複雑・ファジー小説
- Re: 【影乃刃】 シャドウ・ブレイド ( No.13 )
- 日時: 2014/11/13 22:59
- 名前: Frill ◆2t0t7TXjQI (ID: JcmjwN9i)
篝火が燃える。
荒廃した街並み、戦傷の痕もそのままに放逐された瓦礫の山のスラム。
まばらに人影が火を囲み、暖をとっている。
所狭しと廃棄されたスクラップのゴミが乱雑する中をひとりの少女が練り歩く。
雪のごとく白い肌、夜闇のような漆黒の長髪。
紫の着物を羽織り、腰には黒柄黒鞘の太刀を帯刀。
「朱蘭の話では、此処、九龍雑居街にいるそうだな、件の情報屋は」
幽羅は自身に集まる視線を気にすることも無く辺りを見回す。
『あの女、腕は立つが思考回路が理解しがたい。あまり信用しないほうが得策と我は思うぞ』
絶影が喋る。
紅朱蘭が自分の知り合いの情報屋を紹介してくれるというので、この九龍跡地にやって来た幽羅たち。
しかし、それらしい人物は今のところ現れない。
周辺には生身の人間と違法サイボーグの輩。そして雌臭漂う娼婦たちがチラホラ混じって此方に好奇と奇異の目を向けてくる。
ゴミ溜めに似つかわしくない雅趣薫る華の如き美少女。
このままだと、また何処ぞ誰としれない阿呆がちょっかいを出してくるかもしれない。
「・・・面倒だな。そこら辺の誰か捕まえて聞くか・・・?」
幽羅が目線を流す。
様々な人種、瓦礫に並ぶ廃れた雑居群。
多種多様に入り混じった独特の退廃感。
この世界にはその苛酷な生活環境によって狂ったように進化した、極めて高度なサイバネティクス技術が日常の一部となり、人体をサイボーグとして改造することが一般化していた。
ここを支配するのは決して万人に平等な法と正義ではなく、『力』に聳え、地上を俯瞰する『強者』こそが全ての支配者。
他者を律する力さえあれば、大概の犯罪は咎められる事はない。
無法なる町。
されど、どんな無法の中にも一定の秩序はある。
群れた獣の中で自然と上下関係が決まり、美味い餌を貪る野獣が君臨するが如く。
神天幇、それがこの無法街の一角に定められた法。
サイバネティクス技術を駆使したサイボーグ軍団、その屈強極まる鋼の体躯を以って武術を繰る彼らは、他を寄せつけない並ぶものなき侠客の徒党。
そんな彼らの縄張りの一つ、娼館の並ぶ色町が九龍跡地ということまでは幽羅が知り得た情報だ。
幽羅が周辺の者に視線を合わせようとすると皆知らぬように顔を背けてしまうのは、こんな場所に居るはずも無い少女の存在の異様さを感じ取ったからだろうか。
それとも五体より漂う抜き身の刀身さながらの冷ややかな気配、身から溢るる気迫は、肝の小さい者ならば居合わせただけで背筋を凍えさせるには充分であったかもしれない。
小さな矮躯。起伏も幼い少女の肢体。可愛げのある美貌。
しかして、血の通わぬ身体。
人の手で作られた機械仕掛けの四肢に、電脳の記憶と知覚意識で構築された有機メモリ。
あらかじめ確立された本能に訴えかける情欲をそそる美しさ。
それもそのはずこの少女型義体は本来は愛玩用。それを改修、改造し、戦闘用に置き換えた特注品なのだ。
否、そうせざるに値したから。
この義体は、あまりにもあの子と————。
幽羅は空を見上げた。
いつもと変わらぬ曇天。
昼間だといのにどんよりと鈍色の暗雲が覆い、いまにも酸雨を齎しそうだった。
時折、隠された太陽が僅かばかり覗き、淡い陽光を照らす。
蠢く灰雲から木漏れでる光を掴むかのように真っ白い腕を伸ばす幽羅。
「・・・すべてが終わったら、私もお前たちの傍に・・・」
瞼に裏に焼きついた、愛しき者たちの姿。
人形となった躰の内に今も尚感じる、想い。
その呟きは悲しき言の葉の残響となった。