複雑・ファジー小説

Re: 落ちこぼれグリモワール 久々に更新です; ( No.36 )
日時: 2015/05/05 22:33
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: Nw3d6NCO)
参照: 勢いで嘔吐物って感じで……(ぇ  参照900突破ありがとうございます!

 意識が遠のいて行く。最後に見たニールさんの表情さえもがおぼろげになっていって、遂には何もかもが消えてなくなるかのように一瞬意識が遮断された。

『これ……どこかで……』

 まるで何かを思い出したかのようなテレスの声が頭に響くのを感じて。
 気付いた頃には俺は——空中で目覚めていた。上空何メートルか分からない。ただ、自分の視界に映っているのは綺麗な青々とした空の景色だった。……おいおい、冗談きついぜ、ニールさん。
 為す術もなく体重に任せて俺は頭から落下していく。冷静になる暇もなくただ俺は、これは確実に死ぬやつだと本能が教えてくれていることを必死で抗いたかった。
 
「————うぉぉおおおおおぃいいいっ!!?」

 しっかし、人間こういう時には叫び声しか出ないもんで。ここがどこなのか把握もしないままに落下する身体をどうにかしたいが出来ないのが現状なわけで……。

『下に誰かいるよ!』

 不意にテレスの言葉が響いた。言う通り、俺の落下地点にどこかで見たことがあるような気がする男装をした女の子がいた。その子もどうやら俺に気付いている様子。まあ叫んでたしな……。
 と、俺からすれば何をどうできるわけもないのでとりあえず危険なことを知らせたい。その一心で俺は叫ぶ。

「そこ、どいてぇえええええ!!」
「き、きゃああああああっ!!」

 が、それが裏目に出たのか否か。女の子が避けるどころか叫び声をあげてその場で縮こまってしまった。
 これは、完全にダメなやつじゃないですかね……。これがたった数秒の出来事であって、ぶつかると思うまでもなく俺は少女にぶつかった——はずだった。

 しかし、俺は生きていて、彼女もピンピンしている。どころか、わなわなと何か言いたげな雰囲気を醸し出しながら俺を睨み、その細くて白い指を俺に向けてから間髪入れずに言い放った言葉は、

「正体は、"魔人"だったのっ!?」

 というわけで……。俺の頭は真っ白になるどころか、いやどうしたらそうなるのと抗議をしたいところではあったが、どうやら彼女の顔つきからして理由がありそうだった。

『あ、この子、あの時の……!』

 テレスがまるで思い出したかのように言う。それを聞いて、俺も思い出す。ああ、この子、確か入学式の日の騒動の……。俺が間に入って、燐にこっぴどく怒られたあの時の絡まれていた少女か。
 ……ん? 待てよ? あの時にはまだ——

「な、何とか言えよ!」

 彼女の方もまた思い出したかのように男口調に戻ってこちらに訴えかけてきた。……まあ、気のせいだろう。ふと頭に浮かんだ疑問を振り払い、俺は彼女に対して親切に言ってやるとする。

「男口調しても、女の子って分かってるから意味ないぞ」
「は、はぁっ!?」

 あれ、どうやら反感を買ったようだ……。難しいな、乙女心ってやつは。しっかし、どう見ても普通の女の子のようにしか見えないが、男装しているのには何か理由があるのだろうか。

「あんまりジロジロ見るな!!」
「じゃあどうしたらいいんだよ……」

 扱いづらいなぁ、と思いつつもとりあえず会話をしないと始まらないと思ったので質問してみることにした。

「あのさぁ、何で俺が魔人だと?」
「それは……"反応”が、魔人だったから……」
「反応?」
「あ、あんたには関係のないことだろ!」
「確かにそうかもしれないが、そっちの事情が何も分からないまま、ただ魔人扱いされるっていうのは気分が悪いだろ?」
「う……!」

 歯を食いしばり、俺を睨みつける少女。何だってこうも嫌われてるんだか……。数秒考えたのか、少女は諦めたかのように大きくため息を吐くと、決意したように話し始めた。

「……あんたも聞いただろ? 俺の中には"ロクでなし"と呼ばれる能力がある」

 そのフレーズを聞いてどこかピンときた。そういえば何か中二病こじらせたようなネーミングセンスをした魔法を出していたやつがそんなことを言っていたな、と。ぼんやりとあの光景と共に怒った燐が俺に刃を向ける場面を想像してあの時の恐怖もついでと言わんばかりに思い出させてくれた。いい迷惑だ。

