複雑・ファジー小説

Re: 落ちこぼれグリモワール  ( No.34 )
日時: 2015/04/09 13:43
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: nQ72gOzB)
参照: 古谷君無双モードと思いきやの……。

 部屋一面には沢山のモニターと機械。夢にまで見たSF映画の司令室みたいな場所がアンノウンの奥には存在した。

「ようこそ、クラス:ボーダーの司令室へ」

 ニールさんがそう言って俺を出迎えるが、あまりの雰囲気の違いに俺は圧倒されていた。

「……ここ、本当にアンノウンなんですよね?」
「そうですよ? アンノウンの一部機能としてここは成り立っています」

 これでも一部の機能なのか……。そう考えると、ここは一体どういう場所なのかと考えていた。
 そもそも、前からおかしいとは思っていた。これほどの大規模な図書館、今までバレずに存在し続けること自体が難しい話だ。それはニールさんが色々と細工を施したのかもしれないけれど、それでもニールさん一人で不特定多数と相手するのは困難を極めるだろう。
 なおかつ、ただの図書館ではない。みーちゃんとの戦いの最中でもこの内部の物が壊れるといったことはなかったし、それどころか掠り傷さえしなかった。このアンノウンという"空間"そのものがおかしく思えてくる。

「ふふ、謎に満ちた表情ですね……」
「まあ、色々と思うことはありますよね……」
「お察しします。ですが、まだ語れることは少ないですよ。何せ、まだ君はクラス:ボーダーの"仮入学者"なのですから」

 ああ確かにそうだった。若干忘れていたといえば嘘ではないが、俺はここに仮入学として入ったんだったな。

『何だか、これに似た何かを見たことある気がする……』

 テレスが突然喋りだしたかと思えば……。そんなわけないだろ。俺だってここに入るの初めてなんだから、テレスに至っては機会そのものがないじゃねーか。

『確かに、そうだけど……』

 それでも心当たりがある感じのテレス。しかし俺の意識は紅さんの言葉で取り消された。

「よぉーし! 聞こえるか、二人共!」

 機械のごちゃごちゃした中の一部、マイクに向けて紅さんが話し始めた。勿論、会話の相手は古谷とロゼッタだ。

《な、何とか……。けれど、かなり吐きそうではあります……!》
「あー、それは仕方ないことだ。最初はその"ワープ"は方向感覚やら色々な感覚が狂うからな。しかし、最初だけだ。我慢しろ」

 先ほどサラッとワープという言葉が出てきたが、これは魔術式による移動を駆使した魔法と機械による魔科学が生み出した産物らしい。どうやらこれもアンノウンに元々あったもののようで、次元を超えて物を移動させる仕組みらしい。俺がテレスを思わぬ形で召喚したのと一緒のようなものだ。
 それでもそこまで便利なわけでもなく、仕組み自体が現代には全くないものらしく、様々な感覚が一時的に狂うわ移動先がズレるわ、多少のハプニングはつき物らしいが。

《ろ、ロゼッタさんは大丈夫なの……?》
《……慣れた》
《僕は慣れそうにないよ……》

 なんて話し声が聞こえる。聞いたところ、古谷の気分の悪がり様は異常なぐらいだ。さっきから嗚咽に似た何かが古谷から聞こえてくる。現場はどうなっているのか非常に興味が湧いてくる。けど、あまり見たくはない……。

「とりあえず、二人の通信機器は良好のようですね。お二人共、現在の場所を伝えてください」
《……もう既に目標は北方の都市部より少し離れた外部に侵入した模様。動物に変化して街中を物色している最中》

 古谷は応えられないのか、ロゼッタが応答する。彼女も感覚は狂ってるはずだけど、全く声色共に変化は見られない。慣れって怖いんだなー。

「分かりました。目標を見失わないように。まだ外部にいる内に撃破します。敵は一匹のみですが、気をつけて作戦を行うようにしてください」
《了解、しましたっ》

 古谷が若干気分が悪そうに言うが、何とか持ちこたえたようだ。相当気分が悪くなるようだな……。
 モニターには3D化された地図が形成されてある。外部といえど、人が住む場所や建物は存在し、そこにいる人々にも危険性が高まる。迅速に目標を撃破しなければ魔人がどこの誰を襲うか分かったもんじゃない。

