複雑・ファジー小説
- Re: 異能探偵社の日常と襲撃【3/14up】久々の更新。 ( No.39 )
- 日時: 2015/03/24 01:30
- 名前: るみね (ID: L1jL6eOs)
【間章】冬峰 侑斗
冬峰家。
帝都の第弐区で、四大名家と呼ばれ上流階級としての地位と名誉を有している。
現在は70歳をこえる女当主がおさめている。冬峰侑斗はその娘の子供である三兄弟の末っ子として育った。
なに不自由なく育った。
歳の離れていた兄は、侑斗とそれほど接点を持とうとしなかったが、姉と許嫁の少年とはよく遊んでいた。屋内で遊ぶ事も多いが、召使いの目を盗んで屋敷の外に抜け出すことが大好きだった。
広い庭のすみ。壊れた垣根から抜け出して弐区の通りで遊んでいたものだ。
あまり人に対して積極的ではない侑斗の、数少ない楽しめる時間だったのかもしれない。
事件が起きたのはそんな時だった。
いつものように、召使いを騙して屋敷の抜け出した三人は知らない男達に突然囲まれた。
相手は冬峰家の当主の孫に夏目家の次男坊。当然、身代金を目的とした誘拐犯だ。下の地区では「黒足」と呼ばれる誘拐も手広く人身売買を主とした組織。この時鷹人は13歳。麻里子は10歳。侑斗は5歳だった。黒足の証である特徴的な黒い蜘蛛の入れ墨が侑斗を震えさせた。
「はなしてっ!」
麻里子が侑斗を守ろうと抵抗するが、男達は鼻で笑った。幼い少女の力で自分たち大人に勝てるわけがない。しかし、男たちの見解は大いに狂う事になる。
麻里子を掴んでいた男の身体が傾ぐとその身体が浮いた。
「っ!?」
自分のみに起きた事がわからないまま男はバランスを崩し尻をしたたかに打ち付けた。その様子を見て男達の顔色が変わった。
「こいつ……化け物か」
「異能者だ」
男達の目の色が変わる。10年以上前はまだまだ異能者は人数が多いわけではなく、裏の人身売買では高値で売られる事も少なくなかったのだ。
「身代金は一人でもいりゃ十分だろ。異能者の餓鬼をほしがる組織はいくらでもいるぜ」
「麻里子っ!」
鷹人が助けに入ろうとしたが男達にスタンガンを当てられ気絶させられた。
「騒がれても面倒だ。さっさと黙らせてつれてくぞ」
「ちょっとおとなしくしてもらうよ」
力はあっても動きまで鍛えているわけではない。麻里子悲鳴をあげることも出来ず、手足を拘束された。
「姉様!」
目の前で崩れ落ちる姉を見て、侑斗の中でなにかが外れた。
そのあとなにが起こったのか。侑斗は全く覚えていない。
気がついた時は、侑斗たち三人は誘拐犯とは違う男二人につれられて、屋敷に帰って来ていた。どうやら彼らは軍警でたまたま通りすがったところで、騒ぎに気づき助けに来てくれたらしい。
親からは心配されるとともに怒られたが、それ以来事件のことについてなにもなかった。
ところが、その事件から侑斗の周辺ではなにかが少しずつ。しかし確実に変わっていった。
侑斗が8歳。鷹人とは遊ぶ回数が減っていたが、麻里子とは相も変わらずに一緒にいる事が多かった。しかし、麻里子たち以外の友人と遊ぶという事はなくなっていた。
あの事件以来、世話係や執事たちもまるで腫れ物に触るように侑斗を扱っていたのだ。なぜか軍警や病院に連れて行かれる回数も増えた。
別に病気をしているわけでもないし、侑斗自身には理由はまったくわからなかったが、鷹人や麻里子と一緒にいられるならと別に気にする事もなかった。
侑斗が10歳のある日。鷹人が姿を消した。その日はいつも明るい麻里子が一日中部屋で泣きはらしていた。この頃から侑斗が麻里子と一緒に行動する回数が減っていき、自室にこもる事が多くなっていった。
麻里子を避けるうちに彼女の方も侑斗に触れ合うこともなくなっていき侑斗は家で孤立した日々を送っていく事になる。
18歳の誕生日。侑斗は家出をした。
麻里子に対して心苦しさはあったが、他の家族や使用人達には特別な感情はなかった。麻里子に置手紙を残し夜のうちに家を抜け出した。
くしくも鷹人が家出をした年齢と同じだった。
貴族育ちだが、侑斗は下町の空気が好きだった。喧嘩や怖い人はいるが住んでいる人はなんだか暖かい。さすがに家の綺麗な格好で血の気の多い男達のいる中を歩くほど馬鹿ではないので、服もあえてすり切れたふるい服を選んで着ていった。