「何もしていないのに、まるで魔法のような現象を引き起こすんだよ。でもって、その現象自体が薄気味悪くて"ロクでなし"って呼ばれてる」
「その現象って、例えば……」
「そう。さっきみたいに、あんたが空から飛び降りてきて弾き返せたこととかね」
「すげぇな。自動で発動するバリアみたいだな」
「……でも、それが発動するには一定の条件が必要なんだよ。それが、"魔人のように魔力を原動力として存在している者"とかにしか発動しない。つまり、普通の人間には発動しないんだよ」

 なるほど、そのせいでか。だから俺のことを魔人と言ったわけだな。やっぱりちゃんとした理由があったみたいだ。
 勿論、彼女の言う"ロクでなし"という能力は嘘かもしれない。けれど、先ほどの現象は確かに魔法とは違う何かな気がする。魔術式を発動した時特有の陣が現れていなかったし、第一そんな暇もなく彼女はその場で縮こまってしまっていたはずだ。

 ま、何にせよ……大体の予想はついている。そんな魔力を原動としてる存在なんて俺を除いてなら、テレスぐらいしかいないだろう。
 しっかし、それをどう説明するかだよなぁ……。

『やっぱり、私に反応して……?』

 と、何故かどこか嬉しそうな様子のテレス。まあ、俺からしてもテレスは俺の夢幻というわけではなく、実際に存在してくれているという安心感も芽生えてはいるけど。

「一体どうなんだよ!?」
 
 あー、なんて答えればいいかな。俺そういう説明苦手だしなぁ。
 頭の中で考える。考えるが、思い浮かばない。というより、何故か気分が悪くなってきた。何だこれ、俺どうした。

「う、うぉおおお……ッ!?」
「え、な、何だよ……!?」

 う、しまった……相手がビビってる……! いや、違うんだよ。急に、嘔吐感が出てきて——あっ、忘れてた。ワープしたら、気分がすこぶる悪くなるんだった。

「うえぇええええっ! ぐぅうう、こ、これのことかぁあああ!!」
「ちょ……こ、怖いんだけど……!」

 やばい。マジでドン引きされてるじゃん。これはどうにかしないと今後に影響しそうだ。でも、めちゃくちゃ吐きたい。もう胃の中から何かが煮えくり返りそうなほど出てくる予感がする。でも、耐えろ。耐えるんだ俺。しかし誤解は解きたい。何を思ったか、俺は彼女に向けて一歩ずつ歩み寄る。

「い、いや、そんな怖がらなくて……! あ、あああああ! うぇえええ! 吐きそぉおおおっ!」
「く、くんなよ!!」

 完全に拒絶しちまってるぅぅうっ! 後ろに退いていく彼女。でも言葉が出てこない。撤回の余地がない。違うんだよ! 本当に! 俺はそんな変なやつじゃないから、変な奴を見るような目で見るのは本当やめ——ッあ、出る。

「おええええええぇええ!」
「い、いやああああああ!!」

 彼女はめちゃくちゃに腕を振り回し、俺は(ピー)を地面に撒き散らす。彼女の腕はある一定の虚空に向けて振り払われ、紫色の光が放たれ。
 そして、世界に亀裂が奔った。


—————


「ほぉ……なかなかやるようですね。さすが、おびき寄せただけのことはある」

 気を落ち着かせたのか、魔人は冷静に言い放ち、何事もなかったかのように腹部の傷跡に右手をかざし、魔術式が現れる。すると傷口が完全に塞がれ、余裕の笑みを零した。
 やはり、魔人は魔人。それも咲耶と古谷が先日襲われた魔人よりも言葉を理解して喋っているような雰囲気を感じ取れる。明らかに高等な魔人だと古谷からも理解出来た。

「ふぅ、先ほどは取り乱してしまって申し訳ありません。つい、興奮しやすい性質でしてね……。自己紹介をしましょう。私はファフニールと申します。冥土の土産にどうぞ……」

