複雑・ファジー小説
- Re: 異能探偵社の日常と襲撃【1/16up!】 ( No.31 )
- 日時: 2015/01/26 18:39
- 名前: るみね (ID: L1jL6eOs)
【日常D】煉獄の皇帝
「そりゃ、昔の話だよ」
笑う大地に燐はイライラした表情で睨んだ。
「ったく、昔っから気に食わない野郎だよ……」
燐はそう言うと立ち上がった。
「じゃ、頼むな」
そう言ったとき、軽いノックオンがして青年が顔をのぞかせた。
色白でひょろっとした青年だ。
「侑斗。お客さんだよ」
侑斗と呼ばれた青年を翼が諭した。
「あ、ごめんなさい」
客人に気づいてひこうとするが燐がいい、というように手を振ったので用件を言う。
「燐太郎さん。そろそろ試合ですよ?」
「もう時間か。あと燐な。それか赤西さん」
あくびまじりに燐が立ち上がった。侑斗はそれを確認すると会釈だけして部屋を出た。
「今の知らない顔だな」
「最近入ったんですよ。侑斗って言うんですけど。試合出来るような奴でもないから受付とかやってるんです」
「確かに、ふいたら倒れちゃいそう……」
千鶴の呟きに光景を想像したのか翼が吹き出した。
「試合やんのか」
少し興味を惹かれた大地が聞いた。
「お、見てくか?」
「まぁ、仕事内容も聞いたし……チャンピオンさんの試合でも見学するか」
「うっせぇ……」
ニヤニヤ笑いの大地に燐はふてくされる。
翼に案内されて大地達は部屋を出てホールに出た。ホールには先ほどよりも人が増えて皆
「ってか、闘技場チャンピオンってなんですか?」
「っていったら……」
尋ねる千鶴にどもる桃矢だが翼が説明してくれた。
「闘技場ってのは年間を通して勝敗の数でチャンピオンが決まるんだよ。大地さんは探偵社に入るまで大将とチャンピオン競ってたんだよ。まぁ、こことは別の組織が仕切ってた闘技場だけど、燐太郎さんは大地さんが辞めた後でこの闘技場始めたから」
それを聞けばさきほどの地下街の住人達の反応も納得がいく。
とても穏やかな大地のイメージと結びつかないが……。
「いや、ああ見えて大地さん結構怖いから。無茶するし……」
いろいろ思い当たる事があるのか桃矢は一人で頷いた。
「今日の試合は?」
「元は大将は出ない予定だったんだけど、急遽変更。まぁ、この間の事件とかで客足も減ってたから」
翼が小声で説明する。そして三人はひときわ広い部屋に案内された。
10mほどの正方形の柵で仕切られた空間。おそらくそこがリングなのだろう。その空間を取り囲むように階段状の客席が並んでいた。客の熱気で部屋の温度が上がっている。
「すごい……」
その空間に圧倒された千鶴は思わずそう呟いた。
「なんでここって違法闘技場なんて言われてるんですか。別にこれってボクシングとかの試合と変わらないですよね」
「その収入がマフィアに流れるのが問題なんだよ。賭博は最高の収入だ……稼ぎたければ八百長でもすればいい」
千鶴の疑問に大地が答えたが、その声に微かな殺気を感じて言葉を飲み込んだ。
「なんかあったんですか」
「詳しくは知らない……」
千鶴の問いに桃矢はかぶりを振った。
断片で聞いた話では大地が毎週金曜日に休みを取るのと何か関係があるらしいがいまだにその理由を聞けずにいる。
視線をそらした桃矢の目に少し離れた通路の影に立つ少女がうつった。黒髪の癖っけの眼鏡をかけた女性だ。それだけなら別に気に留める事でもないがまるでなにかを探るような目で闘技場を見渡していた。
「……?」
