複雑・ファジー小説

Re: Angel - Sweet side ( No.4 )
日時: 2014/11/23 12:49
名前: yesod ◆4xygyMHpNM (ID: ZKCYjob2)

バックヤードで遠方へ配達するための品物を運ぶ店長を見つけたカレンはコスプレ外国人の男のことを話した。
ひとしきり話を聞いたあと、店長は口を開いた。
「佐野さんは?彼、得意じゃないか」
「今、対応してもらっていますが、英語が通じないみたいなんです…」
「それは困るなあ。行ってみようか」
店長の前を歩いて誘導していると、外国人の対応に四苦八苦していたはずの佐野が呆然と立っていた。
男は近くにいないようだ。
店長は佐野に声をかけた。
「例の外国人はどこへ行った?」
佐野は信じられない答えを言った。

「消えました」

「え!?」
思わず店長と声が重なる。
佐野はさらに説明を付け加えた。
「そこの角を曲がった部屋で消えたんです。隠れてはいないかと調べてみたのですが、見つかりませんでした」
「消えたって…冗談はやめてくれよ」
店長は呟きながら男が入ったと言われた部屋にはいる。ここは倉庫で、段ボールがあちこちに散乱しているだけだった。
この部屋で行き止まりになっている。ここから逃げられるとは考えにくかった。
もう一度、三人で男を探してみたが、見つからなかった。

「とにかく無事でよかったよ。万が一のために、フロア長に報告しておくよ。ご苦労様、仕事に戻ってくれ」
店長はそう言って、フロア長のいる場所へ向かった。
残された二人は半分夢心地で仕事場へ戻る。
カレンはふと、男から貰った金貨のことを思い出した。
「あ、これ、どうしよう」
「もらっておけば?」
引き返して今更この話を蒸し返すような気はなかった。
カレンはそっと金貨をエプロンのポケットに入れた。

Re: Angel - Sweet side ( No.5 )
日時: 2014/11/24 11:40
名前: yesod ◆4xygyMHpNM (ID: ZKCYjob2)

「お疲れさまでした、お先失礼します」
時間が来ると、カレンは周囲に挨拶して立ち去る。

手塚カレン。18歳
肩につくかつかないぐらいかの黒髪と黒目のごく普通の日本人である。本人は背が低くて少しぽっちゃり気味な体型を気にしているぐらいだ
料理が好きで、調理学校に通っている。得意なのは菓子作りだ。
週に3回ショッピングモールのある店舗でアルバイトしている。
一流ホテルのメニューのテイクアウトを専門に取り扱うこの店は、商品を見るだけでも勉強になった。
接客も好きだと気づき、周囲との人間関係も良好である。まさに天職だと感じている。
家族とはあまり仲は良くなく、一緒に暮らすことに嫌気をさし、今はアパートを借りて一人暮らしをしている。
将来はハッキリとしていないが、自分で作った美味しくて健康な料理をたくさんの人に食べて貰いたいと思っていた。

自宅に帰り、簡単に夕食を済ませた後、男から貰った金貨をじっと見つめる。
(どこの国のお金だろう?)
鷲のような鳥をモチーフにした紋章と文字が彫刻されている。
貨幣のことで調べたら、あの男について何かわかるかもしれないと思った。
スマートフォンを取りだし、思い付いた国の通貨で検索する。
しかし、どの通貨の画像も金貨と同じ模様はなかった。
(だいたいこれ、何語?)
文字は見慣れたアルファベットではなかった。いくら検索しても、手がかりとなるようなものはない。
(まあいいや、佐野さんに聞いてみよう)
調べることを諦め、博識な佐野に聞こうと思った。
しかしその後、この金貨はカレンに忘れ去られ、しばらくカレンは手に取ることはなかった…

Re: Angel - Sweet side ( No.6 )
日時: 2014/11/25 22:24
名前: yesod ◆4xygyMHpNM (ID: ZKCYjob2)

次の日からいつものように朝食を食べ、学校に通い、授業を学ぶ。
アルバイトのある日は放課後にショッピングモールへ向かった。
警察や社員に外国人の男について少し聞かれたが、警備を強化する以外対策をしようがなかった。
その後は特に変わったことはなかった。

いつもの日常を送り、カレンの記憶には男のことはすっかり風化していた。

それから月日が進み、半年が経ってしまった。
真面目に授業に取り組んだおかげで成績も良好で、問題なく進級もできた
アルバイトも続けており、新人の指導も任されるようになった。

学年が変わった今、カレンを悩ませているのは授業の課題である。
豆腐を使った創作料理を考えなければならない。アイデアはたくさん浮かんでくるが、納得まで程遠いものだった。
最近は課題の試食ばかりしているせいか、空腹がほとんど感じない。
頭の中は常に課題のことでいっぱいだった。
しかし料理が好きなので、全く苦にはならない。
今日はアルバイトのある日だが、商品を見ては課題の参考にならないかとばかり考えていた。
「手塚さん、最近ボーッとしてるけど大丈夫?」
社員に声をかけられてしまった。
カレンは慌てて笑顔を作る
「大丈夫です。すみません、気を付けます」
叱られるよりも罪悪感を感じる
仕事をするからには責任がある。カレンは反省し、気持ちを切り替えて仕出しや接客に取り組んだ。

アルバイトが終わって、自宅に戻った。
体力と気力には自信があるので、いつもなら疲れは滅多に感じなかったのに、今日はやけに疲労感を感じる。
夕食を作る気になれず、バイト先で食材を購入した。課題のことはきっちり忘れず、選んだのは豆腐のグラタンだ。
(課題が終わったらゆっくり休もう。どこか行こうかな)
シャワーを浴び、ベッドに入る頃には10時だった。いつもより早いが今日は寝ようと決めていた。

Re: Angel - Sweet side 【恋愛・ファンタジー】 ( No.7 )
日時: 2014/11/27 22:06
名前: yesod ◆4xygyMHpNM (ID: ZKCYjob2)

やけに騒がしい。複数の男性たちの声が聞こえる。
(うるさいなあ…)
何か会話しているようだが、はっきりと聞こえない。
寝返りをうとうとするが、なぜか体の自由が利かない。部屋の空気も自宅とは明らかに違うものだった。
状況を知ろうと目を開けるとそこは自室ではなかった。

目を開けると、男たちは一斉にカレンのほうを見て、なにか話し合う
「〇〇、〇〇〇〇〇」
「〇〇〇。〇〇〇〇〇〇?」
日本語ではない。
カレンは夢だと思った。
部屋は石造りで、カレンは鎖に繋がれ寝かされている。明かりはランプ1つしかないため薄暗い。
どの男たちも日本人とは思えなかった。
一人の男はカレンに話しかける。
「〇〇、〇〇〇〇〇〇〇?」
おそらく質問されているのだろう。しかし、理解できないので答えることができない
まだはっきりしない意識の中で、カレンは答える。
「ごめんなさい、ちょっとわかりません」
すると、突然腹部に痛みが走った。
男がカレンの鳩尾を蹴ったのだ。
「〇〇〇〇〇〇!」
罵倒されているような気がする
この男の気を悪くしたのだろうか。そもそも言葉が通じない男から暴力をうける理由があるのだろうか。
幸いなのか蹴られたのは一度だけで、この後暴力を振るわれることはなかった
再び男たちは、顔をしかめて腹部を押さえるカレンを無視して何か話し合っていた。
彼らはこの部屋を出ていくようだ。
「〇〇〇、〇〇〇〇〇」
去り際にカレンに何か伝えたようだが、カレンは意味を考えることを諦めた。

