複雑・ファジー小説

Re: レイヴン【三話・因果】※作者トリップ変更 ( No.51 )
日時: 2016/02/09 19:38
名前: Ⅷ ◆O.bUH3mC.E (ID: HAhG.g1E)

男は笑う。高らかに。とても愉快だと言わんばかりに。刃の首についている首輪を見ながら、笑う。
刃はただ絶句する。

自分では理解不能な事態に陥って、怒りも忘れ、ただただ呆然とするしかなかった。

これまで、前例なんて一度たりともない。人口【アビリティ】は例外なく、【レイヴン】に忠実なる犬だ。自ら志願してなったのだから、わざわざ逃げ出そうとなんて思わない。自らの正義を信じて、他人にどう思われようが、ただ自分の中にある正義を信じて戦ってきた。それでも、たしかに人口【アビリティ】ではない、連れてこられた【アビリティ】は、首輪を外して逃げ出そうとした。でも、首輪のセンサーがそれを許さなかった。例外なく逃走を試みた【アビリティ】は首を飛ばされ、絶命した。

だというのに……この男はこういった。

元【レイヴン】の忠実なる犬と。
人口【アビリティ】を飼うことを決めた【レイヴン】は、まず第一に首輪を作った。人口【アビリティ】になるために志願した者の首には、移植の前に必ず首輪を付けてきた。だから、この男にも、首輪が付いていなければおかしかった。人口【アビリティ】であるのならば、【レイヴン】の犬になったのならば……確実に。
そんな刃の思考を読んでか、仮面の男は、首元を晒す。ローブに隠れていた箇所が晒され……そこには、

「首輪が……ない」

ただ、何かが長い時間、巻かれていたためにできた、痕だけがそこにはあった。

「どう、やって」

刃は、唾を飲み込みながら問う。何も考えていなかった。思考が追いつかなかった。自分の想像していた以上の出来事に、思考がショートし始めていた。けれど、口だけは勝手に動いた。知ったところでどうするというわけでもない。ただ、聞きたかった。その方法を。【レイヴン】から逃れた、その手段を。そして……伝えなければならなかった。無線越しに、話を聞いているだろう結衣に。

『……』

無線機の奥からは結衣が息を呑む音が聞こえた。【レイヴン】に所属している、それも部隊を任されている指揮官ですらも知り得なかった情報。
だから……ここから先の話を全て、無線機越しに、伝えなければならなかった。
だが

「その話をするにはまず、邪魔なこれを外してもらおうかな」

気がついたら、仮面の男の姿が眼前から掻き消え、刃の背後から聞こえた。即座に身体が動かなかった。刃の左腕は抑えられ、耳に手を……無線機を、そのままむしり取られる。

その瞬間、刃は無線機を取り返そうと仮面の男の背後に飛ぶ。だが、仮面の男は再び眼前から掻き消え、さきほどと同じ距離を開けられる。そして、そのまま無線機を、指で砕く。

「【アビリティ】を縛るのは首輪だけで十分だろうに……【レイヴン】は用心深いねえ」

仮面の男はもう笑っていない。ただただ冷ややかに言葉を発する。

「本来なら君の首輪ももぎ取ってやりたいところだけど……まあ、この話が終わってからでもいいね」

一人納得したように頷く仮面の男を人は睨みつける。
今だ信じがたい事実を聞き、身体が思ったように動かない。だが、頭は冷静になってきた。

今のまま戦えば、おそらく刃は確実にやられるだろう。さきほど拳を交えてわかった。力は互角……だが、圧倒的なまでに経験の差をそこに感じ取ることができた。そして、感じ取る間に刃はダメージを負い、仮面の男は未だ無傷。そして追い打ちをかけるような信じがたい事実。刃の体はもはや、仮面の男より数段劣化した状態だろう、ならば、ここで体力を温存するために時間稼ぎをし……そして、そこで知り得た情報を持ち帰るのが、なによりも最優先だと考えた。

ふと、刃は周りを見回す。仮面の男の奥で壁にもたれかかり、成り行きを傍観する【アビリティ】、地面に置かれた、血が滲んだプレゼントボックス、そして、野次馬として集まっていた、一般人の死体。

そのどれもが、刃の怒りを煮えたぎらせた。だが、今の状態では勝つことはおろか、逃げることすら、できないかもしれない。ならば、可能性がある方にかけるのが、最善の手段だ。

