複雑・ファジー小説

Re: 落ちこぼれグリモワール 遅い新年のご挨拶など ( No.25 )
日時: 2015/01/12 00:14
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: MDTVtle4)
参照: お久しぶりに更新です。説明するところが多くて申し訳ない……。

「クラス委員長になるように提案したのは僕です」

 放課後、呆気なく古谷が委員長に立候補した理由がニールさんから告げられた。

「クラスの委員長になるということは、どういう行事ごとがこれから行われるか一早く情報を入手できる。その方が今後魔人が出ても対策できる場合が増えると思ったんですよ」

 プラプラと相変わらずサイズの合っていない白衣の袖を揺らすニール。言われてみれば、確かにまあ理には適ってるか。
 放課後は早速古谷と共にアンノウンへと出向くことになったわけで、そうしたらニールさんはいつものようにアンノウンにいたので聞いてみたのだが、この様子だと他にも何か古谷に提案を組み込んでそうだな。 

「で、今日は何をするんですか? せっかく集まったところで、肝心の魔人が現れていないんじゃ……」

 それも、今現在ここには俺と古谷とニールさんしかいない。紅さんやロゼッタの姿は見えない。こんな状況ならなおさら疑問に感じるだろう。

「あはは、何も魔人を駆逐することだけがクラス:ボーダーのやることじゃありませんよ」

 普通に考えてそうか。ずっと魔人が出ることはない。むしろ、魔人は隠れている場合が多い。人間の中に混ざって生活をしている者もいると聞いたことがある。分からないように、人を殺し、喰う。そうすることで魔力の枯渇を留めているらしい。思えば思うほど、あの相対した魔人の姿が脳裏に浮かび、つい身震いしてしまう。

「まだまだ、君達二人は魔人について知らないことが多すぎます。このまま以前のように対峙した場合、今度こそ一方的に殺される恐れもあります。なので、予備知識として魔法、そして魔人について"授業"をします」
「ええっ」
「どうしました、桐谷君?」
「い、いや……」

 マジか。やっと学校の授業が終わって勉強という名の苦しみを終えたと思った矢先だっていうのに、またしてもそれが繰り返されるのか……。

「ふむ……まあ、魔法については簡単な説明でも良いかもしれませんね。基本的な"主属性"については二人共習ったと思います」

 "主属性"というのは、火・水・雷・風・土の五種類の魔法のことを指している。名前の由来としてはそのまま、主に基本として使われる魔法のことだからだ。何を唱えるにしろ、必ずこの五種類の魔法の中の一つを混ぜ合わせなければ魔法は具現化しない。
 ……まあ、こんなことは今時ならば小学生でも知ってるような魔法学の知識だ。主属性は魔法の基本の基本、世界の基本ともされるようなものだしな。

「そして、"副属性"の存在。これは主属性の応用のような形でもありますね。つまり、主属性の"特徴"を捉えて組み合わせている魔法のことです」

 "副属性"とは主属性の補佐的な役割のことだ。細かい分類といってもいい。だから種類の範囲に決まりは存在しない。例えば、ただ単純に火の玉を出すとして、それを五つに分ける、といったことに副属性が絡んで来る。
 主属性の"特徴"というのが鍵だ。火なら火を想像する、情熱的、燃え盛る、範囲を広げる。まあそういうような流れのイメージ。抽象的な存在なのが副属性ともいえる。ちなみに細かいものから大まかなものまで様々であって、別にこの場合はどうだとかは決まっていない。イメージが重要であって、あくまで特徴を掴むことが必要なだけだ。

「本来ならば詠唱することで魔法は形に具現化していたわけですが、従来の詠唱式から魔術式に代わったことで魔法の利用がよりスムーズに行われるようになりました」

 詠唱式は元々声に出してイメージを作り上げ、それを形にして具現化をするという流れだったが、魔術式では既に文字としてイメージが構築されている為、発動され出来ればすぐに具現化される。一見、詠唱式のショートカットのようでメリットしかないように思えるが、魔術式にもちゃんとデメリットはある。それは至極単純なことで、魔術式は事前準備が必要だということだ。
 魔術式の発動は第一に構築された魔術式が文字として用意されていなくてはならない為、戦闘中にこの魔法を使いたいとなっても手持ちの魔術式しか活用できない。とはいっても、実際にこうなって困るのは魔法を直に放つ魔閃の方だと思うし、最近では文字の表現も色んな種類があるみたいだから、そこまで困らないのかもな。

