複雑・ファジー小説
- Re: 落ちこぼれグリモワール ( No.35 )
- 日時: 2015/04/30 16:04
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: nQ72gOzB)
- 参照: 久々に更新っっ。遅れて申し訳ないです……。
音を立ててモニター画面と音声が途切れた。あまりに突然の出来事だったが、モニターが切れる直前に多数のモニターの中から一つの画面にくっきりと映る謎の男の姿を俺は目撃していた。
「新しい魔人……!?」
単純な予測を口に出したはいいものの、今の俺はアンノウンの中にいて、ニールさんや紅さんといった安全な人たちの中で俺はその様子を"視ている"に過ぎない。つまり、何も出来ない。
「どうやら、"魔境"を張られたようですね」
「魔境……?」
ニールさんが言った言葉を反復するようにして言う。何せ、聞いたことのない単語だったからだ。
「はい。魔境とは、高等な魔人が行う魔力を用いて空間を切り離すことです。簡単に言えば、この世界とは別世界に切り離された、というべきでしょうか。何にせよ、魔境が張られた中で行われていることはこちらの世界からは視えません。別世界は場所がループする空間なので内部に巻き込まれた人間が脱出するには魔人を倒すか、もしくは魔境を張る為の仕組みを壊すかのどちらかぐらいしかありません」
「……要するに、古谷たちは別の魔人によってどこかに閉じ込められたってことですか?」
「そうですね、魔法を使えない人間からすれば入ることの出来ない世界……それが魔境です。様々な用途で使われるんですが、かなりの精神力や魔力が必要なので、高等の魔人ぐらいにしか使えないはず」
「あの……さっきから魔人に"高等"や何だって言ってますけど、魔人にそんな違いってあるんですか?」
「勿論だ」
てっきりニールさんが引き続いて返してくれると思ったが、まさかの紅さんが割り込んできた。
「基本的に魔人は血の代わりに魔力を力として生きているようなもんだ。肉体というより、ありゃあ魔力の塊だな。だから魔力が壊滅するまでぶっ倒したら消え失せるってわけだが……まあそれはともかくだ。魔力=魔人にとっての力と置き換えた方が分かりやすいな」
「つまり、魔力を膨大に秘めた者ほど強く、また精神力も高い。ゆえに知識も相応についており、より高等な魔人が生まれる……というわけです」
「ということは……さっきまで追いかけていた犬型の魔人は下等の魔人で、魔境を張った魔人は高等の魔人……?」
「まあそういうことになりますね」
「なりますね……じゃなくて! それじゃあ古谷たちが危険なんじゃ……!」
俺がそれを言うと、何を思ったのかニールさんと紅さんがお互い顔を見合わせ、次にニールさんが口を開いた。
「え、気になるんですか?」
「そりゃ気にもなりますよ!」
「どうしてです?」
「そりゃあ……!」
と、言葉を紡ごうとしたが……あれ、出てこない。
確かに気になるのは気になるけれど、そこで俺は気付く。俺には古谷たちを気にする"理由"がないことに。
第一、俺は巻き込まれた側の人間であり、本来ならばここにいなくてもいい存在だ。それなのに、いつの間にか自分から望んでここにいる。そのことに気付いた時には、既にニールさんが言葉を吐いていた。
「もしかして、桐谷君は……我々と"関わりを持とう"としていませんか?」
「う……」
そういわれたら、何も言い返せなかった。俺の行動は、まさにそれだ。自らクラス:ボーダーに関わろうとしている。
今ここにいるのはクラス:ボーダーに仮とはいえ入れられたから。自分の気持ちからじゃない、とどこかで否定して。面倒だ、何だといってテレスを遠ざけ、自身の現状から逃げようとしていたはずだというのに。
「この作戦では魔境を使うほどの魔人が現れることは想定外です。なので、それ用の"通信方法"を用意しておりません。ですから、このままここにいれば、二人が無事かどうか確認できるのは見事魔人を討ち果たした時だけですね」
それだと、意味がない。そう言いたいんだ、この人は。そして、俺にそのことを分からせ、俺がどうするのか窺っている……そんな風に見えた。
相変わらずというか、ニールさんは本当に策士だと思う。何ともいえない笑みを崩さないから全く考えが読めないけれど、何が言いたいかは伝わってきた。
二人の安全を確認したければ、自分で現場に行って見て来いってことなんだろう、どうせ。
「何もかも、お見通しってわけですか……」
「ふふ、そんなことはないですよ? 私はただ、貴方の強い"正義感"の後押しをしているだけですから」
「よく言いますね、ほんと……」
目の前には二人が入っていったワープ装置がある。ほんの数秒の間に不安定な座標といえどワープすることが出来るこの装置を起動させれば、自分も現場に駆けつけれる。
