複雑・ファジー小説
- Re: 【影乃刃】 シャドウ・ブレイド ( No.11 )
- 日時: 2014/11/13 22:55
- 名前: Frill ◆2t0t7TXjQI (ID: JcmjwN9i)
困惑する、血油に濡れた刀を携えた黒衣の男。
差し出された小さな手は、か細く、柔らかそうで、そして温かそうだった。
にっこりと、はにかむ少女。
かつて傍らにいた亡き娘を彷彿とさせる太陽のような微笑み。
命を賭して守りたかった者たち。
この手で、この剣で、己の力のみが救えると信じていたあの頃。
すべてが遅すぎた。
過ぎ去った過去。
もう元には戻らない現実。
振り返れば虚無が嘲り哂う。
震える腕で少女の掌に触れようとして、ハッとなり己の手を見る黒衣の男。
その手は、赤黒く染まっていた。
今まで斬り捨てた者たちの返り血を浴びて————。
ゆっくりと眼を開き目覚めた黒髪の少女、幽羅。
簡素なベッドの上での意識の覚醒は静かに緩やかだった。
だが、水面へと浮上する優しいものではなく、むしろその逆、最悪の気分とでも言った方がいい。汚泥の中をもがき這いつくばるような虚脱さが全身を包む。
身体が重く感じるのは先程の夢のせいだろう。
義体の調子はすこぶる良好だ。これは己の脆弱な心の在り様のせい。
幽羅は深く息を吸い込み、呼吸を整えるとベッドから起き上がると薄手の毛布がはらりと落ち、少女の白く瑞々しい裸体を曝す。
『目が覚めたようだな、幽羅』
ベッドの脇に立掛けておいた太刀が話しかける。
「私はどれくらい眠っていたのだ? 絶影」
幽羅は、枕元に置かれ折り畳まれた和服に目を向け絶影に聞く。
『ざっと二、三時間といったところか』
「・・・そうか」
和服に袖を通しながら幽羅は先程見た夢の内容を意識の片隅に追いやる。
本来義体となった者には睡眠は必須ではない。食事も然り、習慣となった行為はおいそれと変える事は難しい事だ。
日常に於いて義務付けられた『人』としての行動基準。生きる上で、それを欠かすことは最悪死に起因する自殺行為に等しい。
なにより、『脳』が、今は無い『肉の体』が憶えているから。
当たり前の事。生きているのだから。
いや、生きていた、のが正しいのかもしれない。
機械とひとつに交わったこの躰は、食べることも寝ることも排泄すら必要なく、二十四時間、有機媒体エネルギーの続く限り己の意志で活動させる事が可能なのだ。
はたしてこれは生きていると言えるのか?
まるで死人だ。骸と同じだ。
では、残ったものは何か?
それは人の果てない欲望。
本能のみが突き動かす原初の行動。
エゴとも言うべき慟哭。
生の実感を得る為、充足感を満たす為に繰り返される。
破壊衝動————。
濃紫色の着物を着終えた幽羅は絶影を手に取り、腰に添えると部屋の自動扉を開けて奥へ続く部屋と赴く。
この先の『工房』に紅朱蘭はいつも引き籠っている。
姿が見えない場合は大抵そこにいるからだ。
幽羅が迷うことなく扉を開くとそこには息を飲む奇異な光景。
無数のおびただしい人形が所狭しと壁、床、天井に置かれ、吊るされ、命無き瞳が虚空を凝視していた。