複雑・ファジー小説

Re: レイヴン【三話・因果】※作者トリップ変更 ( No.52 )
日時: 2016/02/25 09:37
名前: Ⅷ ◆O.bUH3mC.E (ID: HAhG.g1E)

この話は、一体どこにつながるのか。刃はそれがわからなかった。
仮面が語るそれは、【アビリティ】となったものが抱く、本音の部分だ。刃や蓮、勇気たちなんかも例外ではない。誰もが最初に思ったはずだ。…理不尽だと。

だが、従うほかなかった。刃は、蓮と共に生きることを……【アビリティ】として、【レイヴン】に飼い慣らされることを望んだ。だが、それはそれしか道がなかったからだ。【アビリティ】として認識された蓮と共に生きるには、刃も……【アビリティ】となり、【レイヴン】の元に身を寄せ合うことしかできなかったからだ。
人が化物を管理する……言い換えれば、飼うということに、屈辱という言葉では言い表せないほどの怒りを覚えた。でも、蓮がそこで、刃と共に生きたいと望んだから、自分の全てを投げ打っても、蓮のそばにいると刃は誓った。

【アビリティ】に対して同情心もある。同じ【アビリティ】としてという気持ちもあり、そして、【レイヴン】に飼われるか、殺されるかしか道のないその人に対して、救ってやりたいという気持ちもある。【アビリティ】となり、【力】をもっていても……所詮人だ。【アビリティ】を忌み嫌う人や、【レイヴン】の人間にはわからない、【アビリティ】だけが抱える苦悩は、【アビリティ】にしか理解できない。

でも……刃は、自分の意思で、【レイヴン】に飼われることを望んだ。怒りもある、苦悩もある、それでも、自分の選択に間違いはなかったと、蓮に対して胸を張れる兄貴であると、自信がある。

「たしかに【レイヴン】は、【アビリティ】を人と思っちゃいないしまるで化物だと言わんばかりな目で見てくるやつらも多い……それでも、【レイヴン】というシステムがこの世界になければ……俺は、いや、俺たちは生きることができなかった。管理されていたとしても、俺は文句はない」

刃は仮面を睨みつけながらそう言う。仮面が語るそのなにかは、どこが答えなのかわからない。結衣ももうこの話を聞くことはできないし、刃一人で判断する必要がある。仮面の話を聞き、そしてどうするのか、刃自身が、決断を下す必要がある。話を聞いた上で逃げるか、それとも話を聞かずに逃げるか、それとも……話を聞いた上で、戦うのか。

刃の言葉に仮面は笑う。それは不快な笑い方だった。

「クククククク!!実にいい!!君ならそういうと思っていたよ!!中途半端な【アビリティ】君」

仮面は腕を広げ、高々に笑う。刃はその瞬間を見逃さず、周辺を伺う。どこに飛べば確実に逃げられるのか……または、どこに飛べば、この男に一撃食らわせることができるのか、必死見極める。
だが、仮面の男は再び語り始める。

「たしかに、【アビリティ】という存在は、【レイヴン】というシステムがなければ生きることも死ぬこともなく、ただ罪を重ね、人から忌み嫌われる存在となっただろう。それは間違いない……しかし、君はまだ青い、青すぎる」

「なにがだよ」

「それじゃあこういう話はどうだろうねぇ……【アビリティ】の起源について」

「【アビリティ】の……起源?」

刃は首を傾げる。【アビリティ】の起源は誰も知らない。結衣ですらも知らないのだ。最初の【アビリティ】と言われる存在はたしかに知っているが、その男は一体どうして、【アビリティ】になってしまったのか、誰もそれをしるものはいないとされていた。

「君は知っているかい?最初の【アビリティ】と呼ばれる男は、一体どこから逃げ出したのかを」

「……刑務所だろ」

「クククっ……たしかに、刑務所だ。けれど、その刑務所の本当の姿は知っているかい?」

「本当の姿?」

刃は額に嫌な汗がにじんでくるのを感じた。この話は聞いてはならないことのような気がした。得体の知れないこの仮面の男の言うことが出れだけ真実かはわからないが、この話だけは聞いてはならないような気がする。
誰も知りえないはずの情報を持っていて、それを今明かそうとしているというのなら……それは、そうとう大規模な隠蔽が行われたモノのような気がするから。

