複雑・ファジー小説

Re: レイヴン【第二話・仮面の表】 ( No.44 )
日時: 2015/02/23 04:37
名前: Ⅷ ◆WlOcYALNMA (ID: 3TttADoD)

刃がまだ、【レイヴン】の外への出発で手をこまねいている頃———
その場所には、胸を貫かれ、四肢をもぎとられ、周辺一帯に血や臓器を、なにかに圧迫されて弾け飛ばされたようにぶちまけた、かつては【レイヴン】の【アビリティ】だった2つのペア分の死体が転がっていた。

高層ビルの屋上で繰り広げられていた戦いはいとも簡単に決着がついていた。【レイヴン】東京エリア第五部隊のうちのふたつのペアが追い詰めたと思っていたはずのその男は、傷ひとつ負うことなく、高レベルの【アビリティ】をいとも簡単に返り討ちにしてしまっていた。

「哀れな【アビリティ】よ……」

その男は、黒いマントで身を包み、ふざけているかのような白い、無表情の仮面をつけた、長身の男だった。

その男は、無残に散らかった死体をみつめながら、天を仰ぎ、祈りを捧げるかのように囁く。

「世界に捨てられ……【レイヴン】に飼われ……狂ってしまった世界で奮闘し続けていた我らが同士に祝福があらんことを……ククッ」

しかし、その囁きの最後で男は、こらえていたかのように笑い声を漏らし、そして、屋上の端へと歩いていき、はるか遠くに見える【レイヴン】の基地をみつめる。

東京エリアに存在している【レイヴン】の基地にはなんの思い入れもなく、ただただそこにある、【レイヴン】という存在に対して、男は思いを馳せる。

『状況はどうだい、仮面』

しかし、思いを馳せようとしたところで、耳にさしてある無線機から声が聞こえてきて、男はしぶしぶといった風に返事を返す。

「どうもこうもないよ。所詮東京の【レイヴン】が飼い慣らしている【アビリティ】のレベルは大した事ないからねえ」

そういいながら、さきほどから風にふかれて流れてくる血のにおいの元をみる。だが、無線機のさきの相手は、そういうことじゃないと一度いい

『君に関してそっち方面の心配は無用だと承知している。さっきのは【計画】に関わった【アビリティ】や研究員の回収のほうだよ』

「君の言動はいちいちわかりにくいから困るな」

『君みたいに大仰に話さない分随分とわかりやすいと思うけど』

「ククッ、まあどうでもいいよ。回収の方は順調だよ。私が知る限りではあと1人といったところだね」

そこで、仮面の男がなにかを思い出したかのように手を一度たたく。

それは、深夜のショッピングモールで出会った野良【アビリティ】だった。最近【アビリティ】たちの間ではどうにも、仮面の男が【レイヴン】から野良【アビリティ】を守り、対抗する組織をつくっている、という噂がながれていってしまっているらしい。

先日は、残りひとりとなった、計画に関わった【アビリティ】をさがすために、野良【アビリティ】が潜んでいそうな場所を転々と移動していたために何度か同じようなことを言われ、うんざりしていたところだった。

だが、野良【アビリティ】は極力、自身にまとわれついてくる【レイヴン】の【アビリティ】たちの捜査をかく乱するためにも生かしていたのだが、あのショッピングモールでは、すでに二人ほど、その野良【アビリティ】にマークがついていた。

すぐに襲い掛かってくるようならば殺してしまおうと思ったがそこで遊び心が勝り、【アビリティ】の男を殺すその瞬間まで出てこないようならば見逃そうと、でてきたのならば殺そうと、そう考えていた。

昨日の深夜におこった出来事を鮮明に思い出しながら、なぜか笑いが止まらなくなってしまった仮面は、一度無線の先の人物に怒鳴られる。

『笑っている暇はないぞ仮面。じきに東京エリアの第一部隊も動き始めるだろ。そしたらいくら君でもやばいだろう?」

【レイヴン】の第一部隊というのは、そのエリア間でもっともつよい【アビリティ】たちが集う最強の集団。

あまり上下関係が存在しない【レイヴン】の部隊のなかで、第五部隊までが上位部隊に属され、そして、それの筆頭が第一部隊だった。

その中には当然、危険度はS以上。中にはSSSの化物まで飼い慣らしているところすらあるというほどのものだ。過去の危険度SSSの化物たちは、その第一部隊との戦闘によって処理されたといわれていた。

だが、それでも仮面の男は笑う。

「どんな【アビリティ】がこようが私には関係がないね」

その言葉は、声が笑っていたが、仮面の中にある獰猛な、黄色の瞳は、深い憎しみに彩られていた。

だが、無線のさきの相手は気にした様子はなく、ひとつ、なにかを思い出したかのように尋ねる。

『とりあえず君と、君が回収した【計画】の関係者の帰還を僕たちは待つとして、例の【力】を使わない【アビリティ】はどうしたんだ?いたく気に入っているようだったけど』

「……あの中途半端な【アビリティ】君ね」

『君と同じ種類の【アビリティ】であり、君と同じように身体能力が極限まで向上したのに、【力】をつかわない【アビリティ】……東京には随分とおもしろい【アビリティ】がいるもんだね』

「あの青年のことは私個人的にもちょっとひっかかる部分があるんだよね……もう一度接触したら、喋ってしまってもいいかい?」

無線のさきの相手は、その質問に一度考えるように唸る。

だが、しゃべる内容……つまり、【計画】と彼らが言うものについて、【レイヴン】に知られてもひとつの部隊、その真実を知ってしまった部隊が【レイヴン】の上層部に消される未来が待っているだけと知っていたために

『いいだろう。できることなら、君と同じ種類の【アビリティ】は貴重だからね、仲間に引き入れてくれてもかまわないぞ』

その言葉をきいた仮面は、【レイヴン】の基地のすぐ近くにあるショッピングモールで【力】もつかわずに突っ込んできた、自信と同じ違和感を持った【アビリティ】のことを思い出す。

目つきが悪いが力強い信念を宿した瞳。その裏に見え隠れする寂しげな色を見た瞬間に、なぜかなつかしい気がして、あの時、仮面の男は、その【アビリティ】を殺すことができなかった。

そんなことを思い出したからか、仮面の男はすこし弱気にこうつぶやく

「アレはそう簡単に仲間を裏切らないタイプだとおもうけどね」

そこまでいったところで、仮面の男は無線のイヤフォンを外し、自身の右目を閉じ、ある場所を頭の中で瞬時に思い浮かべる。

その場所は———民営のプール———

瞬間、仮面の男の姿はビルの屋上から掻き消え———あとには、無残に散らばる死体が残るだけだった。