複雑・ファジー小説
- Re: 落ちこぼれグリモワール 更新していきますー。 ( No.26 )
- 日時: 2015/01/18 19:43
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: MDTVtle4)
- 参照: 参照600越えありがとうございます!これからも宜しくお願いします!
涎をポタポタと垂らし、いかにも喰ってやろうとするその姿勢は崩さない。茶色の毛で覆われた巨体は野生的な匂いが漂わせている。更に極めつけは右手左手に兼ね備えられた鋭利な爪だ。あの豪腕でそれを目の前で振るわれた時はマジで死ぬかと思った。
今は、そうだな。とりあえず——熊の猛威から全力で逃げ回っているところだ。
「ひぃぃいいい!!」
「グォォオオッ!!」
後ろを振り返っちゃいけない、とばかりに俺と古谷は全速力でアンノウンを駆け巡る。それもこのアンノウン、走れど走れど終わりの見えない無限迷宮の如く広い。これも魔法の一種なのかどうかは知らないが、これのおかげで俺達は何とか本棚などを使って熊を追いつかせないようにしていた。
で、今さっき見つかってまたしても全速力で逃げて、をかれこれずっと繰り返している。
「どうすんだよっ! このままじゃ俺達、あの熊の餌食だぞ!」
「そう言われても! まだちゃんとこの左腕を使いこなすことが出来ないんだ! その状態でどうしろと……! ッ、避けろ!」
「うおあああああ!!」
俺と古谷が左右に分かれて散らばる。その中央を分厚い腕が虚空を裂いた。危ない、マジで危ない。避けてから即俺は立ち上がり、何とか走り、少し行ったところの本棚に隠れる。恐らく、古谷もそうしていることだろう。しかし、古谷とはぐれてしまった、どうしよう。一人になった途端、突然心細くなってきた。
「はぁ、はぁ……くっそ……何だって熊と戦わなくちゃいけないんだよ……!」
『どうしたの?』
「って、テレス! お前今まで何をやってたんだよ!」
『え、別に……寝てただけだけど』
「えらい呑気だな! 今ちょっとピンチなんだ、魔法使えるようにしてくれ!」
『使えるようにって……私が使ってるわけじゃなくて、咲が使って……あ、あれが"クマ"って人?』
「あ? どれだよ」
『ほら、咲のすぐそこで腕を振り上げてる』
「ッ——!! っんなことは早く言ええええ!!」
横転して転がるが、爪が制服に掠る。衣服が破れるような音が少し聞こえたものの、制服自体にそこまで外傷は至っておらず、何より肉体には何ら異常はない。これもカット性が高まった制服だから、ということなのか分からないが、熊はそんな分析する時間も与えてはくれない。死んだふりとか、ここまで逃げ回っておいてやろうという気も起きないわけで。
手元を何とか探り、倒れた状態の俺でも出来ることを探した結果。
「この、やろぉっ!」
しっかりと掴んだ椅子で大きくぶんまわし、熊の腹部へそれが激突した。
「グォゥッ……」
効いている、のか? よく分からないが、とりあえず少し怯んだ隙に立ち上がり、すぐにその場から離れた。
少し離れてから後ろを振り返ると、熊が痒そうに腹部を撫でていた。嘘だろ、マジか。全然ダメージ入ってなさそうじゃん。結構全力でやったのに。
「グォォォオオオオッ!!」
そして怒る熊。ふっざけんな、凶暴すぎるだろ。ミーちゃんだかマーちゃんだか何だか知らんが、そんなネーミングの可愛らしさの欠片もねぇよあの熊。あれは少なくとも人が飼える生き物じゃないのは間違いない。
「てこずっているようだな!」
どこからともなく現れた紅さんに、俺は思う存分文句を言う。
「あれはどう考えてもおかしいでしょ!! 少なくとも、魔法を唱えることに熟知していない俺と、まだ操作方法も分からない古谷が戦うには無理な相手ですよ!」
