複雑・ファジー小説
- Re: 落ちこぼれグリモワール ( No.4 )
- 日時: 2014/12/07 17:05
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: b/Lemeyt)
「……そう。何というか、お節介をしたわね、少年」
事の有様を話すこと数分。さほど大した内容でもないので10分もかからなかったけど、返答は笑い飛ばされただけだった。
それにどういう意味が含まれているのかは分からないが、恐らく喜ばしいことではないだろう。
何せ、騒ぎを治めに行った俺がその場を解決したのではなく、燐がその場を治めたからだ。多分、燐がいなかったら俺は成す術もなく、残念なほどの厨二臭い技名の氷の刃に切り裂かれていたと思う。
「貴方たちは、主従関係にあるの?」
「似ていることは似ていますが、そこまではっきりしたものではないです。家と家の互いの盟約といいますか、なんといいますか……」
「なるほどね。どちらにせよ、いい幼馴染をもったわね
少年。遠目から見ていたけど、この子の動きは新入生のそれとは比べものにならないぐらい秀逸よ」
遠目から見てたのなら助けてくれよ、と思いつつも燐については、とっくの昔に幼馴染として育ってきた俺が一番分かってる。
燐の家は"魔技"と呼ばれる魔法のカテゴリー、といった方がいいのか。何せよ、その魔技を使いこなす優秀な家柄で、特に燐はその中でも才能が飛び抜けているという。
燐のような優秀な家と俺の家が主従関係に似た盟約を結んでいるというのは、俺の家もそれに見合うような魔法の優秀な家柄だからだ。
俺以外の人間は皆魔法が得意で、俺はこの家の子かと言うぐらい才能に溢れた人間ばかりいる。
その所以あって、俺の家と燐の家は代々主従でもなく、盟友と呼ぶにふさわしい縁なのだが、魔法の能力の力自体に優れているのは俺の家で、そもそも魔技というのは魔法と武術を兼ね備えたものとしてあるので、武術に重きを置いている。
ということで魔法の能力により長けた、より異能な方の桐谷家の方が主のような立場にあるらしい。正式上は、という話だけど。
そういうわけで、小さい頃から一緒に育った俺たちは同じ学園に通い、パートナーとして近い場所に住むことになったわけだ。それなりに苦労も共にしているだけあって、信頼関係も深い。
「"優秀な燐"が助けてくれると思ってましたからね」
「……咲耶、あんたそれどういう意味よ?」
隣で黙って聞いていた燐が怒り顔——ではない。それは多分、戸惑うような表情。
「ふぅん……熱い友情というか、愛情というか? 若いっていいわねぇ……」
と、俺が燐に言葉を返す前に金髪美女な教官が組んだ足を組み替えながら呟いた。
「あ、愛情なんて! やめてください! 何で私が咲耶なんかと!」
机を勢いよく叩いて面白いほど反応する燐。あぁ、良かった。俺の言葉からは意識が外れたようだ。
「ふふ、冗談よ」
笑顔でそういうと、渋々燐も再び椅子に座り、俯いてしまった。
俺はというと、ふとそこで金髪美女な教官と目が合った。ふっ、と嗤われたような気がする。何故かそれは何もかもお見通しだと言わんばかりの威圧を持っているような……だめだ、思わず目を逸らしてしまった。
「あら、素っ気無い」
クスクスと金髪美女な教官は笑う。その笑みに、この人はなかなかやり手だと確信した。まずもう、目が笑ってないもの。
「あぁ、そういえば。自己紹介するのを忘れてたわね。白井 ユリア(しらい ゆりあ)よ。よろしくね、お二人さん?」
白衣で身を包み、妖艶な笑みを浮かべる白井教官の自己紹介を聞いて、俺たち二人はただよろしくお願いします、と小さく声をあげることしか出来なかった。
「さて、話を聞く限りは二人共巻き込まれただけみたいね? ……まあ、もっとも、桐谷君の方は自分から巻き込まれに行ったようだけど」
「め、面目ないです……」
「ふふっ、正義感があるのはいいことよ? どんな相手にも立ち向かえる勇気がなくては、現場では犬死するだけだもの」
さらっと厳しいことを言うな、この人。きっと、この多くの現場を見てきたうえで言っているんだろうけど、今日から入学すると決まった生徒に言う言葉じゃないだろう、とは思った。
「魔法も二人共使ってないようだし、ルール違反ではないわ。よって、今回の件は不問とするわね」
「良かった……」
