複雑・ファジー小説

Re: 異能探偵社の日常と襲撃【1/18up!】 ( No.32 )
日時: 2015/02/13 14:19
名前: るみね (ID: L1jL6eOs)

【襲撃D】煉獄と番犬


「さぁ、今日もはじまったぜ。オレ様の試合だ!」

 その言葉に客が沸き立つ。テンションをあげて客を煽る燐を大地は苦笑しながら見ていた。
 自分はどうもそういう盛り上げが下手だったのを思い出す。

 闘技場は地下の建物とは思えない広さと高さの空間だ。闘士が入るのはその中心の10メートル四方の開けた空間。打ちっぱなしのコンクリートむき出しでリングというよりただの床だ。
 リングと客席の間には数メートル距離が置かれているが、遮るのは頑丈なフェンスのみ。時に異能者同士の戦いではその空間では足りず場外乱闘も珍しくない。

「昨年度のチャンピオン!赤西燐太郎に対するのは、最近調子を上げてるルーキー、一ノ瀬隼だぁ!」
 実況をまかされ、高らかに叫ぶのは腰程までの緑がかった黒髪の少女__闘技場の闘士でもある賢木蓮璃だ。そんな蓮璃の台詞に燐太郎は顔をしかめた。
「何度も言ってんだろ、蓮璃!燐太郎じゃねぇ。燐だ!」
 子供のように噛み付く燐に観客が笑った。
「いいじゃないですか、燐太郎さん」
「てめぇもサラッとよぶんじゃねぇよ」
 軽く言った隼につっこむ。

「ルーキーで燐の相手出来るんだから、強いんだろ?」
 出入り口近くでちょうど大地のそばに立っていた侑斗は突然そういわれビクッと震えた。
「は、はい! 僕と同い年ですけど、一ノ瀬さんは……凄いです」
 素直な憧れの言葉を口にして侑斗は隼を見た。そのまま大地は、人見知りなのか緊張してそわそわしている侑斗をなかば強引に捕まえ雑談をしながら試合が始まるのをまつ。
 するとゴングがなり、歓声とともに二人の闘士が迎えられた。
 いつものようなニヤニヤ笑いを浮かべる燐太郎と冷静に燐太郎の動きを見極める隼。二人の纏う雰囲気はまさしく正反対と言っていい。
「さってぇ、今日はどんな風にチャンピオンを困らせてくれるのかなぁ」
 わざとらしい台詞に隼はイラッとした表情を見せる。

「相変わらずムカつく奴だ」
「そ、そうで、すか?ね」
 昔と変わらない仲間に苦笑しながら呟いたのだが自分に言われたと勘違いした侑斗は返事を濁すと試合が始まったのであわてて入り口の施錠のために逃げるように大地からはなれた。


「……オレって怖いかな」
 まだ出会って間もない青年に嫌われたのかと真剣に悩んだのだが、

「あ、君。まって!」
 侑斗の焦る声を聞いて振り返った。一瞬分からなかったが侑斗の影に隠れて小柄な少年が闘技場に入り込んできていた。地下街には路上生活をしている孤児も多い。大地も経験があるが、こうした場所に忍び込むのも彼らの遊びの一つだ。
「だ、大地さん。この子……」
 慌てる侑斗を制して大地は穏やかな笑みを見せて少年の前にしゃがんだ。
 年齢は14歳前後だろうか。黒髪にシャツとズボンをまとい、挑戦的な目で大地を見かえしてきた。
「君、ここは君みたいな子供が遊びにくるのはまだはやい。ダメだぞ」
 ポンと軽く頭をたたくと少年の手を引いて立ち上がったのだが。
「____!?」
 始めに感じたのは首筋に感じた妙な違和感だった。
 誰かに見られているのような、首筋にちりちりと感じる感覚。尾行をされている時の違和感と似ているがそれらしい影はない。
 大地が警戒しつつ周囲を見渡すが__腕に激痛が走った。



_




 リングに相対した二人の緊張感は客席から怒った悲鳴で途切れた。
「!?」
「なんだ?」
 声の方に目を向けると悲鳴とともに波が引くように客が逃げていく。しかし、少しも離れぬうちに断続的な悲鳴や呻き声が響き目視出来る程の血しぶきが上がった。

