複雑・ファジー小説
- Re: 虹至宝【キャラ募集一時終了】 ( No.24 )
- 日時: 2015/01/04 15:30
- 名前: kiryu (ID: nWEjYf1F)
風呂を上がったアレンは、摂り損ねた夕食として卵を食べていた。
卵は予めアレンが風呂場へと持ち込んだもので、風呂に入っている間、熱めのお湯と共に卵を手桶に入れていたのだ。
湯温は60度。丁度いい具合に黄身が半熟になっていて、宛ら温泉卵である。
『んー、美味い。やっぱ卵は最高だ』
1人黙々と殻を剥いては、軽く塩を振って食すアレン。
傍らにナタリアたちの姿は無く、用事があるからと言って先に風呂を後にしていた。
『そういや、ナタリアさんならギルドの仕事があるだろうからともかく、ジェシカの奴は何の用事で出てったんだ?』
逆に気になるところだが、あまり悠長にしている暇はない。彼は入浴前に、ナタリアから話があると言われている。
だったら手早く済ませるべきだろうと思い、アレンは卵の殻を剥くスピードを速めた。
それでも、殻を剥き終えた卵には傷1つ付いていない。彼の卵への愛着振りがどれほどのものか、よく分かることだろう。
◇ ◇ ◇
「ナタリアさん」
「お、来たね。じゃあこっちにおいで」
寝巻きに身を包んだアレンは、ナタリアに連れられて2階へ赴いた。
その際に通りかかったロビーでは、ジェシカがギルドのメンバー数人と共にトランプゲームをしていた。
「馴染みすぎだろあいつ……」
「あはは、まあ可愛いからねー。おかげでうちの男共は、一斉に釘付けにされちゃったみたいでさ」
「あー……」
確かに、ジェシカを取り囲んでいる人のうち、少なくとも8割は男である。
残りの2割を占める女性たちは、そんなジェシカを撫でたりして可愛がっている。姉御肌な人たちだろうか。
「アレンも惚れちゃわないようにねー」
「惚れません。ええ、断固として」
くすくすと笑いながら言うナタリアに、固い口調で反対するアレン。
2人はやがて、2階の一室へと辿り着いた。
「とりあえず、ここで話するよ。あ、ここ今夜の君の部屋だからね」
「はい」
最近手入れがなされたのか、ベッドシーツから各家具まで恐ろしく綺麗になっている。
全体的に青を基調としていて、ゆったり落ち着くにはピッタリだ。
さらに窓からは月も窺えて、本当の宿屋のように環境が整っている。
「さてと、じゃあまずは話よりも行動から入ろうかな」
「へ?」
何だ、話をするんじゃなかったのか。
かと思っていたら、アレンは突然ナタリアに押し倒された。
「わ……」
2人はそのまま、ベッドへと倒れこむ。
そしてナタリアは、若干頬を桜色に染めながら悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「全く、隙だらけだよ。アレン」
「な、何ですかいきなり」
かと思えば、今度は割りと真面目な表情になった。
ただし、その頬は紅潮したままである。
「これからは、こういう隙でも作らないようにしてね。暗殺者から追われる立場になったからには、一瞬の油断が命取りだなんて、満更嘘でもなくなるんだから。気をつけること」
「は、はい……」
「よろしい」
そしてまた笑う。
宛ら百面相の如くコロコロと表情を変える彼女がどこか面白い。
アレンは不覚にもそう思ってしまった。
上司に対して、何と失礼なことを考えてるのだろうか。
「それと、これだけは覚えておいて。私は君に死んでほしくないの。これは私だけじゃなくて、君と出会った人のほとんどがそう思ってるはず。だから、君が死んだらどれだけ多くの人が悲しむか、よく考えること」
そう言われて、アレンはゼルフの言葉を思い出した。
『ライバルたるお前は俺が倒す、か——』
何故だろうか。彼のあの言葉だけが、重く自分に圧し掛かっている気がする。
「——胆に命じておきます」
「うん。今はそれだけでもいいから、とにかく死んじゃダメだからねっ」
笑ったり、真剣な目つきになったり、怒ったり、恥らったりと、とにかく忙しいナタリアである。
「何事も無く事が無事に解決したら、一晩だけ一緒に過ごしてあげるから」
「……えっと」
すると、ただでさえ暗殺者の件で頭が一杯だというのに、ナタリアはその脳を破裂させる止めの一撃を放った。
「それとも今がいい?」
「……」
追撃。
「どーせ付き合ってる女の子いないんでしょ?」
「……あの、もういっぱいいっぱいです」
更に追い討ち。
「お風呂で私の胸見て鼻血出してたもんね〜」
「う……」
オーバーキルである。
アレンは何となく泣きたくなってきた。
「ナタリアさん、泣いていいですか?」
「いいよ」
「へ?」
するとナタリアはアレンの頭を、自分の胸元へと強く抱き寄せた。
「むぐっ」
気道をふさがれて呼吸が出来なくなるアレンだが、ナタリアはそれに構うこともない。
「それでいいの」
「?」
「アレンってば他人を頼らないで、大体全部自分1人で抱え込もうとするもんね。今日私にこの話をしてくれたみたいに、これからはもっと他人を頼ること。きっとみんな、力になってくれるから」
『ナタリアさん……』
「勿論私でもいいからね? たとえ何も出来なかったとしても、こうして抱きしめてあげることくらいは出来ると思うから」
——このひと時でナタリアから教わったことはかなり大きかった。
彼女が話してくれたことは全て自分には足りていなかったものばかりで、足りていなかったそれらは、教わったことの大きさと同じだけの大きな穴となっていたのだろう。
そう思うと、彼女には感謝しても仕切れない。
「……ありがとう」
解放されたアレンは、無意識のうちにそう言っていた。