複雑・ファジー小説

Re: 之は日常の延長線に或る【第陸話更新】 ( No.56 )
日時: 2015/02/09 14:23
名前: 愛深覚羅 ◆KQWBKjlV6o (ID: bVIgAYuV)

 笑いながら走る、その様な俺を奇怪な目で見た人は数知れず。何処まで走ってきたか、ピンクのネオンが目に痛い建物を目の前にした時、不意に誰かが飛びついて来た事により眼は覚めた。
突然の衝撃で態勢を崩しかける俺など全く無視して、飛び込んできた主はがっしりと俺の体にしがみ付いている。なんとか後ろ脚に力を入れ踏ん張る俺をいい事に、飛び込んできた主は体重も此方へ寄こした。軽かったからよかったものの、平均的な体重の持ち主ならば、俺はマヌケに背中とコンクリートが抱き合う事になっていただろう。

「一体何用だ!?」

声が裏返るのを必死で我慢して主を見た。まぁ予想通りと言うか、女だ。バイオレットブルーのキューティクルが死にかけた髪を持つ、痩せ型の女だ。
何処かの制服……見たことがあるものを身につけて、左腕には何重にも重ねられた包帯がこれ見よがしにチラチラと袖から見えている。今は冬だが、夏になればそれは白日の元へ晒されるのだろう。何とも痛々しき事かな。
そしてこの女の記憶は俺の中に一切ない。残念だが、また訳の分らぬ者に絡まれたらしい。俺の今日の悪運は絶好調だった。

「どうも、アタシ、さえ。お兄さん楽しそうだね。……どう、アタシと遊ばない?」

「さえ」と名乗った女はそう言ってパープルの瞳を怪しく光らせた。その下には大きな隈を蓄えているだろうが、ネオンの光で今は薄らにしか見えない。
俺は女の制服を凝視した。何処かで見たことがある。何処だ? 一体、何処で之を目にしたのだろう。考えるが、霧が掛かった様にそれは姿を潜めている。と言うか、この女の顔も何処ぞで見た様な…………。

「……あ……あぁ! 思い出した。女、お前その制服はタワーの生徒だな? そして一時期噂になった浅伎村連続殺人事件の首謀者だろう」

確信を持って俺はそう告げる。序フンと鼻で笑ってやると、さえは驚いて目を一寸ばかり見開いた。なんだ、感情の起伏が薄いと思っていたが、天才様はまだ小指程度には正常な精神を持ち合わせているらしい。

「浅伎村連続殺人事件」と言うのは不可解極まりない、まるでお伽噺かミステリー小説のお題の様な殺人事件だ。俺も申し訳なし程度にしか知らないが、世間様曰く「完全無欠で理想的な犯罪」だと言う。この女のおかげで今の所「完全犯罪は証明された」と言う事にされている。最も、お偉い様方はそれを認めたくないらしいが。
そのおかげか、現在事件の首謀者であるこ奴は政府に監視対象にされているはずなのだが……政府も案外緩いらしい。其れとも、今日の俺が冴えていたのか、伝説に等しい存在である「完全犯罪者」が目の前に居る。俗に言う「サイコパス」とやらの類だ。

「ひゅー……お兄さんよく覚えているね、まぁ有名だから? でもアタシの顔まで覚えているとは……さてはお兄さんアタシがちょっとタイプだったりしたのかな?」

にやりと笑ってからかう様にそう言ったさえは、高貴の象徴パープルをキラリと輝かせた。そう言えばパープルは風水的には「高貴」だが、性質的反対の意味合いとして「下品」と言うものもある。誰もが感じる神秘的な輝きの裏には不安が鬩ぎ合っていて、まるでこの女を体現しているかのような色合いだ。
まぁそんな事、今は関係ない。この際だ、探し人をこの女に尋ねてやろう。答えてくれる確率は残念ながら1%も無い。

「阿呆言え、ナキリの奴が熱く語っていたから覚えていただけだ。お前なんぞ一ミリも興味がない。それよりここら辺に白スーツの男、もしくはパンツ小僧を見ていないか?」
「……キミは女より男を追いかけるのが趣味なのか」
「引くな、心外だな。俺はタワーの風紀委員として役割を果たしているだけだ。まぁ答える気が無いのならその手を放してはくれないか」

未だ抱きついているさえは「あ、忘れてた」と言って離れる。まぁこの場所では男女で抱きついている事など不思議でもなんでもないのだが、俺がどうも落ち着かない。経験が無いわけではないぞ、ただ見知らぬ女に抱きつかれてもしょうがあるまいと言うだけだ。
解放された俺は早々に「じゃあ」と立ち去ろうとした。さっさとこの下衆な場とこの女から離れたい。

 女に解放された俺は暗中模索に歩いた。白スーツの男とパンツ小僧は未だ俺の前に表れない。そもそも人が少なくなってきた。そこでやっと気付いた。俺の後ろをさえは何故かついてきている。何処まで歩いてもついてくる。なんだって言うのだ、まったく。最近の若者は行動が読めない。
放っておいたらどうせ離れていくだろうが人が後ろをついてくると言うのは気が散る。その上彼女は完全犯罪者とは言え女。ここら辺で放り出すと後々胸糞の悪い事になるのは周知の事実である。
こういう場合は「勝手にさせておく」と言うのが一番の、俺の中に或る対処法だ。