「おいおい、何を言っているんだ桐谷。私のペット如き、魔人と比べればクソの足しにもならんぞ? それに、殺すことが目的ではなく、今回の訓練は"ミーちゃんに懐かれる"ことだ」
「は、はいぃ!? 懐かれる!?」
「ああ。ミーちゃんは己より強い者が好きだ。だから自分の方が強いことを認めさせればいい。それだけの話だ。ちなみに手段は問わないが、一番は戦って認めてもらう他はないだろうな」
「そんな、無茶苦茶な……!」
「おっと、私と話してる間にも来るぞ?」
紅さんの言葉を受けて振り向くと、熊がこちらに向けて走ってきていた。容赦なくて本当に困る。
「テレス! 聞いてるんだろ!?」
『え……う、うん』
「とりあえず、今は俺に手を貸してくれ!」
『も、勿論、手は貸すけど……』
「よし、話が早い。なら、俺に"魔法の使い方を教えてくれ"!」
『……え?』
会話している間にも勿論熊は突っ込んでくる。何とか避けることを繰り返し、走り回ってはいるが、かなりスタミナに限界が来てる。
「つ、使い方だよ! 教えてくれないと、ハァ、ハァ……わから、ないだろ!」
『教えるも何も……あの時、君は"自分一人で私を使って魔法を発動させた"んだから、私は分からないよ?』
「は、はぁっ!? なんだ、それ——ッ!! あぶねぇ!!」
「グォオオオオッ!!」
熊がうっとうし過ぎて会話に身が入らない。ていうか、俺一人で魔法を発動させたって、そんなもの……え、本当に? 俺そんな記憶ないんだけど。
『もしかして……覚えてないの?』
「覚えて、ねぇよっ! あの時は必死で……とにかく、出来るような、ハァ、気が、したんだよッ!!」
傍にあった椅子を熊に投げつけるが、それを難なく腕を振り回して回避する熊。なんつー知能の高い熊だ。椅子も何らかの魔法がかけられているようで、どんだけ投げても傷一つないのは凄いが、こうも効かないんじゃ投げても意味ないような気もする。
それにしても、魔法の使い方なんて本当に知らないぞ。多分、魔法書があれば……あぁ、そうか、魔法書だ。魔法書を探さないといけないんだよ、とりあえず。じゃないと魔法なんて唱えられるわけもない。
「確か俺のバックに……!」
「グォオオッ!!」
あ、やばい。考えてたら熊の右手が俺の方に目掛けて——
「そうは、させるかぁぁああ!」
と同時に、古谷が叫び声と共に現れたかと思うと、左腕を差し伸ばして熊の方に向けていた。腕は既に変形しており、銃のようなモデルへと変化を遂げ、その銃口は熊に目掛けて向けられていた。
熊が古谷の方に振り向く瞬間、銃口は唸りをあげて風と共に熊に目掛けて発射されたそれは熊の右側の背にあたり、直撃した後風はうねりを増して増大してまるで弾丸のように形成された"弾丸"は熊を前方へ弾き飛ばした。
凄い勢いで弾き飛ばされた熊はそのまま机や椅子、本棚などに激突し、そのまま床へ倒れた。それほどの衝撃にも関わらず備品は何一つ壊れてもいないしビクともしていないのが不思議だ。
「はぁ、はぁ……大丈夫?」
「大丈夫もクソもあるか……と言いたいところだけど、助かった。ありがとう、よっ……と」
息切れしている古谷から差し伸べられた手をとって立ち上がるが、物音が聞こえたのでおそるおそる音の発生源へ視線を逸らすと熊が何事も無かったかのように立ち上がっていた。
「おいおい……マジか。どんだけタフなんだあの熊……」
「やっぱり、初めてだから難しいところだ……下手すると、僕の生命力が一気に持っていかれるような感覚になるんだ。だから凄くセーブしちゃったんだけど……やっぱり、あの程度じゃダメか……」
古谷はそう言うが相当不意もついたし、やれたと俺は思ったんだけどな。
