複雑・ファジー小説

Re: 【影乃刃】 シャドウ・ブレイド ( No.14 )
日時: 2014/11/13 23:00
名前: Frill ◆2t0t7TXjQI (ID: JcmjwN9i)





 ・・・ポツリ、ポツリ。

 忍び寄る暗雲から降り出す黒い雫。

 重く、憂鬱を押し込めるように四方から迫る雨の音。

 立ち込める毒素の水煙に人々はあからさまに嫌悪を現し、屋内の暗がりへと身を潜める。

 この街か、もしくは同じ空の下の何処かで撒き散らされた、ありとあらゆる有害汚染物質の成れの果て。

 繰り返し凌辱された空が今、報仇の涙を流すかのよう。

 汚穢は大地に還り、街を、人を、より一層汚しつくす。

 多少なりとも賑わいがあった通りは人影は無くゴーストタウンさながらに気配が途絶えているのは、誰であろうとこの酸雨を喜ぶ者など無いからだ。

 雨霧の中、濃縮された毒素のフルコースが注ぐ界隈を出歩くような物好きがいるわけがない。

 都に跋扈するもろもろは、今それぞれの穴蔵に隠れて、呪いの雨をやり過ごしているはずだ。

 「————ふぅ」

 手近な家屋の軒下で雨露をしのぐ幽羅は憂鬱を払いのけるように息を吐く。

 どうやらハズレのようらしい。

 紅朱蘭の言う情報屋はついには姿を現さなかった。

 まあ、ハナからそれほど信頼していたわけではないが、僅かばかりの期待を削がれた感は否めない。

 地道に情報を集めるしかないだろう。

 そう思い踵を返そうと降りしきる雨の帳に身を委ねようとした時、不意に何者かの気配をその華奢な背中に感じ取った。

 立ち込める雨音の雫、虚ろな輪郭を切り抜く人影が、ひとつ。

 屈強なサイボーグでさえも己の義体対応限界を縮める、と嫌がる強力な酸性雨が穿たれる中を好きこのんで出歩く手合いが他にいようはずもなく、その姿を目に留める輩は一人としていない。

 歩みを止めた幽羅を除いて。

 それは草臥れたレインコートの外套を頭から羽織った小柄な人物だった。

 背丈は少女の義体である幽羅よりもさらに低く、どうみても大人というよりは子供を思わせる風体だった。

 「・・・お主かの? 『人形躁師』が言っていた情報が欲しいという者は・・・」

 聞こえてきたのは幼い、年幾ばも無いような小さな少女の高い声色。

 眉を顰める幽羅。だがすぐに思い直す。この死の雨中をただの子供が闊歩するはずがない、と。恐らく義体者サイボーグ。子供のような造姿は相手の油断を誘うためだろうか。

 「・・・紅朱蘭から紹介があったはず。名は幽羅。貴殿が私の知り得る情報を提供すると聞き、参じた次第だ」

 「話は聞き及んでおる。なるほど、『人形躁師』が言うた通りじゃな。確かに儂ならよう知っておるぞ。・・・『神天幇』について・・・」

 謎の人物は外套ごしにニヤリと笑みを浮かべた。

 人形躁師とは紅朱蘭の二つ名であり、裏業界の通名である。彼女の客の中でも神天幇に繋がっているのではないかという者は居たのだが、それらは組織の末端の末端であり、ついぞ本丸には至らない他愛も無い情報だった。

 どうやらおいそれと尻尾を掴ませるような簡単な組織でない、むしろ厄介な手合いの集団であるという事が判った。

 「そうだ。私は知らねばならない。彼奴らが何者なのか、私が求むる者たちが蟄居しているのかどうか・・・・・・教えてくれ」

 剣呑な眼差しで、しかし縋るような気持ちを垣間見せつつも幽羅は一部の隙も見せず対峙する目の前の人物に警戒心を抱かずにいられない。

 奴らと何らかの関わり合いがあるかもしれない。

 武体に物を言わせ、無理繰り話を聞き出すのも、無きにしも有らずと腰に帯びた太刀をいつでも抜けるように整える。

 「やれやれ。最近の若いもんは・・・。なんでもかんでも暴力で解決しようとする。儂には争う気は皆無じゃて。まずはその漲る殺気を押さえんかの」

 呆れたように言う小柄な外套の人物。

 「儂の家に案内するぞ。ついて来い、話はそれからじゃ」

 そう言うと後ろを振り返ることなく歩き出す。

 その後を一瞬どうしたものかと迷順した幽羅だったが、直ぐにその小さな矮躯の歩跡を辿った。