複雑・ファジー小説

Re: 落ちこぼれグリモワール ( No.7 )
日時: 2014/11/18 20:20
名前: 遮犬 ◆ZdfFLHq5Yk (ID: b/Lemeyt)
参照: 参照100越 ありがとうございます;

 今頃どこかで一人悩んでいるのではないか。
 気が気でない様子で廊下を駆けて行く燐が丁度下の階へ行こうとした時だった。

「……何してんの?」

 角の隅っこの方で俯き、座り込んでいる咲耶の姿を見つけたのだ。

「……いやね? 来た道を、戻ろうとしただけなのに……だんだんとどこだここってなってきて、校舎の中複雑すぎて、それで……」
「迷子になったの?」
「うん……」

 心配して損した、と燐はため息を吐いた。
 悩むどころか、迷子になっていた咲耶に手を伸ばす。

「早く教室に戻らないと、そろそろSHR始まるみたいよ?」
「あぁ……もうそんな時間か……」
「そんな遠い目をしながら喋らないでよ……ほら、立って」

 強引に手をとって立ち上がらせ、燐は咲耶を連れて再びそれぞれの教室に戻って行く。

「あ」
「うん?」

 燐が突然声をあげ、俺の方へ再び振り返る。

「帰り、校門の前で」

 それだけ俺に言い残すと、足早に去っていった。
 ……つまり、一緒に帰ろうってことか?

「可愛くねぇなぁ」

 と、小さく呟いて教室に向かう咲耶には、燐の顔が真っ赤に染まっていることなど知れるはずもない。


————


 いや、マジで焦った。
 普通、一度来た道をまた同じように帰れると思うだろ。それが、なめてました、ここの広さを。
 ぶっちゃけ燐が来てくれなかったらマジで危なかったと思う。
 同じような風景でもあるから、どこがどこだか分からんし、燐によると周りの風景や教室位置とか、色々細かいところが違うようだ。誰がそんないちいち気にしながら歩くかよ。
 そんな風に愚痴を零しつつ、ようやく元の教室に戻れた。とりあえず深呼吸でもして……よし、いくか。
 決心をつけたように、俺はドアの取っ手を掴んだ。

 がらがらがら、と何も変わらないその音を耳で聞きつつ、クラスの中を見る。
 俺が来た時は男の子一人だったのに、いつの間にか人数が数十人と増えて普通にガヤガヤとしてた。
 皆、楽しそうだ。これからの学生生活に期待をしているような表情で、既に打ち解けた人も多いらしく、楽しそうにグループごとで談笑している。

「あ、初めましてだね!」

 すると、唐突に声をかけられた。それも、女子だ。
 声のした方へ振り向くと、栗色の髪のびっくりするぐらい可愛い少女が俺に向けて微笑んでいた。

「あ、ども……」

 何を照れてんだ俺は。上手いこと挨拶しろよ!
 そんな風につっこみつつ、相手の様子を伺う。

「えへへ、初対面だから緊張しちゃうよねー」

 可愛らしい笑顔を浮かべる彼女。ああ、やばい。これはキテる。
 第一印象からして、清楚で、可憐な印象を受ける笑顔。童顔なその顔に、パッチリと大きくて綺麗な瞳が印象的だ。穏やかそうで、こうして突然入ってきた初対面の俺に話しかける辺り、性格も良さそうだ。

「私、羽鳥 優(はとり ゆう)っていいますっ。……えっと」
「あ、俺は桐谷 咲耶っていいます!」
「桐谷君かぁ! よろしくね!」

 手を差し伸ばしてきた羽鳥さん。やばい、これはやばい。羽鳥 優か……すごい、似合ってる名前だなぁ……。

「よ、よろし——」

 と、羽鳥さんの柔らかそうでとても暖かくて小さい手を握ろうとしたその時、

「よろしくねぇー! 羽鳥ちゅわーん!!」
「うわぁっ!!」

 横からいきなり手が伸びてきて、俺が握るはずだった羽鳥さんの手を横から奪っていった。そのまま腕を上下に振り、驚く俺と羽鳥さんを置き去りにして——この野郎、いつまで触ってやがる!