 すぐさま燐太郎の脳内で先日襲撃事件が思い浮かんだ。
「ったく、よりにもよってうちかよ……」
 愚痴ったのも一瞬で先ほどとは違う真剣な表情を見せた。
「蓮璃!」
 名前を呼ばれた蓮璃もすぐさま自体を把握する。
「隼。試合は中止だ」
「……そうですね」
 相対していた二人は敵意を姿の見えない襲撃者に向ける。
「蓮璃!柵バラせ。そんで他の奴ら集めて客逃がせ!すぐだ!」
「はいっ!」
 そう言うと蓮璃は燐太郎と隼を囲んでいたリングの柵に触れた。とたんに頑丈な金網がまるでお互いを拒絶し合うかのように弾けて壊れた。
 蓮璃の異能【支離滅裂】は蓮璃が触れたもの全てを分解することができる。
 金網をバラした蓮璃は悲鳴を上げる客を誘導する。
 しかし、その間にも血しぶきが飛び悲鳴はやまない。
 リングという檻から解放された燐太郎は一切の躊躇いを見せずに混乱の中に飛び込んだ。客席には逃げ後れた客が首筋と言った急所から血を流して倒れていた。
 その人間の中には燐太郎が面倒を見ていた闘士の顔もある。それぞれそれなりの戦歴を積んだ闘士だったはずだが、
「巫山戯んじゃねぇよ……」
 怒りに震えた呟きを吐いた。と、同時に燐太郎の首筋を狙った目に見えない殺気を感じ取った。まるで鋭い刃を突きつけられているような感覚に咄嗟に燐太郎は首を守るために手を当てたが、その腕に焼けるような激痛が走った。
 噛みちぎられたように腕の肉が持っていかれている。
 しかし、燐太郎を襲った正体は見えなかった。

「大将!?」
 腕の怪我を見た蓮璃がギョッとしたように叫んだ。
 大半の客は燐太郎と同じように見えない何かに襲われ、死んでいないものも怪我や重傷を追っていた。試合中は不正防止のために出入りが出来ないため混乱もあり避難も進まない。
 その間にも悲鳴と攻撃は止む事がない。
 目に見えない殺気が空間に跳ね回り人を襲っていく。
「こんな手品……」
 イライラと呟いた隼が自分の首筋を狙った殺気に向かって服に隠していたバタフライナイフを降った。するとそのナイフに衝撃を感じ半透明の存在が浮かび上がり跳ね飛ばされた。
「……狼?」
 一瞬見えた存在に眉をひそめたが、その姿を良く確認するより前にその塊は再び姿を消し、違う方向から飛んでくる殺気を避けた。
「なんの異能だ?」
「わかりません!」
 必死で叫ぶ蓮璃は殺気を避けるように身を伏せた。姿が見えないものでは破壊能力を有する蓮璃の異能も使い用がない。

「ったく、好き勝手やるんじゃねぇよ!!」
 圧のある声とともに燐太郎の拳が姿のない殺気に打ち当たったのだが——

 フッとその感触が消えるとともに燐太郎の拳も空を切り、殺気も消え失せた。
 そして、周囲に跳ね返っていた殺気の気配の一切も感じられなくなった。
「!?」
「やったのか?」
「でも別に燐太郎さんは特にやっつけてないですよ」
「隼。目上に対する言葉はもう少し選んでから言え」
「にしても、なんで消えたんでしょうね」


「燐太郎!」
 当惑する燐太郎たちを聞き慣れた声が呼んだ。見ると気絶した侑斗、少年を抱えた大地が立っていた。侑斗も足から血を流している。破れた服を見るに大地も怪我を追ったようだが異能のために傷は塞がりつつある。
「おぉ、無事だったか。そいつらは?」
「二人とも気絶してるだけだ」
 侑斗と少年をおろしながら大地は周囲を見渡した。
 どうやら襲撃者は消えたようだった。先の事件のような全滅とまではいかなかったが、それでも被害は甚大だった。
 闘技場にいた客の半数以上、闘士も複数人殺られた。
 試合中で閉じられていたために裏手の通じる隠し扉がなければ客への被害はもっと深刻だっただろう。
「……これがほかのシマを襲った事件ってやつか。けどなんで消えたんだ」
「……さぁな。それより」
 しかし、大地が言葉を続けるよりも前に封鎖されていた闘技場の壁の一部が吹き飛んだ。
 軽い爆発に全員が身構えるが土埃から現れた顔をみて警戒を解いた。