「何事もなければいいんだけどな……」

 テレスの癖が移ったのか。
 変な胸騒ぎが俺の心をくすぶっていた。


—————


「結構速い……!」

 一方、現場で小型の魔人を追いかけている最中である古谷は魔人の動きについていくのに必死だった。
 本当に見た目は人間ではなく、犬のような姿形をしている。全体が黒く、目は赤黒く光っているのが見えた。外部は比較的に建物はあるが人間は少ない為目撃されることは少ないとはいえ、これだけ逃亡劇を繰り広げればいずれは人間と出会い、その刹那この犬の姿をした魔人は食い殺すかもしれない。
 魔人の残虐性に関しては普通の人よりも何倍と分かっているつもりであった古谷はそんな不安を心の中に押し込める。被害者を出す前に目的を排除すればいいだけの話だ、と。

 そんな古谷に比べて、ロゼッタは魔人を見失うこともなく、古谷も驚く程の機敏な動きで追跡を続けていた。現在では、そんなロゼッタと魔人を追うだけになってしまっている古谷は我ながら自分が選んだ道のりは険しいと思った。
 ロゼッタという少女に関して、まだ沢山のことを聞いたわけではないが……少し話を聞くだけでも恐ろしい才能を秘めた少女だと分かっていた。ニールによれば、彼女ほどの"魔人を殲滅することに長けた人間"はいないと断言できるほどだそうだ。外見ではそんな風に見えないが、実際に現場で見れば圧巻の動きだ。

「あれぐらい、出来るようにならないと……!」

 復讐など、無理な話だ。ただでさえ何の力もない非力な人間であった自分。険しい道のりだということは分かっている。しかし、己の決めたことであり、逃げ道はとっくに消えてしまった。——この左腕を自身に装着してから。
 まだ上手くなれない身体強化を左腕に備わった充填魔力装置と呼ばれるもので賄っている。どれも初めて使うものであり、未だに不安定さが残る。現にこの程度の追跡で息切れしてしまっているのが証拠だった。

「追い、つけっ!」

 足に力を込めて地面を蹴り上げる。ニールが用意したスーツは全身に馴染み、本来の脚力よりも数段上の力を発揮できるように出来ている。これも、自分が"ただの人間"という立ち位置を捨てたからこそのことだ。
 大きく跳躍し、屋根の上へ着地する。不安定な力のため、一瞬よろけてしまうが何とか持ちこたえる。だが、身体の中に残った例の"酔い"が発作のように全身を襲ってきた。

「ぐ……っ、負けるかぁっ!」

 再び蹴り上げて前へ進む。丁度その頃、作戦の目的地であったA地点に到着する頃であった。
 単に魔人を追いかけていたわけではない。ロゼッタは追跡していることをわざと魔人に知らせるかのように追いかけ、知らぬ間に道を誘導していたのだ。
 そのA地点と名付けたポイントは八方塞はっぽうふさがりの場所であった。
 見渡すところ高いビル群が聳え立ち、円状に広がった場所は住宅と呼ばれるものは存在しない。その上戦いやすい程度に広めの土地であり、周りに気にするようなものは存在しない。
 ただ一つ、欠点があるとするならば、そこからすぐ北に向かった場所に都市部がある。つまり目の鼻の先には人々が大勢暮らす土地が存在しているといったところだろうか。ただ、そこは巨大なビルに隠れて道はないようなものであるが。
 日当たりも悪く、誰もいないこの場所は事の始末をつけるにはもってこいの場所だった。

 犬型の魔人は困ったようにキョロキョロと逃げ道を探す。古谷がその場に着地する頃には既にロゼッタが目的をA地点に誘導したことを知らせる指令をニールに送っていた頃だった。

《了解しました。それじゃあ、古谷君が主に殲滅、ロゼッタがそれのサポートをお願いします。迅速に撃破をお願いします。でないと、シュヴァリエの人たちに怒られてしまいますから》

 シュヴァリエの人たちに怒られるというのは本来シェヴァリエの仕事だったものを横取りするようなことをしているからだろうかと古谷は考える。が、今はそんなことに時間を割いている場合ではない。
 見たところ、本当に弱そうな魔人だった。素人の目から見てもそこらの犬とそう変わりはない。ドーベルマンのような格好をしていて、目が赤くその中にある黒目が不気味に思えるぐらいを除けば魔人だと判断できる材料は無いと言っても過言ではないぐらいだ。
 しかし、一般の人間にとってはこの程度の魔人でも脅威になり得る。それに例え自分達が討伐できなかったとしても、都市部と外部を隔てる役目を担っている"関所"を突破しなければ都市部へ進入することは出来ない。そういった意味でも、古谷は落ち着いて魔人と対峙することが出来た。

