複雑・ファジー小説

Re: 落ちこぼれグリモワール コメント返し&更新しました! ( No.33 )
日時: 2015/03/20 00:29
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: nQ72gOzB)
参照: ほのぼのとしたシーンが書きたいのに遠ざかっていく気がする……。

 入学式から既に何日も経った今現在。彼——いや、"彼女"にとって最大の天敵と思わせたお節介焼きの男のことについて全く調べがついていなかった。

「あー……! 一体どこのどいつなんだよ!」

 つい言葉を荒げてしまうほど、彼女にとっては重大なことだった。
 一見、男子用の制服を着ていて顔も中性的に見えなくはなく、身体は細身な上に出るとこは出ていないタイプの身体つきの為か今までバレることはなかった。声も、顔と同等にソプラノな声色と貫けば深追いされることもない。
 しかし、あの男だけはすぐに自分の正体を見破った。彼女にとって、自分の身に備わった"ロクでなし"は男に備わった者だということにしたいのだ。
 そもそも、ロクでなしという名はここまで広まることはなかった。しかし、入学試験で見せた彼女の異能によってある程度齧った程度の生徒がちらほらと居ただけの話。入学式の朝での揉め事も大抵の生徒は何の話か分かってもいないということだ。
 それを……あのお節介のせいで大事みたいになってしまった。だからあの場から彼女は逃げたのだった。

 ただ、今思えば探して見つけたところでどうしようかと彼女は思ったが、それはそれで自分の"ロクでなし"の能力で痛い目を見せればいいのではないかと考えていた。しかし、それはあの男が"魔術師ならば"の話ではあるが。

「そうする為にも、あいつを見つけないと話にならない……」

 ぶつぶつと彼女は言いながらも今日の課題をこなそうとする。
 手元にはいくつもの魔術書と課題である魔術式の構成が記されたもの。彼女はこれでも魔法科クラスであり、ランクは最弱のFクラスではあるが、一目置かれた存在ではある。
 何分、こういった魔術式の構成等は得意であり、各魔法に対する理解が群を抜いている。ただし、彼女自体は"ほぼ魔法が使えない"。どころか、使えるように"見せている"というべきか。

「え、えと、ごめんりく君。何か考え事でもしてた、かな?」

 凄く申し訳なさそうに彼女に近づいてきたのは同じFクラスである間口 ののか(まぐち ののか)だ。彼女とは入学式の当初から話すようになり、女子としての趣味が合うことから仲良くしている。
 ちなみに、男として入学した彼女の現在の名前は高科 陸(たかしな りく)。勿論、本名ではない。

「いや……大丈夫。それより、何?」

 元々の性格も相まってか、彼女のキャラとしてクールっぽい感じになっている。

「クッキー焼いたんだけど、食べる?」
「……た、食べる……」

 しかし、甘いものが好きだったり可愛いものが好きだったりする彼女にとっては間口の誘いはどれも凶悪なものばかりで、よく素が出てしまったりする。本当にクールだと思ってくれているのか本人も気になるところだ。

「良かった! いっぱい焼きすぎて困っちゃったんだよー」

 凄い嬉しそうに間口は近づいてきて、彼女の隣に座った。これが本当の異性同士ならかなり青春しがいのあるシチュエーションではあるが、思いっきり同姓である彼女たちは全くそんな雰囲気は出ない。
 間口はバスケットを彼女の机の上に置いた瞬間、蓋も閉じられないぐらいに一杯入れられたクッキーがぼとぼとと机の上に散らばった。

「あぁっ、ちょっと気をつけて! せっかくのクッキーが!」
「大丈夫だよぉー。まだまだ沢山あるし……陸君、いっぱい食べてね!」

 ニコニコしながらクッキーを一つまみして言う間口。彼女から見ても間口の人懐っこさはとても可愛らしいものだ。決してぶりっ子とはいえない、しかし特に天然だというところも見せない、絶妙なラインを維持するほんわか系の間口に若干の憧れを持ったりするほどだ。

「と、とりあえず……いただくよ」
「はい、どーぞー?」

 間口のサクサクというクッキーを噛み砕く音に誘われるがごとく、彼女もクッキーの山から一つクッキーをつまみ上げる。
 上手く出来ている。それも非常に。自分の作るクッキーは全体がチョコで出来ているのか、それとも炭で出来ているのかの二択しかないほど真っ黒に出来上がるというのに、同じぐらいの材料でここまで鮮やかな狐色をしたクッキーが出来上がるのかと彼女は唾を飲み込みながら思った。
 美味しそうな匂いをなお放つそれを思い切って一口齧る。サクッサクッと軽快な音と共にクッキー独特の食感と甘さがほんのりと口の中で蕩けた。

「美味しい?」
「……凄く」
「でしょぉー? ちょっと頑張ったかも?」

 間口の作るお菓子に翻弄されながらも、ただっ広い教室の中で彼女は話を切り替えることにした。

「課題、やったの?」
「いんやー、まだだよー。今陸君がやってるやつだよね?」
「あぁ、まあね。多分、間口だと出来なさそうだし……」
「よく分かったねー!」
「……どうせ、俺に教えてもらおうとクッキーをエサにして来たんだろ?」
「そこまで分かっているなら話は早いね! 早速教えてもらいたいでーす!」

