複雑・ファジー小説
- Re: 之は日常の延長線に或る ( No.37 )
- 日時: 2015/01/23 23:05
- 名前: 愛深覚羅 ◆KQWBKjlV6o (ID: DXj3gHSB)
参 掴むは幸か不幸か其れとも蛇か
朝、御嶽に教えてもらったタワー裏を通り、元職員用エレベーターに乗り込んだ。御嶽が行った様に何も書いていないボタンを押す。そうすれば自ずと零組への道が開かれるだろう。
「……」
可笑しいな、もう一度押してみよう。
「……」
カチカチカチ、音はなるのだ、音は。
「……チッ」
おっと、失礼。思わず舌が太鼓を叩いたようだ。……そして前言撤回だ。
待てども、待てどもなにも反応は帰ってこない。可笑しいな、そう首を捻りもう一度ボタンを押してみる。……しかし無音は続き、俺の苛立ちばかりが先へと進む。一体奴と俺の何が違う? 俺が劣っていると言うのか、エレベーターの癖に人を選ぶとは生意気だ。
「どうなってやがる。俺の何が不満なのだろうか」
腹立ち紛れに思い切りボタンを殴ってやった。チクショウ、俺の手が痛くなっただけじゃねぇか。言っておくが俺はこの道以外知らない、あそこにつながる道を。それもこれも総じて御嶽のおっさんが教えなかったのが悪い、確実に。
まぁそんな事を言っても仕様がない。とうとうどうにもならなくなり、仕方なく御嶽を探す。ん? 否、御嶽より森永女史を探そう。これを機に俺は森永女史とお近づきになる、そう言う導きなのだろう! 神の思し召しとはこの事か。したらば行かん、女神の住処へ。
俺は勝手にそう推測し、上機嫌で森永女史が居るであろう保健室の方へと向かった。
そして保健室が見えるか見えないかと思われたその時、見慣れた男が視界に入ってきた。
「げっ!」
思わず声が出てしまったが、奴には聞こえていないだろうか。向かい側からやってきた男は先方から俺に碌な事をしてこない御嶽道仁その人だ。
御嶽は俺を見つけ、親しげに片手をあげ近づいてきた。あくまで言っておくが、親しげに近づいてきただけで、俺と奴は親しくは無い。
「どうした? もしかして森永の奴に会いに行こうとしてたのか? 差し詰め零組の行き方でも教えてもらう事を口実に、お近づきになんて思っているんだろう? 阿呆な奴め」
「貴殿がどうしてそう思っているのか、俺には全くさっぱり見当もつきません」
「どうしてってそりゃニヤニヤしながら向かい側で歩いているんだ、この先は保健室だし、誰だってそう思うだろう?」
馬鹿め、そう言って御嶽は鼻でせせら笑う。失敬な、そう言い返してやろうと口を開きかけた俺を押し退け、御嶽は言葉を続ける。
「そうそう、お前風紀委員に任命しといたから。よろしくな」
何でもない様な口調で御嶽はそう告げた。聞き間違いでは無ければ、とても面倒な事を押し付けられたと言う事だ。昨日から突拍子もない事を言ってくるものさ。
そうなると奴に送るべき言葉は自ずと決まってくるだろう。俺は腹に力を入れ、息を吸い込みそれを告げた。
「はぁ!?」
俺の声量に気圧されてか御嶽はちょっとおどけた風にのけ反った。そのままこけてしまえ、そしてその恥ずべき姿を朝の生徒に見せつけるがいいわ。俺はその時思い切り笑ってやろう。そして言い訳はこうだ、
(人間ありえぬ事があれば笑ってしまうものだ)
さてさて、勝手な妄想は置いておき、改めて御嶽を見てみた。奴は当然と言った様子で一枚の紙切れをよこす。そこには風紀委員について詳しく記載が載っている。まぁ之は後々読むとしよう。
そんな事より、あぁくそう。学年が上がってから碌な事がおこらぬ。俺の日頃の行いは悪くないはずだろう? なんだ、何が悪い? この際御嶽でも誰でもいいから教えてくれ。
しかし救いを求めた迷える子羊の目は奴には通用しなかったらしい。御嶽はさっさと次の事柄に取り掛かる。
「後今日の授業は外だ。裏庭、森を抜けた空き地があるだろう? フェンスに囲まれた所だ。あそこに来い。今度遅刻したら承知しねぇからな」
御嶽はそう言い残し、忙しそうに歩いて行った。どうやら俺に選択の余地を与えぬらしく、弁明も聞き入れない。横暴な輩め、だから好かぬ。
コノヤロウ、奴に従うのは少々腑に落ちないが……このままでは埒が明かないと言うのは事実である。行くと言う選択肢しか無いようだ。——ところで、一体どのような授業が待ち構えているのか……考えれば少し気持ちが高揚する。ワクワクしているのだ、久々に。
零組の通知が来た時もこのワクワク感が片隅に鎮座していた。焦りや驚きの方が強かったが、確かにワクワクしていたのだ。
さっそく裏庭へ向かってみよう。保健室に行けなかった事だけが後ろ髪引かれる思いなのだが……まぁそのうち寄らしてもらおうとしよう。
俺は裏庭へ向かって来た道を引き返した。周りには教室へ向かう生徒達が波を作っている。俺はそれに逆らって歩いている。なんだかおかしな気分だったが、そんな事、どうでもいい。俺はただ好奇心を機動力に突き動かされていた。その感覚が何だか懐かしく、何処かデジャヴを感じたのは気のせいでは無いだろう。
——あぁこれがいただけなかった。この時、裏庭へ行かなければ後々苦労もする事が無かったのだ。……だが目の前に非・現実的なものをぶら提げられて、一体誰が避けると言うのだろうか? 少なくともそれは俺にとって最高級のチョコレートに等しい。その甘美な光沢に、心奪われぬと言うものは居ないだろう。チョコレート嫌いの人間以外は。