複雑・ファジー小説
- Re: 落ちこぼれグリモワール ( No.6 )
- 日時: 2014/12/04 23:35
- 名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: b/Lemeyt)
- 参照: 書ける時に書くスタイルで……加筆修正後々します。
燐は不安に思っていた。
今こうして離れている間にも、幼馴染が苦しんでいるのではないかと。
小さい頃からずっと一緒に暮らしてきたといっても過言ではない。そのせいで、今ではすっかり相手の考えていることが手に取るように理解出来てきた。
先ほどの乱闘騒ぎの中、一人突っ込んで行った咲耶。昔からそうだった。何か揉め事があると、すぐに駆けつけたがる癖がある。
自分は何も出来ないと、思いたくない。そんな風にも見える。魔法が使えない劣等感の表れなのか、それとも彼なりに選んだ生き方なのか、それだけは燐であっても未だ理解を得ていなかった。
「本当に、大丈夫かな……」
もう既に入学式も終わり、確かパンフレットでは今"学生の歓迎イベント"を行っているはずだ。だからまだ、生徒は来ないはず。今なら咲耶を探しに行ける。けど——
(それで、いいの……? 本当に、咲耶の為になるの?)
問いかけてくるもう一人の自分がいることに苛立ちが込み上げる。
けれど、確かにそうだ。ここで駆けつけたところで、咲耶はどう思うだろう。
燐のクラスはAクラスと呼ばれ、肉体・精神・魔力の三つが長けた優秀な才能を持つ生徒のみが出揃ったクラス。
このクラスに入れば、まず間違いなく学園の中でも随一と言っていいほどのレベルに達することが出来るだろう。
佐上家の中でもずば抜けた才能を持つと言われ、親の期待に応えてきた燐は、Aクラスへの加入を余儀なくされた。勿論、自分の意思もあった。しかし、そこに咲耶の影が何度も見え隠れする。
咲耶は今、苦しんでいるのではないか。もがいているのではないか。自分の環境に。自分の存在の意味に。
「行かないと……!」
揺れ動く気持ちの中、来た道を元に戻ることにする。
親の期待と共に受け継がれた伝統の太刀を左手に持ち、自分でもどこにいるかも分からず彷徨っている幼馴染へ会いに——。
その姿を後方から見つめるのは、
便所と行って出てきたものの、勿論尿意があるわけでもない。ただ単純に、外に出ただけ。目的地も何も、勿論決めてなどいない。
「……せっかく視察状とかって珍しいもの貰ったわけだし、散策でもするかぁ」
その間に他の生徒と鉢合わせになったら面倒だな、とか少し考えたけど、それよりも気晴らしに歩く方が俺には良かった。
さて、どこに行こうかと迷ったところで、とりあえず階段を下りてみる。マップを確認しながら、今現在自分はどこにいるのか把握しつつ、辺りを見回してみた。
「んー……ここは今三階か?」
普通科と魔法科ではそもそも校舎が別となっている為、先ほどまでは普通科の4階にいたことになるが、三階では入り口と共に普通科と魔法科が繋がっている唯一の場所でもあった。
「へぇ、珍しいことに入り口が三階にあるのか。普通一階表記だと思うんだけどな……」
マップを見ながら校舎の様子を確認する。どうしてそうなっているのかは不明だが、一階だと錯覚していた階は実は三階だったようで、下にまだ二階、一階とあるらしかった。
何となく、下りてみたくなる。上に行けば行くほど、上級のクラスが並んでいるからでもある。ここは魔法科ではないが、あまり上の階は好ましく思えなかった。
「っと、ここが二階な」
変わらない白を基調とした二階。どうやらここは理科室とか音楽室とか、まあそこらへんの設備が整っているようだ。
しかし、敷地が広いせいか、校舎もまたアホみたいに広い。これはマップがないと迷っちまうんじゃないかと思うぐらいだ。
特に見てまわろうとも思わないので、今度は一階に行ってみることにした。
「んー……ここは空き教室が多いっぽいな。名前が記されてない教室が沢山ある」
どこを見ても真っ白だ。何だか気味が悪くも感じる。なおかつ広いし、一階って言っても実際は地下2階にも当てはまるわけだから、日光の光もさほどない。少し薄暗いのが印象的だ。
「あー、でもこういうところに何かあったりしそうなんだよな……」
恥ずかしながら、こういう恐怖心煽られる場所が好きで、ドキドキしている反面、好奇心が強く俺の中で芽生えていた。
これは探索しないと、自分の気持ちに嘘を吐くことになるよな。ま、そんなわけで探索をしようと見て周ることにした。
どこもかしこも、やはり空き教室のようだ。中に入ろうとするが、思ったとおり鍵もかかっている。うーん、入りたいんだけどな。ていうかこういう時、絶対何か化けて出てきたりするよね。余談だけど。
そんな感じに心の中で面白がりつつ、ずんずんと先へ進んでいくと、一つ変わったことに気がついた。
「あれ? 何だ……?」
一つの教室の扉だけ、何故か不自然に空いているのだ。まるで誘っているかのように。
え、これマジで怖いやつじゃないの?