胸を撫で下ろす燐。余程最初から争い事を起こしたくなかったんだな。まあ、そりゃそうか。"燐からすると"。
「とはいっても、入学式は既に始まってしまっているし、申し訳ないけれど、先に二人には事前に指定されたクラスへ移動してもらうわ」
「え、もうですか?」
「入学式は途中で入れない決まりになっているのよ。それに、クラスだけ把握しておいて、少し学園の中を見回ってもいいんじゃないかしら。私が許可を与えておくわ」
さらさらと、何かメモをするかのように紙に書くと、それを俺と燐の二人に一枚ずつ手渡した。
見ると、学園視察許可状と書いてあり、一番下には白井 ユリアとサインがされていた。
「いいんですか?」
「クラスに行ったところで誰もいないし、暇だろうから、特別にいいわよ。これは争い事を止めた二人のお礼ということで受け取って頂戴」
そこまで言うと、白井教官は椅子から音もなく立ち上がり、教官室の扉を開けた。
「さ、出ましょうか」
————
教官室を出て、視察状の使用できる範囲の説明を受けた後は取り残されるようにして俺と燐の二人きりになった。とりあえず俺と燐はお互いのクラスに行くということで離れることになり、俺は現在、一人で校内を彷徨っている。
クラス——どうしてそんなものを決めるんだろう。皆一緒に、同じようにしたらいいのに。
そんな風に思っていた俺だったが、自分が落ちこぼれだと認識できるようになってからというもの、クラスごとに分けるという意味が理解できるようになってしまった。
それは、出来るやつと出来ないやつが出てきてしまうからだ。
いくらやっても出来ないやつと、一回見聞きしただけで習得してしまうやつ。そういう違いが根本的なものとしてある。
俺でいうと、全く魔法の才能が開花しないというのがそれに当てはまるというわけだ。
「分かってはいるんだけどな」
自分に言い聞かせるようにして呟く。
燐と分かれてから、分かってはいたのだが——絶対的に離れ離れにならないといけないのがこのクラスというものだった。
目的地にたどり着き、小さく深呼吸をしてから扉を開いた。目の前には、予想の出来た普通の光景が広がる。今までとさほど大した代わりはない。
全く代わり映えしない黒板に、チョーク入れ。教壇に教卓、そして生徒たちの机が並べられている。
「さすが、"普通科"といったところだなぁ……」
思わず呟く。あぁ、俺は今日からここで勉強するんだと。心の中では全くワクワクしていない、むしろ冷めた俺がいた。
ここは魔法学園だ。勿論、魔法を学べる。魔法を応用とした訓練も出来る。魔法に関しての職にもつける。
しかし、ここは魔法を学べる魔法科とは別に"普通科"と呼ばれるクラスが存在する。
ここで何を勉強するか。簡単に言えば——ごく平凡的な学問。国語数学歴史英語科学とかその他諸々。
魔法学園では魔法を学べるのは勿論、普通の学問を学ぶ一般の人も入学出来るように普通科も設けているのだ。
何故このような体制をとっているのかというと、要するに金銭面が大きい。
普通科でもここを卒業すれば魔法関係の仕事に就きやすくなる。そういうメリットが大きくある為、学費を払って入学するというわけだ。
ちなみに、魔法科の生徒たちはほとんど学費免除。普通科は結構な額の学費を払って入学する。さすがは魔法の使えない、いわゆる才能のない人間の集まりってことだ。
「はぁ……」
近くにあった椅子に座り、ため息をついた。
本当に、何も変わらない。平凡。それでいいんだ。いや、それでいいのか。
分からない。何をどうすればいいのか。魔法の名門の家系が魔法を学ばずに魔法学園で一般知識を学ぶ。これほど滑稽なものはない。
「何をやってんだ、俺は……」
そうやって、天井を見上げて呆然とする。それがどれぐらいの時間を経過したのか分からないが、ドアが開く音と同時に我に返った。
「あ……」
顔を見合わせて、一言。
とても普通の、もう本当に普通としか言えないほど平凡そうな男の子が一人、ドアの向こう側に立っていた。
「あれ? 入学式……さっき終わったばかりなのに」
「あ、あー……ちょっと色々あって、入学式は出なくていいことになったんだ」
「え、そうなの?」
と、こんな会話をして男の子が教室の中に入ってくる。見れば見るほど平凡そうな感じの子だ。
そして俺の目の前に立つと、少しの間そのまま静止して……動かない?
