの表れでもあった。
 自分は何者なのか。どうしてここにいるのか。どうして、桐谷 咲耶という男に憑いているのか。何より"自分はどうして存在しているのか"という疑問が大きい。

「はぁ……考えても無駄、かな。とにかく、解決できる方法が見つかるまで、こうしているしかないよね……」

 考えれば考えるほど、先が分からない。自分はテレス・アーカイヴと名乗るが、それが果たして自分の名前ですらかどうかも分からない。

「分からないことだらけなのは、私の方だよ……」

 小さく呟いて、睡魔と共にベッドに倒れこむようにして意識が途絶えた。


————


 チュンチュン、と爽快な朝を告げる小鳥のさえずりがふと耳に入る。うーん、と唸りながらも目をゆっくり開ける。朝だ。
 日差しがカーテンの向こう側から優しく照らしている。今日も良い天気の証拠だ。この家は広いけれど、自分の部屋として活用しているこの部屋は日差しもよく、とても気持ちのいい朝を迎えることが出来るから良い感じだ。
 さて、そろそろ起きないといけないと思うんだけど……布団って気持ちが良い。気持ちが良すぎてなかなか出れない。はあ、この柔らかい感覚をいつまでも体感していたい。ずっとこうしていたい……。
 こんな風に思い続けていると二度寝をすることになり、燐に怒鳴られて起こされる、というのがいつものパターンだ。だから起きないと……けど、まあ、このままでもいいか……。

 そんなことを考えながら、ふかふかのベッドの上で寝返りをうった。
 目の前には、銀髪の髪。そしてサイズの合わないぶかぶかの服を着た少女の寝顔が俺の視界に映りこんだ。

「……は? ……は、はいいい!?」

 ……そんなわけで、テレスの寝ている顔を見て飛び起きた俺はベッドから転げ落ち、頭をぶつけて物理的に目覚めることに至ったわけだった。

「もー、朝っぱらからうるさいよ」
「誰のせいだと思ってんだこの野郎!」

 打った頭を抱えながら文句を言う。ていうかそもそも、何でこいつは俺のベッドで寝てるんだ。いつの間に出てきやがった。

「ふわぁ……この家の中では実体化出来るみたいだから、実体化して寝てただけだよ?」
「さも当然のように言うな……」

 はぁ、とため息を吐く。ついでに昨日の出来事が色々頭の中を廻ってきた。
 何か色々なことを昨日体験しすぎて、頭が痛いのは治らないが、ニールさんの言っていた通り身体はもう動くようになっていた。
 そんでもって、燐や古谷のことが気になっていた。特に古谷に関しては腕を……。

「ねえねえ、そういえば君のことは何て呼んだらいいかな?」

 古谷の切り落された腕が自分の足元に落ちる瞬間をフラッシュバックする直前、テレスの声でその想像は掻き消された。絶妙に、良いタイミングだ。もう少しで吐き気を催すところだった。
 あんなにも血の匂いと人の生死がかかった経験は初めてのことだった為、慣れていない俺はよくあの場で吐かなかったものだと自分で自分を褒めたいぐらいだ。
 で、それはさておき。

「何て呼べばいいか?」
「うん、そうだよ! 私のことはテレスで大丈夫だけど、君に対する呼び方がまだないよ!」
「あぁ……まあ、普通に、俺は桐谷 咲耶って名前だから、どう呼んでもらってもいいよ」
「んー、それじゃあさくって呼ぶね!」

 "耶"を省略する意味がよく分からんが、それでいいなら別に構わないか。呼び方なんて、特にこだわりもないし。

「それでいいよ」
「わぁーい! やったぁ!」

 両手をあげて喜ぶテレス。ぶかぶかの服の為、手のひらが服から全部露出していない。何とも子供っぽくて、無邪気で。そんなテレスの姿を俺は見惚れてしまっていた。

「ん? どうしたの?」

 そんなことも知らず、ずいっと俺の顔に自分の顔を近づけてくるテレス。近い近い近い、吐息があたりそうだ。ていうか、肌めっちゃ白いなこいつ、綺麗でパッチリした大きな瞳、よく見なくても最初から分かっていたが、美人だ。

