複雑・ファジー小説

Re: 落ちこぼれグリモワール ( No.21 )
日時: 2014/12/13 09:00
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: b/Lemeyt)
参照: こんな遅くに更新の理由は2、3回展開を書き直したからです……。

 放課後になると俺は急いでアンノウンへと向かった。
 一応、視線とかを気にしながらではあったけど、まあ多分大丈夫だろう。

『私が見てるから大丈夫だよ!』
「あぁ、そりゃ安心だわー……っと」
『全然安心そうじゃないっ!?』

 文句を垂れるテレスはおいといて、教室の扉を開く。ガラガラ、簡単に開いた扉の置くには機械仕掛けの扉が——
 ふわり、と風がどこからか吹き荒れる。一人の人影が、教室の真ん中にあった。乱雑と置かれた机の真ん中に座る少女の姿。
 綺麗だ——不覚にもそう呟いてしまいそうになる。銀髪の髪、そして自分と同じ制服を着ていることを疑いそうになるほどの、日本人離れしたその白い肌や容姿に心を奪われたように立ち尽くしてしまう。
 地毛なのか、ふんわりと巻き毛になっている長めの銀髪の髪をした少女の片手には似合わない分厚い本が一つ。青い瞳が印象的すぎて……と、俺は何をしている。というか、何でこんなところにこんな美少女が……。

「あ、あの……」

 思い切って声をかける。すると、少女は俺の存在に気付いて、ゆっくりと俺を見た。真正面から見つめ合っている。そう考えただけで俺の心は鼓動を早くする。どこまでも澄んだ青い瞳が俺を見つめて——
 しかし、何を言うこともなく少女は机の上から小さく飛び降り、音もなく着地した後、さも当然のように機械仕掛けの、アンノウンへと続く扉へ向かい手を扉の表面に触れた。

「え、ちょっと……!」
「……来て」

 こちらに再度は振り向かず、扉を押す。カチッ、と音がして機械が動き出す。沈んでいくように扉の方へ消えていく少女。俺はその後を追いかけるように後を追う。

『何だか、あの人……』

 呟くテレスの声に気にも留めなかったが、そういえばと思い返した。
 テレスも、銀髪だったな、と。

 アンノウンに辿り着いた時には既に少女は前を歩いていた。迷うこともなく、アンノウンへと一直線だ。といっても、そこに通じる道しかないわけなんだけど。
 扉に手をかけ、開いていく。突き進む少女の姿に戸惑いながらも俺はついていくしかない。というより、元からここに来るつもりで来たわけなんだし。と思うわけだが、この少女は一体何者なんだ。見るところによればこの少女は……制服は同じだけど、"普通科と魔法科のどちらの刺繍も入っていない"。
 つまりこの子は部外者なのか? そうなるとやばくないか、この状況。

「あ、いらっしゃい! 桐谷君!」

 しかし、そんな不安も一瞬で解消されることになった。
 ニールさんが無邪気に手を振る。相変わらずのぶかぶかの白衣姿に俺はどこか安堵していた。

「ニールさん……あの、この子は……」

 俺はまず最初にこの少女の存在を確認する。ニールさんはちらりと少女の方を見て、

「ロゼッタ、自己紹介しなかったの?」
「……しなかった」

 ふぅ、とニールさんはため息を吐く。ロゼッタと呼ばれた少女は翻り、俺の方へ向き直るが、その視線は俺と合っていない。少し下の床の方に目線はいっていた。

「それじゃあ僕が紹介するけど、この子の名前はロゼッタ。君や佐上さん、古谷君を助けた助っ人だよ」
「え……この子が!?」

 嘘だろおい、と俺は思わず言葉を呟いてしまいそうになった。こんな華奢な銀髪の少女が、あの化け物から俺達を助けた? そんなまさか。

「信じられないかもしれませんが、実際にそうなんですよ」

 しかしまあ、何となく分かった気はした。教室で俺を見た瞬間、聞くこともなくついてこいと言ったのは、俺を助けているから顔を知っていたわけか。
 ていうか、テレスはこの子の姿を見ていないのか。