「お、おい! お前……!」
「あ、桐谷 咲耶君だっけ!? よろしくぅー!」
「え、あ、お、おいっ!」

 戸惑う俺に構わず、こいつは次に俺の手を握って上下にぶんぶんと振りまくる。
 一体何なんだこいつは……。銀髪気味の髪が印象的で、ボサボサな頭をそのまま放置し、せっかくの真新しい制服を長年着てるかのようにだらけた着方をしたこの男。

「申し遅れましたぁっ! 堺 怜治(さかい れいじ)ですわー! ま、よろしくな! 二人共!」

 もの凄いどや顔で自己紹介をされる。

「あれ……? 二人共、ノーリアクション!? もっとほら、何かちょーだいよ!」
「あはは、堺君は本当に明るいね」
「でしょでしょ、羽鳥ちゅわん! 天性の才能なんだよねぇー!」

 何が天性の才能だ。ただ図々しいだけだろ。くそ、俺と羽鳥さんとの握手を奪いやがって……。

「うん? 桐谷っち怖いよ顔! どったの?」
「別にどうもしてねぇよ!」
「おおぅ、激しいツッコミ! あ、もしかしてさっき羽鳥ちゃんとの握手を俺が奪っちゃったから怒ってるの?」
「え、そうなの?」
「そ、そそ、そんなわけないだろっ!! 何バカなこと言ってんだよ!」

 急に何を言い出すんだこいつは! やめろ! 思わず動揺しちゃったじゃないか……。
 慌てて手を左右に振って誤魔化す。それを見てニヤリ、と不気味な笑みを浮かべる堺は本当に蹴り飛ばしたい気持ちにさせてくれる。

「そういえば桐谷っち、入学式といい、歓迎会といい、いなかったよね?」
「あ、そういえば……見かけなかったなぁ」

 二人が揃って俺のいなかったことに気付き始める。あぁ、面倒臭いけど、まあ適当に誤魔化そう。

「いやぁ、今日寝坊しちゃって……途中から入学式って入れないみたいで、先に教室の方に来てたんだ」
「あーね!」

 何だそのあーねってのは。まあ大体、ああなるほどね、を簡略した言い方なのだろうと察しはつくけど。
 
「ていうか……"桐谷っち"ってなんだよ」
「なんだよって言われても、桐谷っちは桐谷っちでしょ?」
「いや、だから、何だその小恥ずかしい呼び方は!」
「あらま、照れちゃってんの?」
「ば……! 照れてるわけないだろ!!」

 くそぅ、何かうまいこと操作されてる感じがする。俺と堺のやり取りを見て、羽鳥さんが声を小さくあげて笑っている。可愛い。それはいいんだけど……この複雑な気持ちはなんだ!

「別の呼び方にしてくれ。あまり慣れてないんだよ」
「あー、そっかそっか。それじゃー……サクって呼ぶわ! これならいいっしょ?」
「あぁ……まあ、それなら……」
「おおし! んじゃ俺のことは怜治って呼んでくれ!」
「わ、分かった……」

 あれ、何か仲良くなってないか? お互いに下の名前で呼び合う関係って……え、こいつと?

「さすが堺君ですよねー。このクラスで話しかけた人の中で一番明るくて楽しい人でしたよ」

 あ、俺だけに話しかけてくれたわけじゃないのか……。まあ、そりゃそうか。そんなことも分け隔てなくやりそうだもんな、この子。
 そんなこんな思っていると、例の男の子の姿がいないことに気付いた。あれ、長時間待ちすぎてトイレにでもいったのか、と思っていた矢先、扉が開いて入ってきたのは長身の若めの男だった。

「あー、席につけー」

 それから発せられた言葉から、恐らくそれがこのクラスの担任なのだろう。騒がしかったクラスが落ち着き、皆それぞれ与えられた自分の席に座っていった。


————


 何が起きるわけでもなく、普通に時間は過ぎていくものだ。チャイムが空しく鳴り響く。
 まあ単純に歓迎会などで時間をとりすぎた為、自己紹介やちゃんとした席決めは後日やるそうだ。軽く説明を聞いたところで今日は解散となった。

