複雑・ファジー小説

Re: 落ちこぼれグリモワール ( No.23 )
日時: 2014/12/25 01:09
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: SyxKXH7O)
参照: 参照500突破ありがとうございます!ほのぼのとした日常感も味わっていただけたら。

 廃墟の連なったとある荒廃地区に一人の男が佇んでいた。何をするわけでもなく、男はただ廃墟の中心に立ち、上を注視している。
 男の風貌は茶髪のオールバックに、サングラスをかけ、全身黒尽くめのスーツを着ている。その細身ながら筋肉質な身体はしなやかさも兼ね備え、相当鍛え上げられていることが分かる。

「へぇ、なるほどねぇ」

 何が分かったのか、男はぼそりと呟いた。上をただ見上げていただけに過ぎないのに、男は分かったような口調で言い残すと次は地面の光景を注視し始めた。
 惨状。この一言が似合う光景はこれの他にあるだろうか。血で大きく水溜まりのように広がった染みや、建物が何か鋭い爪のようなもので削られたような痕、そして死体のような腐臭が辺りを漂わせている。
 死体は既に撤去されたはずなのに、そこに染み付く腐臭は消えない。しかし、男は腐臭を気にすることもなく、ただ辺りを見回していた。

「何か分かったのか?」

 男の後方、そこにも一人存在していた。しかし、それは"声だけ"。存在自体は確認出来ない。後ろにいるはずなのに、まるでそこには"無い"かのような感覚。男はその存在をよく知っていた。

「はっ、分かるも何も、こりゃあ"食いしん坊"の仕業じゃねぇのか?」
「我々も疑った。しかし、これは食いしん坊の仕業ではない」
「へぇ、マジかよ。この暴飲暴食っぷりはまさしくあいつじゃねぇの? どうして断言できる?」
「食いしん坊も"同じく喰われた"からだ」

 "声"に反応し、男は振り返る。しかし、そこには何もない。だが、男の顔は先ほどのおどけたような表情ではなく、真剣な顔つきになっていた。

「おい、冗談だろ? 食いしん坊は食べるのは好きだが、食べられるのを好むほどドMじゃなかったはずだぜ?」
「……奴の胴体、足首、共に引きちぎられた形跡が視られた。魔力が枯渇すれば存在そのものがなくなる。我々が発見した時はまだ部位は残っていた。残された部位が消滅するのは時間の問題だが、ということはその他の部位を喰って逃げたということだろう」
「なんつー化け物だおい……。食いしん坊相手にそこまでやれるのか。本当にそいつの正体は掴めてないのか?」
「ああ。ただ一つ、"魔人相手に魔人が捕食している"ということだけしか分かっていない」

 男はため息を吐き、天井を仰ぐ。何を考えていたのか、数十秒そうした後、再び男は声の聞こえる方へ向き直った。

「純度の高い魔人同士で共食いとはなぁ。そもそも、魔人って魔人に対して食欲が湧かないんじゃねぇのか?」
「それは分からん。我々としても異例の事態として重く受け取っている。また、早く討伐出来れば良いわけだが、全く正体も掴めない上にかなりの強さであることは間違いない。だからお前に協力を依頼したんだろう——アスクレピオス」
「俺は部位に散らばった死体には興味ねぇ。それに探偵じゃないんだぜ、俺ぁ」

 冗談を言う口ぶりで"声"に言う男だったが、反応がないのに対してまた小さくため息を吐いた。

「ったく、やればいいんだろ? でもなぁ、最近は魔法学園とやらの動きも活発化してきてるし、あそこの生徒に殺された無能な魔人共も大勢いるらしいぜ?」
「何が言いたい」
「こんなわけの分からねー化け物を追うよりも、まずはそういう身近な敵から排除してもいいんじゃねーかってことだよ。ま、俺はあんたらの言うように"共食い野郎"を追っかけてはみるけどよ」
「……余計な口出しをするな。調査を続けろ」

 それだけ言うと、"声"の反応はこれ以上ない。存在がなくなったことを確認してからアスクレピオスは両手を広げ、首を傾げた。

「まったくよぉ、俺も暇じゃねぇんだけどなぁ。でも死体集めをするにもあいつらとは仲良くしておかねーとやり辛ぇしな」

 文句を垂れながら茶髪の髪を掻き、再び惨状の広がる光景を目にする。サングラスを外し——男の赤色の瞳は妖しく光を帯びていた。

「さーて……どうすっかなぁ」


————


 眠ればそりゃあ朝が来て、一日が始まるのは当然のことなんだけど……考えることを放棄したい気分の俺にとっては一日の始まりが辛い。むしろ何も考えなければずっとこのまま布団の中で過ごせるんじゃないかな、とか思い始めてくる始末。
 昨日は燐のカレーを食わされて、案の定腹を壊し、トイレに何度駆け込みたかったか。けれど燐がそれを許すはずもなく、我慢し続けた結果燐が帰宅した後はトイレで何時間か篭りっぱなしにもなった。

「だから今ちょっと気分が悪いのか……」

 朝の目覚めがこれほどまで悪いのは久々だ。とはいっても、個人的にはもう少し遅く起きたい。でも燐が早めに来る。だから起きるのだ。身体がほら、こうして何も言ってないのにちゃんと起きやがる。身の危険を察知してのことだろうか。

 小鳥のさえずりさえ耳に入らず、ただお布団の中から出たくないと思いながらも身体を無理矢理起こした。
 あぁ、まだ眠いよチクショウ。出来ることならこのまま寝たいところだ。

「ん……?」

 何か違和感を感じた、と思いきや、そうだテレスだ。あいつ、確か家の中では自ら実体化出来るはずなのに、何で今日は実体化していないんだ?

