複雑・ファジー小説

Re: 異能探偵社の日常と襲撃【1/12up!】 ( No.30 )
日時: 2015/01/30 17:19
名前: るみね (ID: L1jL6eOs)

【日常D】煉獄の皇帝


「ここが……」


「第拾壱区、地下街__無法者の巣窟だな」
 聞いてるこちらが困惑する程軽い説明ですませる大地に一抹の不安を覚えつつも千鶴と桃矢は大地に先導され地下街の入り口の一つである煉瓦の階段をゆっくり下りた。
 この拾壱区の地下には十字の通りと囲むように闇市や酒場などがならび、無法者が闊歩している。つい最近まで軍警にいた身としては目の前で普通に販売されている盗品らしい品々に思わず眉をひそめ、とてもいい気持ちはしないが、大地が先に行ってしまうので置いていかれるわけにもいかないのでなにも言えない。
 桃矢も地下街に来るのは初めてで、艶かしく手を振ってくる女性に苦笑いをかえしつつも足早に歩いていった。大地はというと顔なじみが多いのかたまに軽く挨拶をしつつ目的地に向かって歩いていく。
「大地さん。よく平気ですね」
「そっか、桃矢は初めてだっけ?千鶴ちゃんも?」
「千鶴で良いです。拾壱区自体始めてきました」
「まぁ、新人が配属されるような場所でもないし、軍警と地下街はいろいろあるからな……」
「?」
 意味深な言葉に千鶴が聞き返そうとしたが大地が立ち止まったのでタイミングを逃した。
「ここだ」
 そう指差したのは地下街でもひときわ目を引く建物だった。重厚な鉄製の扉で壁にはなにやら数字や人の名前が書かれた掲示板がたっていた。
「ここが【煉獄】」
 地下街の違法闘技場。地下街によらずならず者、無法者。腕に自身のある人間達が集い賞金をかけて戦う。異能者もなにもかもが自由に戦い、客はそれぞれ賭けなど鑑賞を楽しむ地下街の娯楽。
 こんなところにいるところもとの同期や上司には絶対見せられないな……などと思っている千鶴の気も知らずに大地は扉を叩いた。
 少しの間を置いて少し扉が開くと鮮やかな赤毛の男が顔を出した。男は吊り目の鋭い赤い眼で訪問者を睨んだので思わず千鶴はたじろぐが、男は大地を確認したとたんにフッと笑みを見せた。
「大地さん!お久しぶりです」
「よぉ、翼。元気してたか?」
 大地は嬉しそうに男の肩を叩いた。
「はい。今日は、試合見物ですか?あ、もしかして……」
「もうやらねぇよ。燐は?」
「大将なら奥にいますよ。案内します」
「あ、こいつらも一緒な」
 桃矢と千鶴を指差す。そこで大地は男を紹介した。
「紹介するよ。こいつは国見翼。桃矢よりも一つ上だな。皮肉ばっか言うけど悪い奴じゃないから」
「皮肉は余計です」
 そういいつつ軽く会釈する。
「探偵社の桃矢と千鶴」
「あ、じゃあ。仕事ですか」
「あぁ」
 そういいつつ三人は建物の中に案内される。カウンターや売店などがある広間は外観よりも奥に広がっているのか大分広く感じる。
 いまは会場前なのか人はまばらだが大地を見るとみんな挨拶して来た。2m近い長身の男が挨拶する様子には千鶴はおろか桃矢もあっけにとられた。

「この人なにもの?」
「俺だって知らない……」
「遅れんなよ」
 囁き合う二人に翼が注意する。あわてて小走りに追いかけ、売店裏の控え室のような部屋に案内された。にしてはちゃんとした調度品がそろっているので来客専用なのかもしれない。
 しかし、それよりも対面したソファに座る男に目が言ってしまう。
 前髪にわずかに赤いメッシュを入れているがそれ以外は深い黒髪。体格は大地とそれ程変わらない。首筋から頬にかけた大きな傷。鋭い灰色の目が猛禽類のように桃矢と千鶴を見据えたがほぼ一瞥しただけで大地に向いた。
「一人だと思ったんだけどな」
「こっちにも事情があるんでね。紹介するよ。今回の依頼人の赤西燐太郎だ」
「燐太郎はやめろっつってんだろ?金太郎みたいで響き悪いじゃねぇか!燐でいい」
 男はぶっきらぼうに言ったが、人を惹き付ける何かを持っているのかそこまで怖い印象を持たなかった。二人もおずおずと頭を下げた。