「入る……べき、だよな。ここは……展開的にも、フラグ立ってそうな気がするんだけど……」
辺りを何度も見渡して、誰もいないことに恐怖心が一層くすぶられる。やめてくれ、と思いつつもどこか抗えない自分がいた。
中を覗いてみると、案外普通だ……と思っていたら、そうでもなかった。
「うぉ、すげぇ……何だこれ?」
教室の黒板がある側の方には黒板はなくて、代わりに機械仕掛けの扉があった。
壁一面に歯車やら何やらが備え付けられ、今にも動き出しそうな雰囲気を醸し出している。それらの中央には、どこかの洋画で見たような古い木製の扉があった。
「中に入れるのかな……」
おそるおそる、俺はドアノブを……握り締めた。
……冷たい。ひんやりとしたドアノブが俺の手のひらを冷たくさせた。
「……ま、入れるわけないか——」
ふう、と小さく安堵に似たため息をついて、緊張が解けた瞬間右手のひらが扉に触れる。
ガチャン。
「え?」
一言言い残すと、俺は扉の中に吸い込まれるようにして入ってしまっていた。
要するに、この扉。ドアノブ関係なく扉本体を押せば反転する仕組みになっていたわけで。それを理解する前に扉の向こう側に連れ去られてしまったわけで——最中、機械が動いているような音がしたのは微かにだけ残ったまま。
「うぉぉおおおおおおおおおお!?
何が起きているのか分からないけどとりあえず暗闇の中、俺は滑ってるんだ、という感覚が伝わる。とりあえず移動してるのかこれ!?
やばい。これはダメだ、酔いそう。
体の限界が訴えかけてくる前に眩い光がを包み込んだ。
「……ここは、どこだ?」
気付いたら、まるで別世界のような場所にいた。何ていうか、アンティーク? よく分からないけど、洋風の豪華な屋敷みたいな印象を持つ場所に放り出されていた。
これって、どういう状況だ? 本当にこれはもしかして、学園の謎っていうか、秘密っていうか、暴いちゃいけないやつに踏み込んでるんじゃないのか?
急展開すぎるだろ、と思いつつも何とか立ち上がる。眩暈がする。先ほどの感覚も何も夢ではないようだ。
「これ……先に進んでいいのか?」
誰に聞いてるんだ。
……俺しかいない。俺に聞いてるんだろう、多分。よく分からない状況にパニックになってるんだ、これは。落ち着けよ、落ち着けよ桐谷 咲耶。
自分自身に念じながら、とりあえず歩いて見る。うん、もふもふしてる。豪華な絨毯っぽいのが敷かれてて、先ほどの学園とは大違いな豪華さだ。
更に歩いてみると、奥にまた一つ扉があった。これはよくある両開きの開き戸。またトンデモ扉じゃないだろうな……疑心暗鬼が高まる。
「よし……男、咲耶。行かせていただきやす……!」
変なテンションで気合を入れてから、ドアノブを握り締め、勢いよく前に押した。普通に開いた。力を入れすぎたことで前に飛び出す形になっていまい、思わず転びそうになる。
「お……! おぉっ!!」
思わず、叫び声をあげてしまった。
扉の先にあったのは——無数に立ち並ぶ本棚、どこまで続いているのか分からないほど縦と横に伸びる無数の本がそこにはあった。
とんでもない規模の図書館が目の前に広がっていたのだ。
「こんなところがあったなんて……!」
ぶっちゃけ、感激が抑えられない。何を隠そう、俺は本が好きだ。
小さい頃から色んな本を読むのが好きで、今もなおそれは続いている。
「これほどの規模の図書館は初めて見た……」
