複雑・ファジー小説
- Re: 異能探偵社の日常と襲撃【1/30up!】 ( No.35 )
- 日時: 2015/02/05 19:20
- 名前: るみね (ID: L1jL6eOs)
突然の軍警の来訪に地下街はざわめきたった。
八千草を先頭に進む一団は何事かと騒然とする野次馬を追い払い、闘技場を目指す。
軍警から派遣された人員は100名ほど。それをそれぞれ三つの部隊にわけ、同時に闘技場に侵入。内部の人間を摘発、逮捕する。闘技場を潰す事でおのずと上の組織にも圧力になっていく。
「こんな人数で……。隠密とかこっそりっていう発想はないのか」
「地下街の出入り口は軍警が全部抑えてる、バレようと関係ないよ」
徹の呆れ声に詩音が補足説明したところで一団の歩みがとまった。
「あぁ、ここか」
目的地を見た牡丹が呟いた。それを聞いた徹はフッと顔を上げた。地下街自体あまりこない徹にはあまり見覚えのない建物だ。
「姐さん来た事あるんですか」
「昔ね。大地がもともとここにいたんだよ。闘士で」
「え!?」
いままで大地の過去は詳しく詮索してこなかったので思わぬ情報に驚く。
「大地が強いのはここでの経験が大きいね。まぁ、ちょっとした事件があってここやめて、社長に拾われたのよ」
「事件?」
すこし戸惑うような間があってから牡丹が口を開いた。
「……大地が毎週金曜日、病院に行く理由知ってる?」
「……いえ」
「大地の彼女が意識不明で入院してるんだよ」
「……」
「昔、軍警だった彼女は闘技場の潜入中にそれがバレて——
「おい、無駄話してないで緊張感もて」
イライラと大貫に注意され二人は口をつぐんだ。
「なんか大貫さんぴりぴりしてんな」
「当然だろ」
突き放すような詩音の言葉に徹は何か知っているのかと聞こうとしたが無駄口叩くなというような視線で見られて口を閉じた。たしかに周囲の緊張している警官たちの視線もいたい。
「仕事はちゃんとやりますよ……」
徹は異能で八千草の思考を捜査員につなげる。
徹の異能は【以心伝心】__これで言葉を発する事なく正確に動く事が出来る。
闘技場内に侵入した徹たちは騒然とする構成員たちを拘束し奥の本丸である闘技場を目指す。試合がもうはじまっているために閉鎖されており、人もまばらだ。
「俺が鍵を……」
言いかけた詩音の言葉を遮るような悲鳴が扉の奥から響いた。
「!!」
「悲鳴!?」
思いもかけない声に軍警官たちが動揺した。
自分たちはいままでの襲撃犯の組織を抑えるために摘発したのだ。しかし、この悲鳴はーー
「壊せ!」
焦るように叫ぶ八千草の声で我に帰った警官たちが動き出すがその間も悲鳴は続いている。
闘技場というだけあってかなり頑丈な作りの扉だ。
破壊系の異能者もいないので行動が遅れ、悲鳴、派手な破壊音が収まった後に扉を開けた。
「動くな、軍警察だ!」
八千草の怒号とともに制服姿の人間が雪崩を打って闘技場に入って行く。が、目の前に広がる光景に戸惑うように立ち止まった。
見覚えのある致命傷を抱え、倒れている人。写真のように首筋や手首など太い動脈が狙われ、噛みちぎられるようにしている。一面には紅い血だまりがうまれ、濃い血の匂いが充満していた。
写真でみるのとは違う現場の空気に徹や詩音も顔を背けた。
「これは……」
先頭に立っていた八千草は唖然としたが、部屋の隅で一人立っている人物に気づく。
首筋から顔にかけて傷痕のある黒髪の男。腕から血を流してはいるがそれ以外に大きな傷はなく突然やってきた軍警の一団を平然と見ている。
その男と顔見知りらしい八千草は鋭い視線で男との距離を詰めた。
「……赤西。これは一体どういう事だ」
「あぁ〜っ、みりゃわかんだろ」
赤西と呼ばれた男。闘技場の主、赤西燐太郎は気怠そうに周囲を示した。
「貴様」
反抗的な態度に八千草の顔が険しくなるが彼女が言葉を続けるよりも燐太郎が手でなにか合図した。
小声でなにか言っているようだが距離もあるので言葉までは聞こえない。
「なにを独り言を……」
詰め寄ろうとした軍警にむかって燐太郎の影から破片が飛んで来た。
破片は綺麗な放物線を描き——閃光とともに熱風をまき散らし爆発した。
「爆発!?」
「くっ……」
人が死ぬような爆発ではないが爆発の衝撃と熱に全員は顔を背け、それがおさまる頃には目の前から燐太郎は姿を消していた。