「ゴホッ!もっと穏便な方法あったと思うんだけど」
 土埃に咳き込みながら訴える桃矢だが、爆発の犯人である翼はサラッとしたものだ。
「なに言ってんだ。これくらいじゃ死なねーよ。それにこれが一番楽だ」
 平然と言って退けたのだが、その脳天に燐太郎の拳骨が落ちた。
「なにが楽だ。死人だけじゃなく余計な修理費までふやしてんじゃねぇよ!」
 激痛に頭を抑える翼だったが視界が晴れて闘技場の様子に気づいたとたんに事態を完璧に把握したようだ。
 隣にいた桃矢と千鶴も内部の様子に言葉を失った。
「は、犯人は?」
「消えた。逃げたのかもな」
 大地はそう言うと気絶している侑斗を軽く揺すって起こした。少年を起こさないのは周りの状況を見てだろう。気がついた侑斗はしばらく意識が定まらないようだったが周囲の血に気づくと口に手を当て部屋の隅に逃げた。どうやら嘔吐しているらしい。

「大丈夫か、侑斗」
「……は、はい」
 青い顔で戻って来た侑斗は周りを見ないようにしながら頷いた。

 近くの遺体を確認した桃矢は噛みちぎられたような傷口を確認する。
「……これ。やっぱり」
「いや。禅十郎の野郎じゃねぇよ……」
 ボソッと大地が呟いた。
「え!?じゃあ、誰が?」
「お前、犯人見たのか!?」
 なかなか答えない大地にイライラした燐太郎がつかみかかろうとしたがふと動きを止めると笑みをひっこめ大地たちを瓦礫の影に隠れさせた。
「え、どうし」
「いいから」
 わけも分からず隠れたが、その瞬間今度は闘技場の正面の扉が乱暴に開かれた。
「動くな、軍警察だ!」
 女性の怒号とともに制服姿の人間が雪崩を打って闘技場に入って来た。その姿を見て千鶴は思わず大地の影に隠れた。しかし、目の前に広がる予想だにしなかった光景にこちらに気づくものはいなかった。
「これは……」
 先頭に立っていた女性軍警官は唖然としたが、部屋の隅で一人立っている人物に気づく。

「……赤西。これは一体どういう事だ」
「あぁ〜っ、みりゃわかんだろ」
「貴様」
 反抗的な態度に女性の顔が険しくなるが彼女が言葉を続けるよりも燐太郎が隠れていた翼に合図を送るのが先だった。
「壊せ」
 その言葉に翼はニヤッと笑うと床に転がっていた大きめの壁の破片を掴んだ。
「いいのか、燐太郎さん」
「うるせぇ。燐だっていってんだろ」

「なにを独り言を……」
 詰め寄ろうとした軍警にむかって翼が両手に持った破片を投げた。
 破片は綺麗な放物線を描き——閃光とともに熱風をまき散らし爆発した。




「!?」
「ッ!!」

「ほら、逃げんぞ」
 人を吹き飛ばす程の威力はないが怯む軍警を見てそう叫ぶと燐太郎は逃げ出した。

 土煙にまぎれ、さきほど翼が破壊した壁から廊下にでて、そのまま燐太郎の先導で地下街の裏通りに入り込んだ。 
 全力疾走した侑斗は肩で息をしながら座り込んだ。
「な、なんで軍警が狂って分かったんですか」
「オレは鼻が効くんだよ」
 千鶴には嘘かホントか分からないが得意げに言う言葉に無理矢理納得した。

「で、でも、燐太郎さんはなんで隠れなかったんです」
 動揺している侑斗に燐太郎はしばらく考え込んでいたが……。

「気分」
「バカだろ」
「は!?」
 答えは大地に一蹴された。


「まぁ、いくらなんでもこのまま地下にいるのはまずい。一旦どっかで立て直すぞ」
「どこで?」
 その言葉にまた考えたがポンと手を打った。



「とりあえず清子ちゃんに会いにいくか」
 そう言った燐太郎の頭に大地の拳骨が落ちた。



  【襲撃D】煉獄【完】