ここには一体どれほどの知識が詰め込まれているのだろうか。感嘆の声をあげてしまうほど、素晴らしく豪華で、それでいて不思議な感覚になる場所だ。
「おおお! あれはまさか!」
一つ、遠目からでも分かる。一番手前の本棚には赤を基調とした本が並び、その中の一つを丁寧に取る。
「これは有名なテレス・アーカイヴの魔学書じゃないか! どうしてこんな希少な本がここに!!」
興奮しながら、手に取った魔学書を開く。内容は確かに、本物らしい。
それもこれも、テレス・アーカイヴという非常に有名な魔道士の著者で、俺の昔からの愛読本でもあった。
ただ、この人の魔学書は世間では評価が悪く、その理由が内容が難解すぎて理解できる人が少ないからだ。けれど、俺には肌が合うらしく、小さい頃からこの難解な本を読み解こうと必死だった。
「これはまだ俺が読んでないやつだ……。世界でも数少ないテレス・アーカイヴのまだ読んでない本をこんなところで読めるなんて夢にも思わなかった。……借りていいのかな?」
周りを見渡しても、勿論誰もいない。まあそれは、この場所が広すぎるせいかもしれないが。いいなぁ、ここ。ずっと来ようかと思っちゃうぐらいだ。
そうして見ていく内に、やはり何冊も読めていない本があったりしてはしゃいでいた俺だったが、その中でもある一つの本に関して違和感を持った。
「ん……? これ、見たことも聞いたこともないな」
手に取ったのは、結構な大きさを誇る魔学書だ。著者は、テレス・アーカイヴ。題名は……
「"グリモワール"……? そのまま、魔道書? テレス・アーカイヴの本にしては、あまりにシンプルすぎるような——あっ」
その時、本が手からすり抜けて地面に落下した。って、これはやばい。こんな貴重な本を落とすなんて。
「しまった……! どこも傷ついてないだろうな!?」
確認しようと本を持ち上げる。すると、何やら光る透いた青色をした結晶のようなものが地面に落ちていた。本に挟まっていた? ——いやいや、それなら手に持った時に落ちたりするだろ。
結晶を拾ってみると、美しく光を帯び、吸い込まれそうなほど綺麗だった。
「一体これは……? ——ッ!」
と、そこで物音を聞いた。扉が開いた音だ。やばい、誰かが入ってきたのか。どこか、隠れないとまずい。
そのまま近くの本棚に身を潜める。扉までの距離は近く、足音が近づいてくるのが分かる。二人、いるのか? 何か話しているようだ。
「……ふう、入学式っていうのは堅苦しいものだな」
「まあまあ、そう言わずに……これも職務ですから」
教官か? 一人は完全に女性だけど、もう一人は中性的な声をしていてどちらの性別かよく分からない。
「それで? 研究の成果はどうなんだ?」
「あぁ、なかなかバッチリです! 堂々と任務に参加する日も近いかもしれませんね!」
「ほう、それは良かった。……うん? これは……」
声が結構近くなっている。恐らく、今現在俺がさっきまでいた場所にいる。
そこで気付く。ーーしまった、本をちゃんと直してなかった。
「……どうして本棚から本が出てしまっているのだろうな?」
「むぅ、ロゼッタがしまい忘れたのですかね?」
「いや、それはない。この本の著者はテレス・アーカイヴ。ロゼッタはこの本の作者の書いた本は好んでいないはずだ。……誰か、紛れ込んだか」
ドクン、と俺の鼓動が高まる。
やばい。これは、非常にまずい状況なんじゃないか?