「おーい、テレス?」
『……ん? どうしたの?』

 ああ、いた。返事が少し経ってからだったから気になった。って、何で俺は気になってるんだ。こいつがいて迷惑被ってるんじゃなかったのか。

「いや、いるならそれでいいんだけどな」
『……うん』

 何だ、そのいかにも元気のない返事は。何かあったのだろうか。そういえば、昨日から少し様子がおかしい部分はあったような気もする。

「実体化出来るのに、今日はしてないな?」

 遠まわしに聞いてみることにした。まずは実体化のことから……。

『んー、気分じゃない、かな』

 何だそれぇえええ……。気分じゃないから実体化しないって、理由にもクソにもならんよ……。何か知らんけど、複雑な乙女心ってやつなのか、これが。

「な、何か、ごほん。……悩んでるのか?」
『悩み……かぁ。またそれとは違うかもしれない』
 
 難問すぎませんか。はぁ、俺にはどうしようもなさそうだな。

「そうかよ……ていうか、ご飯も食べねぇの?」
『それは食べる』
「こいつ……」

 結局ご飯を食べる為だけに再び実体化したテレスは昨日の作り置きして行きやがった燐のカレーを食べてもらった。
 一口、二口と食が進む。それを見守る俺だったが、どこか俯き加減のテレスは味というものを気にしないままそれらを全部平らげた。驚いたな、何食か分残ってたはずなのに。ていうかそもそもあの味でよく食えたな……。

「不味くなかったか?」
「え? 何が?」
「いや、カレーだよ、カレー」
「これ、カレーっていうの?」

 ああ、カレーも知らないのか。記憶喪失とはいえ、そういう日常的な物事はテレスの知識の中にある。だから赤ん坊状態というわけではないのは確かなはずだけど、カレーを知らないとなると現代っ子ではないということになるのか。
 ということは、テレスはどの時代の人間なんだろう。カレーを知らないなら……相当前だよな。

「クセはあるけど、食べれるよ?」

 あぁ、燐のカレーがテレスの中で標準的なカレーになってしまう……本当はそんな不味くないんだよ、カレーってものは。もっとな、カレーの味がして、色んな野菜とかの味が染み込んでて……そんな若干抵抗感のある液体じゃないんだよ、カレーってのは。

「ご馳走様でした。……そろそろ、燐ちゃん来るよね? 私、戻るね」
「お、おう……」

 いつになくテンションの低いテレスは淡い光を帯びたかと思うと水晶の中へ戻って行った。それも燐のことを燐ちゃんって呼んでるなんて、初耳だ。
 何を考えているのか分からないが、いつものやかましいテンションがここまで落ち着いてくれるとなると俺の頭痛の悩みが減って大変よろしい。しばらくこの状態で居てもらいたいもんだが……何かこう、物足りなさがどこかにあるな。

「いやいや……何言ってんだ俺。っと、早く支度を済ませるか」

 そうしている内にいつもの如くインターフォンが家の中に響いた。


————


 案外普通の会話。本当に燐は魔人との云々は記憶にないのだろうか。そう思ってもおかしくないほど燐は通常だった。ただ少し無愛想に、不機嫌で、それとなく気にかけてくれている。どこからどう見てもいつもの燐にしか見えない。

 学園までの道のりは徒歩では案外遠めだ。舗装された道を通る為、あまり住宅街などではなく、白を基調とされた歩道を通学路としている。といっても、その道を通るようにと魔法学園からの通達もある。
 理由としては、一般人とプライベート面などで関わる機会は出来るだけ避けさせる為であることと、魔法による被害などを減らす為だ。
 魔法学園は凶悪な魔法を使った犯罪者などを相手にするので危険が多い。その為、魔法学園の周りはこうやって舗装された道などで通学路が決められていたり、魔法学園に通う生徒用の寮などが配備されている。一つの"学園都市"といえばそうかもしれない。

 そういうわけで、舗装された道を歩く中で他の人と接触することはまずない。魔法学園の生徒と接触する、ということも有り得ることは有り得るわけだけど、生憎俺と燐は通常よりも結構早めに登校しているせいもあってか入学から数日経った現在のところ、まだ登校中に魔法学園の生徒を見かけたことはない。
 となると、必然的に二人で話す時間が多くなる。まあ毎日こうして一緒に登校していれば話のネタも無くなり、次第に無言になったりするが双方ともに長く付き合いのあるせいかそんな間も全然普通になっている。
 でも、一つ気になることはある。燐についても違和感はあるっちゃあるが……テレスのことだ。さっきから黙ったままの幽霊少女の異変にさすがの俺も気にかけていた。
 何も話そうとしないし、どうすればいいのか正直俺にも分からない。急にそんな塞ぎこまれても燐と違って短い付き合いなもんだから対処方法に困る。
 ……まあ、話してくれるまで待ってみるか。