 ところで、どうして俺はこんなにも魔法学について詳しいのかと言われれば、魔術式を書くことを趣味にしているというのもそうだが、一応は魔法の名門に生まれた存在である以上そこそこの英才教育は受けている。しかしいかんせん、魔法を使う才能には恵まれなかったわけだが、魔法学だけは性に合っていてそれの勉強だけは人よりも優れていたというわけだ。……他の科目は目を逸らしておいて欲しい。

「そういえば、桐谷君は趣味として魔術式を書いていましたね?」
「え、そうなの?」

 おい、何でそこで古谷は驚いたような声を出す。久々に喋った割には随分と失礼じゃないかそれ。

「趣味ですよ……。一応、少しは人よりも勉強していたんで。……魔法学だけ」
「なるほど。それなら、魔法学については桐谷君にはあまり必要ないのかもしれませんね。基本的なことならば既に熟知しているでしょうし……」

 魔法学に関してだけなら、ここの先生にも負けない気がするぐらい基礎は知ってるぞ、多分。無駄な自信だけは一丁前についてやがる。

「魔法とは無縁な生活を今まで送ってきたので、魔法学園に入って魔法学を初めて学びましたが……桐谷君、君は一体」
「ああ、そういえば古谷君には桐谷君のことについて何も話してませんでしたね。彼は一応、ただの一般人ではなく、家柄としてはかなりの名門の長男にあたる人なんです」

 何故だろう、凄く皮肉っぽく聞こえるのは。ニールさんが言ってるからだろうか、それともニールさんが笑顔で言うからだろうか。

「なるほど……道理でクラス:ボーダーに。あ、でも普通科にいるのは……」
「彼は落ちこぼれで、魔法が使えなかったのですが、このたびテレス・アーカイヴさんが桐谷君に憑いたおかげで魔法が使えるようになったのです」
「そ、そんなハッキリと落ちこぼれって言わなくても……まあ、事実なんですけども……」

 いざ他人から面と向かって言われるとなかなかキツいものが俺にもある。言われ続けてきたからこそ、こうして改められるとなぁ……。

「……ごめん」
「え? いきなりどうした?」

 突然謝りだした古谷に俺は疑問を抱くが、実は少しその原因に勘付いていたりもした。

「いや、君に初めて会った時、僕は君にとってとても失礼な言葉を……」

 だろうと思った、と口に出して言うところだったが抑える。何よりも、本当にすまなさそうにされているのが逆に申し訳なくなり、苦しくなってくる。

「いや、気にするなよ。悪気があったわけじゃないし……あの時、古谷の言い分に確かになって思ったんだよ。だから謝ることじゃない」

 事実なわけで、それに逃げたかったわけで。つまり自分を認めたくなかったから、俺はあの時否定して逃げた。いや、"否定も出来ずに"、か。事実だったから。現実がそうだったから。それに向き合い、古谷は自分の左腕を武器にしてまで自分の成すことを成そうとしている。その姿勢に今改めて凄い奴だと思った。

「まあ実際、魔術式を書くのはそう容易いことじゃないからね。魔法学をいくら学んでいるからといっても、特殊な文字を使うわけだし、別の学問も必要になる上に構成自体が現役でも難しい。サンプルを真似てオリジナルティを出していくのが主流だけど、桐谷君は一から構成をして組み立てているんですよね?」
「え、えぇ、まあ……」
「だとしたら、それは凄い才能でもありますよ? 誰でも真似できることじゃない」
「あ、あはは……そ、そうですか?」

 めっちゃ褒めてくれるニールさんに俺も満更でもない。褒められること自体が人生の中でも少ないが上にこうしてすぐに上機嫌になってしまうのだろうか。

「けれど、それはあくまで自分で作成したものを使えたら、の話ですけどね。使えない限りは構成を組み立てたところで何もならないですし」
「その上げて落とすのマジでやめてもらってもいいですか……?」

