複雑・ファジー小説
- Re: 【影乃刃】 シャドウ・ブレイド ( No.15 )
- 日時: 2014/11/13 22:33
- 名前: Frill ◆2t0t7TXjQI (ID: JcmjwN9i)
第参章 暗鬱の魔都、伏魔は宴に集う
香港、金融貿易区・・・。
雲をついて林立する華やかな摩天楼。
過剰なまでの電力供給を誇示するかのように夜通し煌びやかに光り輝く高層ネオン群は、戦後アジア圏における金融、文化の中心を担う次世代最先端モデル都市として面目躍如を果たして余りある。
隅々まで整備拡張された陸道。行き交う高級外車。街を歩くはブランド品に身を固めた貴族階級とおぼしき老若男女。
眠る事を忘れた都市は威光を飾り着こなし、今宵もまた不倶戴天の夜闇を舐め尽くす。
そんな光の洪水を地上三〇〇メートルの高みから見下ろしながらも、なんの感慨も窺わせない男がいた。
鮮やかな繭紬の布地に昇竜の刺繍をあしらった長杉は、香港の最新ファッション。そんな華美な出で立ちが何のけれんみも感じさせないのは、その男の端麗さと風格、際立つ気品ゆえであろう。
短く切り詰めた銀髪を後ろに撫で付けた長躯の麗人。
女性と見間違うような美貌の偉丈夫。
————男、隴王真(ロン オーシュン)は眼下の果て、その奥に広がる未開発地区を遠望する。
深い闇。
絢爛な近代都市とは対照的な旧市街の廃れた街並みは、重い沈黙に包まれている。
大戦末期後、終戦の混乱に浮上した再開発計画の破綻によって上海市が衰退の一途を辿る中、企業としても活動を始めていたとある組織は癒着した市当局による不正政策によって富を独占し、旧市街の零落をよそに栄華の階を翔け上がり続けた。
そして表舞台に現れた台頭組織。
それが『神天幇』である。
潤沢な富、精強たる武力を持ってして蔓延る有象無象の輩を諌め纏め上げた異能の集権団体。
今この香港、上海都市を牛耳るその名は不逞の無頼漢をも震え上がらせる最もポピュラーなものだ。
言うなれば、街に蔓延る輩共の頭といったところか。
爛熟した繁栄とは無縁な打ち捨てられた対岸の風景。
暗闇に沈んだ古都に何を想うのか、隴はただ静かに見詰めている。
「『奴』の事を考えているのかい?」
不意に背後から掛けられた声に動じることなく街並みを見下す隴。
「ああ、あの闇の何処かで今も憎悪の刃を研ぎ澄ましているのだろうと思ってな・・・」
後ろに控える軽薄そうな声に軽く返事をする。
「しかし解せないねえ。奴はあんた自身が引導をくれてやったんだろう? 四年前に」
来客用の黒檀のテーブルに足をぞんざいに投げ出し皮張り高級ソファーにどっかりと座る男。
高級ビジネススーツの姿は豪奢だがどうにも風貌と口調が一致しない面長の男はどちらかというと酒場か賭博場で女を侍らせている方がしっくりくる。
この男の名は盂胡津(ウー ウーシン)。神天幇の最高幹部のひとりで隴の側近である。
「そのつもり・・・だったのだが、存外しぶとかったようだ。流石『英雄』といったところか」
特に気にした風もなく平然と語る隴。
「はっ! よく言うぜ」
鼻で笑い飛ばす盂。
「その『英雄』を罠に嵌めて貶めたのは紛れも無いあんただろうが。俺たちはそのお膳立てを用意したに過ぎないってのによ」
それから盂はおちゃらけた表情から真顔になり言う。
「・・・まさか今わの際に情けをかけたんじゃないだろうな? 『魔銀凶刹』とあろうものが」
「それは無いな。奴にこれでもかと絶望を味あわせてから始末してやったからな」
射抜くような視線を後ろ手に感じながらも隴は飄々と嘯く。
「・・・それはそうとまだ他の連中は揃わないのか?」
振り向く隴。微笑を讃えながら。
その美しい端正な顔立ちに張り付いた微笑みを見た盂は一瞬にして己の魂が死神の掌で撫でられた錯覚に陥ったのを自覚した。
まるでこの話は終わりだと言わんばかりの重圧。
「あ、ああ。すぐにも飛んでくるさ。なんせ事が事だけに・・・お? 噂をすればってやつだ」
畏怖の脂汗が吹き出そうになった時、最上階直通のエレベーターが到着したのを盂の脳内伝達信号がキャッチした。
盂の脳殻は規格以上にメモリが増設されておりこの神天幇が管轄するセキュリティの全権を掌握している。
常人ならばその情報量に脳に深刻なダメージを負うだろうが、盂は天才的頭脳の処理能力でいとも容易く操作可能だった。故に神天幇の頂点に君臨する隴王真の側近を務める事が出来た。
ほどなく広大な室長室のホールに続く大扉が小さな機械音と共に開く。
そこには三人のサイボーグたちが不機嫌そうに居並んでいた。