複雑・ファジー小説
- Re: 虹至宝【キャラ募集一時終了】 ( No.25 )
- 日時: 2015/01/05 11:57
- 名前: kiryu (ID: nWEjYf1F)
「あれ、ジェシカは?」
翌朝、昨夜の事を頭の片隅に追いやったアレンがロビーまで来ると、そこにはジェシカがいなかった。
思わず、独り言紛れに彼女の居場所を皆に尋ねる。
「あぁ、あいつ何か旅に出るとか言ってたぞ」
「旅?」
そんな彼に返答したのは、トーストにバターを塗っているエネロと——
「えっとねー、何か……猫又装束? って言うのを探すって言ってたよ」
アイス珈琲を棒でかき回しているナタリア。2人の答えを聞いて、アレンはなるほどと納得できた。
ジェシカの旅の目的は、盗みを働きながら猫又装束を探すことだと、いつの日だったか聞いたことがある。
「それさえあれば、もうアレンにも迷惑かけなくて済むって言ってたな。お前、どんな気苦労を負ってたんだ?」
「あー……ノーコメントで」
素直な疑問をエネロに問われ、アレンは少したじろいだ。
確かに、ジェシカと関わってきた中で負ってきた苦労は誰かに愚痴りたいほどだったが、愚痴るその内容が多少の羞恥モノであり、とても話す気にはなれない。
「あはは、私は何となく同情するよ。あの子、確かに元気一杯で可愛いけど……ねぇ?」
何も言わずに同情するナタリア。アレンはその態度が、素直に嬉しかった。
「同情してくださってありがとうございます。感涙の極みでございます。えぇ、本当に」
「……? まあ、いいか。とりあえず、お疲れだったなアレン」
1人置いてけぼりにされるエネロ。
どこか腑に落ちない様子だが、彼の口からは、一先ずといった風に労いの言葉が零れた。
アレンはそれを察してか察せないでか、おう、としか言えずにそのまま自分も椅子に座った。
早速朝食を摂ることに。昨夜は温泉卵もどきしか食べていなかったので、それなりに腹が減っていた。
と、ここでアレンは殆ど人がいないことに気がついた。
「そういえば、他のみんなは何処へ?」
パーティーにも普通に使えるであろうこのテーブルを囲んでいるのは、今のところアレンを含めて4人しかいない。
アレン、ナタリア、エネロの他にもう1人いる、その3人より少し離れたところで静かに朝食を摂っている少女をアレンは知らず、同時にこのあたりでは見かけたことのない顔である。
この朝の早い時間帯にここにいるということは、昨夜もいたのだろうか。
「みんなならもう仕事に出かけたよ。最近依頼が多いからねー。君やあの子みたいに、お手伝いを頼むこともあるんだよ」
「お手伝い?」
ナタリアにつられ、アレンもその少女へと目線を向ける。
すると、ふと彼女と目が合った。
「……」
「……」
肩甲骨付近まで伸ばされた美しい黒髪。透明感溢れる黒の瞳。均整のとれた身体——
少女の容姿には全て、上品という言葉が最も相応しい。
同時に肌で感じ取れそうな儚さと相俟って、迂闊には近寄りがたい——否、近寄ってはいけないオーラが出ている。
アレンは思わず見惚れてしまった。
「……何?」
「あーいえ、何でも」
反射的に、アレンは目線をトーストへと戻した。
発されたのは小さく透き通るような声だったが、言葉の重さは実に重圧である。
ジェシカの溌剌とした声とは違うものの、心なしかそれは、よく耳に通った。
声が美しい所為か、発する言葉が重い所為かは、アレン本人にも分からない。
そうして、気を取り直してトーストにジャムを塗っていると。
「あいつはクラリス・アストライアだ」
不意にエネロが口を開いた。
「昨日からここに来てるが、お前は……あれか。暗殺者の件でバタバタしてて、聞いてなかったか?」
「あぁ、全然聞いてない」
「そうか」
ならばと言わんばかりに、エネロは説明を続ける。
「まーナタリアの言うとおり、あいつはここに手伝いみてぇな形で来てる。原因不明とされる魔獣の凶暴化で騒がれる昨今、国の正規軍が動けねぇ今じゃあギルドも大忙しだ」
「だから俺にも連絡が届いたのか」
「そういうこった」
魔獣の凶暴化は、アレンもそれとなく聞いていた。
たとえどのような形であろうが、彼らも生物の端くれには違いない。
なので、そうやって進化したり強くなったりするのは別段珍しいことでもないのだが、ここ最近見られる凶暴化というのは進行速度が例年より早く、少なからず非常事態を招く原因となっている。
現にこの城下町の門兵も、ここ数ヶ月だけで数十人は負傷、或いは死亡し、交代を続けている。他にも、敵国の威力偵察に向かった国軍が魔獣と遭遇し、そのままやられて骸となることだって、最近では珍しくも何とも無い。
「今はとにかく人手が足りない。だから風来坊のお譲ちゃんにも手伝ってもらうことになったんだよ」
「……は? 風来坊?」
「何だ、知らんってのかよ?」
ナタリアも例に漏れず、エネロが意外そうな表情を浮かべる。
「クラリス・アストライア……多芸多才な能力を生かして、世界を旅して生きてきた子よ。とにかく色んなことが出来るらしいから、いつしか尊敬の意味を篭めてそう呼ばれるようになったみたいね」
「……嬉しくない」
「?」
突然、黙っていたその少女"クラリス・アストライア"が口を開いた。
「風来坊なんて、男の子みたいで嫌。せめて、普通に風来人とかがいい」
「あー」
言われてみればそうだ。
風来坊の"坊"という字には、人の捉え方次第では男子という意味も篭められる。
意識する女性からしてみれば、それは少なからず不愉快なのだろう。
「……アレン、だっけ」
「ふぁい?」
トーストを齧ろうと、アレンが大口を開けたところを見計らい、クラリスは彼の名を呼んだ。
——案の定間の抜けた返事が返ってきて、彼女は少し笑う。
ナタリアはその笑顔が可愛いなと思いながらうっとりと彼女を見つめ、エネロは特に興味を示さずサラダを口に運び、その傍らアレンは間抜けた返事をしてしまったことに慌て、トーストを落としそうになった。
ただ、アレンを呼んだ理由はちゃんと存在していた。
「今日の依頼だけど、私と貴方がペアになって請けなきゃいけないみたい」
「えっと、そうなのか?」
トーストの上から落ちそうになったジャムを塗りなおすアレンは、突然の事に少しだけその事の理解が遅れた。
片やクラリスは珈琲を一口飲んでから、淡々と話を続ける。その恐るべき平衡感覚は並でなく、表面張力するまで注がれているにも拘らず、その珈琲は零れることは愚か、水面が揺れて波紋が出来る事さえ知らない。
「ナタリアさんがそう言うから。でも依頼は少ない。さっさと片付けよ」
「あ、あぁ」
クラリスの話が終わると、アレンはそっと、抗議の目線をナタリアに向けた。
「何か文句ある?」
「いや、俺今暗殺者に追われてる立場なんですから……」
とはいえ、それ以上言おうが言まいが、結果は覆らない。ナタリアがそれだけ頑固なことを、アレンは知っている。
きっと何か全うな理由があるのだろうと自分に言い聞かせ、アレンはその後、依頼の片付けにとりかかるのだった。