複雑・ファジー小説

Re: 之は日常の延長線に或る ( No.35 )
日時: 2015/01/13 22:22
名前: 愛深覚羅 ◆KQWBKjlV6o (ID: V6BqtuDz)

弐 零とは如何して零なのか

 運命の日。この別れ道をどう歩くかにより、今後の俺の人生は決まってくるだろう。そうして、俺の選んだ道は……。

 朝、指定された場所へ行く為、俺は門を潜っていた。今日、門番をしているのは御嶽道仁。奴は俺を見るなりニヤリと口の端を釣り上げ悪代官の様に笑った。朝からこの様な悪趣味な笑みを見るとは、相当今日の俺は憑いていないらしい。

「よぉ春山、お前は確か零組だなぁ? こっちから通るより裏門から通った方が近いと思うぜ」
「御嶽道仁先生、前から零組の存在を知っていたのですか?」
「そう急くな、追々話してやるよ。取り敢えず移動しな」

御嶽はそう言うと俺を先導し始めた。どうやら零組への近道を教えてくれるようだ。俺は後に続く。

裏門へと回った俺と御嶽道仁はそのままタワーの裏を歩き続けた。タワーの裏側と言うのは初めて来た。表とそう変わらない、だが少し閑散としていて何処か不思議な雰囲気を漂わせている。
タワーの表に立っている木は全て桜の木に対し、こちらは銀杏の気になっていた。丁度今が花盛りの時期なのだろう。俺達の通っている足下を黄金に染め上げ、その身を魅せている。ところどころある茶色は愛嬌と言う事でいいだろう。
こちらの通りもちらほら、面倒そうで肩の力が抜けきった生徒が使用しているようだ。全てが俺の勝手な冬のイメージとあわさり、絵になっている。

(なかなか趣のある所じゃないか)

俺はそう納得の思いで立ち止まり、しっかり見るために辺りをぐるりと見渡してみた。冬の清い空気が体内に入り込み、とても爽やかな気分だ。その様子を隣で見ていた御嶽は呆れた顔で先を促す。

「何してんだよ。さっさとついてこい。HRに間にあわねぇぞ」
「……わかっています。まったく、先生はわからない人だ」

落胆の思いで御嶽を見ると「お前のがわからねぇ」と返されてしまった。
——さて、この調子じゃあ零組もなかなか自分好みなのではないか、それならば嬉しいことこの上なし。
否否、そんな事よりも零組とはどう言う授業を行う所なのか、もしかしたら成績で決められた事だし簡単かもしれないな。そうならば儲けものだ。
勉学には自信が無い…………まてよ、もしかしたら成績が良かったのかもしれないな。
零と言う数字は無に限らぬ可能性を秘めている、と、俺はそう思っている。零が二つ集まれば無限と言う記号になるように、零組だって可能性を秘めていると言う意味が込められている可能性は無きにしも非ず、と言ったところか。

そんな事を思っているうちにタワーの裏門を通っていたらしい。中へ入れば何ともない、いつもと同じ雰囲気の廊下、教室、ところどころに或るコンビニやスーパー等。
少し残念に思いながらも、とうとう先を歩いて行ってしまった御嶽道仁の背中を追う。どうやらエレベーターを使うらしい。

そう言えばこのエレベーター、一時期教員専用となっていて、生徒とは別に隔離されていたのだがつい最近それが問題となり、生徒にも開放された。問題と言うのは何でも生徒用エレベーターが少なく、混雑して階段を使わなければならない生徒が多くなったから苦情が出たそうだ。結果、今は生徒も普通に使っている。
実のところ俺もそのクーデターに参加した。特に理由は無かったが、ナキリが参加してくれと泣きつくものだから、まぁ、所詮付き合いだ。

エレベーターに乗り込むや否や、御嶽は煙草をふかしだした。……ちょっとまて、こいつの常識はどうなってやがる。エレベーターでタバコなんぞすったらど豪い事になってしまう。俺は慌てて止めようと手を伸ばしたが、御嶽は予想済みと軽々避けてしまった。

「零組はこのタワーの地下一階にある」
「……はぁ? お言葉ですが、そのようなボタンは一切ございません」
「まぁ見てなって」

御嶽はそう言って何をするかと思いきや自身の煙草をエレベーターのボタンの一番下、数字が表記されていない、普段押してもどうにもならないボタンに押し付けた。
一体この男は……もしや阿呆なのかと呆れてしまったが、俺はボタンに注目した。ボタンはじゅっと言う事も無く、何かに反応したかのようにパカッと開いた。丁度前後開きの扉の様な具合だ。
そこから出てきたのは「地1」と書いたボタンだった。
ボタンの中にボタンとは……俺はぎょっとして御嶽を見ると、御嶽はニヤリと笑っていた。御嶽はそのボタンを迷わず押すと、煙草を口にくわえ腕組みをして壁に背を預けた。警報機が鳴り響けばいいのに、心の中だけでそう思う事にしよう。

「さて行くぞ。もうおめぇは遅刻確定だがな」
「なんだと!?」
「あたぼうよ、チャイムなっただろうが。てめぇが道草食ったおかげだ、この阿呆め」

呆れた様子で御嶽は煙草の煙を吹きつけてきた。馬鹿にしやがってと叫びたかったが、俺は大人だ。そこはぐっとこらえてやろう。と言うか、大人になって先生などと言うのは少しばかりか気恥ずかしいものがある事に今気が付いた。何か良案は無いものだろうか?
黙りこくった俺がショックでも受けているのだろうと御嶽は勝手に予想している事だろう。だがそんな事で俺は落ち込んだりするわけがないだろう? フンと思い切りそっぽを向いてやる事が精一杯の抵抗だった。