複雑・ファジー小説

Re: 落ちこぼれグリモワール 本編更新&告知! ( No.38 )
日時: 2015/06/12 16:07
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: Nw3d6NCO)

 何かが吹っ切れたように、私は咲を受け入れていた。
 咲は一体どうしたいのか。私に対して、どう思っているのか。何も分からない泥沼の中に叩き落されているような感覚。疑心暗鬼——それは次第に私の意思や声も届かなく、まるで"私の存在が消えていく"かのような。はっきりとしたことは分からないけれど、今の咲は少なくとも迷っていない。私に対して、真摯に向き合ってくれている。
 それが言葉よりも心のどこかで伝わっている。それが感じ取れただけでも私としては十分だった。

——いない方が良かった。

 意思の隅っこで聞こえる言葉。何故だろう。どこかで聞いた覚えのある言葉。けれど決して優しいものじゃない。それは"誰かを完全に否定する言葉"だ。
 これは私の"いつ"の記憶なのか。そして本当の私は一体何者なのか。テレス・アーカイヴという名前だけしか思い出せない私はどういう存在なのか。
 ……ううん、今はそんなことを考えている場合じゃない。咲が助けを求めている。私を必要としている。それだけで、自然と私の意思はハッキリと定まる。私は今、桐谷 咲耶という少年と共にある。今は自分の存在について考えるより、彼を守ることが最優先だ。
 そうして心を一旦開けてみれば、自然と頭の中に様々な"知らないはずの情報"がなだれ込んでくる。
 
 それは数々の魔法の術式や構成など明らかに魔法を使うのに対して必要なものばかりだった。


—————


「突然、魔力が溢れ出した……?」

 ファフニールは驚くというより、まるで不思議そうに呟いた。本当、こいつの顔って言ったら俺のことを不思議生物か何かだと思っているかのようだな。やっぱり今の俺って先ほどまでとは違うの? 別に変化っぽいのはないんだけど。
 強いて言うなら、テレスがいるという明確な存在感というか、それが強まったような感覚だ。ちゃんと傍にテレスがいる、と今なら思える。今まではああいたのかお前、程度だったんだけど。

『そんな感じだったの!?』
「うん、まあ……ごめん。でも今はちゃんと"分かる"」
『ならいいよ!』
「ちょろいな……」
『何か言った?』
「イヤ、ナンデモナイデス」

 ごちゃごちゃと会話を繰り返している最中ではあったが、とりあえず状況を把握するに。
 男装女子はロゼッタが救助してくれたおかげで助かっている。今まともに動けるのは俺ぐらいしかいない。だから、俺が何とかファフニールに牽制したいところなんだけど……。

「……どうすればいいんだ?」
『あ、やっぱり?』

 勿論、俺は魔法の使い方を詳しく知らん。この間は勢いでいけたようなものだけど、今回も似た感じでいけるのだろうか。

『……とりあえず、魔法を連想してみて。何とか"合わせてみる"』
「合わせるなんて、できるのか?」
『今のこの状態なら……多分できるはず』

 何が何だか分からんが、テレスはやれると言っている。ならそれに賭けるしか俺に道はないと見た。
 ならば——!

「先手必勝!!」
『えっ!?』

 合わせてくれるなら、俺が行動しないわけにはいかない。だから、俺はとりあえず駆けて行くことにした。だって他にやりようが分からないんだもの。とりあえず、あいつを物凄く殴りたいってのはある。さっきまでの仕返しにな!
 ファフニールの元へ一直線に突き進む。自分では速く走れてるつもりなんだけど、どう考えても俺のいつもの速度としか思えない。思いたくはないんだけどさ……。

「う、うぉおおおっ!」

 掛け声を出しながら猪突猛進する。これ、突然止まったら物凄く恥ずかしいことになるよね? 何してるのって思われるよねぇ……。そんなの、ダメだ。格好悪すぎる。何とかなることに賭けるしかない。
 しかし何でか知らんが、恐怖心ってものがそんなに無い。右拳を振り上げて、ファフニールに一発与えようと更に速度を上げる。

「何をしてくるかと思えば……なめたことを! 我が黒炎の餌食にしてくれるわ!!」

 対するファフニールは俺を迎撃する為に右手を差し伸ばしたかと思えばそこから現われたのはドロドロと渦巻く黒い炎。あの一瞬で犬の魔人を溶かしたやつか。あれに当たるとやばいよな。

『分かってるのに何で止まらないの!? ……もう、こうなったらヤケクソで……!』

 テレスの声が響く。しかしその時には俺は既にファフニールに向けて右拳を振りかぶって黒い炎と激突する刹那の瞬間にいた。
 これは俺の腕が溶けて終わるパターンなのか、と思った矢先のことだった。確かな手ごたえが、しっかりと右手に伝わる。


