複雑・ファジー小説

Re: 【影乃刃】 シャドウ・ブレイド ( No.9 )
日時: 2014/10/18 11:36
名前: Frill ◆2t0t7TXjQI (ID: 9jf1ANEm)


 第弐章 英雄は堕ち、人の心と愛を知った








 「しぶといな、英雄の名は伊達ではないということか。だが、それもここまでだ。引導を渡してやろう」
 
 眼前に対峙する銀髪の男、しかしその男の言葉に答えは返ってこない。
 
 彼の目の前にいる黒衣の男。

 黒髪を前髪に垂らし、表情は窺いしれない。

 溢れ出ている尋常ならざる殺気、それは戦うためにだけに打たれた剣そのもの気迫だった。

 答えられるはずも無い。

 まさに剣鬼、まさに獣。

 人の心など持ち合わせているはずもない。

 いや、一時その心に宿したモノがあった。

 やすらぎと温もりに満ちた僅かな時。
 
 だが、それはとうに失われてしまった。

 奪われてしまった。

 目の前の男に。

 今、ここに在るのは半ばで折れた半身の欠刀。

 抜け殻なのだ。

 嘲笑を口元に浮かべる銀髪の男。

 「あの娘がそんなにお気に入りだったか? 貴様にも聞かせてやりたかったぞ、泣き叫びながらも気丈に振る舞う音色を・・・、あの断末魔を・・・。やはり生身の女は良い。肉の感触は愛玩義体セクサノイドとは比べ物にならん」
 
 途端黒衣の男が踏み込む。

 その速度は音速を超え、光の速さに匹敵するほどだ。

 全身の経絡を覚醒させ、『氣』を爆発的に高めたそれは、相手に意を捉えることすら許さず、滅却する必殺の剣。

 だが、それを前にしても構えの素振りすら見せぬ銀髪の男。

 瞬きの間すら与えられぬ刹那の刻。

 暗い、廃高層ビルの屋上で光が煌く。

 しかし、ただ虚しく刀の軌跡が閃いただけだった。

 銀髪の男の手には、いつ出現したのか影のように揺らめく暗黒の長刀が握られており、黒衣の男の胸を深々と貫いていた。

 黒衣の男の耳元で囁く銀髪の男。

 「俺の贈り物は気に入ったか? 綺麗に化粧していただろう? 血塗の死に化粧の首は・・・」

 迸る鮮血。

 貫かれた黒衣の男はぐらりと傾き、正面に覗く暗い暗いビルが建ち並ぶ谷間の闇中へと消えていった。



 その光景を何の感傷も懐くことも無く見つめていた銀髪の男。




 「此の世は所詮掃き溜め。抗う力が無ければ容易く他者に奪われる弱肉強食の世界。お前の時代は終わりだ、百鬼剣塵」



 

 男の言葉が冷たく吹くビル風に掻き消された。