自宅のベッドに寝ていたはずが、目が覚めたら見知らぬ場所で鎖に繋がれ、言葉が通じない上、理不尽な暴力をうけた。
あまりにも現実離れしすぎて、悪い夢としか思えない。
カレンは痛みに耐えながら、眠りに入った。

Re: Angel - Sweet side 【恋愛・ファンタジー】 ( No.8 )
日時: 2014/11/28 23:10
名前: yesod ◆4xygyMHpNM (ID: ZKCYjob2)

再び目が覚めると、悪夢と同じ光景だった。
(まだ夢をみているのね、いい加減目が覚めたらいいのに)
眠ってからどれだけ時間が経ったのかわからない。光が差し込まない空間であるため、朝なのかどうかもわからなかった。

複数の足音が聞こえる。
音のする方に視線を向けて少しすると、先程の夢とは違う男たちが現れた。
その中で、金髪の男が目立った。顔はよくわからないが、髪は薄暗い空間でもわかるぐらいの明るさだ。
金髪はカレンの前に来ると、しゃがむ。
何されるかわからない、怖い
カレンは視線を伏せた。
しかし次の瞬間、カレンは抱き上げられ、抱きしめられていた
「○○・・・○○○○○○・・・」
まるで、感動の再会だ。
罵倒されるか暴力を受けるのかと覚悟していたカレンは状況が飲み込めなかった。
そのとき、蹴られた腹部に痛みが走る。男も異変に気づいた
「○○○?○○○○○?」
恐らく大丈夫かと聞かれているのだろう。
「うん、大丈夫。平気」
大丈夫ではないが、説明できないし、我慢できない痛みではないので、必死で笑顔を作った。
しかし、男は見抜いていたのか、カレンの服を捲った。
「ちょっと!!」
カレンは驚く。見知らぬ人物に肌を見られ、赤面する。
腹部の辺りには肌色が浅黒く変色していた。
男はアザを確認すると、服から手を離した。そして、男の背後にいる者たちに何か話した。
すると、背後の男たちはカレンを拘束する鎖を解きはじめた。
状況がよくわからないが、ようやく自由になったことにほっとした。
そして、突然カレンは金髪の男に横抱きに抱き上げられる。
周囲の目があるのに、いわゆるお姫様だっこと呼ばれることをされるのは恥ずかしかった。
「あの、自分で歩けます」
しかし、男はカレンの言葉を聞かず、歩きだした 。

Re: Angel - Sweet side 【恋愛・ファンタジー】 ( No.9 )
日時: 2014/11/29 22:59
名前: yesod ◆4xygyMHpNM (ID: ZKCYjob2)

太陽が登り始めている。どうやら夜明けのようだ。しかしまだ夢を見ているのだろうか。ずいぶん長い夢だ。
男は見覚えがあった。彼からアルバイト先で金貨を貰った。
彼がなぜカレンの目の前にいるのかわからなかった。

男に抱き上げられたまま、カレンは辺りを見回した。洋風のお城のような建物の廊下を歩いている。ここは日本ではないことがわかった。
途中、何人かすれ違うと、全員が男に頭を下げた。男は身分が高い人だろうと推測した。
しかしカレンを見ると、反応は様々だった。明らかに顔をしかめる者、奇異丸出しの視線で見つめる者。
いずれにせよ、カレンを前向きな意味で見る者はいなかった。
そして彼らの中にはカレンのような黒髪の者は一人もいない。

抱き上げられたまま、ある部屋に連れていかれた。
そこはまるで、一度は女の子が憧れる空間。
窓から見える中庭の風景とアンティークな家具が目にはいる。
部屋に入ると、ようやくカレンは床に下ろされた。

「〇〇〇〇〇〇」
男が何か言うと、今度はメイド姿の女性たちに引き渡される。
連れていかれたのはこの部屋の隣室にある浴室だった。
脱衣場に着くと、メイドたちはカレンの服を手際よく脱がせていく。
(ちょっと・・・なにするつもり!?)
あっという間に下着も脱がされ、裸になる。浴室に入ると、今度は体を丁寧に洗われる。
体にかけられる湯の温度が心地よい。
入浴が終わると、体を拭かれ、新たな服も着せられ、全ての行程において彼女たちにされるがままだった。
新しい服は淡いピンクのワンピースだった。生地を触っただけで上質なものだとわかる。
着替え終わると、メイドたちに再び男の部屋へ導かれた。

再び男の部屋に入ると、男は椅子に座ってカレンを待っていた。
「〇〇〇〇〇〇」
男は向かいの椅子に指を指す。ここに座ってほしいと何となく理解できた。
メイドが椅子を引いてカレンを座らせる。
ほどなくして食事が運ばれてきた。カレンの目の前に皿やスプーンが並べられる。
(え!?私、この人と食事するの!?)
プライベートで異性と食事をした経験がない。しかも、この男性の身分はかなり高いということは何となくわかる。
救いを求めるように向かいに座る男を見ると、彼は微笑んだだけだった。
最低限でもテーブルマナーを学んでおけばよかったとカレンは後悔した。

Re: Angel - Sweet side 【恋愛・ファンタジー】 ( No.10 )
日時: 2014/11/30 14:07
名前: yesod ◆4xygyMHpNM (ID: ZKCYjob2)

朝食はパンとスープと少量の果物だった。
口にいれると、パンはパサパサで、スープは冷たくなっていた。緊張のせいか、それとも料理自体の味なのか味が薄すぎるような気がする。
カレンはスープを半分残し、果物を食べた。
向かいの席を見ると、男はパンとスープにほとんど手をつけず、果物だけを食べていた。
(いつもこんな感じなのかな…。凄く心配・・・)
袖口から見える彼の手首は骨が浮き出て異様に細かった。先程カレンを持ち上げた力はどこにあったのか疑問だ。
初めて会ったときは顔色も悪かった。
カレンと目が合うと、男は微笑む。まるで『心配しなくていいよ』と言っているようだ

朝食を終えると、男は身支度をする。
「〇〇、〇〇〇〇〇。〇〇〇」
そう言うとカレンの頭を撫で、部屋を出てしまった。どこにいくのか見当もつかない。
仕方なくカレンは部屋で大人しく待機するしかなかった。

男がいない間はカレンは部屋をウロウロしたり、豪華な家具をを眺めていた。
隣の寝室にはキングサイズよりも大きなベッドがあった。このようなベッドを見るのは初めてで、少し呆然としてしまった。
すぐ近くにメイドたちが立っているが、言葉が通じないと話しかけづらいし、目が合うとお辞儀されるため、恐縮してしまった。

