複雑・ファジー小説
- Re: 異能探偵社の日常と襲撃【12/30up!】オリキャラ募集終了。 ( No.29 )
- 日時: 2015/01/13 23:27
- 名前: るみね (ID: fYloRGSl)
【日常C】探偵社は大いに荒れる。
事務所に戻った修兵は食事前に整理していた書類に目を落とした。
一週間前の今年何度目かも分からない襲撃による備品ほかビルの損壊(主に創平の部屋)の損傷額とそのことの社長への報告書だ。
その社長はと言うと一ヶ月前の長期出張からまだ帰って来ていない。
社長としてどうかとも思うが基本出かけるのが好きな人で、事務的な書類からクライアントとのやり取りまで修兵と大地が行っているので実務にもほぼ影響がないので皆気にしていない。なぜこのなかに最年長者である牡丹が入っていないかと言えば、彼女が間に入ればすぐに挑発的な喧嘩腰になるのが目に見えているからだ。接客にあまり牡丹を関与させないのも探偵社の間では暗黙の了解になっている。
客も来ないので書類をまとめ終えるとたまっていたゴミを捨てる。
「ったく、あいつら分別もせずに捨てやがって」
独り愚痴りながらも修兵は掃除の手を止めない。探偵社の衛生管理は彼がやっていると言っても過言ではない。
と、その事務所のドアが軽く二度ノックされた。
修兵は掃除の手を止めると目立ったゴミが落ちていないのを確認し、扉を開けた。
「こちら異能探偵社で間違いありませんか?」
そう言ってドアの前に立っていたのはいかにもお嬢様といった雰囲気をもつ女性だった。
女性と言っても少女とも思ってしまう幼さを感じる顔つきだ。年齢は20代前後だろうか。腰程までの亜麻色の髪に藍色がかった瞳は出迎えた修兵をまっすぐ見つめていた。服装も淡い落ち着いた色でまとめたワンピースを着ており、拾区というよりは壱区や弐区でみかけるような格好だった。
探偵社にも時々上位地区の客が来る事はあるがそれは極希で、若い女性ともなれば尚更だ。
珍しい客に修兵は内心眉をひそめたがそんな気などかけらも見せず彼女を事務所内に出迎えた。
「当探偵社ははじめてのご利用ですか?」
キョロキョロと事務所の中を見回す彼女にお茶を出しながら尋ねた。みるからにお嬢様だ。こういった地区の探偵事務所など訪れた事もないのだろう。
「えぇ……」
「どなたかからの紹介で?」
「……紹介と言えばそうですね」
少しタイムラグがあってから女性は答えた。
その様子に違和感を覚えて修兵は口を開いた。
「失礼ですがどなたから……」
しかし、修兵の言葉は唐突な女性の言葉で遮られた。
「あの、こちらに……!」
女性が言い終わる前に再び探偵社のドアが今度は無造作に開かれた。
見れば寝起きらしい鷹人がまだ寝癖の残る頭を掻きながら現れた。その様子に思わず修兵も顔をしかめずにはいられなかった。
「おい、バカヒト。来客中だぞ、ちょっとは……」
しかし、またしても修兵は最後まで台詞を言う事が出来なかった。
ガタンッ、という派手な音をたてて女性が勢いよく立ち上がったのだ。あまりの勢いに修兵は思わず呆気にとられたが、女性の表情を見て余計に驚いた。彼女は輝くような満面の笑みを浮かべていたのだ。
「……鷹人様!」
タカヒト……サマ?
