複雑・ファジー小説

Re: 之は日常の延長線に或る【オリキャラ募集中】 ( No.19 )
日時: 2015/01/05 21:22
名前: 愛深覚羅 ◆KQWBKjlV6o (ID: 2Qew4i4z)

壱 不思議な事ほど身近に或る

 之は妹が寄越した一通の封筒から始まった。先に言っておこう、まったくもって俺は納得していない。

我が妹、春山花蓮は俺に似ず、チャラチャラとした少女である。齢にして16歳。生意気盛りと言ったところだろうか。いつも、いつも、俺を困らしては裏でほくそ笑んでいるのだろう……と俺は予想した。
まてまて、そんな話はどうでもよろしい。今、俺は絶望への片道切符を握りしめ、友人であるナキリを探してタワーをうろうろ彷徨っていた。

ナキリと言うのは悪太郎の馬鹿野郎で或る。
悪徳狐の様な面を引っ提げ、どこぞの魔境より出でに来る碌すっぽな奴ではない。奴は言うなれば情報屋。どこで掴んだかもわからぬような噂から真実まで——信頼のおける相手ではないのだが——頼りになる相手である。
このタワーのありとあらゆる阿呆な噂と繋がっていると俺は踏んでいる。

今回俺はナキリに「零組」なるものを尋ねる為、労力を惜しんでいた。何故なら……非常に納得し難いが……この俺が噂の「零組」へと配属されたからだ。
可笑しい、だから笑ってくれ。
否、之は間違いだと俺は考えている。云い切ろう、間違っているのだ、こんな結果。
この様な結果に堕ちた事、恥ずべき事実であろう。

(ナキリナキリナキリナキリ……何時に無く俺があの悪徳狐を求めていると言うのに、奴は何処で如何して油を売っていると言うのだ。油揚げでも売っているのか? あの野郎、早く出てこい。ルールルルルル……)

俺はタワーの廊下をひたすら歩いた。這ってでも奴に会い、教師共の陰謀を丸裸にしなければ気が済まない。言っておくが、テストの結果は自分で計算したおかげで把握済みだ。赤点は回避していたし、一教科たりとも落とすなどと言う失態は侵してはいない。そして反逆精神等も持ち合わせていない上素行も悪くない。言うなれば村人A。そのような俺に一体どのような過失があると言うのだ。
そう思っている最中、のんきに奴はいた。痘痕面の知人と談笑なんぞしておる。

「ナキリ!!」

俺は駆け寄り、奴と話していた男を押し退け驚く奴の顔を見る。奴は俺の気迫に少し気圧され、逃げ腰になりつつ尋ねてきた。

「いやぁ先輩、今日は豪くご機嫌斜めでこざいますねぇ。如何されました?」
「如何したもこうしたもないぞ。豪い事になってしまった。それはもう、信じ難く面倒な事だ」

危機迫った調子で続けるとナキリはピクリと反応を示す。そうだ、奴は食いつくだろう。奴は面倒な事が好きで、面白半分で人の話しに首を突っ込む奴だ。なにゆえそんな奴と友人を何年もしているのか自分でもわからない。ナキリは人の懐へするりとぬらりひょんの如く、滑り込むのが得意と見た。
俺は興味津々と言った態度になったナキリの腕を引っ張り適当な喫茶店へと踏み込んだ。このタワーの中にはそれなりに有名店である喫茶店や、不可解極まる店舗が数多くある。スーパーやコンビニだってある。何と便利な世の中になった事だろう。外に出るのもいいが、この様な所で時間を潰すのも一興。そう考え普段からお気に入りの喫茶店を見つけておいた。
俺は奥のカウンターを陣取り、再度ナキリに詰め寄った。

「ナキリ、お前はどう思う? この間行われた筆記テストの事だ。いつもとは何かが違う……そう感じないか?」

ナキリはその言葉にうーんと首を擡げ「さあ」と呆れた様子で答えた。

「違うだろう、前までは面倒だからと疎かにされてきた条件を、今回は意味有り気に筆記などと言う形を取った。そしてこの様だ」

俺は握りしめていた一通の封筒を叩き付けた。そこに記されていた「零組認定」の文字にナキリはその細い目を薄ら開ける。

「おやおやおや……こりゃまた珍妙な……とうとう先輩にも非日常が訪れましたかぁ」

ニヤニヤと笑いながら頷くナキリに心底腹を立てた後、俺はこの陰謀渦巻く封筒をこれでもかとナキリに見せつける。ナキリは「わかりましたよぉ」と言いながらその手を押しのけた。