 説明、というのはこれからの学園生活の過ごし方についてだ。
 魔法学園であるので、魔法科が勿論存在し、基本的には魔法科が学校全体を取り締まるのか、といわれればそうでもないらしく。生徒会は普通科の生徒と魔法科の生徒が混合で組まれたりもするし、クラブ活動等も同じらしい。ただし、魔法科の生徒には普通科とは異なり、"任務"があったりもするので魔法科は結構忙しいようだ。
 それも、当たり前のように魔法科でも一般知識等が出るので、わざわざ普通科の生徒に教えに来る生徒も少なくないらしい。そこらの辺りは魔法科と隔たりがなく、自由な校風となってるんだとか。

 しかしまあ、俺のような人間がいない周りにいないとはいえ、やっぱり辛い環境だよな。魔法が使えないことを知ってて相手は接触し、普通科の生徒も相手は魔法を使えることを知ってて接触する。いざこざがあってもおかしくはないと思うのだが、上手くそこらへんはやっているみたいだ。

(ま、制服の紋章のデザインが違うだけで十分差別化されてるとは思うけど)

 少し皮肉を漏らし帰る準備をする。あぁ、早くこの制服を脱ぎたい。普通のものよりちょっと重いから、何かと肩が凝る。
 クラスメイトの人達とまだ普通に会話さえもしておらず、何せ入学式にも出ていなかった俺なものだから、何も馴染めていない。
 その分、羽鳥さんと、悔しいけど堺が凄い勢いでクラスに馴染んでいた。羽鳥さんも堺も、お互い性別というものをあまり気にしないような性質なのか、男子と女子に対して隔たりなく話しかけている。……堺に関しては多少強引なところはあるが、憎めないキャラっていうか、誰も嫌な顔をするどころか、馴染んでる雰囲気だった。

(俺も馴染めるのかなぁ……)

 これからの学校生活を想像するだけで、少し不安になる。けど、今更言ってても仕方がない。いいじゃないか、これで。
 そう自分に言い聞かせてから、気付く。そういえば、最初にこの教室で出会ったあの男の子はどこに行ったんだろう、と。
 あれから結局最後まであの男の子は姿を現さなかった。早退でもしたのだろうか? いや、でもあんだけ楽しそうにこれからの学園生活を語ってたのに。
 俺もちょっと言い過ぎた部分もあったし、認められない部分もあったから、謝りたかったんだけどな……。まあ、明日にでも言えばいいか。どうせこれから嫌でも同じクラスで一年間一緒に普通授業を受けていくわけなんだし。

 教室の外を出ると、他のクラスの生徒で廊下が少し賑わいを見せていた。あーやっぱり俺のクラスだけじゃなくて他のクラスも当たり前のようにいるんだな。そりゃそうなんだろうけどさ。
 しかし、ところどころで何やら別の意味を含めた賑わいの声が挙がっていた。

「わぁ、魔法科の人じゃない!?」
「何で普通科に!? すげぇ、太刀持ってるよ!」
「ということはこの人"魔技専攻"かな!? すげぇー! かっけぇー!」

 ちょっと嫌な予感はしたよね。
 騒いでる廊下の奥から現れたのは、綺麗な黒髪が嫌ってほど似合い、左手には桜の刺繍が入った太刀を持ち、恥ずかしそうに赤面を見せながら俺の方へ向かって小走りで近づいてくるのは、勿論燐だった。

「お、おう。燐か。校門で待ち合わせじゃ——」
「遅いから心配してきたのよ!! 早く行くわよ!!」
「え、あ——ちょ、ストップストップ!! 腕痛いから! 変な方向曲がっちゃうって、いたっ、いだだだだ!!」

