複雑・ファジー小説
- Re: 之は日常の延長線に或る【第伍話更新】 ( No.45 )
- 日時: 2015/02/04 21:14
- 名前: 愛深覚羅 ◆KQWBKjlV6o (ID: bVIgAYuV)
繁華街へ行くためタワーの門を出ようとすると、後ろから声がかかった。一体誰だろうかと振り返ると先ほどの着流しの男だった。鶯色の着物を着た幼子を連れ、歩く姿はさながら兄妹と言ったところだろう。そうか、奴は妹を遊び場に連れて行っていたらしい。それも常連と見た。なにせあそこの女子供と親しく話していたからな。
「お兄さん、先ほどは本当に失礼しました。僕は西明寺 紫苑、こっちは妹の西明寺 もなか」
「初めまして、西明寺 もなかと申します。以後、お見知りおきを」
ぺこりと頭を下げた「もなか」と言う少女は厭に威圧的で、どうにも好けそうに無かった。兄の方も爽やかでいけ好かない。人間味が感じられないのだ。どうにも裏を感じるのは気のせいでは無いだろう。自信を持って言おう、俺の第六感は案外当たるものだ。
「西明寺……まさか、書道で有名な西明寺財閥の子孫では無いか?」
聞いた事がある、このタワーに兄妹共々通っていると。まぁ妹は弱冠7歳、通い始めたばかりでまだ子供だと言うが、どうも性格はそうでないらしい。家元を継ぐに相応しいカリスマ性と、書道のセンスを兼ねそろえている。そして威圧感、それは弱冠7歳の幼子には出せない家元を感じさせるものだとか……。
まぁそんな少女だ、恨みを買っている事も多いらしく、身を案じてか兄と歩いている姿を良く目撃されている。
まぁ着物の二人なんて歩いていたら自然と目立つ。そもそも何故家元が少女とされているのか、こんなに立派な兄がいると言うのに……まぁ噂なんぞそんなものさ、きっと二人の噂が混じってこんな訳の分からない噂になったのだろう。
「ん……? まてよ」
確かナキリの残したメモに……。
ゴソゴソとポケットを弄る俺を訝しげに見る二人の視線。取りだした一枚の資料の裏にミミズの這った様な字で書かれていた「書の神」とは……まさかこの二人ではありますまい。
そう思い、じっとそれを眺めていると兄の方が何かに気付いたように声を上げた。
「まさか、君は零組?」
「……あぁそうだが」
適当に答えてやると満面の笑みを湛えて奴は握手を求めた。意味がわからなかったが、応えてやると清涼な風を吹かすかのように手を握り返してくる。ミントが鼻を刺激するのならば間違いなく奴から漂ってきているのだろう。そんな奴は続けた。
「僕も零組なんだ、まさか一緒のクラスとはね。えっと……名前は?」
「は、名前? 春山 昶。序に言うと俺はお前より年上だ。年上には敬意を示せと言われているだろう?」
「あぁすまない。そんな風に見えなかったもので……でもまぁ同じクラスと言う事だし、馴れ馴れしいが許してくれると嬉しい。そうそう、で、君の言っていた事だけど確かに僕達二人は西明寺家の子孫で間違いないよ」
「ならばお前が次期党首と言うわけだな……なんと言うか、まぁ、がんばれ」
「いや、僕じゃなくて……次期党首は妹のもなかなんだ。な、もなか」
兄に呼ばれたもなかは静かに頷いた。何だか恐ろしい顔をしている。何故だろう。あぁ、俺みたいな格下の男と喋りたくないのだろうか。流石と言うか、風格があるものだ。
まぁそんな事はどうでもよろしい。
ふむふむ、したらば噂もあながち間違っちゃいないようだ。一体どのような経緯があって妹に席を譲る事になったのか……兄としては面目立たない、プライドが傷つけられていると言うのに、どうしてこいつはこう笑っていられるのだろうか。……まぁ深追いは無粋だ、止そう。何処の家にも家庭内問題と言うものは存在しているものだろう。
「それだけならば俺はもう行くぞ、用がまだ済まされていない。まぁ言う事とすれば、お前の所属している零組の担任、御嶽道仁に今度から欠席は伝えますとでも入れておいてくれれば助かる。俺の目的は零組の集まらなかったメンバーを探す事だからな。よろしく頼むぞ」
「あぁ、授業は今日からだったのか……それは申し訳ない事をした。面倒をかけてすまないね、もなかと二人で伝えに行こう」
「ん? まさかその幼子も零組だと言うのか?」
「そうだよ。兄妹で同じクラスに入れられるって言うのも可笑しな話だが……まぁこっちとしては助かるから嬉しいよ」
「ふ〜ん……まぁいい。じゃあな書の神よ、何れ此方も面倒をかけるかもしれないな」
「あぁよろしくね。力になれる時が来れば、出来る限りは応援させてもらうよ。同じクラスの好として」
西明寺(兄)はそう言って再び爽やかに笑ってタワーへと引き返した。一体、何故呼びとめたのかは分からないが、まぁどうでもいい。どうせしょうのない事だろう、例えば先ほどの謝罪とか。
兎に角一人見つかったのだから後もこの調子でテンポ良くいけばいいのだが……まぁ其処は零組だ。一筋縄ではいかない輩が多いだろう。奴の様な表だけでも常識のある人間が良いものだ。
二人の背中を見送っているとチラリと西明寺(妹)の方が振り返った。ボソボソと何か兄に言っているが、俺はもう用済みだろう。さっさとパンツ小僧とやらを探さなければならない。まだまだ一日は長くなりそうだった。