 一方、ロゼッタは何も言わず、ただ魔人と対峙しているだけ。それも、いつの間にか古谷よりも一歩後ろに退いている。指令通りロゼッタはサポートに徹するらしい。古谷はそれを判断して、更に一歩前へ出る。魔人はこちらに威嚇している、ようにも見えるがそれは怯えや恐怖からのもののような気もする。

《それでは……お願いします》

 耳につけた端末からニールの指令が下ったことを合図に、古谷は一気に駆け出した。それはほんの一瞬の出来事だった。

「スラッシュモード……!」

 古谷は低く唱えるようにして呟くと、左腕が魔方陣に包まれてほとんど一瞬で変形し、刃幅が広く鋭い白刃の大太刀が現れた。
 そして変形させたかと思いきや古谷は次の一歩で大きく跳躍する。ニールのこしらえたスーツと左腕の魔装篭手によって身体能力が大きく向上したニールは人間とは思えない跳躍力を見せる。
 およそ数メートル飛び上がり、そのまま真下の目標に大太刀を叩きつけるようにして構える。

「うぉおおおおっ!!」

 掛け声と共に大太刀を魔人に目掛けて振り下ろす——が、魔人は咄嗟に横に飛び退いてそれを避ける。避けたと思いきや、魔人も反撃を仕掛けようと体勢をすぐさま立て直した後、飛び掛るようにして古谷に襲いかかった。

「——バスターモード!」

 古谷の掛け声を魔人が耳にした時に既に左腕は小型大砲のような形に変形されていた。その銃口は飛び掛ってきた魔人の顔面を真っ直ぐ捉えている。
 甲高い音が一瞬。その刹那の出来事で古谷は小型大砲から風によって出来た銃弾を発射し、見事魔人を捉え吹き飛ばしたのであった。至近距離から当てられた風の銃弾は何度も魔人の小柄な身体を地面にバウンドして叩きつけた。
 だが、クリーンヒットしたものの肝心の風の銃弾の威力はみーちゃんへ撃ったあの時よりも弱い。一瞬の出来事だった為にあまり集中する時間がなかったのである。

「ナックルモード!」

 それを見越したうえで古谷は次なる一手を打っていた。
 左腕の装甲が分解されたかと思いきや、魔方陣が何重にも重なり、瞬く間に白く光るガントレットの形を形成する。
 変形させた直後、それを魔人に向けてかざす。すると、その手のひらから風が集約されていき、球体に変化していく。
 魔人が満身創痍の状態からようやく立ち上がった時には既に古谷は風の球体を投げる構えをとっていた。

「追い討ちだっ!」

 キュィィイン、と甲高い音を鳴らし、球体は吸い込まれるようにして犬型の魔人の元へ。そして、直撃した瞬間、球体は解放されたかのように竜巻上にうねりをあげ、魔人の身体をその中に取り込んでいく。竜巻の内部は風が何重にも鋭く縦横無尽に駆け巡り、魔人の身体を切り刻んでいく。
 ようやく竜巻が消える頃には、魔人は全身に傷を負って地面へ倒れ込んでいた。

「上手くいった……」

 古谷は安堵のため息を吐いた。
 みーちゃんとの一戦以来、新たな力である魔装篭手の使い方を熟知しようと時間をかけて幾度も試した結果、三種類のモードを生み出すことが出来た。
 スラッシュモードは近接戦闘型。強靭な刃で接近戦を有利する為のモードだ。
 バスターモードはスラッシュモードと相反して遠距離型のモード。自分の技量次第で風の魔法が発動出来るモードでもある。
 最後に、ナックルモード。これは新しく改良したモードだった。ガントレットの形状をしていて、全体に風の魔法が行き渡ることで普通に殴ったとしても魔人並の攻撃力を発揮できる。尚且つ、魔法を使うことが出来、遠距離にも対応できている。つまり遠近両方で使える万能型であるが……。

「やっぱり、まだ形状を維持出来ないか……」

 左腕のガントレットは今にも分解しそうなほどボロボロになってしまっていた。
 このナックルモードのネックは"何度も連続で魔法が使えない"ことである。一度使うだけで今のように装甲が崩れてしまい、修復するには魔装篭手の魔力が自然充填するまで待つ必要がある。とはいっても、別のモードに変えることは可能なのだが、"未完成"の状態で形成されてしまうといったことになるのだ。
 しかし、実戦登用が初めての割には上手くできたものだと古谷的には大変満足していた。

(この調子ならいける……! 魔人を……家族を皆殺しにした、あの魔人にも……!)