昼食はサンドイッチ。
(あの人も食べているのかな)
助けてくれた金髪の男のことを考えた。
細身だが高身長であるため、身長に合った栄養も必要なはずだ。毎日あの調子だと、いつか倒れてしまう。
初めて会ったとき、彼は試食のパンを食べて感激していた。
紅茶を飲みながら、彼に美味しいものを食べさせたいと考えた。

昼食をとった後、窓から景色を眺めていると扉がノックされる。
メイドに開けてもらうと、執事のような人が立っていた。
銀髪をオールバックにし、年季の入ったシワがいくつも見える。
彼は優雅な仕草でお辞儀をすると、穏やかに微笑む。
「〇〇〇。〇〇〇〇〇〇〇?」
言葉だけではわからないが、どうやら着いてきてほしいと言っているようだ。
カレンは後ろにメイドたちを連れて(勝手に着いてきた)執事の後を着いていった。

Re: Angel - Sweet side 【恋愛・ファンタジー】 ( No.11 )
日時: 2014/11/30 21:06
名前: yesod ◆4xygyMHpNM (ID: ZKCYjob2)

カレンは世界遺産になったベルサイユ宮殿を詳しく知らない。
教科書で鏡の間をみたことがある。残念ながら教科書で見ても、なんとも感じなかった。
この城の廊下をみると、あちこちに目を奪われる。誰かの肖像画、細かい刺繍が施されたソファ。
ベルサイユ宮殿とどちらが豪華なのだろうと考えた。

階段を降りて、連れていかれたのは厨房だった。
カレンは彼が連れてきた目的がわからず、ただ立っていることしかできない。
執事が指示をして、メイドが食材と食器を持ってくる。食器はすべて二枚ずつ同じだから恐らく二人分だ。
そして、執事はカレンに視線を向けて食材を指差した。
つくってほしいと言っているのだろう。
試しに包丁をもつと、執事は微笑んでいるだけだった。
恐らく料理を作る相手は金髪の男。カレンは少食すぎる彼のために腕を振るった。

機材や食材はほとんど日本と同じだった。中には見たことがないものもあるが、機会があれば後で試してみよう。
男は恐らく普段から食事はほとんどとっていないのだろう。胃や腸にあまり負担がかからないものがいいだろう。
カレンが作ったのは、チーズのリゾットとすりおろした野菜が入ったオムレツだった。
手伝いはなくても、洗い物まで一人で済ませることができた。
料理が完成すると、メイドの一人が味見をする。
料理の評価が知りたかったが、カレンは部屋に帰されてしまった

男が帰ってきた。
「おかえりなさい」
カレンは日本語で挨拶をした。
「○○○、○○○○○○」
男はカレンを抱きしめる。
異性とお付き合いしたことがない彼女は慌てて身をよじって離れる。
心臓が激しく鼓動を打っている
そもそも男がカレンを助けた意図がよくわからない。なぜここまでするのだろう。
しばらく男を見つめていると、今度は手を握られた。カレンを包み込めるほどの大きな手。
心臓の鼓動が伝わってくるのではないだろうかと思った。

夕食が運ばれてくる。カレンが作ったものだ。
男はカレンをみる。
「○○○○?」
「うん、これ私が作ったんだよ。無理しない程度に食べてね」
男はリゾットを口にいれる。
「○○○」
どうやら口に合ったらしく、次々と口にいれた。
カレンもリゾットを口に入れる。
(つめたっ!!)
思わず吐き出しそうになった。反対に男は食が進んでいる。
料理を作ってあれだけ時間が経てば冷たくなるだろう。
オムレツも冷めていた。
きっと朝食もこのような感じだったのだろう。冷めた食材は食欲を失ってしまう。
それでも男は朝食のときの様子と違い、全て食べてしまった。
反対にカレンはリゾットを半分残してしまった。
「○○○?○○○○○○」
「あ…ううん、大丈夫」
カレンは力なく笑った。
冷めたくなった料理でも全部食べた彼にカレンは感謝した。

こうして彼女は毎日欠かさず、男の夕食を作ることになった。

Re: 【第1章終了】Angel - Sweet side ( No.12 )
日時: 2014/12/02 21:08
名前: yesod ◆4xygyMHpNM (ID: ZKCYjob2)

「おはようございます。〇〇〇、カレン〇」
朝、メイドたちの声で起こされる。カーテンを開けると、太陽の光が差し込んだ。
まだ夢から覚めない。
カレンがここで暮らして5日目になった。異国の言葉はほんの僅かだが、ごく簡単な意味なら何となくわかるようになった。
そしてなぜか、毎朝金髪の男の腕の中で、目覚めている。
「おはよう、カレン」
男はカレンに挨拶すると、口付けをする。
口付けは3日目から朝と夜一度ずつされるようになった。
きっかけは言葉を少しでも早く覚えようと彼の言葉を真似したからだった。あまりにも熱烈で、思わず飛び退いてしまった。
これがカレンにとってのファーストキスだった。
それ以来、わけもわからないのに彼の言葉を真似しようとは思わなかった。
スキンシップが激しいというわけでもなく、カレンに対してだけである。
慣れというのは恐ろしいものである。彼の熱のこもった視線で見られると、逃げられないのだ。
カレンは男から少し離れ、挨拶した。
「おはようございます、アンリ」
彼の名前はアンリという。正式なフルネームは発音が難しく、長いため覚えられなかった。
互いの名前を知ったのは二日目の朝だった。

朝食を食べ終わって、どこかへ出かけるアンリを見送った後、夕飯を作るまでの時間をどのように過ごすか問題だ。
掃除をやろうとしても、メイドたちがやらせてくれない。言葉が通じないので話相手もいない。
アンリは暇を弄ぶカレンのために暇潰しに、絵本やオルゴールをプレゼントしてくれた。
夕飯の後、一緒にいるときはバイオリンで曲を披露してくれた。
アンリからも何か音楽をリクエストされたが、まさか日本の国民的アイドルの歌を披露するわけにはいかず、遠慮した。
アンリはカレンにとても優しく、日本語でなくても何を言おうとしているか大体通じた。

ここで過ごしてわかったことがある。
ここは日本ではないどころか、地球上どこにも存在しない国のようだ。
昨日、アンリに世界地図を見せて貰った。それは、カレンの知っているものとは全く違っていた。
ここはフェンリル王国だとアンリが教えてくれた。
そして、電気もガスも水道もない。ここはまるで中世ヨーロッパ時代のようだった。
そして、食事がいつも冷めているのは毒味のせいだとわかった
そのため、食事は冷めても美味しいメニューを中心に考えるようにした。
努力の甲斐あって、アンリは夕食はほとんど平らげてくれる。おかげで顔色も良くなったように見える。

しかし、それでも一人でいる時間は長い
ふとこんな悩みが頭に浮かぶ

(どうして私、こんなところにいるの…?)

