複雑・ファジー小説

Re: レイヴン【三話・因果】 ( No.46 )
日時: 2015/07/10 11:14
名前: Ⅷ ◆O.bUH3mC.E (ID: 9oy0/Hp9)

だが、結衣にはお見通しなのか、心配そうな声が聞こえてくる。それに刃はやはり、らしくないなとおもい、その言葉を無視する。

民営のぷーる、といえば、この町にはひとつしかない。昔、蓮と一緒に何度かいったことがある場所だからこそ、刃には地図や案内の必要はなかった。

「気に食わないぐらい何も変わってねぇな」

ひとりつぶやきながら、周囲のなにも変わらなさに呆れのような顔をする。

「めんどくせぇ」

ぶつぶつと文句をたらしながら、なるべく人目につかないようにと歩く。あれから四年たってはいるが、刃たちはこの町では嫌な意味で有名になりすぎた。だから、若干成長した刃の姿をみた近隣の住人は、まちがいなく片桐刃だと見抜くだろう。そして、四年前ここに住んでいたときはまだ人間であったはずの刃が、【アビリティ】になり、【レイヴン】に所属したと知った人々は、何を思うのか、どんな行動をとるのか、それがわからないからこそ、刃は極力人通りの少ない道を縫うようにして進んでいく。

昔からなじみがあるからこそ、刃は迷わずに道のりを進んでいく。人通りが多い大通りに出そうになれば、そこからすこしはなれたところにある抜け道を辿り、目的の場所であるそのプールが近づいていくに連れて、ふと、ひとつの可能性がうかびあがる。

もしも、こうして現場に向かっている途中で、再び仮面の男と接触してしまったら、刃はどんな行動をとるのか。

仮面の男と最初に遭遇したときもそうだった。【アビリティ】の捜査中に突如として現れ、まるで挑発するかのような言葉を残していったやつに対して、刃は気がつかないどころか、恐怖に震え上がった。

ならば、今回、そうなってしまったらどうなるのか。

それは、正直にいってわからなかった。

今回は、仮面の男の情報を、多少ながら得た。そのうえで遭遇したのならば、刃は、迷わず仮面の男と再び拳を交えるだろうか。それともまた、恐怖で震えてしまうのだろうか。

そこまで考えたところで、刃は考えるのをやめた。出会ってしまったら出会ってしまったで、その瞬間にすべてが終わるということはないのだ。それに、今回は静止役の結衣のサポートもある。だから、仮面の男が現れ、その瞬間に能力を使ってこない限りは、できるだけ、言葉をつかって足止めすればいいだけの話だ。

「……たしか、ここを曲がったらあとすこしだな」

考え事をしながら歩いていたからか、目的地はすぐそこといえる距離まで迫っていた。

おそらく、ここからは人気を気にして進むことは不可能だろう。現場の判断というのがあるが、基本的に【アビリティ】が目撃され、【レイヴン】に通報された場合、近くにある交番、または警察署が動き、道路を封鎖にあたる。それがショッピングモールや、人が多く集まる場所だった場合は、【アビリティ】が率先して暴れない限りは、【アビリティ】を刺激しないように、極秘裡に進める場合がおおく、今回も、民営のプールとはいえ、人がそれなりに集まる場所であったがために、そういった対応をしようとした矢先に、【アビリティ】は暴れ、人質をとったから、そのプール一帯、200m付近から封鎖されているはずだった。

経営者から……つまり、人質からの通報によれば、【アビリティ】が出現してから3日ほど経過しているらしい。3日も経っていれば、封鎖されている場所に物珍しそうに近づいてくる人はいないだろうが、その封鎖されている場所付近に住んでいる人たちなんかは、ことが片付くまで家に帰ることができずに、定期的に見に来るか、警察からことが片付いたと報告がくるまではいてもたってもいられないだう。そういった人たちとの遭遇は免れなかった。

刃は、どこかうんざりしたような顔で一度ため息をつき、ポケットからタバコをとりだす。口に咥え、ライターを取り出し火をつけると、一度大きく吸って、それを吐き出す。

『刃……君はまたタバコかい』

イヤフォンから、結衣の呆れた声が聞こえる。

「うるせーよ」

刃はそれをうっとおしそうに受け流しながら、半分ほど吸ったタバコを地面に投げつけ、足で踏みつけ、そして歩き出す。

その瞬間———背後から鋭い殺気を感じ———

「なっ———」

とっさの判断で振り返ろうとしたが間に合わず、鋭い衝撃のもとに刃は吹き飛ばされる。

人間とは思えないほどの怪力……だが、【力】とはちがう、重い一撃。これには覚えがある————そう思った瞬間に、刃の体中から汗がどっと吹き出す。

心臓がありえないほど大きな音でなっている気がする。さきほどもろにダメージをうけた背中が痛む。だが、そんなことよりも刃は確認はなければならなかった。今回の任務で考えていたなかでもっとも最悪なケースになってしまったという事実を。もしも現れたら、自分の全身全霊をもって戦わなければ、逃げることすらままならない相手を。いま【レイヴン】が、血眼になって追いかけている。その男を。

「やぁ、中途半端な【アビリティ】君」