「何、でも、ないっ! 下降りるぞ!」
「あ、待ってよー」

 嬉しそうなトーンでテレスは俺の後ろをついてくる。くっそ俺としたことが……見惚れてしまうとはな。
 しかし、何だこれは……どこかで経験したような感覚だ。とにかく気恥ずかしい。何にせよ、早く(逃げるために)学校へ行こうと思った。


————


 リビングで身支度を済ませる。その最中、テレスはどうしていたかというと、ただひたすらにパンを齧っていた。

「これ、おいひいね!」
「分かったから食いながら喋るのはやめろ。口の中のものが飛ぶ。そんでちゃんと椅子に座って食え」

 こいつは作法のさの字も知らんようで、歩き回りながら嬉しそうにパンを齧っては喋るわけだ。くそう、地味に俺が掃除好きと知っての冒涜かそれは。
 ポロポロとメロンパンの欠片を床から拾い集めながら、それを終えるとメロンパンを捨てる。

「ああ! 勿体ないよ!」
「じゃあ零すな!!」

 ピンポーン。
 そんなこんな会話をしていたら、インターフォンが鳴る。分かってはいるけど、燐だ。テレスの存在はバレるわけにはいかない。
 言うよりも早く、テレスは霊体に戻っていた。ちゃっかりメロンパンは食い終わってやがる。
 急いで玄関へと急ぎ、扉を開く。すると、何一つ変わってないいつもの燐の姿があった。しかし、それは見た目的な問題。その表情は若干不安そうな表情を浮かべていた。

「お、おはよう」

 何となく、声をかける。そうしてから数秒後、不安そうな表情はだんだんといつもの調子を取り戻し、

「あら、今日はちゃんと起きてたのね」

 と、特に気にした風もなく言葉を交わしてくれた。
 それはいいのだけれど、これから説明するのが気だるい。何を言われるだろうか。怒られる……よな、さすがに。実際めちゃくちゃ危なかったし、燐が来なければ少なくとも俺は確実に死んでいただろう。

「すぐ、仕度するよ」

 一言告げてから仕度を取りにリビングへと一旦戻った。
 それから、水晶を忘れないようにポケットに仕舞い、燐と並んで登校する。これがもう何度目だろう。魔法学園に入ってからは数回だけど、人生の中で言えば随分と長くこうして二人で歩いた気もする。
 だからこそ、お互いがお互いを思うことで色々と面倒なことも簡単なこともあるというわけなんだけど。

 少しの沈黙の後、俺から言わないといけないよな、と思って話を切り出した。

「昨日のことなんだけど……」
「……あぁ、昨日ね。それがどうかしたの?」

 あれ、意外と何ともないような感じだ。いつもなら絶対怒るか嘆くはずなのに。

「いや……色々と、その、ごめん」
「え? 何の話?」

 あれ、何だこれは。上手く話が噛み合っていないというか、何というか。昨日の出来事はかなり印象的だったはずだし、俺の単独行動であんなことになったんだから、俺は責められてもおかしくない……はず。ていうか、え、事実だよね、あれ。夢落ちとかじゃない……よな。
 逆に俺の知っている事実が怪しく思えてきた。いつもの燐じゃない。何だか変な違和感が纏わりつく。燐が嘘を言うわけもないし……。
それでも、とにかく燐が無事で良かった。どうやって俺を見つけたのかとか、昨日のことを問いただしたいのは確かだけど。

「いや、何でもないよ」
『えーそれでいいの?』

 うわ、いきなり喋るなよ……。ドキッとしすぎてかなり焦ったわ。
 テレスと会話はこの場では出来ない。だから答えれないが、これでいいんだよ。何も知らないで済むなら、それにこしたことはない。

『ふーん、まあそれならそれでいいんだけど……』

 ああ、それでいいんだよ。……ん? 今お前、俺の声聞こえてた?

『うん、聞こえてるよー。心の中で念じても聞こえるようになったみたいだね!』

 なったみたいだね、じゃなくて……なんだこれ、テレパシーってやつか?