声に出さずにカレンは悩んでいた。
せめて言葉が通じたら、と考えていた

Re: 【第2章突入】Angel - Sweet side ( No.13 )
日時: 2014/12/04 22:53
名前: yesod ◆4xygyMHpNM (ID: ZKCYjob2)

6日目になると、退屈なカレンの日常に大きな変化を迎えた。
アンリが出かけるころ、今日も彼が帰ってくるまでどう時間をつぶそうか考えていた。
そのとき、彼から一人の女性を紹介された。
ふんわりとした明るい茶髪に緑の瞳をもつ、カレンと同じ年ごろぐらいの女性だ。
アンリは女性を紹介する
「カレン〇〇〇〇〇、ソーニャだ」
彼女の名前だけは聞き取ることができた。
ソーニャは紹介されると、深く頭を下げる
「ソーニャ〇〇〇〇。〇〇〇〇〇〇〇〇」
カレンも頭を下げた。
優しそうな印象の彼女に好感を持った。

ソーニャはカレンに言葉を教えるようだ。
今まで言葉が通じないため、不便をたくさん感じていた。言葉を教えてくれる人を紹介してくれたのがありがたかった。
たとえ、厳しい勉強でもついていこうと思っていた。

最初は言葉がお互い通じないので戸惑いを感じていたが、次第に慣れていった。
意味を理解すると、達成感と快感を感じた。
何よりソーニャは年が近いということもあり、友達感覚で接することができた。

夕食の支度をする時間になると、ソーニャの授業は終わる
カレンは厨房に向かい、ハンバーグとカボチャのグラタンを作る。
少しでもアンリの好みの味付けに近づけるよう、試行錯誤する。
背後でシェフたちが細かくメモを取っている。カレンが作る料理のレシピを作成しているのだ。
カレンが作る料理は、この国では見慣れないものばかりらしい。
アンリは夕食は食べるので、同じメニューなら食べられると考えたのだろう。
朝にカレンの料理を真似したものが出ることがあるが、アンリは違いがわかるのか残してしまう。
アンリはカレンが作ったものじゃないと食べられないようだ。
(冷凍保存できたら翌朝まで大丈夫だけどな)
この国には冷蔵庫はない。地下に食材を保存するため、氷がたくさん置いてある部屋はあるが、その部屋を使って食べ物を長時間保存した後、食卓に出すのは不安だった。

アンリが帰ってくる時間になった。
「ただいま、カレン。〇〇〇〇〇」
「おかえりなさい、アンリ。」
挨拶も自信をもって言えるようになった。これからアンリと話をするのが楽しみだ。
そして、言葉を理解したらなにより彼に伝えたいことがあった。

「アンリ、ありがとう」

この国の言葉で一番伝えたい言葉だった。
地下牢から助け出してくれて、大切に扱ってくれる。目的はわからないが、彼に感謝したかった

アンリは今まで見たなかで最高級の笑顔でカレンを抱きしめた。
「カレン、ああ、私の〇〇〇!〇〇〇〇〇、〇〇〇〇〇・・・」
何度も口付けされながら異国の言葉で話は続く。甘い口付けのせいで彼の言葉に集中できない。
何度も角度を変えてキスをされると、頭がボーっとしてきてだんだん体が蕩けそうになっていく。
(あ・・・なんかこれ、愛の告白されてるっぽい・・・)
女子力など0だと思っていたのに、カレンの中の乙女が顔を出したようだ

Re: 【第2章突入】Angel - Sweet side ( No.14 )
日時: 2014/12/06 00:23
名前: yesod ◆4xygyMHpNM (ID: ZKCYjob2)

「おはよう、カレン。あ、寝癖が○○○○」
アンリはカレンの頭を撫でて寝癖を押さえる。しかし、寝癖はアンリの手が離れると、ピョコンと立ち上がった。
「ああ、寝癖○○可愛いな・・・」
アンリはうっとりした様子でカレンを見つめる。そして、毎朝恒例の口付けをした。

語学は生きていくためには重要だと理解した。英語は苦手だったが、この世界の言葉を理解しないと生活に支障が出る。そのため、必死に勉強した。
ソーニャのおかげでカレンの語学の学習は順調だった。日常会話程度なら理解できるようになり、アンリと滞りなく話ができる。
勉強は苦手だが、ソーニャと馬があい、どんどん言葉を知りたくなった。
アンリ以外の人物と会話も少しできるようになった。
「料理を出す前に温め直してください。」と料理人に伝えることができたので、メニューのバリエーションが増えた。
言葉を知ると、色々わかるようになる。
例えばアンリはカレンに愛の言葉ばかり伝えていること・・・

いつもなら朝食を済ませて、アンリは外出するが、今日は彼はカレンの傍から動く気配はなかった。
「アンリ、今日はいかないの?」
「今日は休暇だ。カレンと一緒にいる○○○。このあと少し外出しようか?」
カレンは嬉しかった。
この国に来てからほとんど部屋とキッチンの往復で、外に出たことがなかった。
外の空気を吸うと言っても、バルコニーにでる程度だ。
「やったぁ!!」
思わず日本語ではしゃいでしまった。
アンリは優しく微笑んで小さく呟いた。
「○○喜んで○○○○、毎日休暇○○いいな」

こうしてカレンに新たな服がメイドたちに着せられる。
幾重にも重なったレースのドレスと繊細な刺繍が織り込まれたベール。
まるでマリーアントワネットだ。
「これ・・・」
身支度が終わって、アンリの前に姿を現すと、カレンは顔をしかめる。
(いくらなんでも私なんて似合わないよね)
カレン自身は容姿は特別に美人でも可愛いわけでもないと思っている。
さらに普段ドレスを着ないため、このドレスに負けてしまうと劣等感を感じていた。
アンリも顔をしかめた。
「そうだな…」
カレンはアンリの同意にホッとした。
普段蝶よ花よと扱われているが、この滑稽ともいえる姿に幻滅してくれたらと願った。
アンリは近くにいるメイドを呼ぶ。
「君、このドレスは胸元が○○○○!他の男にカレンの○○胸を見られて○○○!」
ところどころしか理解できないが、大体何を言おうとしているのかわかる。
アンリの同意はカレンの思っていた意味とは違うものだったようだ。
突っ込みたいことはあるが、言葉が思い浮かばない。
結果、ドレスの上にガウンを羽織るによってアンリは納得したようで蕩けそうな笑顔を浮かべる。
そして、いつものように「よく似合う」「可愛い」など愛の言葉を囁く。
アンリは軍服のようなシンプルな服装に身を包んでいるが、袖口は金糸の刺繍が装飾されていた
アンリのほうが何倍も素敵に思える。そんな彼がカレンを誉めちぎっている。

(この人、乱視じゃないかな)

言葉が通じてわかったこと
アンリはクールなキャラではないことだ

Re: 【第2章突入】Angel - Sweet side ( No.15 )
日時: 2014/12/06 22:38
名前: yesod ◆4xygyMHpNM (ID: ZKCYjob2)