先ほど話していた声色に比べて随分と殺気だった感じだし。これは素直に名乗りあげた方が……いや、でも、それで侵入者だとか言ってなんだかんだあったらまた燐に迷惑がかかるかも……。
そんな感じで色んなことを考え、自問自答してようやく決心する。よし、ここは素直に名乗ろう。でないと盗人のような気分に——
「おい、お前。ここで何をしている」
「ひっ!」
一足、遅かった。後ろから俺の肩が掴まれ、ゆっくりと振り向くに至る。
そこには、長い赤髪の女性が立っていた。服装は、いかにも正装、といった感じのする振る舞い。どうやら入学式を先ほどまで出ていらしてたんですね、といったような感じ。
ていうか、さっきまで前方にいたはずなのに、いつの間に俺の後ろに移動してたんだ。
「あれ? その服……ひょっとして新入生さんですか?」
ぴょこ、っと赤髪の女性の後ろからは、眼鏡をかけた薄い緑色の髪色を持つ子供サイズの……男? 女? どっちだ。どちらか判別できないような、声とマッチするような顔をした人物が一人顔を覗かせた。この人もいつの間に……。
どういう趣味か、子供サイズの方はぶかぶかの白衣を着ており、袖に隠れて手が見えない。ひらひらと余った分の袖を左右に小さく揺らしている。
「新入生? どうして新入生がこんなところまで。それよりも、入学式が終わって、歓迎イベントが行われているはずだが……」
「え、あ、その」
「うん? なんだ。ハッキリ答えろ。いくら新入生だからといって、不当な理由であれば容赦はせんぞ」
「こ、こらこら、紅、そんな言い方はダメですってば」
うん、超絶怖いわ! そりゃ黙るわ! ドモりますわ!
そんなツッコミを心の中で唱え、必死に声を絞り出す。
「え、えっと……その、迷っちゃって、あの……。あ、そうだ! えっと、これ……!」
焦る気持ちの中、思い出したように差し出す視察状。それを見る紅と呼ばれた女性は、
「あぁ!? 白井のやつめ、またこんな勝手なことを!」
「え、あ、これってダメなやつだったんですか?」
「あー……あのね、ここは基本的に、一般の学生さんは立ち入り禁止になってるんだよ。ていうよりね、ここに辿り着くまでの道のり的にもそれっぽかったでしょ?」
補足するかのように緑髪の人が言ってくれたけど、それって……やっぱり好奇心で進んでいった俺が悪い、よな。
「す、すみません! つい、好奇心で……」
「あぁ、まあ別にいいんだよ。悪いのは白井だ。あいつめ、視察状なんてそもそも存在しないってのに」
「え、存在しない……?」
「あぁ。魔法学園上、秘密にしたいこともあるんだよ。まあ、といってもここはその中でも緩い方だから、あまりどうってことはないかもしれないが……」
「いや、ちゃんとありますよ……一応ですけど、ここは色んな魔学書の他、しっかりとした魔道書もありますし、力のある人が来れば様々なバリエーションの魔術式が作れてしまうはずです」
「あ……マジです、か」
やっぱりダメなんじゃん……ていうか、それは何となく勘付いてたけどさ。これだけの本の量で、置いてあるのが魔学書だけのわけがない。
「んーでも、その紋章は……普通科の生徒ですね?」
「あ……はい」
紋章。そうか、それで気付いてしまうのか。
確かに制服には紋章がついていて、燐のとは少し異なる。やっぱりそういう区別があったんだな。
「うん? ただの普通科の生徒に、何で視察状なんてものを白井は渡したんだ?」
「うーん、それはよく分からないですが……暇潰しだったんでしょうかね? 彼女は時に分からない行動をとりますから」
「あ、あの……すみません、お話してる最中に申し訳ないんですけど……」
「なんだ、新入生」
「俺って、やっぱりまずかったですか……? 何か処分とかありますかね……?」
「あぁ、そのことか。いや、見るところ本当に魔法使えなさそうだし、普通科の生徒だし、不問でいいよ。ただし、ここで見たことは他言無用だし、もうここには来ないように頼む。もし喋ったりまたここにいたら……」
「だ、大丈夫です、喋りませんし! もう来ませんから!」
「うん、聞き分けが良くてよろしい」
満足そうに頷いた紅はそれだけ言うと、俺から背を向けた。まるで用件はそれだけだ、と言わんばかりに。
「もうここに出会う機会はないかもしれませんが……僕はニールっていいます。よろしくお願いしますね」
「会う機会がないのに、自己紹介、ですか……?」
「癖みたいなものなので、気にしないでください。貴方の名前は?」
「……桐谷 咲耶です」
「桐谷 咲耶……。覚えておきますね!」
そう言うと、先に行ってしまった紅の後を追いかけて行った。
「……疲れた。良かった……これで燐に殺されないで済む…」
随分時間が経ってしまったように感じる。そろそろ教室に戻らないと。
図書館を後にする為、来た道を辿ることにした。
——いつの間にかポケットに入ったままの青い結晶を持って。