「どうかしたんですか?」
「いや、あの角に立ってる眼鏡の女の様子がおかしくて」
そう言って女性を指差したが千鶴は首を傾げた。
「なに言ってるんですか?眼鏡の女の人なんていませんよ?」
「あ?」
思わず聞き返したが、眼鏡の女が動き出したので注意が途切れた。
「ちょっと来て」
「え、え?」
「大地さん。ちょっと外れます」
「あぁ。絡まれるなよ。そんで騒ぎにはするな」
大地は釘を刺すように言ったが特に止める事はしなかった。
眼鏡の女性を追って人の多い廊下を抜けていると後ろから翼が追いかけて来た。
「迷子になられても困るんでな」
「別にこなくても良かったのに」
「あ!?」
「桃矢さん!」
喧嘩腰の桃矢に千鶴が仲裁に入る。
「だいだい、誰追ってるんだよ」
「……やっぱ見えないのか」
桃矢は翼の言葉を聞くと歩く速度を速め、女性の肩を叩いた。
予想以上に飛び上がった彼女は驚いて振り返ると桃矢を見た。
年齢はおそらく桃矢と変わらない。眼鏡の中の目を丸くして桃矢を見かえしていた。
千鶴と翼もそこでようやく桃矢の言っていた彼女を認識出来た。
「あ!え!?なんですか?ってか、なんで見えて」
動揺する彼女に桃矢は眉をひそめた。その背後で聞き慣れた声が響いた。
____こいつは、異能者だ。そこの小娘の反応を見るになにか見えない仕掛けがあったんだろうな。けど、お前にはオレがいるから、お前だけを騙した所で関係ねぇんだよ。
「——黙ってろ、”櫻”」
「え?」
「いや、なんでもない。こんなところで女の人が一人って変だなと思ってさ」
「あぁ、それは……」
「小野寺さん?」
その言葉で女性は再び肩をふるわせた。
桃矢が驚いて振り返ると千鶴も目を丸くして女性を見ていた。
「……知り合い?」
「えぇ、小野寺鮮花さんって、昔の同僚で」
「ってことは、軍警?」
その言葉に翼が殺気立つ番だった。
「軍警って……てめぇ、なに嗅ぎ回ってたんだ? 返事によっちゃ吹き飛ばすぞ……」
「ったく、なんで気づけるのよ……」
翼の殺気に数歩距離をあけつつそう呟く鮮花だったがなにか感じたのか今度は胸ポケットに手を入れ携帯を取り出した。電話でも入ったのかバイブで震えている。
画面を見て顔をしかめたが出た。
「天光さん、今こっち大問題発生中だから後にして」
__問題はこっちも同じだ鮮花!!おかげでバレただろ、なにやってんだよ!!
耳に当てていなくても聞こえる音量の声が受話器から漏れ、鮮花は顔をしかめる。
「すいませーん、今地下で電波悪いみたい。聞こえませーん」
わざとらしくそれだけ言って相手が文句を言わないうちに電話を切った。
「ごめんごめん。私用の電話」
ヘラヘラ笑う鮮花に千鶴が詰め寄った。
「小野寺さん。なんでここに?」
「え?いや、仕事よ。仕事」
「軍警さんがこんな所に?」
「今は状況が状況でこっちにもいろいろ事情があるんですよ」
「どういう事?」
聞き返した千鶴の言葉は唐突にあがった悲鳴でかき消された。
試合はすでに始まっている時間で、闘技場はすでに締め切られている。しかし、その悲鳴は試合に対する悲鳴とは明らかに違うものだった。
「!?」
「闘技場のほうだ!」
翼はそれだけ言うと騒然とする人をかき分けて戻っていった。
「千鶴ちゃん、行くよ!」
桃矢もあわてて後を追う。
二人の脳裏にはここ数日地下街を騒がせている惨殺事件の事が浮かんだ。
「お、小野寺さんも……」
思い出して千鶴が鮮花のほうを振り返った。
しかし、そこには小野寺鮮花の姿はなかった。