予定は城下町を歩くようだ。
外に馬車が用意されているようなので、そちらを目指す。
今までは外にでるといっても、暇潰しでバルコニーから中庭をみる程度で、初めての外の世界にわくわくしていた。
慣れない靴で躓いてしまう。そしてたった数日間なのにまともに外出をしていなかったせいなのか体力が衰えたと感じた
「あ、ありがとう」
カレンは体を支えてくれたお礼をいう。
すぐにアンリが体を支えてくれなかったら、地面に激突していたことだろう。
「大丈夫?私の腕につかまって」
アンリは腕を差し出すが、カレンは首を横にふった。
「ありがとう、大丈夫。ゆっくりなら歩けるよ」
カレンは人に頼るのが苦手だ。自分でできることは人の手を借りずにやろうと決めていた。
再び歩き出そうとすると、アンリにふわりと抱き上げられてしまった。
アンリはニヤリと笑う
「腕に○○○○なら、こうして○○○○」
アンリはカレンの体を離そうとしない。腕を組まないならこの格好で中庭を歩くつもりだ。
そのとき、城の中を召使たちは歩いている召使と目が合ってしまった。召使は何も見なかったかのようにそのまま歩いて行った。
この格好は目立つ。いろいろな人に見られてしまう。
カレンは赤面して手足をバタバタ動かすが、アンリの腕はピクリとしない。最近食べる量が増えたようで、体力がついてきたらしい
最終手段で知っている単語で支離滅裂に叫んだ。
「わーっ!わかった!腕、腕にぃぃぃ!!」
カレンが降参に近いことを叫ぶと、アンリは下ろしてくれた。そして、ニコリと爽やかな笑顔で腕を差し出す。
どうやら彼は恋人のように腕を組んで歩きたかったらしい。

「姫、お手をどうぞ」
馬車に着くと、アンリはカレンに手を差し出す。
まるでおとぎ話のプリンセスになったようだ。
カレンは少し躊躇したが、待たせるのも悪いと思って、そっと手を添えた。
馬車の外面も豪華だが、内面も目を奪われるほど豪華だ。ソファがふかふかで体が沈む。
まるでこれからアンリに別世界へ連れていかれるようだった。

Re: 【第2章突入】Angel - Sweet side ( No.16 )
日時: 2014/12/07 23:30
名前: yesod ◆4xygyMHpNM (ID: ZKCYjob2)

馬車の中にはアンリの他に護衛が二人。
どれぐらい馬車を走らせたのだろう。窓から見える景色はまだ庭である。庭にお城のような建物がいくつか立っていた。
(どれだけ広いの、この家は!?)
アンリの住む城だけでも豪華だと思っていたのに、複数の城と広大な庭を所有しているようなのだ
もしかしたらアンリはカレンが考えているよりも身分が高いかもしれない。

城門をくぐると、窓のカーテンを閉められてしまった。
初めての城下町は人で賑わっていた。馬車の中でも賑やかさが伝わってくる。
カーテンを開けて窓から城下町の景色を眺めたかった。しかし、アンリはそれを許さなかった。
仕方なくカレンはレースのカーテン越しに城下町を眺めている。
外に出ると、改めて日本ではないどころか地球に存在しない場所であることを痛感する。

そもそもアンリがここまでカレンを大切に扱う理由がわからなかった。
召し使いとして扱うならあまり考え込まなくて済むが、明らかにメイドたちとは格段に扱いが違った。

(王子様が一目惚れするシンデレラストーリーとか…ないですよねー)

カレンは頭のなかに一瞬浮かんできた考えに自己嫌悪を覚える
アンリの熱い視線に気づかないほどカレンは鈍くはない。
しかし、カレンを好きにさせる要素がいくら考えても見つからない。
容姿は整っているわけでもない。性格も善人とは思っていない。
反対にアンリの長所はいくら並べても足りないぐらいたくさんある。
気紛れで毛色の変わった女と遊びたかっただけなのかもしれない。この愛情がいつまでも続くと保証できない。

カレンは家族が嫌いだ。常識の通じない父親と気持ちの通じない母親の間にしばしば争いがおきた。
カレン自信も両親から時々暴言や暴力を受けることもある。
しかし、家族の会話はあるし、一家でお出かけをすることもある。他の人からみれば【普通のいい家族】かもしれない。
だがカレンはどうしてもこの家族が好きになれなかった。
そのため、結婚にたいして前向きに考えられず、誰かと恋愛をしようとは思えなかった。

(私なんかよりももっと可愛くて素直な人だったら良かったのにね、ごめんね)
アンリの横顔を見て、カレンは心の中で謝罪した。
するとアンリはこちらを見て、「見惚れていたの?」と聞かれ、目を反らした。

Re: 【第2章突入】Angel - Sweet side ( No.17 )
日時: 2014/12/08 22:33
名前: yesod ◆4xygyMHpNM (ID: ZKCYjob2)

馬車は一軒の建物の前に到着する。そこでも再び手を差し出されて馬車を降りる。
護衛の人たちは後に続いた。
「ゆっくり歩こうか。欲しいものが〇〇〇〇、〇〇しないで私に言うんだよ」
カレンは遠慮してしまう。おねだりなんてハードルが高すぎる。
他人から物をもらうという行為が苦手であるためだ。
建前でアンリに「ありがとう」とだけ言った。
(絶対欲しいなんていわない!)
心の中で、カレンはそう誓っていた。
同年代の女子比べて格段に物欲はないと自信はある。そのためお洒落に興味はなく、日本にいるときはシャツにジーンズという出で立ちが多かった。

城下町の道は整備されていて、衛生的だった。
何もかもが珍しくて、カレンはキョロキョロしてしまう。すると、アンリは背後からカレンの肩をギュッと抱いた。
「他の男ばかりみてる。私には〇〇〇〇〇?」
嫉妬されている。公衆の面前で抱きつかれ、赤面してしまった。
「見てないよ!お店とか見てただけ!それにアンリ誰より格好いいもん」
冷静さを失い、思わず恥ずかしいことを言ってしまった。アンリの腕に力が込められたときにスイッチを入れてしまったに気づく。
時すでに遅し。
「本当に可愛いことを言う…。あなたはどれだけ〇〇〇〇〇〇〇〇」
「あの、早く行きましょう!護衛の人が待ってます!」
「もう少しこうさせてもらえないだろうか。護衛よりも私だけを意識してほしい」
こうなっては何を言っても無駄だと思い、カレンは心の中で悲鳴をあげた。
(普通、立場が逆だろう!?)
道行く人は必ず二人を見る。中には囃し立てるものもいた。
日本のようなスルースキルを期待してはならない。
護衛の人たちは武器をかざして囃し立てる彼らを威嚇していた。
(ご迷惑おかけしてまことに申し訳ありません…。もう少しで終わりますので)
カレンは彼らに謝罪の言葉を視線で送った。
そんな様子を知らないのかアンリはカレンの視線を護衛から外させるように振り向かせ、口付けをした。

Re: 【第2章突入】Angel - Sweet side ( No.18 )
日時: 2014/12/10 22:05
名前: yesod ◆4xygyMHpNM (ID: ZKCYjob2)