 薄々感づいてはいたが、ニールさんはとんでもないドSだ。上げて落とすという手法を使う相手は決まってそういうタイプに違いない。俺の人生経験がそう物語っている。

「一つ質問なのですが……」
「はい? 何でしょうか古谷君」
「僕は魔術式を使いこなす必要がありますか? 魔法を発動する際、必要なのでは……」
「ああ、それですが、古谷君の使う魔装篭手は基本的に昨日見せてくれたように刃物状に変形する以外に主属性が"風"なので風の魔法が使えます。けれど、それは既にプログラミングされていて、古谷君の使いたい時に指令を送れば簡単に使えることが出来ちゃいます」
「なるほど、それは便利ですね……」

 左腕を持ち上げ、それを見つめる古谷。一見、普通の腕にしか見えないそれは昨日、人を容易く一刀両断に出来そうな鋭利な刃物へと変貌して見せた。その印象が強い俺にとって、古谷の左腕は別の何かに見えて仕方が無い。その上、風の魔法まで使えるとなると、まさに昨日説明に受けたように"兵器"なんだ、と再確認させられる。

「ただし、そんな万能わけもなく、使用する魔力は古谷君の生命力を還元して生み出している代物なので、使いすぎると左腕がぶっ壊れるどころか、古谷君自体が生命の危機に陥る可能性があります。なので、使用しすぎは気をつけてくださいねー」

 物凄い軽い感じでニールさんが説明したわけだが、結構シビアな内容だったように思う。生命力を代替する時点で相当危険なのは理解できるはずだ。

「分かっています」

 と、古谷は頷いてみせる。諸刃の剣をどう使うも古賀の勝手ではあるけど、自分を傷つけてでも成し遂げる復讐の先に何があるのだろうか。
 俺の視線に気付いた古谷が俺の方へ向くとキョトンとした表情から一変、微笑んだ。

「はは、そんなボーッとした顔して、どうしたの?」
「え? い、いや、別に……」

 俺そんな顔してたのかよ……。結構頭の中ではシリアスなことを考えていたものなんだけどな。いや、もしかすると、"わざと古谷はおどけてみせたのかもしれない"。

「さて、話を戻すけど、今まで言った内容は全て魔法の基礎中の基礎。主属性だけではなく、別の属性である"希有属性"は今は省いておきますね。……続いては、お待ちかねの魔人についてです」

 魔人といえば、あの化け物のことか。あの時はがむしゃらだったからよく分からないけど、そもそもどういう存在か詳しいことは知らない。荒廃地区になる理由が魔人の被害だということも幼少の時にはよく分からなかったが、今なら理解できる。現に起きて、その惨状の被害になった人物が俺の隣にいるのだから尚更だ。

「魔人について詳しいことまでは判明されておりませんが、ただ一つ、その存在の維持には魔力が不可欠ということです。我々人間は魔力を維持出来る身体を持っていますが、魔人は存在自体がそもそも"存在するはずのない存在"だとされており、この世に存在するには人を喰うことが必要不可欠、と最近までは言われていましたが……それが必要な魔人とそうでない魔人がいることが判明されてきました」
「それは……どういう違いがあるのですか? 例えば、高度な知恵を持っている、とか……」
「我々が独自に調べた結果ではその傾向は高いです。実際に喰うことを必要としない魔人は高度な知識を持ち、人間の生活の中に潜んでいる……とされています。ただ、その高度な知能ゆえに人間を凌駕する部分があり、彼らの一部は集団行動をとって我々人間の生活を脅かしていることも現にあります。正体は未だ不明ですが、実際に存在していることは事実としてあります」
「謎の魔人組織……ですか。ならば、そいつらを叩けば、魔人たちの駆逐に大きな成果が……」
「確かにその通りですが、甘くはありません。知能も人間を凌駕している者が多い上に戦闘能力も人間の比ではありません。君達が実際に相対したあの魔人は中でも下位クラスの者で……要するに下っ端ですね」
「あれで下っ端かよ……」

 思わず呟いてしまう。あの恐怖は未だに身体の中にある。容易く古賀の左腕を吹き飛ばしたあの巨体。それも自動再生するチートのような身体を身につけている奴だったはず。奴ですら下っ端クラスの存在であることに驚きを隠せない。それは古谷も同じようだった。

