複雑・ファジー小説
- Re: 之は日常の延長線に或る【第伍話更新】 ( No.52 )
- 日時: 2015/02/05 18:46
- 名前: 愛深覚羅 ◆KQWBKjlV6o (ID: bVIgAYuV)
陸 絢爛豪華で喧々囂々
太陽はそのあまりに主張しすぎる体を隠した。現在、街に広がるのは人工的に作られた星の数々。そこへ集まる賑やかな人間達は、昼間ペコペコと頭を下げて回る大人たちばかりだ。皆が皆、夢と欲望を満たすため夜に活動しだす。
それは完全にプライベートな空間であるし、俺には一切の関係もないのだが……忘れてはならない、俺が今任務の実行中であることを。
俺だって綺麗な女性とワイワイ愉しく煌びやかに魅惑の夜を送りたい。チクショウ、自分があちらの世界の人間ならばそれは叶っただろう。だが俺が今隣に据えている者は紛れもない現実で、夢の様な快楽は与えてはくれぬ。
「あぁ実につまらん」
独りごつが答える者のいぬ悲しさよ。あぁ俺の右側に美しく可憐な婦人でも並んでいれば楽しかったのだろうに……それにしても一体パンツ小僧とやらはどこに居る? まさかナキリの奴、とうとう妖怪物の怪の類と融解したわけではあるまいな。そうならば早急に常識と精神の境界が存在する場にでも送ってやろう。簡単に言えば精神科だ。そしてナキリの友人であられるだろう妖怪に無駄な時間を取り返してもらおう。そうでないと腹の虫がおさまらぬ。
(まぁ取り敢えず騒ぎのある場所へ駆け付けてみようか……運がよければパンツ小僧と出会えるだろう)
簡単にそう思ってみるが、そうそう騒ぎなど…………
「きゃああああああああー!!」
起きた。
何と言う奇跡かな。悪運とでも名付けてやろうではないか。ではいざ参ろう。確か声は右を曲がったあたりから聞こえてきたはずだ。
俺は人込みをかき分け、声の主の方へ。まぁこんな事で見つかるものでもないのだが、無駄では無い。しかし俺の悪運はどうやら強いらしく、右を曲がった目の前の路地に一瞬人の波が打って返した。その奥にそれらしき人影が。
暴力沙汰は避けたいが、か弱き存在が巨漢の男に襲われそうになっている。これを無視すれば後々悪い事が起きそうだな。そうならば仕方なし。哀れな女子を助けてやろう。
「いざ助けに仕りました。一体どの様な要件が?」
そう言い颯爽と駆けつけた俺を見た一人の女性は、零れ落ちそうな双眼に涙の滴を溜めて飛びついてくる——————はずだった。
女性は白いスーツを着た男に飛びついていた。俺はどうやら二番手らしい。何とも部が悪い。
白スーツの男は慣れた様に女性を往なしてから、女性の腕を掴んでいたのであろう酒に酔った巨漢の男の前に立つ。その姿はさながらヒーローか。出来ればあの枠を俺で埋めたかったと言うのは本心か否か。
「俺は普段こう言った面倒事に関わり合いを持ちたくないのだが、お前はどうも目に余るようだ。……さっさと失せな。少し頭を冷やしてくるがいい、夜風はお前に冷静さを運んでくれるだろうよ」
男の見た目は野性的であったが、優しい口調でそう告げる。優しいと一言で言っても、どうにも逆らわせないと言った雰囲気を纏う。そして吐いたセリフは何処となく気障である雰囲気を含んでいた。
白スーツの男の言葉を聞いた非常識な巨男は叫ぶわけもなく、憤慨するわけでもなく、ぐっと押し黙った。
巨男は白スーツの男の妙な自信の高さを感じ取ってか……其れともただ単に勝てる気がしなかったのか……まぁそこは分からなかったが、取り敢えず従っておこうと思ったのだろう。
「……俺が案内してやろう」
白スーツの男は静かに畳みかけるようにそう言うと、巨男の肩に手を乗せた。
大凡数秒もかかっていないだろうその一瞬、肩に手を乗せられ顔を強張らせた巨男は、白スーツの目の前から言葉通り「消え」失せた…………。
まぁ可笑しな話なのは分かっている。俺だって目の前でそのような魔法じみた技を見せられてなお信じがたい——だが之は申し訳ないが、事実だ。
俺の隣で瞭然たる顔をして鎮座していた現実がその姿を消した瞬間である。
助けられた女性も狐に抓まれた顔をして長い睫毛をパチクリとはためかす。風でも起こりそうな長い睫毛はキラキラと輝いて見える。この場で冷静な顔をしているのは白スーツの男ただ一人。
「……お譲さん、これに懲りたならもう夜遊びなんてしないことです。お譲さんは夜の光より、美しい朝の光を浴びる方が似合っている……と俺は思いますよ」
そのまま白スーツの男は去っていく、その後ろ姿をみて女は何を思ったか頬を染めた。否、認めん。きっとネオンの色が反射して女の頬を染め上げたのだろう。そして俺は奴の背中を見て確信した。
(コイツは……零組だ。先の出来事は、能力保持者がなせる業ではなかろうか?)
そうでないと俺は目がイカレてしまった事になる。目の前で人が消えるなど、現実としてはありえない。だが、御嶽の面白可笑しな噺上では「それ」は現実として存在しているのだから。
(そうならば追わなくてはならないな)
身体は未だ先ほどの現実について行けていないが、頭は冷静に自分がやるべき事を遂行させようと働いている。
あぁ此処まで来ると笑えてくるな。
人間あり得ぬことがあれば笑ってしまうものだ、何処かで言ったが之は今の状況にピッタリではなかろうか? ならば笑ってしまえばいいのではないだろうか?
「ヒヒッ」
出てきたのは誰もが不気味だなと思うだろう笑い声だ。昔から治らない、まるで魔女が悪巧みをした時の様な笑い声だ。だが、今の状態では之は何故か自然に聴こえてしまう。本当に意味など無い、だがそれがいいのかもしれない。意味がないから、訳が分からないから、きっと自分はワクワクしている。
この年にもなって不思議に片足を突っ込み、少年の様な精神に還っている自分はなかなかに滑稽だ。まぁそれでいいだろう。今はまだ、傍観者であるべき行動をとることが正解だろうと思う。そのうち、自分も巻き込まれるのだろうか? 摩訶不思議な体験が出来るのならば、それはそれでなかなか趣のある事ではないだろうか? 振り切った脳みそは俺に馬鹿な質問を投げかけて心底笑った。