複雑・ファジー小説
- Re: 虹至宝【キャラ募集一時終了】 ( No.21 )
- 日時: 2015/01/03 16:49
- 名前: kiryu (ID: nWEjYf1F)
その後ゼルフと別れたアレンは、念のため件の暗殺者についてナタリアに報告しようとギルドの前までやってきた。
しかし、彼はまたしても思い出すのであった。まだ、ジェシカのための布を調達していないことに。
「あー! 俺そのために外に出たんじゃねーかー!」
思わず叫んでしまったアレンだが、周囲の人目を惹いていることなど気にもせず、ずかずかと裁縫道具店まで足を運ぶ。
その際に彼と対面した店のスタッフは、物凄い形相で睨まれて怖かったと後に店長に語っている。
◇ ◇ ◇
「ったく、何なんだよ今日という今日は……厄日か」
その日の夜。大きな黒い布を手に、ぶつぶつと独り言を呟く少年が王国の城下町にいた。
「……逃がさない」
ふとそう呟いたのは、その少年を一点に見据える少女。
近くにいても聞こえないほどに小さく呟かれたその言葉は、瞬く間に喧騒とした城下町の活気に飲まれてゆく。
だが、その後木霊した金属の悲鳴は、逆に城下町の活気を丸呑みにするのであった。
「っ!」
独り言を呟いていた件の少年ことアレンは、突如自分に向けられた強烈な殺気を感じ取った。
同時に、先ほどゼルフとの会話で出てきた暗殺者の話を思い出した彼は、懐から素早くダガーナイフを取り出す。
考えるよりも早く取り出したそれをほぼ本能的に背後へと向ければ、耳障りな金属摩擦の音が辺り一体に響いたと同時に、彼の目の前で一瞬火花が散り、思った以上に勢いの強かった"なにか"を弾いたためにひどく右手が痺れた。
「やるわね……アレン・シュトラウス」
続いて訪れた城下町の静寂の中、最初にアレンの鼓膜を揺らしたのは、彼の名を呼んだ涼やかな少女の声。
そしてその声の持ち主が、目の前でナイフを握り締め、向けるべき殺意をむき出しにしている少女のものだと分かるのに、然程時間はかからなかった。
「……お前は……まさか」
「そう。噂をすればって所かしら?」
今目の前にいる可憐な少女と、ゼルフからもらった写真に写っていた少女の姿が、一切のずれもなく重なる。
腰付近まで伸ばした、まるで水流を連想させるかのような水色の髪。何かを失った者が持つようになる、ボンヤリと焦点の定まっていない赤い瞳。見た目の幼さとは裏腹に大人びた声と態度。
「悪いけれど、ゼルフとの会話は聞かせてもらったわ」
「一体、どうやって……」
「分からないのかしら。錬金魔法の使い手と聞いたけれど、頭の中は思った以上に空っぽだったようね」
「……お前喧嘩売ってんの? はっきり言え、はっきり!」
呆れたような表情を浮かべる少女がさり気なく言い放った毒は、見事に効き目があったらしい。
その証拠に、毒はじわじわとアレンの脳内を回っており、今にでも堪忍袋の緒を切らしそうである。
「はぁ……沸点が低いのね、貴方。それくらいの冗談も聞けないというのなら、この先苦労するわよ」
「ご忠告どーも」
その上馬鹿にされたような気がして、怒りを忘れて逆に呆れるアレンであった。
「まあ、最初からあのお店に私がいた、と思ってくれればいいわ。のんびり寛いでいたら、丁度貴方とゼルフが入ってきたんだもの。貴方達の話を聞かない理由が無いでしょ?」
薄ら微笑む少女だが、ゼルフのそれとは違い、彼女の笑みは酷く不気味である。
同時に会話を交わす中で、たった今の間に得れた情報を整理していたアレンは確信した。
この目の前で笑う女こそ、今回自分を殺そうとしている暗殺者——紛うことなき"モード・オライオン"なのだと。
「……俺を狙う理由……いや。お前を雇った奴は、何故俺を殺そうとする?」
試しに、疑問に思っていることをモードにぶつけてみた。
そして、答えにならない答えが返ってきたのは、その疑問をぶつけてから数秒後のこと。
「……私たち暗殺者を雇う人っていうのは、基本的に私情を話さないものよ。それは私たちも同じ。雇い主の私情を聞き出すなんてことはしないわ。さらに言ってしまえば、雇い主は私たちの事情を聞き出すこともない」
「つまりお前ら同士は、互いに何の関係も持たないと……要は知らないってか」
「えぇ、そうよ。少しは物分りがいいようね」
「っ……」
冗談だとモードは言うが、どうにも苛立ちが募るアレン。
だが彼は曲がりなりにも、ギルドに携わる一介の魔術師だ。今こうしている間にも人目は惹いている。下手に事を起こせば、すぐさま王国の兵士に見つかって懲罰房へ投獄されるし、同時にギルドの信頼も下がる。
ここは我慢するしかない。
「……でもまあ、今日は見逃してあげるわ。本当は殺気の時点で死ねばよかったのだけど、今は人目もある」
「見逃さざるを得ない、の間違いじゃないの?」
「……」
間髪入れず発した、少なからず嫌味を含めたアレンの言葉に、今度はモードがその形のいい眉根を顰めた。
暗殺者は元々、戦闘能力の低い者が大半を占めている。
結論から言うと、仕事柄"一撃必殺"をモットーに動く彼女らなので、特に高い戦闘能力は必要とされないのだ。
ただ不意をつく事に長け、それでいて無防備な相手を確実に相手を殺せる技術を持っている。たったそれだけでも、暗殺者としての才能だけでなく、実際に暗殺者として働き生きていくのにも十二分と言ってもいい。
だがその裏には、相手との真っ向勝負に弱いという点があり、今のモードは正にその状態である。
だから彼女は、アレンの言葉に多少の苛立ちを覚えたのだ。
「……次に会った時は、もう容赦しないから」
「なっ、おい!」
突然、モードは足元に魔方陣を展開し、その場から消え去ってしまった。
あまりの素早い出来事にアレンは追いつけず、結局は彼女を逃がしてしまった。
先ほど用いたのは転移魔法の類——彼女は魔法使いとしての実力もそれなりに持っていることとなる。
その後1人残されたアレンは、真っ直ぐにギルドへと戻った。
右手には黒く大きな布を握り締めている。多少シワがついてしまっただろうか。
だが今のアレンには、そんなことに気を使う余地も無い。
これからは死と隣り合わせの生活が始まるのだから。