「ちょっと、咲耶、聞いてる?」
「は、はい? な、何?」

 っと、油断してたら燐の言葉を聞きそびれてた。結構これしんどいな。聖徳太子じゃないんだから、そんなに一度に二人と会話するなんて無理だ。ましてや心の中で色んな会話を行いながら別の言葉を口から発すなんて無理だろ。他の人は知らんが俺は無理だね。

「最近体調大丈夫かなって気になって聞いたんだけど、本当に大丈夫?」
「え? あ、うん。まあそれは大丈夫だよ」
「そう、ならいいんだけど」

 珍しいな、燐が俺の体調を心配してくるなんて。本当に風邪を引いて鼻水垂れ流してた時はさすがに聞かれたけど、こんな普通の時に聞いてくるのは特になかったな。
 しかし、歩く燐の横顔を見てもいつもの通りの表情。凛としてて、芯の真っ直ぐ通ったような性格をしている燐らしい表情だ。

「……何よ、人の顔ジロジロ見て、気持ち悪い」
「そんな直球に言わなくても……」

 と、ため息を一つ吐く俺であったけれど、燐の異変に完全に気付かなかったのは落ち度だった。
 燐の身体に何重と巻かれた包帯。それは明らかに昨日燐が傷を負った痕として明確なものだったからだ。


————


 数十分と歩いてようやく学園に辿り着くや否や、素っ気無く燐はじゃあまた放課後と残してその場を立ち去ち去る、かと思いきや俺の方に振り返り、

「遅れたら殺す」

 一言、身震いの止まらない言葉を残して立ち去った。左手に持つ桜の刺繍が入った太刀を見て鳥肌まで立つ。くっそ情けないが、それほど恐ろしい。

「……遅れないようにします」

 出来る限り、と願うようにして言葉に出すと燐の行った方向より逆の方、普通科のある教室へと歩き出した。

『んー、何だかまだおなかすいたなー』

 食いすぎだよ、お前は。メロンパンだけじゃなくて、買い溜めしてた他の菓子パンまで食べただろ。いい加減にしろ、俺の食費が破産する。
 心の中で会話するというのは慣れないのは当たり前だがやってみると意外と出来る。ただ、そうなるとテレスに考えていることがバレる。と思いきやそうでもなく、テレスに対して話しかけるつもりで意識を集中させていないとどうやら聞こえ辛いらしい。
 そこまで以心伝心状態じゃないようでホッとした。何故かって、男の妄想云々が出来にくくなるからだよ。当たり前だろ。それ以外に何があるって——

「あ、おはよー、桐谷君」
「は、羽鳥さん! お、おはよう!」

 教室に向かう道中で出会った羽鳥さんによこしまな気持ちは排除される。ああ、天使のような笑顔に手を小さく振る羽鳥さんは何て可憐なんだろうか。

「桐谷君、いつも朝早いねー」
「ああ、そ、そうかな……?」

 まあそりゃあ、嫌でも幼馴染様が叩き起こしに来ますし。

「朝早いのはいいことだよー。こうして、一緒に教室に行けるし、ね!」

 からのウインク。おいいいい、何だ今のぉおお! 威力高すぎだろぉおおお!
 これがマドンナってやつか。普通科の、俺のクラスのマドンナは羽鳥さんで決まりだ。間違いない。
 そんな幸せな時間もすぐに終わりを迎える。目の前に見えた教室を見て少し落胆しつつも、教室を先に開けようと俺が一歩前に教室の扉に近づいた時だった。

「いらっしゃああいませえええ!!」

 ドガシャァッ! と効果音が鳴るかと思うほどの勢いで扉が自動で開かれたかと思うと、堺が意味の分からない言葉と一緒に教室から姿を現した。

「さ、堺! お前何して——!」
「何してもこうしてもないでぇー! せっかく早起きして教室に来てみたらぜんっぜん誰もいないから一人寂しくあやとりしててん!」

 堺は言いながらあやとり用の紐を取り出してババッと様々な形に変えていく。

「わー、すごいねー!」
「でしょでしょ羽鳥さん! ふふふん、桐谷っちもどうよ?」
「いりません。いいから、そこをどけよ。教室に入れないだろ」
「おおっとぉ! 俺としたことがあー! さあさあ、どうぞどうぞ! 中へ入ってちょーだい!」

 堺は後ろにスキップするようにして後ろに飛び退いて道を開けるが、その動作がムカついて仕方がない。
 ふう、と小さくため息を吐いて堪え、教室の中へ入った。

「いやー、でも早起きはいいねー! こうして桐谷っちと羽鳥さんに会えるわけだからねぇー!」

 テンションがすこぶる高い堺はそのまま俺と羽鳥さんを相手にマシンガントークを続けているとあっという間にクラスメイトは出揃い、SHRの時間が訪れたが——
 古谷の姿はそこにはなかった。