まずはたまたま目についた一軒の店に入った。
商品は全く店頭には置いていない。
「いらっしゃいませ」
愛想のよい店主が挨拶をする。
そのまま奥の部屋へ案内された。
部屋にはアンリの部屋とは比べ物にはならないが、豪華なテーブルと椅子がある。
椅子にすわると、お茶とお菓子を出された。
カレンは「ありがとう」とお礼をいい、お茶を飲む。アンリはお茶を口につけようとしなかった。
商品は奥の部屋にあった。
店主が商品をいくつか持ってきて、テーブルに並べる。
どうやら店員と客の対面式の商売らしい。日本と違って店頭に商品を置いていたら、万引きの危険があるのだろう。
キラキラとした宝石がついた装飾品がテーブルにいっぱいになった。
店主がカレンの視線に合わせてひとつひとつ説明していくが、ほとんど頭に入ってこなかった。
料理をするカレンには指環やブレスレットは邪魔にしかならなかった。
派手なネイルや指環をして料理をする学生を見ると、心の中で彼女たちの神経を疑うほどだ。
そもそもカレンはアクセサリーには興味がなかった。
豚に真珠。この言葉が思い浮かんだ。

他にも二軒回ったが、たくさんある服や装飾品に戸惑うばかりだった。
買って貰ったのはシンプルなラインの水色のドレスと、ドレスに合うとアンリに半ば強引に購入された星のモチーフの髪飾りの2つだった。
これなら、ドレスは料理をするとき動きやすそうだし、髪飾りも邪魔にはならないだろう。
もし、遠慮ばかりしてなにも買わなかったらアンリの男としてのメンツを潰してしまうだろう。
1つでも収穫があったことにカレンはホッとした。

早速買って貰ったゴールドの髪飾りを身につけて、店を出る。
「早速着けてくれて嬉しいよ。よく似合う」
アンリに誉めてくれた。
実はカレンもこの髪飾りを気に入っていた。料理をするとき、髪をまとめられるからだ。
そして、自分のために時間を割き、ドレスを購入してくれたことに何度も何度も感謝した。

Re: 【第2章突入】Angel - Sweet side ( No.19 )
日時: 2014/12/12 22:30
名前: yesod ◆4xygyMHpNM (ID: ZKCYjob2)

ふと、香ばしい臭いがカレンの鼻をくすぐる。お昼時の時間になったのだろうか。カレンの体内時計が働き、お腹が空いてしまう。
臭いの元はソーセージを焼いている店だった。ナンのような平たいパンに挟んでソースをかけて売っている。
「お腹すいた?」
店に視線が釘付けになっていたからだろう。アンリに気づかれてしまった。
カレンは苦笑する。
「ううん。まだ大丈夫だよ」
アンリは恐らく食欲がないのだろう。食べない者の前で食事をするのは気が引けた
すると、視線に気づいた店主に声をかけられた。
「お姉さん、これ美味しいよ!遠慮しないで恋人に買ってもらいなよ!」
恋人同士と見られて、カレンは硬直してしまう。その隙にアンリはさっさとパンを1つ購入してしまった。

広場のベンチに二人で座り、カレンはソーセージ入りのパンを食べる。
もちもちしたパンの食感と、焼きたてのソーセージの旨味が口いっぱいに広がった。
「美味しい」
「それは良かった」
カレンはアンリを見る。アンリは微笑んだままだ。
「どうしたの?そんなに可愛い顔して」
「アンリは食べないの?」
「私は・・・いいよ。夕食食べるから」
アンリはカレンが作ったものしかほとんど食べられない。なぜか理由がわからないが、シェフたちがカレンの真似をして作っても、口にいれようとしないのだ。
しかし、いつまで経ってもこのままでは困る。シェフたちも心を込めて料理を作っているのだから少しでも慣れて貰わないと困る。
「一口でもいいから食べなよ。おいしいよ?」
アンリにパンを見せつける。アンリは少し顔をしかめた。
無理強いはいけないとパンを引っ込めようとしたら、アンリはこう言った。
「カレンが○○してくれたら食べる。」
カレンは何を言われたかキョトンとした。アンリは指でカレンの唇を触り、次に自分の唇を触る
(要するに口移しか!)
今度は赤面してしまった。
一口でも食べさせてやりたいが、口移しはハードルが高すぎる。
戸惑っていると、条件をもう1つ出してくれた。
「あーん、でも構わない」
「ほんとに食べてくれるの?」
「ああ、約束は守る」
それならできる。
カレンはホッとした。
パンをアンリの口に持っていく
まるで餌付けしているような気分だ。
周囲にどう思われてもあまり気にしないことにした。
「アンリ、口にソースついてる」
思わず少し笑ってしまった。
可愛いところもある、と思った
アンリは「とって」と甘えてくる。
カレンは唇の近くについたソースを指で脱ぐって、自分の口にいれた。

Re: 【第2章突入】Angel - Sweet side ( No.20 )
日時: 2014/12/13 22:17
名前: yesod ◆4xygyMHpNM (ID: ZKCYjob2)

広場から陽気な音楽が聞こえる。誰かが歌ったり踊ったりして、人を集めていた。
アンリによると、旅芸人らしい。少しの間だけ彼らの芸を見ていることにした。ファンタジーでよく見る光景にまさか自分がここにいるなんて思っていなかった。
(これ、いわゆるデートってやつじゃないの?)
カレンはアンリを見る。買い物をして食事をして・・・客観的に考えればデートだろう。
結婚に憧れはなくても、異性との交流は興味は決してないわけではない。
改めて意識すると、照れ臭くなってしまった。

躍りが終わった頃、二人はその場を離れることにした。
レンガ造りの建物を見上げると、屋根に白と茶色の模様のネコが日向ぼっこしているのが見えた。
「あ、ネコだ。可愛い」
ネコはカレンに見向きもせず、優雅な足取りで去ってしまった。
カレンはネコの姿を目で追っていると、アンリに話し掛けられた。
「ネコが好きなのか?」
「うん。ネコ好きだよ」
「そうか…」
アンリはネコが去っていった方向をじっと見る。
カレンはアンリの視線に嫌な予感がする。今までカレンが少しでも興味を示したら、購入しようとしていた。
もしかしたらネコを飼育しようか考えているかもしれない。
あわてて弁解する。
「いや、見てるだけでいいんだ!怖くてさぁ・・・」
人間の都合で動物を拘束するのは可哀想だと思っていた。動物は動物の世界で自然なままがいい。
「そうなのか。良かった…」
何が良かったのか、カレンは聞きそびれてしまった。
そのときのアンリが何を考えているのかも知るよしもない。

護衛の一人がアンリに声をかける。
「○○○、そろそろ・・・」
アンリは残念そうな顔をした
「もう時間か…惜しいな」
カレンも夕食の準備をしないと、と思った。アンリの手を握る。
「また今度一緒に行こう。今日は楽しかった、ありがとう」
すると、アンリは「カレンが可愛いことを言うから、余計に帰りたくなくなった。宿をとろう」と言い出した
その後、カレンと護衛たちは説得に苦労した・・・