熊はやっぱり強かった。あんな至近距離で直撃したにも関わらず、直撃した部分でさえも何ら外傷が見られない。
これ、勝てるのかな。とか少しは思ったが、その考えを取りやめて、熊がこちらに向かってくるまでの間に何とか作戦を組むことにする。
「なあ、古谷。少し提案があるんだけど」
「何かいい案でもあるの?」
「いや……分からないけど、俺が現状戦力になれない状態なんだわ。実は、魔法書がないと魔法使えなくてさ……」
「なるほど。それで?」
「魔法書は俺のカバンの中にあるんだけど……あの熊が追っかけてくると、探すだけでもかなりキツくなるんだよ」
「……うん」
「だから……それまでの間、熊の相手をしてくれ」
「言うと思った」
俺の方を苦笑して見る古谷。というより、もう既に察してましたよ、という感じ。
「けど……確かに、そうだね。君は僕を助けてくれたことがある。あの時、君は逃げなかった。……だからまあ、引き受けるよ」
「よし、ありがとう!! じゃあな! 死ぬなよ!」
「了解した途端、行くのが早いね!?」
すぐさま俺は駆け出し、その場を離れた。……別に逃げたわけじゃないからな。うん。決して違う。
その後姿を見てから雄たけびが聞こえる前方へ再び振り向く古谷。戦闘準備が出来ています、と言わんばかりに熊は両腕をわきわきと動かしながら、古谷の方へ歩いていく。
「この程度の訓練で……弱音を吐くわけにはいかない。僕は……魔人を殲滅するんだ。その目的の為に……こんなところで立ち止まらない」
左腕を変形させ、鋭利な刃を造形させる。刃渡りが大きく、その白い刃は妖しく光り、
「かかってこい!」
古谷は熊に目掛けてその刃を構えた。
—————
「苦労してるみたいだねぇ」
呑気に熱いお茶を片手にニールが呟く。目の前にはモニターが何台も設置され、その中の一部に咲耶たちの姿が映っていた。
端から見れば、滑稽の一言。何をやっても立ち上がる熊に苦戦し、逃げ回る彼らの姿はまさにその一言に限るだろう。
ただ、ニールはそんな彼らの"滑稽"な姿を見る為にこんなことをしているのではない。勿論、目的が存在していた。
「死なないようにって言うのは、一番難しいことだからな」
いつの間にか紅がニールの傍に戻ってきていてモニターを見つめながら言葉を発する。それに対して、ニールはデスクに座ったまま応える。
「彼らが死なないように、それぞれの課題を見つける為……っていうのもそうだけど、桐谷君に関しては謎の存在であるテレス・アーカイヴと名乗る少女との繋がり……それを確たるものにしたい」
その為には、とニールは続けようとするが——
「実戦あるのみ、か」
紅が遮り、ニールが小さく笑う。
「引き続き、監視を頼みます、紅」
「ああ、分かった。任せとけ」
返事をして数秒、紅がその場を去った後でニールが呟く。
「"テレス・アーカイヴ"……。世界的に有名ながら、何故か"歴史には存在していないことになっている魔法使い"……か」
—————
「あー、くそっ! ここどこだよ!! さっきから同じところを廻っているような気がしてならねぇ!」
あの熊野郎をぶっ飛ばす為に魔法書を取りに行く最中な俺だったわけだが、さっきから一向に辿り着ける気がしない。そもそも、ここは今どの辺りなのか、全体図を教えて欲しいぐらいだ。この様子だと、たとえ魔法書を見つけたとしても古谷の元まで戻れるかどうかも怪しい。
何せ、同じような本棚や机、椅子、証明器具などが延々と続いて並んでいるのだ。錯覚といっても過言ではないほど、さっき通っただろという感覚が拭えない。
「くっそ、どこに向かえば元の場所に……!」
焦る一方で、次はどの道を向かえばいいのかよく分からない。ああ、くそ、どうしてこんなに広いんだ。そんなに本を集めたところで誰も詠まないだろ——とか関係ないことまで愚痴を零しかけていた時、