「それじゃ」

 燐の一言で校門の前まで辿り着いていることに気付く。あぁ、と返事しようとしたところで燐の方が先に言葉を繰り出してきた。

「今日から"演習"があるらしいから、放課後は一人で帰ってて」
「あ……うん、分かった」
「じゃあね」

 踵を返すと燐はそのまま俺の方へ振り返らずに歩いて行った。
 演習、というと確か魔法科の生徒には個人の運動能力や魔力などを測る為に演習を兼ねて様々なトレーニングをするとか何とか……。なおかつ、燐はその中でも武具や身体に魔法をかけて戦う"魔技科"の方なので結構ハードな形になるんじゃないかと思う。怪我しないといいけど、燐の相手の人が。
 でもまあ丁度良かったかもしれない。放課後はニールさんに来るよう言われていたし、魔法科で演習があれば遠慮することなく放課後は過ごせる。どうにかバレる心配はなさそうだ。

「さて、俺も行きますか」

 静かで、なおかつ広大な中庭を一人、普通科の校舎を目指して駆けていく。今日はなかなか気持ちの良い朝だな。


————


「えー、クラスの委員長を決めたいと思います」

 朝のHR。気だるそうな先生の声。クラスメイト達はその一言でざわつき始める。その中でも誰がなるんだよ、早く誰か決めようぜ、立候補しろよ、などと身勝手な意見が多い。
 ああ、これよくあるよなー、と心の中で思い返す。学校あるあるに挙げてもいいんじゃないかってぐらいだ。
 ちなみに俺は魔法に対して小学生、中学生時代もご覧の通り落ちこぼれまっしぐらだったので普通の一般の学校へ入っておりました。だから燐とは幼稚園と魔法学園でしか実は一緒になったことがないんだよな。

「立候補したい人はいますか?」

 先生の声が教室中に広まったはずだが、一向に返事が返ってくる気配がしない。
 委員長、といわれればなかなかして面倒臭い仕事だ。それも何かと色々あったりでもしたら委員長という肩書きだけで目の敵にされたりする。踏んだり蹴ったりでご苦労様ポジションというのが俺の中の委員長印象だ。
 あー、誰か立候補してくれよ。思うだけで口にはしない。皆そう思っているだろうからだ。

「あ、あの」

 と、ここでまさかの挙手がきた。女の子の声だ。ここでまず俺は羽鳥さんを想像する。委員長してそうなイメージが確かにある。もしかして、と頭に過ぎったが違うようだ。漆黒の髪色がそこで見えたからである。
 すらっと伸びた若干短めの腕に、小さな手。しかし真っ直ぐと挙げられたその子の姿は印象的だった。

「私、立候補してもいいでしょうか……?」

 何故疑問文。皆たぶん願ったり叶ったりだと思うけど。
 先生もやってくれるか、といった感じで笑みを浮かべた。って、このだるそうな担任の笑顔見るのがこれで初めてだし、少し不気味な笑みだな。

「雪ノゆきのかぜ! やってくれるか!?」
「は、はい。やっていい……でしょうか……?」
「ああ、やっていいやっていい! それじゃあ、委員長は雪ノ風 此方(ゆきのかぜ こなた)で決定だな!」

 フルネームで担任が紹介し、黒板に大きく雪ノ風 此方と書く。それを見て少し赤面しながらクラスメイトの拍手と共にぺこぺこと頭を下げる彼女の姿はとても可愛らしかった。
 あんな子もいたんだな、と俺は心の中で思う。いくらクラス:ボーダーに仮で入っていたとしても、俺は普通科の生徒なんだ。普通科のクラスメイトたちに対して興味を持たなくてはこれから先やっていけそうにないな。

「よーし、後一人なんだが……」
「はい、僕がやります」

 雪ノ風が委員長に決まった途端、即座に手を挙げる人影。こんなにさっさと決まるんだったらもっと早くに出来たろうに、とか思った最中、その人影の正体に俺は驚いた。

「おお、やってくれるのか古谷」

 まさかの古谷だった。いや、おま、え、委員長とかやるのってかやっていいのか。

「はい、せっかくなので」

 どういう理由だよ。考えて喋った方がいいぞ古谷。
 とにかく後で問いただすとして、何か理由はあるんだろうと拍手が送られる教室の中、自分一人で納得しておいた。

「何だ、やれば簡単に決まるじゃないか。さて、もうそろそろ一限だな……それじゃ、HRはここまでだ」

 用事が済むとそそくさと先生は帰っていった。何にせよ、委員長とか魔法学園でも決めるんだな。まあ、普通科はそりゃそうか。

「あー、もう少しテンポずれてたら立候補してたかもねぇー!」

 堺、お前は少し黙っておいた方がいい。