「今のままでは、奴等に対抗することさえままならない……ということですか」

 悔しそうに握り拳を震えさせ、唇を噛み締める古谷。それに比べて、俺はどこか心の中で"別に俺は戦わなくてもいいんだ、良かった"と安堵している部分があった。思わず俯いてしまう。何か、情けないな……。

「"今のままでは"という話です。クラス:ボーダーは魔法学園における最強の魔人討伐隊と言っても過言ではありません。魔装篭手のサンプルとは言いましたが、古賀君にはとても期待していますし、僕も力添えをします。なのでそう悲観することはありませんよ」

 プラプラとぶかぶかの白衣を着た人に言われてもな……。事実、ニールさんは華奢だし、中性的な顔立ちのせいかそう強く見えない。というより、研究者という一面が強いからだろうか。紅さんは物凄い、何というか……わからない、本当に強いのかどうかなんて。
 大体、ロゼッタに関してもまだ半信半疑だ。化け物の圧倒的な強さの印象が強い中、そう思うのも無理はない部分はある。何にせよ、俺はテレスの件をどうにかしたい一心で……。
 ……本当に、そうなのだろうか。

「まさに魔人は神出鬼没ですし、どんな能力を秘めているかも分かりません。魔法も勿論使ってきますしね。なので、対策をする為、二人にはある程度"訓練"しようと思いまして……」
「え、訓練って……俺は確か、見とくだけでしたよね?」
「はい、そうですが、一応"仮"とはいえど加入しているわけですので、魔人と対峙した時にどうこう切り抜けるようにはしておいても損はないのではないかと!」
「な、なるほど……?」

 何か上手い感じに丸め込まれている気がするんだけど、気のせいかな……。

「と、いうわけでして! 二人には今から実際に"戦ってもらいます"!」
「「はい??」」

 俺と古谷の声が合わさる。誰と、そしてどこで。そんな疑問も束の間、"訓練相手"が颯爽と奥から登場してきた。

「あっはっはっは! 私が訓練相手だ! よろしくな!」
「く、紅さんが!?」

 仁王立ちして、まさに今から戦闘モードと言わんばかりの軍服に似た仕様の教官服を着込んだ紅さんが笑みを浮かべている。何の笑みなんだよ、怖いよ!

「い、いきなりすぎますし、場所がここだとやばいんじゃないですか!?」
「ああ、それなら安心してください! ここは強力な魔法によって守られているので、大抵の魔法や打撃や斬撃程度ではかすり傷一つさえつきません!」
「いやいや待ってください! これって魔人とか云々関係なくないですか!? ただ単純に紅さんと戦うだけなんて俺は——!」
「そろそろいいか? 始めるぞ! "谷コンビ"!」
「全然この人話聞いてねぇ!」

 紅さんが右手のひらを床にかざす。すると、魔術式特有の魔方陣の羅列が紅さんの右手に現れ、床にそれは反映される。猛烈な風が紅さんの周囲に漂い、その渦の中心で紅さんは叫んだ。

「来ぉぉぉいい! "ミーちゃん"!!」

 ……何て言った、今。
 物凄い暴風で俺の考えは遮られ、そして突然の暴風が過ぎ去ったと思いきや、目の前には——巨大な熊が突っ立っていた。

「んな……!?」
「紹介しよう! この子は私のペット、ミーちゃんだ!」
「グォォオオオッ!!」

 すげぇ雄たけびで俺たちを威嚇するミーちゃん。熊のくせして何だその可愛い名前は。ギャップ萌えとか求めてんのか、と。
 そんな風に思ったのも些細なひと時。俺は古谷の呼び声でようやく気付く。目の前まで、既にミーちゃんが襲ってきていることを。

「うぉおおおお!!」

 何とか飛び退き、ミーちゃんの振るう猛威の爪を間一髪避ける、が今のは当たっていれば脳天から裂けて終わりだっただろう。

「こ、これって……訓練ですよね?」
「はい。クラス:ボーダーの訓練です。何とかしなければ、下手すると——"死にますよ"?」
「私のミーちゃんは容赦ないから、気をつけろよー!」

 俺と古谷の表情が歪む。
 そんな理不尽なことって、あります……?