ただ、俺が駆けつけたところでどうなるんだ。何も出来ないんじゃないのか。だって俺は、落ちこぼれだ。俺が言っても何も出来ない——
が、俺の思考は全て背中からの強烈な衝撃によって掻き消された。
「つべこべ考えてないでさっさと行けっ!!」
「うぉぁっ!!」
紅さんの声だった。衝撃をそのままに、俺はワープ装置にへばり付くような形で中に入る。そして後ろを見ると、ニールさんがワープ装置をピポパポと色々触っている最中だった。
「ちょっ!!」
「お前の中ではもう"答え"は決まってるんだろうが! それならさっさと行けよ! 私はお前みたいな"いくじなし"は大嫌いだ!」
いくじなしとまで言わなくても……。それも紅さんにここまでボロカスに言われるのは初めてで、少しのショックもあったりして。
「自分の正義を貫かないでどうする。それじゃ、お前はいつまでたっても"いくじなし"だ。いいから行って、お前の度胸を見せてやれよ!」
確かに、色々考えすぎなところはある。ただ、それは言い知れない"何か"を感じているからなのかもしれない。
第一……いくじなしは、まあ、いくじなしかもしれないけど。俺のレッテルはいつも、どこでも。
「俺は——……!」
それよりもお先に、"落ちこぼれ"と呼ばれています。
意識はどこか遠くに遠のくように、最後に見たのはニールさんの、読めない"笑み"だった。
—————
やっと"あいつ"に会える。
魔法科のどこを探しても見当たらなかったあいつ。私の性別を見破ったあいつは一体どこにいるのか。
しかし、移動しながら思う。我ながら、よく"白井ユリア"の助言を頼りにしてきたものだ、と。
なぜならば、あの教官に関しては良い噂がないからだ。謎に満ちた教官。生徒の間でひっそりと噂になっている白井ユリアという人物は良からぬ噂ばかり。本当は犯罪者と通じているのではないか、とか。まあ色々あるのだが、どれも根の葉もない噂程度のように思えるようなことばかりだ。
それでも、Aランクの部隊を受け持つ教官であるというから驚いた。その部隊の連中は彼女のことをどう思っているのだろうか。
いや、今はそんなことを考えている暇はない。急いであいつの正体を突き止めて、それで……どうするんだろうか。記憶を消す、っていうのが一番やりたいことだけど、そんな高度な魔法を使えるわけもないし、第一"ロクでなし"さえなければ自分はただのFランクの魔法学生だ。単純に、自分は男だということを貫けばいい。どこぞの誰かにバラされる前に、早く。
Fランクであっても少しの身体強化は使える為、普通の人よりも多少走っていても大丈夫だが、さすがに走りっぱなしで疲れてきた。もうそろそろ都市部の関所が見えてきてもいい頃じゃないかと思った矢先のことだった。
「うっ……! 何? この"悪臭"……」
突如、彼女の鼻につくような強烈な悪臭が辺りを漂っていることに気付いた。しかし、この臭いは単に人間が嗅げる"それ"ではなくて、彼女の"ロクでなし"特有のものだった。
「まさか……この辺りに、"魔境"が張られてる……?」
辺りを見回しても単純な外部の町並み。確かにここは人があまりいない域ではあったが、強烈な臭いは魔力の高さを表している。
「多分、それだとこの辺りに……」
ゆっくり、優しく触れるようにして空間へと手を差し伸べたその時。
「————うぉぉおおおおおぃいいいっ!!?」
「えっ——ッ!?」
頭上から声。そしてその声の主は待ち望んだ人物の声だった。
その人物の名は桐谷 咲耶。またの名を"落ちこぼれ"である。
「そこ、どいてぇえええええ!!」
「き、きゃああああああっ!!」
ぶつかる。その瞬間の出来事。突然紫色の光を帯びたかと思えば、拒絶するように反動を受け、咲耶は地面に転がり落ちる。高科 陸は何事もなかったようにその場に立っていた。
「え……この拒絶反応……!」
「うごぁ……! い、いってぇええ……! 何だ今の光……。てか俺よく生きてたな、あの高さから落ちて」
「あ、あんたっ!!」
「え?」
突然何か知らないが怒鳴られ、振り向く咲耶。彼女はわなわなと震えた指を咲耶に向けて、
「正体は、"魔人"だったのっ!?」
「……はい?」
あれ、また何かわけわかんないことに巻き込まれたな、と咲耶はそこで自分の運にガッカリするのだった。
—————
咲耶がワープされた後、一息吐いて紅がニールの方へ振り返った。
「で? 何であいつを行かせたんだよ。別に行かなくても"ロゼッタ"がいるから大丈夫だろうに」
「そりゃ勿論、クラス:ボーダーに入れるきっかけ作りもありますし……それと」
「それと?」
ニヤッ、とニールはいつになく笑みを崩して、
「"巡り合わせ"のため、ですよ」
と、言葉を零した。