刃は油断なく構えながら、視線だけを動かし、どこに飛べば、一番最善なのかを思案する。その間にも、仮面の男は語り始める。

「【アビリティ】……突如として人が目覚める不思議な力。この始まりはそもそも、三十年前。君もそのくらいは知っているだろう?」

仮面の男が刃に語りかける。そこで、刃は昔聞いた話を思いだす。
【アビリティ】というのが、この世界に出現したそもそもの原因は不明とされている。けれども、それが世界に変化をもたらし始めたのがちょうど三十年前だった。

日本ではない、どこかの国の刑務所から、一人の男が脱走した。その男は、壁を溶かし、警備員を灰に変え、そして、大きな街にその姿を現した。そして、そこで大量虐殺が引き起こり、一つの国の軍隊が全滅。そしてその国は滅びた。だが、その男はその後自殺をする。異能……【アビリティ】になり、人と違うと自覚して、その【力】を思う存分に振るった男は、後に残った破壊の爪痕を見て自分の力を恐れ、そして自殺したと言われている。

その頃から、日を重ねるごとに【アビリティ】として目覚める者が世界中に出現し始めた。世界は混乱に陥り、その【力】を使った犯罪などが、今現在と比べられないほどに多発していったと言われている。そしてその当時から【アビリティ】は、人々から忌み嫌われる存在になった。自分が持ち得ない力で、罪を犯す人の皮をかぶった化物。それが【アビリティ】に対しての人々の共通認識となった。

だが、たしかに【アビリティ】は驚異的な存在だった。けれども、その【力】を使って、【アビリティ】犯罪を食い止める【アビリティ】もたくさん存在していた。そのことにより力の均衡は保たれることとなり、世界は【アビリティ】によって無法地帯にならずに済んだのだという。

そして、人々は【レイヴン】という計画を立てる。【レイヴン】計画により、捉えた【アビリティ】を研究し、人工的に【アビリティ】が作り出せるかの実験を行い、そして生まれた人工【アビリティ】を主力とした【アビリティ】犯罪専門組織、【レイヴン】が生まれることとなる。

【レイヴン】は始め、人工【アビリティ】を主力とした組織を作り出すはずだった。しかし、その成功率は絶望的で、目をつけたのがこれまでに均衡を保ってきた、いわゆる正義の味方と呼ばれていた【アビリティ】たちを取り込むことだった。そうして、【レイヴン】は【アビリティ】を管理し統率する組織となり、今では世界の【アビリティ】というモノに対して絶対的な力をもつ組織となった。

「不思議な力、異能、魔法……それを総称して【レイヴン】は、【アビリティ】が扱うそれを、【力】と呼んだ。だがどうして、その【力】は発現してしまったのだろう、だがどうして、その【力】は増え続けるのだろう。どうして……【力】を宿した者は、同じ人に管理され、そして忌み嫌われ続けなければならないのだろう」

仮面は顔を両手で塞ぎながら嘆きの言葉を吐く。それは……レインも、思っていたことだった。

【アビリティ】に目覚めるものと目覚めないものの違いは何か、どうして【力】を得たものは罪を犯すのだろうか、どうして親しかったものにまで裏切られなければならないのだろうか……どうして、蓮は、【アビリティ】として生まれてきてしまったのだろうか……どうして自分は、普通の人として、生まれてきてしまったのだろうか。

そもそも、人というのは、一体どこまでが人なんだ?

蓮が【アビリティ】だと、人に知れ渡ったときのその視線が忘れられない。その行動が、その罵声が、なにもかもが忘れられない。この地で起こった刃と蓮の悲劇。その時刃は、たしかに感じた。蓮に向けられる…化物を見るような視線を。その場から蓮を連れ出すことしかできなかった自分の弱さを。【レイヴン】という存在がなければ、生きることすら許されなかったこの世界のシステムに対しての憤りは、今でも忘れることができない。

「【アビリティ】はたしかに人と違う。【力】は絶大だ。化物と呼ばれるのも無理はない。しかし心は人だ……死にたくない、嫌われたくない、守ってほしい、そんなことを常々心の内に秘めるか弱い人だ。なのにどうして、そんなことはわかりきっているはずなのに、人は【力】を持つものを忌み嫌い、そしてそれに漬け込むかのように【レイヴン】はその人を管理する?」