複雑・ファジー小説

Re: 【影乃刃】 シャドウ・ブレイド ( No.12 )
日時: 2014/11/13 22:57
名前: Frill ◆2t0t7TXjQI (ID: JcmjwN9i)

 


 居並ぶ生命無き、人形ひとかた現身うつしみ

 それらの見た目、表情は様々だが皆一様女性を模している事は理解できる造姿をしていた。

 その標本のような間を幽羅は特に関心も向けるでなく、奥の作業台で黙々と作業をこなしている白衣の女のもとに歩み寄る。

 「どうだ? 朱蘭。網羅蠱毒の脳殻から情報は得られたか?」

 作業台には解体され、剥き出しの脳殻。

 たくさんのコード列を繋ぎパソコンのディスプレイを操作する紅はキセルの灰煙をひと息吐く。

 「ええ。死の直前に相当の心的負担があったみたいで、どうにも支離滅裂な心象イメージの意識体だったけど、なんとか繋ぎ合わせて組み立てたわ。それが、これね」

 キーボードを叩き、画面にひとつの文字群を映す。

 食い入るように目を細めて見やり、眉間にシワを寄せる幽羅。

 「・・・神天幇しんてんほう? 何だ、これは?」

 再び煙草を吸う紅。

 「この男の脳内で幾つかのワードの中でも多数を占めていたのがこの言葉。アナタは四年も昏睡状態だったから知らないと思うけど、『神天幇』はここ最近台頭してきた組織で、上海東亜地区を瞬く間に傘下に治めた武侠集団なの」

 幽羅は小さな顎に白い指先を当てる。

 「乱世前には聞いたことが無い名前だ。それで、この神天幇とやらが彼奴らと何か関わりがあるのか? この手の輩の集団は過去にも腐るほど蔓延っていたぞ。しかし上海東亜地区は幾つもの勢力が軒を連ねる激戦区。それを傘下に治めたとなると相当の実力者揃いという事になるか・・・とすればあるいは・・・」

 回転椅子を廻し、幽羅に向き直る紅はキセルを教鞭のごとく振るい勉学を教授する教師さながらに講義する。

 「確かに統合統一を果たした武闘派組織としても一目置かれているけど、彼らは流通市場のマーケットさえも支配し多種多様な文化圏をも手中にしているわ。その手腕は表の日用品から裏事情の違法品まで管理管轄運営する手際の良さ。うちにもお人形様の受注が引っ切り無しに来るのよ」

 「・・・つまるところ網羅蠱毒、それらの一派は、この神天幇という組織と繋がりがあるという事になると?」

 紅の説明に思案する幽羅。

 「う〜ん、これ以上の脳殻からの吸出しは断片的で曖昧だから意味を成さないわね。脳の大部分が焼き切れているし・・・。でも密接な関わりがあることは間違いないと思う」

 クルリと紅は椅子を正面のディスプレイ画面前に戻すと操作盤をいじる。

 「十分だ。それほどの巨大組織なら、いちいち他方を徘徊して探す手間が省ける。・・・しかし私が眠っている間に戦乱が終結していた事にも驚いたが、そんな組織勢力が台頭している事にも少なからず驚いた」

 幽羅は感慨深げに瞑目する。

 戦乱終止をかかげ、戦い抜いた日々。

 いつ終わるとも知れない永い戦いの連日。

 今だ戦火の傷痕は痛々しく残滓を燻ぶらせるが、それも時が流れれば癒える日も来るだろう。

 だが、己の戦いは今だ終わりを迎えることは無い。

 いまも憤然と内なる炎は業却し、猛る。

 再び、冥府魔境へと至る道へと逝く。

 生きる事叶わなかった愛しきものたちに奉げる鎮魂の演武。


 

 「・・・因果か。つくづく闘いに縁があるのだろう、私は・・・」




 皮肉げに、どこか自嘲気味に薄く笑う幽羅。

 闇色の眼差し。

 それは此処では無い何処か遠くを哀しく見つめているようだった。