「えっと……ここ、僕の席なんだけど……」
「あ、ごめんごめん、気付かなかった」
指定席だったのかよ……。と、小さく心の中で思いつつ、席を譲る。
安心したような顔をして男の子は俺の体温が残った椅子に腰を落ち着かせると、小さくため息を吐いた。
「……入学式、どうだった?」
男二人きりで沈黙ってのに耐えられなかった俺は思わず聞いてしまっていた。ていうか、何で他の生徒は来ないんだ。早く来てくれたらこのシチュエーションも終わるのに。
「え、あぁ……凄かったよ。さすが魔法学園だなって感じがした。魔法を使える人とこんなにも近くで触れ合えるなんて、感動したよ」
こいつは魔法が使える人間を神か何かだと思っているのだろうか。俺の周りでは燐を含め、家族全員が魔法を使える為にうんざりするほど魔法というものを見てきたけど、こいつは本当に魔法と無縁だったのだろうか。
「ずっとここに入りたかったんだ。昔からずっと魔法に憧れててね。環境だけでもいいから、魔法を近くで見ていたいんだ」
まだ話を続ける男の子。しかし、そんなにいいものか、魔法ってのは。環境だけって、使えるから良いものなんじゃないのか、魔法ってのは。
「君はどうしてここに入ろうと思ったの? あ、やっぱり僕と同じような理由かな?」
「え……」
急にふられた話題に戸惑いを隠せなかった。
何て、答えようか。そう悩んでいる内に、俺の口は自然と答えていた。
「あ、あぁ……そうだよ。普通科に入るんだから、そうだろ……」
何を言っているんだ、俺は。
本当にこんなことを言いたかったのか。いや、違う。そうじゃない。何で、何で俺がこんな——
「やっぱりそっかぁー。凄いよね、魔法使える人達って! そうなると、惜しいなぁー。入学式、きっと君もわくわくしたはずだよ!」
「そう、かな……」
言葉が詰まる。詰まって、喉の奥から空気しか出てこないような、むせ返りそうになるのを必死に我慢するように、俺は声が出せなかった。出せない。ダメだ、落ち着け、落ち着いてくれ——
「いやぁ、楽しみだね! "これからの学園生活"が!」
「どこが……楽しみなんだよ……」
「え?」
言っちゃダメだ。そう分かっていても、抵抗も空しく俺の言葉が後に続く。
「自分で魔法を使えないのに、何が楽しみでここにいるんだよ」
「そ、それは……」
「平凡な人間なのに、魔法に憧れても仕方ないだろ……!」
男の子は突然のことにあたふたとしていたが、やがてそれも治まると、俺に向けて苦笑を浮かべた。
「でも……"君もここにいるんだよね"?」
「ッ……!」
そうだ。そうだった。俺に何も言える権利などない。何で俺は当たり前のように語ってるんだ。——まるで、魔法が使えるかのように。
使えないんだよ。家が魔法の名門ってだけで、当の本人は使えない。そして俺はそれを声高らかには言わない。言えば、落ちこぼれだと分かってしまうから。平凡な、魔法の才能を持たない奴よりも可能性をもらっていながら、目覚めさせていない俺は、平凡な奴よりもよっぽど滑稽だ。
いっそ、普通の家ならば。俺もこの男の子と同じ、平凡な家庭で生まれたのならば、後悔することも、魔法に対してこれほどまでに劣等感を抱くこともなかった。
「……ははっ、そうだった」
顔を手で押さえて、俺は呟いた。何をしてるんだろう、俺は。
こんなこと、分かっていたはずなのに。受け入れたはずなのに。少しでも、魔法の名門という家柄を潰さないように、せめて学校だけでも魔法に携わるように。そうして選んだ道じゃないか、これが。
ふらふらとした足取りで、俺は教室のドアの取っ手を掴んだ。
「ど、どこに行くの? もうすぐ他の人も来るよ?」
「あぁ……ちょっと、便所だ」
そう言い残すと、息苦しい教室を後にした。