 拳を握り締め、その感触を実感していた古谷に対し、ロゼッタはどこか違和感を察知していた。

「何かが来る……?」

 サポートといっても特に手出しをすることなく終わった犬型の魔人であるが、それとはまた別に何か別の気配を捉えていた。
 と、その矢先。突然音を立てて耳元の端末が狂い始めた。

《ど……した……ですか……? 聞こ……ますか……!?》

 ニールらしき声が微かに聞こえていたが、突如端末は音を立てて使い物にならなくなってしまった。

「これは、一体……!?」

 古谷は何が起こっているのか把握できていない様子だったがロゼッタは把握していた。これは、ある"特有の魔人"と接触した時のものだと。

「来る……っ」

 ロゼッタが小さく呟いたが、その声も突然の拍手によって消されてしまう。
 乾いた音が一定のリズムで刻まれる。それに、周りの様子がおかしい。まるで時が止まっているかのような感覚に陥るこの状態。世界はまるで、自分達だけしかいない……そう錯覚させるには十分な世界がそこにあった。

「ブラボー……! さすがは魔法学園の申し子たちですねぇ。実に面白そうで歯ごたえがあって——美味そうだ」

 声の主は屋根の上にいた。都市部の方にいたその人物は軽やかに飛び降りて音も無く地面へ着地した。
 古谷は、その者の"違和感"を感じ取っていた。見た目は普通の男。20代ぐらいだろうか。タキシードのようなものを着ている。普通の、人間のように見える。しかし、その者から発せられるそれは嫌でも感じてしまうほどの"魔力"。
 犬型の魔人とは比べ物にならないまでの、まさに"魔人"呼べる存在が対峙していた。

「だ、誰だっ!!」
「誰だ、とは……また変な質問をする人ですねぇ。勿論、貴方たちのような下等生物……おっと失礼、人間たちが目の敵とする……いわゆる"魔人"と呼ばれる者ですよ」

 ふふふ、と不気味な笑みと共に笑い声をあげる男。どことなく嫌悪感を催してしまうほどの"何か"がそこにはある。

「いやぁ、このたびは我が"ペット"を思う存分いたぶってくれたようで……さぞ気持ちが良かったでしょう?」
「な……! この犬型の魔人は……」
「ええ、私のペット……いえ、眷属とも言っておきましょうか。私のような高等な魔人には眷属といわれる下等な魔人を従える素質を持つのですよ……」

 男は大きく両手をあげてアピールし、更に言葉を続ける。

「ふふふ! 分かりますよ……。弱い者を虐める気持ちは! ええ、君も十分に味わったでしょう……? 私にも味あわさせていただきますよ? せっかく我がペットが命を代えてまで私の元に"エサ"を運んでくれたのですから、さぞかしそれはいたぶって味わって美味しくいただきますをしなければ——! ッ、……ぁ?」

 ずぶり、と男は自分の体に"何か"が突き刺さる感覚に思わず言葉を止めた。
 見ると、そこには氷で出来た鋭い槍が突き刺さっていた。ごふっ、と口から血を吹き出して次は対峙している者の姿を見る。
 一方、古谷はその槍を投げた者の姿を凝視していた。槍は、古谷の隣にいつの間にか移動していた——ロゼッタが投げたものだった。

「……くどい」
「ッ、おのれ、小娘の分際がぁああああっ!!」

 わぁ、くどいとか思ってたんだぁ……と、混乱しつつもそう思った古谷。
 男は先ほどまでの優雅な印象を振り払い、突き刺さった槍を引き抜いてロゼッタへ放り投げる。だが、その速度は尋常ではない。古谷には見えないそれはロゼッタには"見える"。
 いつの間にか、ロゼッタは手持ちの黒く鋭いシンプルな槍を振るい、氷の槍を叩き落していた。

「何……!?」

 魔人はその動きに驚愕を露にする。槍をくるっと一回転させて手元に馴染ませるように一閃振り払った後、ロゼッタは一言。

「サポート、するから」
「え……? えぇ……!?」

 これはロゼッタがメインで戦った方が早く終わるんじゃないのか、とか様々な思いを抱えたまま、古谷はとりあえず目の前の魔人と向き合うことにした。