 と、嫌味たっぷりな言葉を告げて右手を大きく広げながら優雅に一礼した。

「……ロゼッタ。クラス:ボーダー」

 律儀に名乗るロゼッタに多少戸惑いながら、これは自分も言わないといけないのかと思いつつ、ファフニールの方を見た。

「ふふ……名乗らなくてもいいのですよ? ただ、死んでも私の名を受け継ぐようにと思い、私は名乗ったのですから……。それで、貴方の名前は?」

 って、聞くのかよ!! と、どこからともなく咲耶の声が聞こえてきそうだなぁと古谷は思いながらも、よく分からない心境で古谷 静、クラス:ボーダーとだけ答えておいた。
 ……調子が狂う。そう思っているのは古谷だけだろうが、相手は魔人なのだ。しかし、今までの魔人とは多少風変わりで、自身としては参っていた。魔人とは、会話も通じず、ただ殺戮を犯すものだとばかり思っていたが。過去に家族を皆殺しにした魔人の印象をニールに話すと、恐らくそれは強力な魔人であり、力をつけなければ敵わないと言われた。
 そして、クラス:ボーダーに入ったのだが、この魔人はあの魔人ではないと思えば思うほど自分の中の殺意が衰えていくのを感じた。

(ダメだ……こんな調子じゃ、魔人を倒せない。僕が先ほど倒した魔人は小型の魔人で……)

 そんなもので調子に乗っているようじゃ、仇は討てない。と、気を引き締める。
 それを見て、ファフニールは笑い声を漏らす。

「ほう……貴方もクラス:ボーダー、ですか。聞いたことがありますよ、クラス:ボーダーの名は……。魔法学園の中でも、驚くべきことに私達のような高等の存在を相手にしようとしている人間がいると、ね」

 が、しかし。とファフニールは続ける。

「見たところ、貴方のような"貧弱"な人間が所属するような部隊。我々の敵ではありません……。さて、そろそろ無駄話はやめて——ッ!?」

 その時、古谷の隣にいたロゼッタがほとんど一瞬のうちに数十メートル離れたファフニールの眼前に槍を構えて立っていた。そして、モーションは既に始まっている。槍はファフニールの首を斬り落とそうと横に振るおうとしていた。それもかなり速い。常人では見切ることも避けることも叶わないだろう。
 驚くファフニールだったが、それも刹那のこと。自身は全く動かないというのにどこか余裕の笑みを浮かべていた。彼の後ろからとてつもない速さで先ほどの犬の姿をした魔人によく似た、それよりも大型の犬の魔人がロゼッタに襲いかかったのだった。
 しかし、冷静にロゼッタは空いている左腕を構え、魔術式をいつの間にか発動させていた。

「——氷槍アイスランス

 氷で作られた鋭い槍が上空から飛び掛る魔人を貫かんと突如ロゼッタの左手に掴まれた状態で出現した。それは見事、犬の魔人の頭部を貫き、そのままそれを投げ捨て、右手はそのまま止まらずにファフニールの首元へ。
 が、犬型の魔人に意識を少し持っていかれていたのが原因か、ファフニールは少し後ろに下がり、魔術式を既に発動していた。

「甘い!!」
「!」

 手のひらから黒色の炎が巻き起こり、突風の如くロゼッタを包み込もうとする。右手で既に槍が振り払われた後であったが、後ろに跳躍するように翻り、黒色の炎を避けた。
 距離自体は短いものの、黒色の炎はその真下で音を立てて倒れた犬型の魔人に当たると瞬く間にその全身が黒い炎で包まれて燃え去ってしまった。
 これだけ濃密なやり取りがたった数秒の間に起きたことを古谷はただ呆然と見惚れていた。そのことを情けなく感じつつも、これが本当の魔人との闘いなのだと息を呑む。

「ふはは、いいですねぇ貴方。そこにいる男とは比べ物にならないその動き、その魔法の完成度。現に私の黒炎を喰らっても溶けきっていないのが証拠です」

 ファファニールの言う通り、犬型の魔人は燃え尽きて姿形は消え去ったというのに、ロゼッタの氷槍は黒炎に包まれてもまだ燃え尽きていなかった。あの短時間でそれほどの完成度の氷槍を召喚する。これは相当な魔法の使い手でなければ出来ないことだった。

「気をつけて。あいつは本物の高等な魔人。下手をすると、死ぬ」

 ロゼッタはわざわざ古谷に忠告を送った。それの意味は、古谷に少しの戸惑いや何かを感じ取ったのからか、単純にどれほどの魔人か測ることが出来なかったから教えただけなのか。その意図はどれにしたとしても、古谷にとっては相手は"かなり強い"とだけ知ることが出来ればそれで十分だった。
 それでも、戦わなければ何にもならない。それにロゼッタがついているのだ。多少のミスがあってもきっとカバーしてくれる。俺ならいける、と何かが古谷を動かした。