Re: 【第3章突入】Angel - Sweet side ( No.21 )
日時: 2014/12/19 22:19
名前: yesod ◆4xygyMHpNM (ID: ZKCYjob2)

「はいこれ。いってらっしゃい、アンリ」
カレンはアンリに小さな箱を渡す。そのなかにはクッキーが2、3枚入っている。
おそらく昼食をほとんど手をつけていないであろうアンリのために日持ちのする菓子を間食としてカレンは用意したのだった。
本当は菓子だけでなく、ちゃんとした食事をとってほしいのだが・・・
そのため野菜をクッキーに入れるなど工夫している
「ありがとう。行ってくるよ、早く帰ってくる」
そういってアンリはカレンをきつく抱き締める。
まるで永遠の別れかのように
いつもその日のうちに帰ってくるのだが、少しでも離れているのが不安なようだ。
「うん、おいしいの、作って、待って、るから…」
熱烈なキスの間に話す。
キスの回数も濃度も増えているような気がする。
なんとかアンリを引き剥がし、送り出すのが朝の恒例行事になりつつあった。

アンリが出ていってしばらくすると、扉がノックされる。
「失礼いたします。カレン様、勉強を始めましょうか」
ソーニャが勉強を教えにきた。
彼女とは友達のように思える。悩みを打ち明けられるぐらいの仲だ。
お茶を飲んで、談笑するときもある。彼女が先生でよかったと思っている。
カレンはずっと気にしていることがあった。
「ねえ、ソーニャ。私、あなたのが先生でよかったわ。まるで友達のように思っているの」
「カレン様にそうおっしゃっていただけるのはそれは大変光栄でございます。わが一族の名誉ですわ。カレン様のお優しい言葉を胸に精進いたします」
ソーニャがカレンに対して敬ったような振る舞いをしていることだ。カレンはアンリと一緒に暮らしているが、身分はただの日本人だ。
「できれば敬語もやめてほしいんだけど、せめて名前を…」
「申し訳ございませんが、それはいたしかねます」
「どうして?」
「カレン様は○○○の○○ですから」
この単語をよく聞く。カレンも名前を呼ばれない代わりにこの単語で呼ばれていた。
ソーニャだけではない。メイドもカレンのことを【カレン様】と呼ぶ。
「ねえ、○○○って何?」
すると、ソーニャはキョトンとした顔をする。そして、顔が青ざめてくる。
「まさか○○○から何も聞かされておりませんか…?」
「○○○って誰?アンリのこと?」
ソーニャは「そんな…」と呟く。カレンはなにかまずいことでもいってしまったのではないかと不安になる。

少しの間だけ沈黙が続く。
やがてソーニャは1枚の紙に何かを書きはじめた。
ペンを走らせる音がやけに聞こえた。
人名を書いているらしく、読み書きをならいはじめたばかりのカレンは【アンリ】と名前が書かれた部分だけを理解した。
全体を見ると、家系図を書いているようだ。カレンは今までアンリの家族を知らない。
彼からも聞いたことはなかった
ソーニャは1つ1つ指を指して説明する。
「このかたは国王陛下でございます。陛下には二人の奥様方いらっしゃいます。一人はナターシャ王妃、マアト王国の王女で陛下の正妻です。ナターシャ様には二人の子がいらっしゃいます。そして、もう一人はフィーネ様。陛下の…愛人です。フィーネ様には・・・」
ソーニャは言葉を詰まらせた。
国王陛下とフィーネの間に伸びる線を辿っていくと、アンリの名前があった。
カレンは呆然とした。
「アンリが・・・王子?」
何度もアンリの名前を確認する。
アンリはフェンリル王国の第三王子だった。
カレンは自分の勘の鈍さを呪った。身分が高いかもしれないと薄々わかっていたことだが、知ろうとしない自分が恥ずかしかった。
本人から少しでも聞けばわかることではないか。
「ソーニャ…。私、アンリ…ううん、殿下のことについていくつか聞いていい?」
「いえ、しかし…」
「いつかは知ることだから」
カレンはまるで夢の中で会話をしているような錯覚にとらわれた
しかし、知らなければならないとソーニャの言葉を僅かでも聞き逃さないよう、真剣に聞いた。

Re: 【第3章突入】Angel - Sweet side ( No.22 )
日時: 2014/12/27 19:07
名前: yesod ◆4xygyMHpNM (ID: ZKCYjob2)

そろそろアンリが帰ってくる時間になる。
扉が開く音がした。
「ただいま…カレン?」
カレンは隣の寝室でベッドの布団にくるまっていた。
カレンは聞こえないふりして、その場から動かなかった。

ソーニャから説明を聞いていた。
アンリはフェンリル王国の第三王子で愛人の子。
国王と正妻は仲が悪いのは有名だった。そのため、アンリと二人の兄は仲があまりよくない。
勉学も武術も優秀で、彼を慕う家臣も少なくないからだ。
アンリは国王に甘やかされ、遊び癖が酷かったという。
そして、幼い頃からの婚約者がいること・・・。婚約者は外国の王女だという。
ソーニャは答えるのを躊躇ったが、カレンは知ることを強く希望した。
王族や貴族は愛人を持って当たり前。だからといってカレンにとっては何の慰めにもならなかった

隣室では執事のハリスがアンリに対応する。
「カレン様は気分が優れないからと寝室にお眠りになっております。」
「気分が優れないだと!?慣れない生活ばかりで体調を崩したのか!」
アンリの声がはっきりと聞こえ、カレンはドキリとする。
今は彼と話したくない。寝室に来ないことを祈った。
愛する人の不調を聞いて、冷静さを失うアンリにハリスは穏やかに諭す。
「大したことはないから心配しないでほしい、とおっしゃっております。どうか、一晩だけそっとしてやってください」
ハリスは事情を知っていた。
カレンのために適当な嘘をつき、アンリに会わせないようにした。
本当は直接説明を聞いたほうがいいのだが、今日だけはどうしても気が向かなかった。
カレンはハリスの気遣いに感謝した。
しかし、アンリはなにか勘づいたようだ。
「・・・なにか会わせたくない理由があるのか?」
ハリスは答えなかった。
寝室の扉が開けられる。カレンは決して穏やかではない話し合いになることを覚悟した。

カレンはアンリの顔を見ようとしなかった。
先に切り出したのはアンリのほうだった。
「ソーニャを暇に出そうか。」
カレンは反射的に布団から顔を出した。アンリは続ける
「ベラベラと余計なことを喋る女はいらない。あの女を尋問してみるか」
「ソーニャは何も悪くない!私が無理矢理聞いたから…」
「やっぱりなにかあったんだな・・・」
アンリに聞かれて、カレンはハッとした。鎌をかけられた。
話し合いしかないとカレンは諦めた。ここで話し合いをしないと、ソーニャに迷惑をかけるかもしれない。
「ソーニャになにもしないで。そうしたら話をします」
「わかった。約束しよう」

Re: 【第3章突入】Angel - Sweet side ( No.23 )
日時: 2014/12/29 08:31
名前: yesod ◆4xygyMHpNM (ID: ZKCYjob2)

