複雑・ファジー小説
- Re: 【影乃刃】 シャドウ・ブレイド ( No.3 )
- 日時: 2014/10/14 18:45
- 名前: Frill ◆2t0t7TXjQI (ID: dCFCK11c)
雨。
廃材が山積みされたゴミ捨て場のような場所にシトシトと降り注ぐ。
ここ近年急激に降水確率が増加した強酸性雨。
人体に多大な影響をもたらす有害な毒素を五萬と含んだ死の恵み。
生身の生き物ならばたちまちの内に体内を蝕まれ、命を縮めるだろう。
広がる曇天、霹靂の空。
雷鳴が遠く彼方まで轟く。
その中を滅紫の着物を纏った少女が黒い汚水の水溜まりの泥をパシャリ、と跳ねながら静かに黙々と歩いている。
投棄された何かしらの機材の数々。
高く、無造作に積み上げられたそれらは不安定で、長い間風雨に晒されたのだろうか、所々錆びて朽ち、今にも崩れ落ちそうだった。
もとは資源材回収処理場だったとおぼしき工場跡が立ち並ぶ一角。
巨大かつ剣呑な重扉が目前に鎮座する建築物。
その扉も他と同様に朽ちかけていたが、少女のか細い腕では易々と開きそうにもない。
『生命反応を感知した。此処で間違いない』
腰に携えた漆黒の鞘筒に納められた太刀がくぐもった機械音の声色で己の所持者である黒髪の少女に告げる。
「ああ、そうのようだな。気配を感じる。『奴』だ」
雨露に濡れた流麗な黒糸の髪を着物の袖から垣間見せた白磁の手で払う。
雷光が閃く。
人形のごとき美を持つ少女、幽羅は、今は愛刀であり相棒の太刀『絶影』の鍔元をゆっくりと押し上げ、蒼い刀身を覗かせる。
途端、鋭い金属音。
重厚な鉄扉は軋みを上げ、袈裟がけに滑り落ち両断され、重低音を響かせて倒れ伏せた。
埃が濛々と漂う工場跡内。
幽羅は構えた絶影を反転、流れる動作で黒塗りの鞘に仕舞うと迷うことなく足を内部へと進める。
中は暗く、時折稲妻の光りだけが僅かに、本来の機能と役目を失った機材群の姿形を浮かび上がらせる。
中程まで歩を進めた幽羅。
軽く溜息を吐いて誰とも知れず口にする。
「・・・かくれんぼのつもりか。わざわざ気配を察知させ此処まで案内させたのだろう? いい加減姿を見せたらどうだ・・・?」
その言葉が終わるかいなかに身体全体に浴びせられ掛ける刺すような殺気。
『上だ』
脇に差した絶影が言う。
「解っている」
その言葉と同時に宙空から迫る殺意に低く腰だめに構えた太刀を振り抜き放つ幽羅。
重ねる剣戟、暗みに疾る閃火。
遅れた衝撃の余波が積もる埃を舞わせ、吹き飛ばす。
鍔迫り合う襲撃者の脈打つ息遣いが一瞬変わる。
その隙を見逃さなかった幽羅は素早く太刀を斬りかえし、上段を薙ぎ裂く。
だが、闇の中の何者かは首筋皮一枚、寸前で蒼刃を躱し、離れた機材の上に四つん這いで音も無く降り立った。
「・・・驚いたナ。しかシ、その剣気、太刀筋、間違いなク、あ奴のモノ・・・。生きていたとハ・・・『百鬼剣塵』・・・」
轟く稲光がユラリと起き上がる男を照らす。
八つの義眼。口元を覆うマスクからは複数のパイプが後背にまで伸び、さながら男を昆虫のような異様さを醸し出していた。
「久しいな。四年ぶりか、『網羅蠱毒』。相も変わらず醜悪な面構えではないか」
油断無く剣先を目の前の不気味な男に向ける幽羅。
ようやく、やっと出会えた怨敵。
そのひとりに思わず少女はほくそ笑んだ。