「陰謀と言えば少々大袈裟ですが、どうやら今回のテストはどこも筆記テストだったみたいですよ。先輩達だけでは無く、6歳の少年少女でさえテストを受けているのですから、そう怨み事をぼやかないで現実を受け止めましょうぜ。いやいや、大丈夫ですよぉ。先輩、時々変な時在りますからねぇ」
「失敬な、俺はいつ何時だって真っ直ぐ走っている、そのはずだろう?」
「真っ直ぐ走り過ぎて周りが見えていない時が多々在ると言う話しですよぉ。怒らないで下さいな。おいらに悪気はごぜぇませんて」

ケラケラと笑う悪気の塊の様な男をどうしてくれよう。手元にあるのは角砂糖。奴が寄越したものだ。——そうか、甘いものが得意でない奴の珈琲に放り込んでくれよう。
ナキリが余所見をしている間に俺は砂糖を奴の珈琲に放り込んだ。本当は奴の口へと放り込んでやりたいほどだが、流石に奴も馬鹿ではない。ぽちゃんと小さな音を立てて沈む砂糖を見て、最後のトラップ発動までの時間を計る。まぁ5分もかからぬ。
奴は早々に「うげぇ」と蛙が踏み潰された様な声を上げ、渋い顔をした。

「……先輩、八つ当たりはよくないですぜ。全く以て大人気無い」
「さぁ何の事だかさっぱりわからん。どうしたと言うのだ? 俺より不幸になったと言うのか」
「そんな先輩に朗報を……と考えていたのに、こんな調子じゃア教えてあーげない」
「なんだと!? お前の方が大人気無いではないか」

俺はわざとらしく厳めしい面でナキリを睨んだ。ナキリはそれでも口を割らないつもりだ。狐面はそっぽを向いて断固拒否の態度をとる。数秒後、ナキリはチラリとこちらを目だけで見やった。

「謝れば教えてもいいかと……」
「すまない、許してくれ。先ほど八つ当たり気味にお前の珈琲に砂糖を放り込んだ所だ。お前が甘い物を苦手と心得ての犯行だ。許してくれるか?」
「まぁったく……仕方ありませんなぁ。……言いますよ? どうやら先輩の入る零組、彼女も入るらしいですよ」
「彼女?」
「あれ、先輩心当たりありませんか? テスト時、先輩の前の席に座っていた新妻華笑ですよぉ。彼女は容姿端麗才色兼備、等の名称を授けられていてかなり目立つ存在だと思うのですが……まぁ欠点と言えば……」
「欠点と言えば?」
「いやぁ之は個人のプライバシーに関する事なので控えさせてもらいますよ。先輩、とうとう春が到来するやも知れませんねぇ」

羨ましい、とたいして羨ましくもなさそうな顔で告げるナキリ。
新妻と言えば確かに名前は知っているが、どうせ関わる事も無く一年不意にするのは目に見えている。競争率もどうせ鯉の滝登りの如く、俺の放つ鯉など有象無象にすぎぬ。まさに高根の花——否しかし……チャンスぐらいは……そう俺の脳みそは不埒で無謀な妄想を始めるが、敢えて止めよう。何の生産にもならぬ。

「なるほど」

そう短くだけ告げ、もう一度恨めしい封筒を見る。ナキリは面白そうに笑みを深めた後「ではこれにて」とそそくさと去って行った。残された砂糖入り珈琲はすっかり冷めていて、幾分納得した俺は帰路に就く。
いやはや、騒がしく出てきたものだから妹にまた阿呆と言われるだろう。だが比にならぬほどいい事を聞いた。浮足立つ自分は実に現金な奴だと思うが、人間そんなものだろうさ、と自分を正当化する事に忙しく動く脳みそを停止して、ただ単純に事実を受け入れることにした。
これがどうにもよくなかったらしいが、今はそんな事忘却の彼方へ、いや魔境の淵へとでも寄越しておこう。明日の事は明日しか知らないのだ。