複雑・ファジー小説

Re: 之は日常の延長線に或る ( No.3 )
日時: 2015/01/03 22:33
名前: 愛深覚羅 ◆KQWBKjlV6o (ID: wZJYJKJ.)

序 進級すればこそ

 二千××年 五月六日——日本は一度滅びている。

正確に言えば大規模な地盤の沈下が日本の西側で起きたのだ。だが、沈下した日本の西側は今や跡形も無く、そこには元通りの形が残っている。
だからと言って無くなったわけではない。そこにはしっかり沈下した西側——「地下都市」と呼ばれる場所が西側の地下に出来ている………………らしい。

“らしい”と言うのはその地下都市の姿を見た者がいないからだった。……なのになにゆえ地下都市があると言っているのか? それは沈下して復興の際、海の水の浸入を防ぐため、人間は自らに空を隠し、海から隔離する大きな壁を作った。
屋根と壁は見事に水の浸入を防いだ。しかし数十年後、突然の大型ハリケーンにより、その屋根を隠し、そして壁を隠したのだ。

要はそのホームの上に数千年の内に都市が出来て発展したと言う事。
そしてそこは俺達の住んでいる現在の都市でもある。俺達の住んでいる都市は「絶滅都市」と呼ばれていた。絶滅都市と言うのはいつの間にか呼ばれ始めていた。誰が付けたのかは分からない。全く趣味の悪い名前だと俺は思う。

 まぁ何故こんな話を始めたのかと言うと——それは今が日本史のテストだからだ。
俺は日本史が大の苦手、何故か苦手、そう…………苦手なのだ。——と、言っても仕方がないのはわかっている。だが人間頭でわかっていてもなかなか行動にあらわせない生物だ。そう、俺はテスト勉強をする時、日本史に手をつけなかった。おかげでこの様だ。

(落ちつけ……落ちつけ俺。日本史なんて人間が作り出した日記みたいなものだ。俺ならできる。日記だ。大丈夫だ、問題無い。英語で言うとノープロブレム! 現代国語風に言うと黙示録と言ったところか? いや、違う。黙示録はなんか違うぞ。……そうだ手記にしよう、いやこれはちょっと古典風になってしまうではないか!)

そんな言葉を唱えてみる。そして目を開き、腕組みを解き、再びテスト用紙を眺めてみた。今のところ解けた問題と言えば四、五問がいい所だ。その他の空欄は見たくはないがその姿を主張しまくっていて手の施しようがない。
そもそも今季の進級試験が筆記テストと言うのが気にくわない。なにゆえ筆記テストなるものを採用したのか? 実技テストでも困るが幾分ましだと言うのは明白。教師共は俺達生徒を進級させたいがために簡単なテストを設けると言うのに……何故だ? 何故解けない。俺の頭がついて行っていないと言っているのだろうか? 失敬な。

「……チクショウ」

小さな声で呟いてみた。シンと静まり返った教室にボソッと響く俺の声は、先生の睨み攻撃を受けるのに十分なようだった。
カツカツと静かに歩みよってくる先生。確実に俺の方を見ている。

(先生、学校にヒールはどうかと思います)

そんなふざけた思いは露知らず、先生は俺の席の隣で立ち止まった。

「春山 昶くん、テストに集中しなさい」
「……ハイ」

無に近い表情で短い返事をすると、眉をピクリと跳ねあげた先生はまた教卓の方へと戻った。

チャイムが鳴るまで後20分。

どうにかしてこの問題に討ち勝たなければならぬ。手札は絶望的だが、許されるのは「勝利」それだけだ。

(せめて……せめて赤点回避……!!)

俺はシャーペンを握り直し、机にかじりつく様に態勢を整えた。
チャイムが鳴るまで後19分55秒。俺の滑稽な奮闘は今始まりを迎えたばかりだった。