複雑・ファジー小説

Re: 之は日常の延長線に或る【1/27更新】 ( No.44 )
日時: 2015/02/02 21:48
名前: 愛深覚羅 ◆KQWBKjlV6o (ID: bVIgAYuV)

伍 パンツ小僧

 さて、喫茶店でいつもの様にカウンターの奥を陣取っていたのだが、これと言って状況は進展していない。そもそも頼みの綱であるナキリがこの場に現れないのだから仕方があるまいと言ったところだろう。

(そろそろ苛々してきた事だし、帰ろうか……)

そう思っているとナキリが姿を現した。妖怪の様な悪狐面は相変わらずでヘコヘコと頭を下げながら喫茶店へ入ってくる姿は、怪しいを体現した様な雰囲気を纏っている。

「遅い」
「すいやせん。奈何せん、客が多くてねぇ」

ナキリはそう言って「よっこらしょ」と俺の隣に座った。そしてメニューを手に取り、何を食べようかと悩みだす。俺は呆れた顔でそいつを見ていただろう。
暫し経ち、メニューから顔を上げたナキリはニヤニヤと下衆な笑みを浮かべながら本題へ入った。

「で、先輩。どうかしました? 厄介事が起こったんでしょう?」
「あぁ手短に済まさせてもらう。実はな——」

俺はそう言って適当に掻い摘んで経緯を話した。ナキリは「ふんふん」とか適当に相槌を打ちつつ、聞いているのか聞いていないのか運ばれてきたチーズケーキを咀嚼する。
俺の話しが終わった頃、ナキリは俺の携帯と自身の所持品である帳簿を見て考える仕草をしてから何やらメモを寄越せと言ってきた。メモは無かったのだが、丁度いい紙は有る。それは御嶽が寄越した風紀委員の規則を書いたものだ。

「あれま、先輩風紀委員なんて立候補したのですか? こりゃまたどういう風の吹きまわしでしょう?」
「立候補したのではない。強制的に派遣されただけだ」
「へぇ、まぁ、どうでもいい」

ナキリはそう言って慣れた様にペンを走らせた。隣から覗くと訳の分からない呼び名が書かれて、出没地と隣に並べられる。

「うん、こんなものでしょう。まぁ之はおいらの憶測で書いたものだから宛てになるかどうかは先輩が判断してくだせぇ」
「どう言う意味だ?」
「そう言う意味ですよう」

ナキリは何処ぞで聞いた事のある言葉を言うと「では、さいなら」と帰っていく。やる事があるのだそうだ。忙しい奴め。
取り敢えず俺はナキリの残したメモを見る。

「パンツ小僧、白ノ助言者、書の神、鷹のサマ師に、罪咎探偵、番長、そんでもって最後に姉さん……? なんだ、是は……」

ふざけているとしか言いようの無い内容だ。全くナキリは何を考えこの言葉を残したのか……まぁ考えていても仕方がない。取り敢えず上から攻略していこうではないか。
では早速「パンツ小僧」とやらを探そう。出没地は遊び場、児童養護施設、又は……

「繁華街?」

繁華街とは一体どこの繁華街を言っているのだろうか? それにしても随分とばらつきのある出没地だ。年齢が全く見当もつかん。
兎も角、今の時間は丁度3時を回ったぐらいだ。繁華街へ行くには時間が早いし……児童養護施設とやらはヘタにうろつくと怪しまれる……残された選択肢は遊び場しか無い。遊び場と言うのはタワー内に或る10もいかぬ子供が戯れる所だ。そんな所でこのパンツ小僧とやらは何をしているのだろうか? 何れにせよ、不純な目的が目に見えてくるから嫌になる。

「仕方ない、風紀委員だもの」

自分にそう言い聞かせて歩いて数分もかからないタワーの中心を目指す。辿り着いた所で顔もわからぬ相手なのだが、名前から察するにきっと目立つ奴だからすぐわかるだろう。





 軽い気持ちで辿り着いたわけだが——遊び場と言うのは子供しかいない。おおよそこのパンツ小僧に並ぶ輩は今のところ見えない。所で俺は今、一体どの様な眼で見られているのだろうか? 周りの視線が自棄に痛い。分かっているとも、大の男がこの様な場所で子供も連れずに歩いているのが相当奇怪に映るらしい。

(本意ではないにしろ、変な噂が立たなければいいのだが……)

如何せん、次の日には奇妙な男が子供を変な目で見ているとすぐ出回る。それがタワー否世間と言う奴だ。
そんな事を思いながら肩を落として歩いていると、一人の男が話しかけてきた。第一印象的には爽やかな好青年と言ったところだろうか? そこそこに見目麗しく、藍色の着流しが何処となくこの世の者で無いような気がしてならない。そのような男が一体俺に何の用だと言うのだろう。記憶を手繰り寄せてみるが俺の中にこの男は存在しなかった。

「すみません、周りの女性の方が訝しんでおられるものですから……その、どう云った要件で来られたのだけ教えてもらえればうれしいのですが」

男はそう言ってニコリと笑う。爽やかな笑顔はきっと女子供を信頼させるにはもってこいの武器なのだろう。チクショウ、俺はこの様な笑い方は出来ぬ。あぁ寒気がするね。
大凡身長は俺より高いが、年下だろうと推測が付く。その男は俺の顔色を窺っているようだ。きっと奴なりの気遣いだろう。……変質者に間違えられていると言う可能性を持ってしての話しだが。実際心の中では変質者と思っているのが世の筋と言うものよ。とかく俺は正直に答えた。

「探しているのだ、お前には関係あるか。変質者に思っているのならば言っておこう、俺は何もする気はない。そもそも子供に興味がない。否、苦手と言っていいだろう。俺は子供が苦手だ」

ついでに探し物は本意ではない事も伝えておいた、一応風紀委員だと言う事を。
男はそれで納得したのか、再度爽やかに笑って女性陣の群れへと紛れていく。失敬な奴。
さてさて此処にはいなさそうな事だし、次へといくか。時計は4時を指していた。繁華街へ歩いて行ったら5時にはたどり着くだろう。
踵を返し、遊び場を出る。未だ自棄に視線が刺さる事を傷心に思い、もう此処には近づきたくないと心の底から誓いを立てた。