 どこに隠し持っていたのか、課題であるレポートの山を間口はバスケットの隣においた。ほんわかしていると見せかけて、間口はなかなかのやり手でもあるのだ。


—————


 Fクラスは基本的に、上位のクラスのように魔法を応用して犯罪者を取り締まるようなことはしない。何せ"魔法が弱すぎるから"である。
 つまり、実戦には向かないほどこのランクは低くなる。幻術の類の魔法があるが、それらも実質的な攻撃力としてではないのでランクはどうしてもAなどに比べたら落ちてしまったりする。ちなみに、間口の魔法はレベルで表すとマッチ棒レベルらしい。
 ゆえに、課題は出されるがそれこそ普通科と似たレベルでの境遇であることは間違いなかった。魔法としての訓練は勿論あり、魔法を上達することは出来るが、ほとんどその見込みはないとされているクラスでもある。

「それ、違う。構成が逆だよ」

 彼女は指示を飛ばしながら間口はそれに従って課題を完成させていく。素直に解いていく間口は教える側としても気楽でいい。聞き分けもよくて、一度聞いたらすんなりと解けたりする。実は分かってるんじゃないかと思うぐらいだ。

「よし、出来たー!」

 間口が完成の合図を出す。それと同時に彼女はため息をついてやっと終わったかと時計を見る。
 ああ、もうこんな時間か。そう思うと同時に、彼女はまたしても今日も無駄な時間を、そしてあの男を捜すことが出来なくなったと思っていた。

「ありがとうね、陸君! 今回も課題乗り切れそうだよー」
「まだ入学して間もないのに課題一つぐらい自分で出来るようになってよ……」

 帰る仕度を自然にし始める。間口もそれを見て課題をまとめると立ち上がった。

「クッキー、全部あげるよ! 私また太っちゃったからさ!」

 二度ほど華奢な腹部を軽く叩いて笑う。

「じゃあ何でこんなに作ったんだよっ」
「陸君、食べるかなーって思って! だって男の子だし!」
「そ、そうだけど……」

 実際は女の子なのだが、言えるはずがない。男の子だからといってこんなにバスケット一杯のクッキーをまるごと食えないだろう。
 間口らしいこれが感謝の気持ちなのだろう、と受け取ることにしておいた。

「陸君、この後何か用事ある?」
「いや、特に……」

 特にない、と言おうとしたその矢先。ふらっと立ち寄ったある人物の姿を見た。確か、あれは……。

「ごめん、やっぱりちょっと用事ある、かも」
「あー、そうなんだ? 分かった! それじゃまた明日ね!」

 聞き分けの良い子でよかったと彼女は胸を撫で下ろす。教室から先に出た彼女はその廊下で出会った人物に挨拶を交わして立ち去って行った。
 荷物をまとめ、自分もその人物へ挨拶する為に廊下へ出た。

「こんにちは、白井教官」

 金髪の目立つ女の教官。白井ユリアがそこにいた。

「あら……"偶然"ね?」

 白井ユリアは不自然に感じてしまうほど綺麗な笑みを零して言った。しかし、その目は笑っていないようにも見えるが。
 この教官は情報通との噂もある。その真偽は定かではないが、もし出会うことがあれば聞いてみたいと思っていた。

「あの……聞きたいことがあるんです」
「何かしら?」
「入学式の日……中庭でもめた騒動のことについてご存知ですか?」
「騒動というと……魔法を使った野嶋 源五郎(のじま げんごろう)のこと?」

 あぁ、自分に言いがかりをつけてきたあの男の名前は野嶋というのか、と今初めて知ったと同時に僅かな希望を抱く。

「はい。その騒動を止めに入った人のことを知りませんか?」
「止めに入った……? 確か、野嶋は腕試しという目的で魔法を使ったと聞いたのだけれど?」
「腕試し……ですか?」

 そういう風に出来上がっているのか。いや、まさか自分があの場から逃げたところでそんなに事実と捻じ曲げられているということがあるのだろうか。そこまで詳しく目撃者などを探っていなかったのかもしれない。

「ええ。何せ、私は人づてに聞いただけで、実際に"その件には関わっていない"しね……」
「そう、ですか……」

 またしても何の情報もなしか。いつになればあの男の居場所がつかめるのだろうと苛立ちが募る。
 しかし、その時白井は急に思い出したように言い始めた。

「止めに入ってはいないけれど、確か巻き込まれた子はいたかしら」
「! その人の名前は!?」
「名前までは聞いていないわね。けれど……今日その子がいたのを見たわ」
「どこでですか?」
「魔法学園から北方にいった……都市部の方に向かっていったのを見たわ。何か買い物でもするつもりなのか分からないけれど」
「ここから北方の……。分かりました、ありがとうございます!」

 彼女は例を言ってからすぐに白井から背を向けて走り出した。





——上手くいった。