彼女の口から漏れたフレーズが理解出来ずに修兵の思考数秒停止する。
「鷹人様?」
ようやく変換出来たがその意味もまだわかっていない。問いただそうと鷹人を見てまた驚く事になる。
普段はなにがあっても飄々とクールにしている鷹人が目の前の彼女を見て明らかな動揺と驚きを見せていたからだ。
「ま、麻里子……さん?」
「鷹人様!お久しぶりですっ!」
嬉しくて仕方が無いというように叫ぶと、麻里子と呼ばれた女性は鷹人に向かって駆け寄ると抱きついた。
「うぐぎゃ。い、いだいっ!痛ッ!麻里子、痛い!!!」
あまりの勢いに妙な悲鳴をあげる鷹人にあわてて麻里子は離れた。
「ごめんなさい」
しゅんとする彼女にまだ動揺している鷹人は現状がよく把握出来ていないようだ。
「あ、え。えっと、なんで麻里子がここに?」
「明日香叔母さまに聞いたんですの。警察署でお会いになりましたでしょ?」
その言葉になにか思い当たる節が有ったのか鷹人の表情が引きつった。
「本当にひどいです。突然家出してから、なにも連絡も下さらずに」
「……」
不満をのべる麻里子の一方でようやく現実が飲み込めて来たのか鷹人は遠くの方を見ている。
「ちょっと聞いてますの?」
「聞いてない」
「なんですって!」
「あの……」
熱のこもってきた麻里子を修兵が止めた。
修兵の言葉で我に帰る。
「あ、ごめんなさい。私ったら」
「いえ。……あの、このバカ——狗木とはどういう?それに……あなたは?」
その言葉に今度は麻里子が首を傾げた。
「クギ?」
そしてそっぽを向いている鷹人の方を見て何か納得したのか少し黙っていたが口を開いた。
「申し遅れました、私は冬峰麻里子といいます」
彼女が名乗った苗字に聞き覚えがあって修兵は戸惑った。
「冬峰……」
修兵の記憶に間違いがなければ第弐区に住む中で特に家柄の古い四大名家。「春馬」「夏目」「秋宮」に並ぶのが「冬峰」家のはずだ。
「冬峰って……、あの?」
戸惑う修兵の反応に麻里子はあっさりと頷いた。
「私の祖母は現当主の冬峰尚子です」
つまりは冬峰家のご令嬢というわけだ。
「でも、なんでそんな人と狗木が?」
話が全く整理出来ていない。混乱を理解した麻里子が黙っている鷹人にかわって説明した。
「今はお婆さまの旧姓を使っているようですけど、この方の本名は夏目鷹人。第弐区、夏目家のご次男で私の許嫁です」
「……」
苦虫を噛み潰したような表情の鷹人の一方で修兵は更に混乱する事になる。
「麻里子、もう俺はあんな家とは関係ない。もう親父だって俺を勘当してるだろ」
「そうですけど……」
「ならほっといてくれよ、許嫁だって親が勝手に決めた事だ」
いつになる荒々しく対応する鷹人に麻里子は戸惑うようにしていたが頬を膨らませると叫んだ。
「突然家出してどんなに心配したと思ってるんですか!」
「ちゃんと手紙は書いたよ」
「えぇ、出て行く。の一言だけですわね」
「……」
「ご両親にもご兄弟にも、私にもなにも言わずに!連絡も下さらずに……8年も!」
だんだん言葉に熱を帯びる麻里子はとまらない。ずっといろいろ言いたかったのだろう。何か言おうと言葉に詰まっているうちに気持ちが抑えられなくなったのか、
「鷹人様の馬鹿!バカ!」
涙まじりの声で叫びながら手近にあった紅茶カップを投げた。
「うわっ、ちょっと!」
慌てた修兵が飛んで来たカップをキャッチする。幸い中身は入っていなかったので事なきを得たがスイッチが入ったらしい麻里子はとまらない。もはや駄々っ子だ。手近にあったペンやらカップやらを鷹人に投げるので鷹人と修兵はソファの影に隠れた。
「おい、お前の許嫁だろ。どうにかしろ!」
「無理だよ。ああなった麻里子は落ち着くまでずっとああだから」
諦めたような鷹人の言葉に修兵はさらにイラっとする。
「ってか、修兵さん。俺が夏目家の人間だって聞いてもあんま驚いた感じないんですけど」
「混乱はしてるがまぁ、事情があるのは入社して来た時から察しはついてたよ。許嫁がいるとまでは知らなかったけどな」
「……まぁ」
「しっかし、なんで家出なんかしたんだ?」