『んーとね、私も咲と同じタイミングで意識が途切れちゃったの。気付けば水晶の中にまた戻ってたけどね』

 へぇ、そんなことになってたのか。意識が途切れるって、魔力使い果たしたってことなのか、ひょっとして。

『うーん、わかんないけど、また水晶から復活できたよ!』

 つまりあれか。ひょっとして不死身なのかよ、お前は……。

「ふふ、お話中で申し訳ありませんが、こちらも早速本題に入らせていただきます」

 俺がテレスと話しているの分かったのか、というような表情をするが、それよりもニールさんは話を続ける。

「本題というのは……桐谷君、君を"クラス:ボーダー"に勧誘したいのです」
「クラス:ボーダー?」

 初めて聞いた単語に訝しげに聞く。単刀直入に言い切ったニールさんは、ハッキリと返事をした後、言ったわけだ。

「クラス:ボーダー……それは、あまりに危険で、"存在してはならない"……"魔人"を相手にした専門のクラスのことです」

 俺の運命はやっぱり、どこかから狂ってしまっていたようだ。


————


「……すみません、誰を、どこに勧誘すると?」
「あれ? 聞こえませんでした? 桐谷 咲耶君……及びその人体に憑依した状態でもあるテレス・アーカイヴさんをクラス・ボーダーに勧誘しているんです」

 正気かこの人。魔人を専門に相手にするって、聞いたことがない。まずそんなクラスがあるなんて。
 魔人そのものを直接見たのは昨日が初めてだったが、あの化け物は世界的に有名で、俺も勿論知識として知っていた。
 魔法を使えるのは勿論、人外の存在であり、それは人を喰らうことによって魔力を供給し、存在を維持する。魔人による被害は留まることを知らず、今もなおその被害は拡大している一方でどうして魔人がこの世界に現れるのか判明していない。
 本当にいた、というのは昨日が初めてであり、同時に絶望した。本当にこのような化け物が存在するのだ、と。

「どうして、俺を……」
「それは桐谷君はあの状況で逃げることもなく、魔人と戦うことを決意し、友人を守る為に立ち上がったからですよ」
「そんな理由で俺を選ばないでください! そもそも、俺はこの水晶とテレスをどうにかする為にここに来たんです! 何で勧誘に変わってるんですか!」
「ああ、そうだったね。確かに君は"そうだった"。現にそうしてくれても良いけど……実際に君とテレスの関係は不明のままだ。仮定として現在の関係を決めているけれど、実際にはどうなっているか不明なわけなんです。だから引き取ったところで、今の状況は何も変わらない」
「確かにそうですけど、それとこれとは……」
「……ふむ。仕方ないですね。それじゃあ、"彼"に登場してもらいましょうか」
「彼?」

 まさか、とは思った。けど、そんなはずはないって。

「どうぞ、"古谷 静"君」

 奥の方から出てきたのは、どこからどうみても古谷の姿で。なおかつ、斬られたはずの左腕は元の通りに戻っているようにも見えた。

「こ、古谷? 無事だったのか!」

 思わず話しかける。古谷はどこか照れくさそうに頬を掻く。

「桐谷君……話は、聞いたよ。僕を追いかけてきたんだって? ……それで、巻き込んでしまって。……本当にごめん!」

 と、古谷は頭を下げる。俺はそんな、と言葉にしようとしたが、古谷が「でも」と言葉を紡ぐ。

「もうそんな無茶はしないでくれ。魔人相手に、あの時の君は……テレスという存在があったから助かった。けれど、普通の君なら殺されていたよ」

 冷たい目。古谷は冷静にそう語る。確かにそうだけど、他にどうすることも出来なかった。現に助けられたのは事実だし。

「助けてくれて、こう言うのも何だけど……君は魔人をなめている。大体、何で僕を追ってきたんだ」
「なめているって、言われても……。俺はただ、心配で……」
「正義感だけじゃ、誰も救えないよ。……最初に会った時に言ってたよね? 魔法も使えないのにって」
「ッ!」
「そうだよ、魔法を使えない……それはすなわち、魔法を使う者に対しては無力なんだ。君は理解していたのに……」

 俺は、確かにそうだ。言われても仕方がない。自分で理解している。力がないことなんて。俺は落ちこぼれだ。普通科に通う、普通の学生。なのに俺は……。結果がこうなったから。いや、そもそもニールさん達が助けに来なかったら、俺は関係のない燐まで……。
 "魔人をなめている"その言葉が深く突き刺さる。正義感だけじゃどうしようも出来ない壁がそこにあった。