「奴が全て知っている。なんとしてでも探せ!。壱部隊と弐部隊は周辺捜索。参部隊はここの検証!」
八千草の鋭い命令を皮切りに軍警たちが動き出す。同時に八千草は報告のために携帯電話で結城に連絡するがすぐに携帯を切った。
「ダメだな。結城警視はまた電源切ってる」
「あいつ……いつも電源は入れとけっていってんのに……」
八千草の報告に大貫がイライラと言うと周囲を見渡す。
「はぁ……これで犯人が分からなくなったな……」
遺体の傷口を確認する。
詩音も口を抑え闘技場内を一通り見回るが生存者の望みは薄そうだ。と、電子音が響いて大貫が内ポケットから携帯電話を取り出した。
着信画面を見て一瞬驚いたようにとまったがすぐに出た。
「……なんだ、お前の方から俺に電話するなんて珍しいな」
ちょっとおもしろがっているような声で電話の相手が何か言うのを面白そうに聞いていた。
「あ〜、犯罪者だぁ?なら近くの交番行け。こっちは今大問題発生中なんだ」
「……人がいない?知らねぇよ」
しばらく押し問答を続けていたが、
「あ、悪いな。キャッチ入った。切るぞー」
微かに電話相手の文句が電話越しに聞こえたが構わず大貫は携帯を切った。
「誰ですか?」
「お前らの知り合いだよ」
牡丹の疑問に大貫はぞんざいに答えると再び電話を耳に当てた。どうやらキャッチが入ったというのは切る口実ではなく本当の事だったらしい。
「どうした、ヱン。それよりそっちに結城の奴いるか?八千草が電話しても電源切ってんだよ」
軽い口調で答えた大貫だったがみるみるその表情が険しくなってくる。
「わ、わかった。伝える」
それだけ言って電話を切ると周辺を調査していた八千草を捕まえた。慌てた様子の大貫に八千草も何か感じ取ったのか視線が鋭くなる。
「どうした?」
大貫が言葉を詰まらせるがなにかを耳打ちする。すると八千草の表情が険しくなり、そのあとの行動は迅速だった。
「大貫。ここ頼むよ。私は一度戻る」
それだけ言うと捜査員数名に合図を送り足早に闘技場を出て行った。残された大貫は険しい顔でその後ろ姿を見送る。
「なんだい?」
牡丹に言われ”以心伝心”で大貫の脳内を覗く。
「なんか上で爆発事件があって、その爆発したのが結城警視って人の車で、車内からは焼死体も見つかってるらしいです」
「今度は軍警の要人暗殺事件かい。派手な事する奴もいるもんね」
おもしろがっているような牡丹の台詞に残っていた警官達の視線が突き刺さる。
怯む徹を余所に牡丹はつかつかと大貫に詰め寄った。
「依頼内容はガサ入れの補助要因だったね」
牡丹が何を言いたいのか察した大貫は渋い表情をしたが、わかったというように手を振った。牡丹はそれを確認すると一礼だけして現場に背を向けて足早に闘技場を出た。その様子を見て徹もあわてて追いかける。
「姐さん。なんで帰るんですか。仕事ですよ」
「あたしらの仕事は軍警の襲撃の際の補助。こっから先は任務外だからね」
「それ屁理屈ですよ」
「なんとでもいいな。現場調査は軍警の専門。だいたい軍警の警視様が死のうがあたしらの利益にもならない。それよりあたしの興味はあそこから逃げた連中だよ」
牡丹の言葉に徹は首を傾げた。
「それこそ軍警とやる事一緒ですよ」
あの場から逃走した赤西は軍警がいま必死に追っている。
出入り口が限定される地下街なのだから捕まるのも時間の問題だと思うが、牡丹は不敵に笑った。
「はっ、地下街で違法行為やってる連中がそんなすぐに逃げ場を無くすようなことする訳ないだろ。隠し通路がいたるところにあるんだよ。今回の襲撃だって前回に比べると死体の数も少ない。客が減ってるって言うのもあるかもしれないけど、うまく客を誘導して何人かは逃がせたんだろ」
「あぁ……」
納得する一方で行く先が決まっているような牡丹の歩くスピードに必死で合わせた。
「ってか、どこに逃げたが分かってんですか?」
「あぁ、爆発起こした時に一匹追跡用に飛ばしたからね」
そういった牡丹の右手が一瞬黒い羽根で覆われて消えた。
牡丹の異能は”烏合之衆”。自身の身体を大鴉に変身させたり、無数の烏に分裂させる事が出来る。先ほどの爆発で用意周到に一匹だけ烏を飛ばし後を追わせていたのだ。
「なら、それ軍警さんに言った方が……」
「なに言ってんだい!せっかくの手柄、軍警にやる事ないだろ」
強い口調でそう言われ徹も何も言わない。
「だいたい、一緒にいるのは知らない顔じゃないからね」