複雑・ファジー小説

Re: 落ちこぼれグリモワール ( No.28 )
日時: 2015/02/15 21:38
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: MDTVtle4)
参照: 久々に更新します!文字数少ないです、ごめんなさい……。

 魔人を喰う魔人。その存在は異例中の異例だった。
 今まで、魔人は人間を喰らうもの。それが普通であるべくして、世の中の常識というものに相違なかった。しかし、今回の魔人による魔人殺しはそれを大きく撤回することとなる。
 そんな謎の存在を追うアスクレピオスは、独自に殺された魔人から"魔人殺し"の行方を調べていたが、実際のところこの事件に関してはまるで興味がなかった。
 アスクレピオスは死体を扱う死霊術師ネクロマンサーであり、死体の発生しない今回の事件は彼にとってはやるだけの無駄な仕事。ただ、魔人の集団と化している"奴等"に狙われるのだけは避けたい。
 そういう理由もあってアスクレピオスは調査を進めているわけであるが、調査を進める最中で気になることがあった。

 それは数日前、魔人が一人消失した。知能の低い魔人であり、消失するという出来事自体は日常茶飯事である。しかし、そこにある"残り香"が気になっていた。

「これは、まさか……」

 その魔力は、あまりに特徴的であり、特徴的すぎるがうえに思案してしまうほどに。
 魔力の残り香というのは、文字通り魔法を発生したことによって残る魔力の残骸を指すものであるが、一般の魔法であれば数秒もあればとっくに消滅してしまうものである。しかし、アスクレピオスが捉えたそれは今でもまだ濃く残っているほど、濃度の高い魔力によって形成されたものだった。

「かなり威力自体はなくなっているが、魔力はそう変わりない……」

 だが、そうなれば一体この魔力の持ち主はどこにいるのか。この魔力は特徴的すぎて、"奴等"も知っている人物なのだろうか。
 いや、そうだとすれば今回の同族殺しよりも"奴等"にとっては優先すべき事柄のはずだ。で、あるとするならば一体誰が。
 そこまで考えた矢先、そういえばこの荒廃地区は魔法学園の近くに存在するものだったはず。ということは、魔法学園の生徒の中に紛れているのか。
 それともう一つ。この魔力以外にどうしてここに辿り着いたかといえば、勿論調査の末のこと。
 その濃い魔力の他に——同族殺しの痕跡が微かに残っていた。

「どちらにしても、魔法学園と何か関係しているということか……」

 恐ろしい結末としては、この魔力の持ち主と、同族殺し。この二つの存在が"同じ場所"に潜伏しているということだ。
 アスクレピオスはため息混じりに恐ろしくなってきたな、と呟いた。





第4話:落ちこぼれの劣等感





 ジリリリリ!
 あぁ、うるせぇ。そう思った頃には勝手に手が伸びている。寝ぼけた頭を無理矢理たたき起こして、なおかつ全身筋肉痛で悲鳴をあげている中でも何とか上体だけ起こす。うわ、本気でシャレにならねぇぐらい痛い。筋肉痛なんて久々だから、こんな感じだったなぁとどこか懐かしげに思う。
 あぁ、どこか憂鬱だ。その原因を思い返すに、多分昨日ニールさんから言われた言葉が俺の胸の奥底にずぶりと深く突き刺さっているのだろう。

 ——劣等感。そんなもの、捨てたはずじゃなかったのか。
 言い返せなかった。まだ自分に望みがあると思っている反面、簡単に魔法を使ったらそこで、その望みが絶たれてしまうのではないかという恐怖。それらの根本は皆、劣等感からだった。
 見透かされていた。そんな恥ずかしさよりも、情けなさの方が強い。どうして自分はこんなにも弱いのか。考えれば考えるほどに情けなく、朝っぱらからため息を吐いてしまうほどだった。
 それに——

 その瞬間、バンッと勢いよく開かれた扉。そこから顔を出したのは燐ではなく、ぶかぶかの服を着たままのテレスだった。

「あ、おはよう!」
「お、おう……どうしたんだよ、急に」

 昨日の落ち込んだ様子とは打って変わって笑顔を浮かべる少女。この少女は、確かにここにいる。この少女のおかげで、俺は魔法が使える……らしい。未だにしっかりと実感したことはないが、一度は使えた経験はある。あれは、嘘じゃない。

「いやー、早起きっていうのを燐ちゃんが毎回のようにしてたから、私も実践してみようかなって思ったんだよ!」
「ああ、そうか。それで、感想は?」
「すっごく眠いね!」
「あ、そう……」