「ちっ!」

刃は大きな舌打ちをすると、民家の屋根の上に飛ぶ。そして勢いよく走り出す。逃げなければまずい。戦って勝つ確率が低い以上、話を聞いたあと逃げるか、話を聞く前に逃げるかの差はほとんどない。だが、その刃の考えを見越していたのか、仮面の男の声がすぐとなりから聞こえた。

「話は最後まで聞くものだよ、中途半端な【アビリティ】君」

その声が聞こえた瞬間に腹部に鋭い衝撃が走る。あまりの衝撃に刃は吹き飛び、もといたところまで吹き飛び、そして地面を転がり壁に激突する。口から血が吐き出されるのがわかった。

「ガハッ……ゲホッ!……くそったれが」

「君にこんな仕打ちをしてから言うのもあれだけど、私はべつに君のことを痛めつけたいわけじゃないんだよ」

少し朦朧とする視線の先に仮面が現れる。仮面は、ワガママな子供に困り果てている親のようなそんな素振りをみせる。

「君はどことなく私に似ている……そう、私がまだ【レイヴン】の犬だったときと同じ瞳をしているんだよ。だから私は、君が気に入った」

【アビリティ】は体力を失っていけば行くほどにその【力】は弱々しいものになっていく。刃は自分の体力の低下と、体の負荷が許容範囲外まで達してしまいそうであることを悟る。仮面との戦いによって負った怪我と、さきほどの不意打ちの一撃は相当な負荷を与えてしまっていた。それはつまり、この場から、仮面から逃げる手段は、ほぼ無いに等しい。仮面の男が語ろうとしているなにかから逃れる術は、もはやない。

失態、いや……失敗だ。湧き上がった激情に駆られ、力量差を見誤り、そして見下ろされているのはまさしく刃だ。自分の愚かな行為の結果がいまここにある。

けれど、刃はその自分の行動はけして間違っていなかったと思っていた。刃が怒りに任せて拳を振るわなければ、一体誰が、……一体誰が、何の罪のない人々の無念を晴らすというのだろうか。

今の刃は、先ほどと違い、多少冷静な判断が下せるぐらいには、怒りは収まっている。だがその怒りの収まりは、仮面の口から話された言葉によって、驚きという感情により一時的に塗りつぶされているに過ぎない。だが、それでもその瞬間をつかってどうにか逃げる手段を考えた。それでも無理だった。だから刃は、諦めたような笑みをうかべ……ポケットに入っている、潰れたタバコの箱から折れかけているタバコを一本だけ取り出し、ライターで火をつけ一度吸う。その姿はまさに、完全に勝負を諦めた男の姿だった。

仮面の男はそんな刃の姿をじっとみつめる。刃も仮面の男を睨みつけるようにして煙を吐き出す。きっと、【レイヴン】東京エリアは大騒ぎになっているのではないだろうか。【アビリティ】単騎がSSSクラスの化物と交戦中……情報だけ見てしまえば、誰も刃がまだ生きていると思うものはいないだろう。それでも、きっと結衣は動いているだろう。ほかの部隊と連携し、速やかにここに部隊を差し向けてくるだろう。刃がまだ生きていることを信じて。

刃は仮面の男を睨みつけた思う。自分とただ、経験値の差という絶対的な壁が存在している仮面の男は、果たして本当に危険度SSSと認定されるほどの驚異なのだろうかと。その実力はたしかに圧倒的で、手も足も出なかった。けれども、危険度SSSクラスといえば、災害、それもとびきりの大災害レベルの【力】をもった【アビリティ】だ。なのに、この仮面の男からは最初、話を聞いた時に感じたようにそこまでの【力】を感じ取ることができないのだ。