「勝負だッ」
「今度は貴方ですか? 貴方はそこで待っているだけでもいいのですが……まあ、格の違いを見せ付けるのもいいですかね」
「な、なめるなよ!」

 左腕をバスターモードにさせて、それを乱射させるようにしてファフニールの方へ突進する。

「っ、ダメ、それじゃ——!」

 ロゼッタがらしくない、どこか焦るような声で言う。しかし、古谷は既に突進し、ファフニールの方へ駆け出している。ロゼッタはすぐに氷槍を精製するが、

「甘いですねぇ!!」
「なっ!!」

 ファフニールは既に古谷の後ろに回り込み、右手に既に持ったナイフで古谷の背中を斬り付ける。

「ぐぁああっ!」

 前から倒れる古谷に、右手を構え、手のひらから黒色の炎が現れる。それを古谷に、ではなくロゼッタが投擲した氷槍に当てて表面から溶けさせた。

「先ほどより純度が高いのでねぇ。貴方の氷槍といってもすぐに溶けますよ」

 氷槍はファフニールの言うように瞬く間に溶ける。それを見るや否や、ロゼッタはファフニールの方へ駆け出す。

「貴方は先ほど、私の力を"理解した"。それは理解できるだけの"力"があるからだ。——しかし、この男は違う。私の力の加減を理解していない」
「な、に……!?」

 倒れる古谷は相手の手のひらの上で先ほどの何倍にも膨らむ黒炎の塊を生み出していた。

「勘違いをしているようなので仰います。私が貴方方を"ここに招いたのですよ"?」

 ファフニールの言葉に呼応するかのように、周りの地面という地面から先ほどの大型の犬の姿をした魔人が出てきた。その数、十匹は優に超えているようだった。
 出現したとほぼ同時、ロゼッタを見つけるや否や、数匹が一斉に飛び掛っていく。

「一体一体に私が与えた魔力は少し大きいので、先ほどのように簡単にはやられませんよ?」
「ッ」

 ロゼッタは槍を構え、数匹の犬の魔人に対して牽制するようにそれを振り回す。連携しているかのように交互に攻めてくることもあってか、なかなかファフニールのところに近づけなかったからだ。まずこの犬の魔人を倒さなければ、ファフニールには辿り着けない。しかし、このまま相手をしていれば古谷がやられてしまうかもしれなかった。

「さぁて。貴方はもういいです。どうせ食したところで、ロクな魔力を得ることはないでしょうからね!」

 ファフニールは腕をあげて、その黒炎を古谷に向ける。

「く、そぉっ!」

 古谷は左腕を構え、バスターモードで風の弾を作り出し、それをファフニールに撃つが全く集中されていない風の弾は威力も何もなく、ただ空気がファフニールに当たるぐらいの程度。

「ふははは! その程度! 痒いぐらいで——!」

 ズバッ、とファフニールの胸部に痛みが奔る。古谷がスラッシュモードに変えて胸部を横から薙ぎ払おうとしたのだが、背中の傷が響いているのと倒れ込んでいることからか、力が入らずに刃は中途半端に胸部を切り裂いただけだった。

「ぐ……! その左腕、やはり……! すぐに殺すよりも、恐怖心を煽り、なぶり殺そうかと思いましたが! やはりこのまま黒炎で包み込んであげるとしましょうか!」

 ファフニールが声を荒げ、古谷を黒炎で包み込まんとした瞬間。
 バキッ、と何かが割れるような音。そして世界が溶けるような感覚。紫色の光が世界全体を覆いつくし、そして破壊される"魔境"。
 そして——突如現れる二人の姿。そして、"嘔吐物"。

「おぇえええええっ!!」
「いやぁあああああ!!」

 その二人は叫び声をあげながら魔境をぶち破り、ファフニールと古谷の方に乱入してきた。

「な……っ!?」

 驚いた声をあげるファフニール。それと、目を疑う古谷。
 それは見たことある人物が嘔吐物を撒き散らしながら乱入してくる瞬間だった。

「桐谷君っ!?」

 そう、彼の名は桐谷 咲耶。
 嘔吐物を撒き散らしながら仲間の窮地に颯爽にも登場したのである。