複雑・ファジー小説

Re: 之は日常の延長線に或る【1/26更新】 ( No.41 )
日時: 2015/01/27 22:22
名前: 愛深覚羅 ◆KQWBKjlV6o (ID: 4NhhdgqM)

 とある新月の夜、俺は「八丁ラーメン」と言うラーメン屋台へ行こうと足を急がした。
勿論深夜帯で或る訳だし一番かと思いきや、一人の女が俺より先に俺のラーメンを啜っていたと言う事だ。その女は身長170ぐらい、グラマーで或る。その女がどことなくこの隣に立っている男に雰囲気が似ている。
女性はラーメンを啜った後そそくさとその場から居なくなった。まぁグラマーで美人ときたら目で追わないわけも無く、暖簾越しに見ていると何と男になったではないか——……否まさか、な。性別の変わる人間など居るはずもない。きっと俺の疲れが発揮した幻覚だろう。

そんな事より、この男を刺激しない様御嶽に言いたいのだが……もう遅い。御嶽は奴の喧嘩腰の言の葉に、あろうことか同じ様な言の葉で返したのだ。

「そのままの意味だと言ったろう? なんだ、このクラスは馬鹿と阿呆しかいないのか。後で猿でもわかるように説明してやるから、それ壊すのやめろよ〜。それともお前はもっとゴツイのが欲しいか? ならばライフルをくれてやるよ。……ったく、子供は困る」

その言葉に神宮寺はピクリと反応した。やめてくれ、俺の隣で揉め事は……そんな心の底からの願いなんぞ受け入れてもらえるはずも無く、神宮寺は瞬く間に凶器になりうる拳を振り上げた。すると今までに聞いたことも無いような……要して例えるならば車と車がぶつかった様な音が鳴り響いた。
……御臨終。俺は「なむなむ」と拝みつつ御嶽を片目で見る。

「あぇ?」

思わず間抜けな声が出てしまった。我ながら情けない。だが、それもいた仕方なし。何故ならば御嶽は立っていたからだ。その二本の足で、相変わらずの鳩胸を偉そうにそらしつつ、奴は餓鬼大将の様な笑みを浮かべていた。
その事に俺だけでは無く、殴った本人、神宮寺 空悟でさえその鋭い碧眼を見張っている。

「……テメェ、何しやがった?」

屈辱を孕んだその声に、御嶽はやれやれと肩を窄めた。

「幼稚で粗暴なお前達に教えてやる、お前たちだけが能力所持者と思うなよ」

御嶽はそう言うとニヤリと笑って神宮寺に「ほれ」とライフルを投げ渡した。神宮寺は舌打ちをしてそのライフルを地面にたたきつける。見事ライフルは壊れてしまった。そのまま神宮寺はフェンスの方へ、帰るらしい。そんな後姿を冷や冷やしながら俺達生徒は眺めていた。
その生徒の中の一人である俺なのだが、先ほどから殺気を感じる。はて、一体誰に狙われるような事をしたのか、視線の先を追ってみるとなんと御嶽であった。
怒りの孕んだ目で俺を睨みつけてくる御嶽。チクショウ、あの時永眠してくれると助かったのだが……あぁ嫌な予感しかしない。そんな俺の思いを鼻で笑った御嶽はニコリと不気味に笑った。

「お前、俺があの餓鬼に死に目をみせられると思っていたんだろう? なめてるなァ、随分なめてるよなぁ? 何故最近の餓鬼は年長者を敬わねぇンだ。ま、そんな事置いといてやる。さっそく風紀委員としての初めての仕事だ。あの餓鬼を連れ戻してこい。ついでに来ていない生徒も見かけたら連れてこい。今すぐにとは言わんが……そうだな、ルール説明を聞いた後すぐに行ってこい。わかったか?」
「………………ハイ」

よし、そう言って御嶽は早々配り終える。さて之で若き学生共は立派な備兵に化けたわけだが……ルールとは一体どう言うものなのか、それよりも、なにゆえ危険が足を生やして歩いているような男に自ら近づかなければならないのか……それだけが気がかりである。

「ルール説明するぞ。壱、追い打ちかけない。弐、殺さない。参、恨まない。お前達はお前たちに与えられた武器、そして能力を駆使して戦地を駆けまわってもらう。この訓練の目的は戦いに慣れる事。遊びだからって気ぃ抜いたら承知しねぇ。——最も、気なんて抜いている暇はないだろうがな。……じゃあ的に当てるところから始める。あの三本の案山子の前に並べ」

早くしろ、そう言って御嶽は生徒を並ばせる。自分は横に立ってルール違反者が居ないか、遊んでいる者はいないかと目を皿にして監視する予定だろう。

「あぁ、そうそう中身は入れていないがそのマシンガンの中には針が大量に入っている。それが弾だ。訓練用に大きめには作ってあるが、実際はそれより何倍も小さい。まぁどっちにしろ、刺さらない様気つけろよ」

怪我するからな、そう言って御嶽は合図を下す。皆は訳が分からず、ただ言葉に従った。一体この訓練で何を習得しろと言っているのだろうか? そもそも戦場とは一体どう言ったものなのか? まさか、本気で始業式の話しを信じろと言うのか? 能力なんて言う怪しげな力、何時自分が発揮したのだろう。疑問は色々残っているのだが、能力については皆触れないでいる。まさか、其々自覚している点があると言うのだろうか。そして今日も新妻 華笑さんは居ない。
生徒に紛れて案山子の前に並びにつくと、御嶽は俺を呼び寄せた。

「春山はさっさとタワーに行って、参加していない生徒探してこい。どうせそこら辺でたむろってんだろうよ。まぁ気つけるこった。なにせ、零組に選ばれた様な奴らだ。マトモな奴はまずいない。そうそう、居ない奴は生徒名簿にチェックされてるから確認しとけよ」

そのマトモじゃない生徒の相手をするのがお前の仕事じゃないのか? そう言いたくなる衝動を抑えて俺は生徒名簿を携帯で撮影してからタワーへ歩く。獣道を引き返すのは億劫だが、道が無いのだから仕方がない。そして今更気付いたのだが俺もそのマトモじゃない生徒に含まれて要るか否かと言う点だ。後者であると思いこんでおこう。
あぁ面倒だ。こんな事なら俺は授業に出なければよかった。授業内容もマトモじゃない上に、マトモじゃない輩を相手にしろと言っているのだ、俺には無理に近い事だが指名されたのだからやるしかないのだろう。後々を思うと結局その答えに辿り着く。居ない生徒の場所なんぞ大凡ナキリが知っているだろう。奴もどうせ授業なんぞには出ず、自分の好きな事をしているに違いあるまい。空気を読んで出てきてくれれば助かるが……取り敢えず眠気もある事だ、行きつけの喫茶店にでも寄りつつのんびり探す事にするか。

 そう俺は悠長に構えつつ、今は後に起こる大惨事を想像できずにいる。全く波乱万丈とはこの事だ。一部違うと言えば、俺はその波乱万丈の一部でしか無くて、中心人物は例の如し変人奇人宇宙人の類で或る事に違いは無い。