 かなり強引に持ち前の馬鹿力で燐に引っ張られ、俺たち二人は校舎を後にした。


————


「そ、そろそろ離せっての!」

 俺が耐え切れずに言うと、燐は突然手を放した。それから長いため息を吐いて、何とか赤面のそれを落ち着かせようとしている。
 よっぽど恥ずかしかったのか、燐にしては珍しく、肩で息をしていた。

「……大丈夫か?」
「うっさい!!」
「あ、すみません」

 何で怒られなきゃいけないんだ。理不尽だろ。
 とか、一言でも口にしたら多分左手に持った太刀で惨殺されることだろう。
 いくら魔法科の魔技専攻と呼ばれる武器と平行して用いられる魔法の専門だとしても、安易に武器を持ち運びさせてはダメだと思うんだ、うん。
 とはいっても全員に許されているわけではなくて……Aクラスの連中にだけ武器を持ってきても良いらしい。
 ちなみに、今朝俺と争ったあの氷天斬戟(笑)は勿論Aクラスじゃなく、不当に武器を持ってきていたらしい。これは教官室にて白井教官から聞いた話だ。
 そういえば、白井教官から貰った視察状は本当は存在しないんだったな……。担任の先生に聞いてみたけど、すっげーどうでも良さそうな顔で「あの人がやりそうなことだ」って言われただけだった。
 どうやら白井教官は謎な人で通ってるらしい。紅さん……だったか。あの人の口ぶりからしてもそれが伺える。

「ちょっと。もう少し速く歩いてよ」

 気付けば燐と俺の距離は結構開いてしまっていた。ていうか、燐の歩く速度が尋常じゃないんだって。

「燐が速いんだよ。もう少し落ち着け」
「だって……その」
「うん? なんだよ」

 燐が突然、言いづらそうに口を閉じた。夕暮れの太陽が帰り道を差す。舗装された何気ない通りで立ち止まる燐。それにあわせて、俺も立ち止まる。

「学園から、少しでも離れたいかと思って……」
「はい? え、なんで?」

 突然の燐からの言葉に、俺は少なからず動揺していた。
 あぁ、やっぱり。気を遣われてるんだと、その時気付いた。

「いや、その……」
「別に、気にすんなよ。俺は何も思っちゃいねーよ。俺にはお前がいるんだし、ボディーガード兼面倒見屋さんっていうの?」

 俺としては冗談半分で言葉を交わしたつもりだった。
 俺の言葉に何も返事を返そうとはしない燐に向けて続ける。

「いやぁ、よかったよ、お前がいてくれてさ。俺一人だと、魔法学園に入ることもままならないってか、やっぱり凡人とは違う——」
「うるさい!!」
「……え?」

 また怒らせたか、と思って燐の方へ顔を向けると、その強気な表情からは想像も出来ない——涙が瞳に浮かんでいた。

「ごめん……何でもない……」

 燐は俯き、俺にそれだけ告げると足早にその場を去っていってしまった。
 ただ、俺は燐の涙が頭の中から離れず、その場に呆然と立ち尽くしてしまう。追いかけることもしない。そんなことを考えるよりもまず、ただ俺は、呆然と。

「どうも、出来ないだろ」

 諦めたように吐き捨てると、燐を追わずに一人で帰路を辿ることにした。


————


「思った通り、面白い子だ」

 白井ユリアは呟いた。誰に言うわけでもなく、咲耶を探しに駆け回る少女の姿を見つめながら。
 その言葉は誰に向けられたものなのか、果たして誰にも分からない。ただ、興味という本能。好奇心という欲望が彼女の心の中を埋め尽くしていた。

「さぁて、どんなことをしてくれるのかしら?」

 妖艶な笑みを浮かべ、彼女は予想する。
 わざと渡した偽の視察状で。思った通りに桐谷 咲耶は動きを見せ、"例のもの"を入手する。
 佐上 燐は思った通りに"過去の桐谷 咲耶"に捕らわれ、今もなお信じている。彼女だけが知っている、"桐谷 咲耶"の"才能"と"落ちこぼれ"を。

 彼女はせめて、と想う。
 どうか、自分の思い通りに全てが上手くいきませんように——と。