「——えっ?」


 気付けば、俺の右拳はファフニールの頬に見事直撃していた。それもめり込むんじゃないかってぐらいの勢いで、俺はファフニールをぶん殴っていたのだ。
 何を言わせる隙もなく。ファフニールは当然のように吹き飛んでいく様子がスローモーションのように見えた。地面に何度か身体をバウンドさせ、ファフニールの身体は地に伏せる。……って、伏せさせちゃったよおい。
 これは一体どうなってるんだ、と思い返せば。殴った位置的にファフニールの真横。ファフニールから見て左側に瞬時に移動し、ぶん殴ったということになる。ただ、俺は真正面から挑んで行ったはずだ。なのに、どうしてこんな神がかりな回避と攻撃を繰り出せたんだ。

『いやぁ……咲の殴りたいって意思に合わせてヤケクソに"頭の中のやつ"を浮かべてみたら、こんなことに……』
「頭の中のやつって何だよ……」
『わ、私もよく分からないんだけどさ! 頭の中に色々と、知らないはずの魔法みたいな知識がいっぱい入ってきて……正直私も困ってるぐらいだよ!』

 どうなってんだそりゃあ。となれば、今までテレスは"魔法の知識さえ覚えていなかった"ということか? なるほど、だから"魔法を出す方法"が分からないって言ったわけだな。忘れていたけど、こいつは記憶喪失してて、魔法の知識は覚えていますってご都合なことにはなってなかってわけだ。
 とりあえず結果こうなっちゃったんでオーライですって感じか……。ということは、上手くいかなかったら下手すると黒い炎の中に突っ込んで自滅だったわけかよ。……これ本当に戦えんの?

『まあ、そういうことに……。で、でも! あれだよ! 咲が突然殴りにかかるのがいけないんだから! 何の作戦も立てずにあれは無謀だよ!』

 確かに……それも、魔法を連想してみてって言われて殴りたい気持ちの方が前に出ちゃったわけだから、そりゃ難儀だわなぁ……。
 しかしだ。否定は出来んが敢えて言おう。無謀と勇気は紙一重であると!

『何の説得力もないよ……』

 またしても呆れた声でテレスは呟く。そう言うなよ。結果オーライってのは大事だぞ。天はまだ俺たちを見捨ててはいないってことなんだから。

「……なるほど。今触れてみて分かったぞ……!」

 ファフニールが何やらぶつくさと言葉を口にしている。一体何だ、何を言っている。
 ファフニールはゆっくり身体を起こすと、まるで浮遊するかのように身体が垂直に浮かんでいく。そのまま垂直に両足を地面に着地させた。明らかに物理的にもおかしな動きだ。勿論、魔法の一環だとは思うが。
 ファフニールの表情は恍惚としたような、どことなく嬉しさを含んでいるように見える。殴られてそんなに良かったのだろうか……。

「お前のその魔力。何かあるとは思っていたがやはり……我らが"主"のものに似ている!」
「はぁ?」

 一体何を言い出すかと思えば、テレスの魔力が魔人の主に似た魔力を持っている? 更に気になるのは、"魔人の主”って何だ。まさか、"魔人を作り出す主"がいるとでも言うのだろうか。
 反応しづらい。実に、グレーなところだからだ。テレスは記憶がない。しかし、魔力は並外れたものを持っているらしい。だからこそ、どんな出来事に直面したとしても、それが真実か否か判別できる材料がまず無いわけだ。
 例えば、テレスは魔人を作り出した主の存在ということであるならば、本来は俺達人間の敵だということになる。しかし、現にわけの分からない俺の魔法や"グリモワール"というタイトルのテレス・アーカイヴの本から出てきた結晶が上手く合わさって俺の中に存在しているのが現状だ。……魔人の主だとするなら、一体何してるのって話だろう。それも、見つけた場所が魔人の住処ならともかく、敵地である魔法学園でテレスは見つかったのだから。

「テレス……」
『……そんなこと、言われても』

 何て声をかければいいのか迷っていた最中、

『記憶ないんだから関係ないよ!』
「……お、おう?」

 物凄く元気の良い声で答えるテレス。何を言うかと思えば、特に俺が気にすることでもなかったようで。

『今は自分の存在のこと、気にしないことにした! それに確定したわけじゃないんだし、私は今の私を貫くよ!』

 あー……なるほどね。それとなく、テレスの気持ちが何となく把握できたような気がする。
 テレスは今、俺に自分の存在を疑われたくないんだ。それを揺さぶるような情報は今は全部見ないことにして、俺に身を委ねようとしている。それが伝わってきて、何となく分かる。
 今はそんな不確定な情報に惑わされるよりも、ファフニールをぶっ倒すことを優先すべきだと。……ま、確かにそうだわな。

「ごちゃごちゃ言ってねーで、さっさとかかってこいよ。その金髪全部刈り上げた上にそのイケメン顔をこれでもかってぐらい変形させてやるからよ!」
『何でそんなに自信たっぷりなの……』