「……僕の家族は、ある一体の魔人に殺されたんだ」
「え……?」

 古谷は、失ったはずの左腕を見つめながら。その瞳は遠い、しかし忘れられない記憶を映し出していた。

「僕の家族は花畑を訪れるのが好きでね。あの荒廃地区は綺麗な花畑が有名だったんだ。のどかな場所だった……。魔人なんて、これっぽっちも想像していなかった。日常の中に、常にその存在はあの頃もあったのに」

 あの壊れた廃墟の傷跡。そして血の痕。至るところに当時の惨劇を映し出す手掛かりがあそこにはあった。

「僕の家族だけじゃない。そこにいた人間も皆殺された。その魔人はただ、自分の存在を残す為だけに。いや、ただの快楽もあったかもしれない。僕が見た、奴の顔は——嗤っていたのだから」

 身体を震えさせて古谷は話す。先ほどまで和やかな表情をして、そして冷たい表情、今は憎しみを帯びた——まるで別人の古谷の姿に俺は身震いした。
 人は、こんなにも変わるものなのか、と。

「だから僕は、魔人を殺したい。魔法学園に入学したのもそのせいだ。魔法の才能がないから、家族を守れなかった。ならば、魔法のノウハウをつけ、無力な自分でも魔人を殺せるものを作ろうと」
「古谷、お前……」
「……その中で、昨日の出来事があり、僕は左腕を失ったかのように思えた。けど、それは違ったよ。ニールさんは、僕に"武器"を与えてくれた」

 と、古谷は左腕を差し伸ばす。その左腕は光を放ち、魔方陣が一気に展開される。メビウスの輪が何度も交差し、左腕の手のひらが変形していく。それは刃物状に。鋭く、どこまでも透明なそれは何物も切り裂く凶器と化した。

「古谷君の左腕は、"魔装篭手マーティカル・ガントレットと言う最先端の魔法学と科学を駆使した最新の"魔装"だよ」
「"魔装"……?」
「……魔装とは、身体の一部を犠牲にして人体の生命力を魔力に変換させ、魔法と同等の力を生み出す……兵器のこと」

 俺が聞き慣れない言葉に反応すると、先ほどまで無口だったロゼッタが説明をを淡々とした口調で行ってくれた。

「まだ発明段階だけどね。僕の発明品の一つかな。彼にはそれの"実験体"となってもらった。それ相応のリスクを覚悟して、ね」
「そんな……リスクって……」
「例えば、魔力出力をあげすぎたら自分の身体が木っ端微塵になる、とかね」

 あっけからんと言うニールさんに怒りさえ思える。まるで、本当にモルモットのように古谷を扱っているようで——

「勘違いしないで欲しい。これは、僕の意思だ。僕は自分で戦えることなら自分で戦いたい。願ってもないチャンスなんだよ」

 左腕にまた魔方陣が浮かび上がり、何度か左腕を覆った後、左腕は元の人間の形に戻る。

「まだ、実戦はしてないけど、僕はクラス:ボーダーに入り、魔人を殺すよ」

 その目は、真剣だった。あの時見た目と同じ。必死で生きようとする人間の目だった。

「……さて、桐谷君。考えるのは自由だ。決断するのも勿論。けれど、このチャンスは一度きりだよ。僕が勧誘するのはここまでです。何故なら、部外者にこのアンノウンの存在とクラス:ボーダーの存在を知られているままではまずい。君の記憶を一部消すことになるでしょう」

 ニールさんは記憶を消すことも出来たのか。ということは、燐もそれと同じ方法を使ったということか……?
 魔装篭手なんていう代物を生身の人間につけることが出来るぐらいだ。記憶を消すということも出来かねない。けど、記憶を消された方がいっそ楽なのか? もしかすると、テレスは勝手に消えるかもしれないし、記憶を失えば何もかも逃げ出せるかもしれない。
 ……本当にそれでいいのか。迷う自分がいる。

 燐は、いつも俺を守ってくれた。今もそうだ。でも、あの時。俺は守りきれなかった。倒れてしまった。あのままだったら、燐は死んでいただろう。それは、俺が何も出来なかったからだ。
 落ちこぼれだと、自分はその現状から何をするわけでもなく、ただただ甘えていただけ。……最低だ、俺は。何も力がないのに、正義感だけを振りかざして……。
 握り拳に力が入る。そんな俺をニールさんは見つめ、そうだ、とまるでひらめいたような言葉を口にして言うのだ。

「それなら、"体験入学"なんてものはどうですか?」

 ——やっぱり。ロクでもない提案をだしてきた。