 何気ない会話のはずだけど、どこかギクシャクとした感覚。というよりも、ずっとあいつは俺の"中"にいて、窮屈な生活をこの家以外で強いられることになっているわけだ。大変申し訳ない気持ちも重なり、その、昨日の一件でも色々と……。

「あ、あのさ。テレス……」
「とりあえず眠いから下にあるカレー食べるね! それじゃ!」
「え……? あ……おい!」

 俺の声は扉が勢いよく閉められたことで遮られた。一言だけでいいから面と向かって謝りたいところだったんだけどな……。
 少しの後悔をするや否や、またしても目覚ましが鳴り始める。うるせぇ! と時計目掛けてチョップした俺だったが、その時刻を見て背筋が凍った気がした。

「って、やべぇ!! 遅刻する!!」

 いつもなら燐が起こしに来る——その時刻からとっくに一時間以上は経過していた。そもそも、燐は何で起こしに来てくれなかったんだ。
 何かあったのだろうか、と考えが脳裏を過ぎるよりも急いで仕度をしなくちゃいけない。そんな思いで精一杯だった。


—————


 私が焦らせる必要はない。どうして昨日、あんな焦らせるようなことを言ったりしたり、態度をとったのだろう。
 私の存在が分からないのは、何も私だけじゃない。勝手に憑かれてる咲もまた分からないことだらけで限界のはずだった。そんなこと、少し考えれば分かったことなのに、自分に対してどういう思いでいるのかとか、そういったことを聞きたいって自分のことばかりで……。

「だめだ、こんなんじゃ……」

 ふるふる、と左右に頭を振って考える。咲のペースで、ゆっくりと進んでいければいい。私はそれを早めるようなことはもうしない。
 まずは色んなことを知っていこう。そうでないと、私も咲も、両方が精一杯になって爆発しちゃうような気がする。

「ああ……謝ろうと思ったのにな……」

 完全にタイミングを見失った。これじゃ、何のために早起きしたのか分からない。今しか面と向かって言える時がないのに。こうして顔を合わせて見つめることが、気持ちを真正面からぶつけ合う機会がこの時しか……。
 そのわずかな機会でさえ、私は逃してしまう。この感覚、どこでだろう。私はどこかで経験したような気がする。それは、遠い昔のように思えるし、ついさっきのことのようにも思える。
 私は……"出来損ない"だ。

「うおおおおお!! やべええええ!!」

 その時、二階から悲鳴に似たものと同時にドタドタと騒がしい足音が聞こえた思いきや、焦った表情を浮かべた咲が下りて来た。

「ど、どうしたの!?」
「い、急がないと! ち、遅刻するぅっ!!」

 ひぃいいい! と悲鳴をあげて右往左往しながら仕度を始める咲。ああ、これは謝る機会なんてないや、と心の中で思う少女であった。


—————


『君は劣等感によって、突然現れた力に対応できていないだけです。認めたくない、認めたら自分を否定するのと同じ。そういう考えが根底にあるのでしょう。貴方はそれを認めるまでは彼女の力を借りることは難しいようです』

 ——というようなニールさんのお言葉を授業中になって思い返す。
 結局、ギリギリセーフではあったが、息切れして入ってきた俺を見た小鳥さんに笑われてしまった……。天使の笑顔だけれども、結構堪える辛さだ。
 気を取り直して国語の授業を受けている最中だが、そうしている間にもニールさんの言葉がずっと響いている。全部見事に見透かされている感が否めなくて、正直参ってしまっている。
 この劣等感を捨てるというのは、俺の希望も捨てるということに他ならない。俺を除いて家族全員魔法が達者だというのに、俺だけ全く使えないというのは絶対におかしい。だから、希望は失わないようにしていた。また、そのおかげで俺はまだ、"落ちこぼれ"だとしても前を向くことが出来たんだ。簡単なようで非常に難しいことでもあるのが劣等感を捨てるということだった。
 俺の考えは甘いんだろうか。それとも、中途半端なのだろうか。また、考えすぎなのだろうか。
 別に、俺の未来が失われることに直結しているわけでもないのに、どうしてかそう思ってしまうというのは。

「——桐谷ぃ、聞いているのかぁ?」
「あ、はいっ! すみません!」
「おいおい、聞いているのかと言っただけなのに謝るなー」

 国語の教師はそういえば揚げ足をとることで有名だったな……。教師に対するイラつきのおかげでどうにかこのループする考えに一度の終焉を告げることが出来た。
 というよりも、気になるのはテレスだ。昨日のニールさんの話を聞いて、どう思ったのだろう。俺はこいつの考えが知りたい。でも、謝ってもない俺から聞くっていうのも、かといってこの場……国語の授業で謝ってもなぁ……。
 延々と繰り返す自問自答。答えは未だに分からない。