半分気晴らしの散歩のように侑斗は足の向くままに帝都を下へ下へと歩いていた。彼にあったのはその時だった。
幼い頃誘拐された侑斗たちを助け、家まで送ってくれた男だ。軍警でも何度か会う機会もあり、話した回数も少なくはない。
侑斗に気づいた男は驚いたように立ち止まったが、昼をごちそうがてら話を聞いてくれたばかりか、軍警に報告する事をせずに家出に協力すると言ってくれた。
そして、男が紹介した赤毛の青年は、仕事に不慣れな侑斗にもいろいろ仕事をさせてくれた。拾区のお使い、拾壱区の闘技場の手伝い。
ガサツで乱暴な人間も多く、侑斗には体験した事がない事ばかりだったが必死だった。何度も怖い思いをしては気絶した事もあった。逃げたような気もするが、侑斗の記憶ではなにも思い出す事が出来なかった。それでも家に戻る気にはなれなかった。
×
数日前から、拾弐区の地下闘技場に見習いとして入っている。
これまで以上に乱暴な人間も多くいたが、闘技場の人間達はがさつでも侑斗に平然と接してくるので、侑斗も自然と笑顔になっている事が多かった。
今日は、燐太郎の久々の試合で、かつて闘士だった男も来るという事で職場も賑やかだった。
「侑斗。そろそろ燐さん呼んで来てくれるかい?」
「あ、はい!」
小走りで燐太郎の談笑してる部屋にいき、軽くドアをノックして部屋に顔をのぞかせた。
「侑斗。お客さんだよ」
「あ、ごめんなさい」
翼に諭されて侑斗はあわてて部屋を出ようとするが、燐がいい。というように手を振ったので用件を言う。
「燐太郎さん。そろそろ試合ですよ?」
「もう時間か。あと燐な。それか赤西さん」
あくびまじりに燐が立ち上がった。侑斗はそれを確認すると会釈だけして部屋を出た。
部屋を出てからは先輩達にしかられつつも賭けのチケットの販売や受付を手伝った後で、客も引いて来てようやく一段落ついた。
「燐太郎さんの試合みてきなよ。ついでに施錠もお願い」
先輩にそう言われて侑斗は闘技場の会場へはいった。ここで働いてから何度か入ったが、何度味わってもこの独特な空気には緊張する。
「ルーキーで燐の相手出来るんだから、強いんだろ?」
出入り口近くでそわそわ見ていると、燐太郎の客だった男に突然声をかけられた。ここ二週間で大分人馴れしていた侑斗だが、不意の事でビクッと震えた。
「は、はい! 僕と同い年ですけど、一ノ瀬さんは……凄いです」
素直な憧れの言葉を口にして侑斗は隼を見た。そのまま男に捕まってなにげない雑談をしていた。大地と名乗った男は元闘士とは思えない穏やかな口調で侑斗もすぐに慣れる事が出来た。と、その視界を小さな影が横切って侑斗はハッと我に帰った。少年が闘技場に入り込んでいたのだ。
「あ、君。まって!」
気づいた大地も近づいて来た。
「だ、大地さん。この子……」
慌てる侑斗を制して大地は穏やかな笑みを見せて少年の前にしゃがんだ。
大地が説教してくれたので侑斗は視線を戻したのだが、扉近くで立ち止まっていたので丁度入って来た客とぶつかった。
「あ、すいません!」
「気をつけろ餓鬼」
そういった男の首筋を見た侑斗は固まった。そこに刻み込まれていたのは、黒い特徴的な蜘蛛の入れ墨————。
その入れ墨が薄れかけていた侑斗の記憶を揺さぶった。
「あ、なんだ。ガンつけやがって」
勘違いした男の腕が侑斗の胸ぐらをつかんだ。その衝撃が昔の記憶とリンクする。
そして、侑斗の意識は消えた。
×
「君、ここは君みたいな子供が遊びにくるのはまだはやい。ダメだぞ」
大地はポンと軽く頭をたたくと少年の手を引いて立ち上がった。
「____!?」
始めに感じたのは首筋に感じた妙な違和感だった。
誰かに見られているのような、首筋にちりちりと感じる感覚。尾行をされている時の違和感と似ているがそれらしい影はない。
大地が警戒しつつ周囲を見渡すが__腕に激痛が走った。
ナイフで切られたような種類の痛みではない。獣に噛まれたような痛みだった。
みるまにも周囲の客達が血を吹き倒れていく。
大地は少年を抱き寄せる。そして、見たのだ。
血を流し倒れ行く人の中で、虚ろな表情を浮かべ無傷で立っている侑斗の姿を。