「あら? こんなところで迷子かしら?」
ふと、人の気配があったことに先ほど気付き、驚きのあまり転げてしまいそうなほどだった。それも、後ろから、そして至近距離から話しかけられたので驚かすつもりがないのだとしたら悪趣味だと言えるほどだった。
「ちょ、だ、誰ッ——!?」
後ろを振り返ると、そこには俺の見知った人ではなく、思いっきり初対面の女性が立っていた。
それもその女性、容姿が何というか……そう、例えるならばゴスロリに近いのだろうか。
黒を貴重としたドレスに、エレガントという言葉が似合うほどの白色の羽がついた黒の帽子に、金髪の長い髪がそこから見えている。目は淡いブルーを帯びている。ロゼッタが同い年でいう美人であたるとするならば、この女性は大人の女性らしさを兼ね備えた美人だと言うべきか。そういう雰囲気を醸し出していた。
「誰、と言われましても、わたくしも貴方のことは存知あげませんわ」
何だか、喋り方も凄いお嬢様な感じだな。口元に白い手袋をはめた細長い手の指をおき、悩むようにして答える彼女は俺からしてもどちら様ですか、と言いたいところだった。
「いや、俺はクラス:ボーダーの——ッ!」
あ、しまった。言った後から気付いたが、確かクラス:ボーダーに関しては一般人もとい魔法学園の人に対しても他言無用だったはず。もしこの人が一般人だったりでもしたら……
「あら? ボーダーに貴方のような貧弱……あ、いえ、雑魚……ああ、わたくしったら、つい本音が……」
急に罵り始めてきた……なんだこの人……。
おほほ、とお嬢様らしく振舞うが、先ほど口に出した言葉は忘れることがないだろう、言われた方はな! そういう人生を送ってきたんだから仕方ない、とか言っちゃうぐらいだぜ!
「え、えっと……ボーダーのことを知っている……?」
「知っているも何も、わたくしはクラス:ボーダーの生徒ですわよ?」
あぁ、何だ、そうだったのか……良かった。
……とか思ったけど冷静に考えたら、ということはこの人も魔人を倒したりする人なわけか? ——んなバカな。
だって、こんな服装であんな化け物と殺り合うって、無理だろ。動きづらそうだし、第一こんなに華奢な人が勝てるわけ……。
『咲、この人凄い魔力を秘めてるよ……』
で、お前は何でこういう時だけそんな分析するんだよ。ていうか、分かるのか。
『咲の視界を通してのことだけど、分かるよ。ロゼッタっていう人と同じぐらい凄いかもしれない……』
「マジで!?」
「……何がですの? わたくしがボーダーに所属していることがそんなに驚きまして?」
「あ、いや、独りジョークでーす。はい……ははは……」
言ってから思ったけど、独りジョークって何だ。もっと他に良い言い訳あっただろ。
「まあいいですわ。それで、どうして貴方はここでウロウロとしていたのですか?」
「えっと……元の場所に戻れなくて。ていうか、ここの構造が全く理解出来なくてですね……」
「ああ、そうでしたの。と言っても、簡単ですわ。このアンノウンは特殊な魔法によって既視感を起こす錯覚や迷路のように惑わせるように特殊な細工が施されていますの。なので、大体の構造さえ分かれば簡単に行き来が出来ますわ」
なるほど、やっぱり魔法かけられてたんだな。通りで既に通ったような感覚が身に染みていたわけだ。
「戻りたい場所というのは、入り口のことを指していますの?」
「あ、ああ! その通りです! はい!」
「ならここを真っ直ぐ40mまで行き、それから東へ50m、南へ30m、西へ10m、北へ34m行ってから突き当たりを更に……」
「——すみません、連れて行ってもらえませんか……」
どうやら俺がこの図書館の道のりを覚えるのはまだまだ先の話になりそうだ。