アンリの約束を信じ、カレンは意を決して口を開いた。
「あなたが王子なんて知らなかった…。今まで無礼なことをしてごめんなさい」
「ごめん、隠すつもりはなかった。私は愛人の子だよ。身分のことなんて気にしなくていい。」
しかし、そう言われても王子であることは変わりない。
納得できない様子のカレンにアンリはさらに付け加えた。
「私はカレンの可愛らしい振る舞いが好きだよ。だからこのままでいてほしいな。
むしろ、さっきみたいに敬語を使われると距離ができたみたいでちょっと傷ついた…」
カレンは頷いた。ソーニャのカレンに対する敬ったような振る舞いに対する思いと同じなのだ。
しかし、まだ気持ちは曇ったままだ。
「まだ何か聞きたいことある?なんでも答えるよ」
アンリに一番聞きたいことがある。
「婚約者のこと…」
「ああ、ベレニス公国の姫だよ。3歳のときに父が決めた。会ったことはない」
聞きたいことは婚約者のプロフィールではない。カレンは涙が溢れそうになるのを堪えた。
「私ね、ここを出ていこうと思う。いつまでもアンリに迷惑かけたくないから」
「カレン、私は君を迷惑だと思ったことはない。これからもずっといてほしい」
アンリはカレンの手を握る。触れられたくないが、我慢した。
カレンは首をふった。
「ダメだよ。婚約してるお姫様が可哀想。能天気にここにいられる自信はない。今すぐはちょっと難しいけど、仕事とか見つけてからでもいいかな・・・」
そのとき、アンリは微笑んだ。
「カレンは優しいね。僕だけじゃなくて使用人にも、顔も知らない人まで心配するなんて・・・
本当に君は天使だ。
でも、自分ばかり我慢してるよね?もっと甘えてもいいんだよ。」
カレンは答えなかった。堪えていた涙が溢れてきた。
アンリはカレンの頭を撫でる。
「お願いだからここにいてほしい。君が好きだ。
君をもっと笑顔にしたいのに・・・ごめんね、傷つけてしまったね」
アンリに優しく抱き締められる
カレンの鼻水が衣服についても気にした様子はなかった。

アンリの愛情は伝わってくる。
それを素直に受けとることができないのは、長く時間をかけて凍ったカレンの心が原因だった…

Re: 【第3章突入】Angel - Sweet side ( No.24 )
日時: 2015/01/02 17:24
名前: yesod ◆4xygyMHpNM (ID: ZKCYjob2)

その夜、初めて一人で眠った。
アンリは「ゆっくり休んでね」と許してくれた。
いつもはアンリに抱き枕のように抱きしめられていたが、一人だとやけに部屋が寒く感じた。
アンリは客間で眠ると言った。
寝室をでるときの彼の背中が儚く感じた。

愛なんて自分の手から最も離れたところにあるとカレンは考えていた。
カレンは実は機会があれば自殺したいと考えていた。何年もずっと心に秘めていたことで、家族にも打ち明けられなかった。
互いに傷つけあう家族で育ったこともあり、カレンは幸せな家庭を作る自信はなかった。
そのような本性をアンリに見せたらどのような反応を見せるだろうか。
(私なんかが一緒にいたら、アンリは不幸になってしまう。私は天使じゃないんだよ…)
自分とアンリとは住む世界が違いすぎる。
自分にはこの幸福を手にする権利はない。アンリだけではなく、周囲も迷惑をかけてしまう
人間が自分勝手な都合で動物をペットとしてはいけないように、カレンがアンリを依存させてはいけないと思った。

そして、いつのまにか泣きつかれてしまって眠ってしまった…


朝目覚めたとき、やけに体が軽いと感じた。アンリがいないと気づいたのは少し後になってからだ。
「失礼いたします。カレン様。」
ハリスが部屋に入ってきた。手には朝食を持ってきていた。
メニューは丸いパンと、海老とブロッコリーのマリネと、シェフたちが練習したのだろう半熟のオムレツだった。
アンリの姿はなかった。
「殿下はお出掛けになられました。『いつまでもあなたを待つ』と御伝言を受けられました」
「そう…」
パンを手に取りゆっくり咀嚼するが、体が食べ物を受け付けない
ハリスはカレンを見守っていた。

朝食が終わったころ、ハリスは口を開く。
「カレン様、少しお話を聞いていただけますか。・・・大事な話です」
いつも穏やかに微笑む彼は、今は神妙な表情をしていた。
カレンは頷いた。
「ありがとうございます。殿下がカレン様の作ったものしかお召し上がりならない理由をお話し致しましょう」
カレンが作ったものとそうでないものの食べる量が明らかに違っていた。
同じものを作れるように、シェフたちにレシピを教えても、味付けが違うのか、すぐにわかってしまう。
理由を聞いても「カレンが作ったほうがおいしい」としか言ってくれない。
最初に会ったときは顔色が悪く、痩せていた。そして、食事を恐れているようだった。
カレンがここに来る前に、アンリはどのような食事をしていたのか気になっていた。

ハリスは説明を始める。
「わからないことがあれば、遠慮なくお聞きくださいね。
殿下と家族関係はあまりよくないことはご存知ですね?フィーネ様は殿下がまだ幼い頃に流行り病で亡くし、ずっと孤独でした。
その孤独感を紛らわすかのように、御友人と夜遊びすることもありました」
母親を亡くした後、義母のナターシャに、離宮に住むことを命じられた。幼い頃から家族から離された彼は泣きもしなかったという
しかし、きっと心に蓋をしていたのだろう。
「1年ほど前になります。何者かにより、殿下の食事に毒を混ぜられました。
幸い、命に別状ありませんでしたが、5日間苦しみました。
それ以来、殿下は食事をまともにとろうとしなくなりました。栄養失調で何度も倒れたことがあります。」
「そんな…」
カレンはうまく言葉にして言えなかった。
カレンは毒を混ぜた者に怒りを感じた。
食事は生きるためにある神聖なものだと思っている。それをを人を傷つける手段に使うのは一番許せなかった。
どれ程傷ついただろう。きっと人への信頼も失っただろう。
「しかしある朝、殿下は私にこう仰いました。
『天使に会った』と・・・。天使からパンを貰って、大変美味しかったようで・・・。何より優しく話し掛けられたのが嬉しかったようです。」
カレンがアルバイトしていたときのことだろう。カレンにとっては人生を大きく変えたきっかけだった。
「そんな…私はその店のただのアルバイトで、困ったお客様に声をかけるのが当たり前のことです」
「殿下によると、あなた以外は誰も話しかけようとしなかったとか。失礼ながら、私は最初は夢の話だと思いましたが、あなたを見て、天使は本当にいると思いました。
あなたのおかげで殿下は変わったのです。夜遊びもしなくなり、笑顔も増えました。
殿下にとってあなたは幸福を授ける天使なのです。いえ、殿下だけではなく、私たちにも幸福を授けてくださり、感謝いたします」
嘘だ。信じられない。
劣等感ばかりの自分が他人を幸せにできるわけがない
カレンは何も言わずに弱々しく首を横にふる。