「で、俺に頼むってどんな依頼?」
 世間話もそこそこに大地が突っ込んだ。すると燐も神妙な表情になる。
「……さっしはつくだろ?最近下を騒がせてる事件は一つだけだ」
 燐がそういうとタイミングを計ったように翼が服のポケットから数枚の写真を取り出して机に広げた。
 その写真に写っていたものを確認した千鶴は顔を背け、桃矢は言葉を失い、大地でさも思わず顔をしかめた。
 写っていたのは薄暗い屋内に横たわる無数の死体と血の海。損傷した死体の写真だ。失血死はまず間違いない。どれも動脈が通っている急所を噛み切られるようにして絶命していた。
「先日襲われた闘技場の現場の写真だ。生存者ゼロ。闘士どころか観客も皆殺しときてる。俺と同じマフィアの傘下の闘技場だ。こんな事件、拾壱区といえどさすがに軍警もほうっておかない。上もお怒りで犯人を捜してるがこっちも軍警の出入りで表立って動けネェ。そのうえに客が減りだしてる。大問題だ」
「闘士も全員か?」
「言ったろ。生存者ゼロ。小さいとこだからそこまで上位の奴はいなかったがそれでも異常だ」

 燐が言う中、千鶴は隣に座っている桃矢が青い顔で写真を見つめているのに気づいた。最初はその凄惨さに恐怖しているのかと思ったがどうも様子が違う。
「冬月さん?」
「……」
 千鶴の言葉も桃矢の耳には入っていなかった。

 忘れようにも簡単に忘れられるものではない。地面から立ち上がる巨大な”鬼”によって喰われていく人々。喰われた人々はまるで獣にでも教われたようで——
 桃矢の脳裏にかすめるのは二年前までともにいたとある人物の顔。


「……黒尾…禅十朗」

 乾いた唇から唐突に紡がれた言葉に話していた燐は喋るのをやめ目を丸くした。
「お前、わかんのか?」

「桃矢は……元は”亡霊”の構成員だ」
 大地がそういった瞬間、燐のまとっている空気が変わった。部屋の室温が下がったようだ。後ろに立っていた翼の手にも力がこもるが、翼が桃矢に触れる前に大地がその手首をつかみ燐の眼前まで引っ張った。
 目の前の翼の手を突き出され、燐は動けなかった。
「『元』だっつってんだろ。今は探偵者の人間だ……」
 普段とは打って変わった声の調子と威圧感に千鶴の首筋の毛が逆立った。
「……相変わらず怖いねぇ」
 まとっていた殺気を消して燐はへラッと笑った。

「まぁ、園村の野郎がお前以外をよこした理由もわかった。禅十朗の元お仲間がいるんだもんな」
 その台詞に刺を感じつつも桃矢は何も言わない。
「裏の人間の中では噂が広がってる。現場はこことは別の地下街の小規模の闘技場。ご丁寧に明かりのたぐいは壊れてたそうだ」
 禅十郎の異能”百鬼夜行”は影を使役する異能だ。必要なのは暗闇——。
「……」
「でも、黒尾は重傷で行方不明だ。生き残った”亡霊”の幹部もまだ牢獄の中だろ?」
           、、、、
「死んだ訳じゃねぇ。行方不明だ。二年は怪我を治すのには十分すぎる。昔、奴は地下どころか拾壱区以下でも脅威だった。それが今じゃここいらでは俺の上のマフィアのお偉い様が幅効かせてる。……上も怖いんだろうな。今回の事件は禅十朗が戻ってきたのろしだってな」

「あの、それで依頼ってもしかして……」
 察しがついてしまった桃矢が燐を見ると燐はニヤッと笑った。

「黒尾の居場所を探してくれ」
 燐の言葉に桃矢の顔がさらに青ざめ、大地はため息をついた。
「相変わらず無茶言うな……」


「頼むよ。元闘技場のチャンピオンさん」