「父親や兄貴とは考え方があわなくてねぇ」
いつものごとくまるで他人の事を話すような口調の鷹人に修兵も苛々を通り越して呆れて来た。
「だからってなんであの子にもなにも言わなかった?あんなに好いてくれてんだろ?」
しかし、鷹人はその言葉に黙り込んだ。心なしか顔色が悪い。
その様子を不思議に思ったが本が壁に当たる音に首をすくめた。コントロールがないのでさっきから投げるものは二人が隠れているソファとは見当違いの場所に当たっている。
が、こころなしか投げるものがデカくなっている。
「ったく、お嬢様は好き勝手やってくれてるな」
「麻里子はあんなもんじゃないんだよ……」
「あ?なんて——
修兵の言葉はガラスの砕ける音でかき消された。続いてビルの外から激しい破壊音。
「は!?」
「……」
あっけにとられる修兵に鷹人は黙り込んだ。
「いい加減、出てきてくださいまし……」
その声はすでに泣き止んでいた。
驚いて顔をのぞかせた修兵は麻里子の周囲がなにか足りたいと感じる。
「あ、桃矢の引き出し……」
客人用のテーブルのそばにあったはずの桃矢の机付属の引き出しがなくなっている。
いままでの話など吹っ飛んだ。
唖然としている修兵の顔をみてハッと麻里子は我に帰ったのか耳まで真っ赤になった。
「あ、わ。私!ごめんなさい!!こんなつもりじゃ……」
打って変わっておろおろとする麻里子はどうやら冷静になったようだ。
自分で投げ続けたペンや本をあわてて拾いだす。幸い壁以外に被害はないが、
そろっと窓を覗くと見事に車に直撃しフロントを大破する引き出しが見え、そこでようやく麻里子が引き出しを投げて壁をぶち抜いたのだと把握した。
「……」
「大丈夫か、修兵さん」
鷹人は青い顔で聞いた。
「ちょっとこい……」
修兵はそんな鷹人の服を掴むと麻里子から少し離れた。
「おい、なんだお前の許嫁……」
もっともな修兵の疑問に鷹人は少し黙っていたが渋々口を開いて説明した。
「……麻里子は怪力の異能者。しかもコントロールが上手くないから加減が全く分からない。子供の時からそれで大変でさ」
さっき行っていた他の原因というにも関連しているようだ。
「怒ったり怖がったり感情がたかぶると特にそれ。貴族の娘だからって気を使われてたけど子供で環境が辛かったりもしたんだろうな……」
「……」
「でも、お前の異能なら」
「親はそれを期待したんだろうな。でも……」
なにか言いかけたところへ片付けを終えた麻里子が飛んで来て頭を下げてきたので中断した。
「本当に申し訳ありません!壁の修理代は私がちゃんと支払います!」
「いえ、頭を上げてください!」
修平はあわてて制し、麻里子は深く下げていた頭を上げた。
なにやら外も騒がしいので引き出しも速く回収しなくてはいけない。
すまなそうな麻里子を落ち着けさせるように新しく紅茶を入れなおしていると再びドアが激しくあいて創平が飛び込んで来た。
「修兵さん、鷹人さん! 聞いてくださいよ。さっき【猫の目】に強盗が来て……」
しかし、事務所の光景に気づいてその言葉は尻窄みで消えた。
「よぉ、創平。強盗だって?」
「え、あ。はい……。あの」
あまりにフランクな鷹人の様子に切り出すタイミングを逃した。どちらかといえば【猫の目】よりもこの事務所のほうがよっぽど大事だ。軽い襲撃でもあったのではないかと疑ってしまうが、
「あ、そう。それで、つるこさんがフレンチトーストおごってくれるって……」
そこまで言ってはじめて創平は麻里子の存在に気づいた。
「だ!ど、どなたですか」
麻里子に緊張してうわずった声で尋ねたが、麻里子は創平の疑問は聞こえなかったのか鷹人に何かを言おうと戸惑っていた。
「あ、あの。こんなことになったあとなんですけど。私、実は鷹人様にお願いがあって……」
「鷹人様!?」
「お前はしばらく黙ってろ」
言葉を詰まらせた麻里子に鷹人はいつものような飄々とした笑みを見せた。
「いいよ。とりあえずフレンチトースト食べながらでいいよね」
鷹人の笑みにつられて麻里子も自然と笑みを浮かべた。
「はい」
【日常C】探偵社は大いに荒れる =完=