複雑・ファジー小説
- Re: 之は日常の延長線に或る【第陸話2/9更新】 ( No.60 )
- 日時: 2015/02/13 15:07
- 名前: 愛深覚羅 ◆KQWBKjlV6o (ID: bVIgAYuV)
漆 早起きは三文ほど損する
朝日が射しこむ姿はいつ見ても目に痛い。追い討ちとばかり、けたたましく鳴り響く携帯は心底頭が痛くなる。俺は昔から偏頭痛持ちだ。放っておくのはよくないと毎朝毎朝思うのだが……だからと言っていい対策が無いのが現状である。そうこうしているとさらに頭痛が激しくなり、最近では蹲りたくなるのを必死で堪えている場合もある。
一体何が原因で頭痛が起きたのか分からないが、随分前から苦しまされていたような記憶が脳の端の方にある。
布団の中でふとそんな感慨にふけっていると、下から冷めた声が登ってきた。
「ちょっとあんた、さっさと起きなさいよ。これ以上遅くなった朝ご飯作ってあげないから」
階段でそう叫んでいるのは我が妹、春山 花蓮で或る。最近「花蓮」と呼ぶと嫌な顔をするお年頃だ。
兄の世話を甲斐甲斐しく焼く様な理想的妹では無く、気分が向いたらちょっと見てやろうか、程度の妹である。……まぁ言わばごく普通の一般的な女子高生だ。
そんな事より朝を食いっぱぐれる事の方が俺にとっては痛い仕打ちである。朝と言うのは一日を活動するためのエネルギーを蓄える時間であり、グダグダしている時間では無いと言うのはわかりきっている事だが、布団と言うものを発明した奴は人間をダメにしようと考えていたに違いないと思わざるを得ない。それだけの力がこの一枚の布ごときに存在している。
「さっさとしろって言ってるでしょ!! 馬鹿兄貴!!」
……あぁ我が妹は今日もお怒りのようだ。昔は「おにいちゃん」なんて呼んで慕ってきたというのに、一体どこで何を間違えたのか、少なからず俺に非は無かったと思う。
さて、一階へ降りて、顔を洗い、食卓に経ったのはいいのだが……目の前に知らぬ奴が一人、我が物顔で俺の席に腰をおろしている。俺にもう一人妹がいたという事実は今のところ無い。
「……おはよ……ゴザイマス……?」
「……」
「その席……間違えていますよ……?」
「……」
「……おきていらっしゃられますか?」
話しかけても一向に返事を返さぬ。一体誰なのだ。……我が妹よ、答えてはくれないか?
俺の心の叫びなど素知らぬ顔をして妹は三人分の朝食を用意した。俺は仕方なくこの少女の隣の席に座る。今、四人用テーブルでよかったと心の底から思った。二人用だったらと考えるとおぞましい。
それにしても俺の隣に座っていらっしゃられるこの少女は何なのだろう。兎の耳の付いた黒のフードを目深に被っているため顔が判別しない。と言うか、之はコートなのだろうか? ワンピース型のそれは妹の趣味と真反対であるという事実しか教えてくれない。よく見ると膝の上には黒の兎のぬいぐるみが大人しく鎮座していた。
まさか我が両親の隠し子!? ……そんな訳はないと言うのは分かっている。
寡黙な少女はチラリと俺の顔を見た。一瞬ぶつかった瞳は夜空の様な深い藍色だった。俺たち兄妹の目の色とは違う色だ。
(花蓮の友達だろうか?)
それにしても幼い雰囲気があるのだが……。
「ちょっと私の友達をジロジロイヤラシイ目で見ないでよ」
「誤解だ。一体この少女はどこから連れてきた? 元の場所に返してきなさい」
「拾い猫みたいな事言わないで。友達だって言ってんでしょ! この子は姫哭 闇莉ちゃん。ちょっとした事から知り合って、一緒に登校してるの。で、今日はたまたま早く登校するって事で一緒に朝ご飯食べる事にした」
「両親は?」
「あのね、聞いていい事と悪い事があるでしょ。闇莉ちゃんは孤児院で暮らしてるから、両親の話しはタブーよ、馬鹿」
花蓮はそう言って俺の頭を思い切り叩きやがった。痛い。否、そんな事より先ほどからじっと俺の事を見てくる闇莉とやらが何かブツブツ言っているぞ。呪いの言葉でも吐きそうな形相だ。チラチラと背中に黒い、よくわからないモノが見えるのは俺が寝惚けているからだろうか? 一先ず花蓮、そう呼ぼうとして振り返った時、闇莉は小さな声で呟いた。
「……花蓮を困らせたら許さない……」
低い声でそう呟かれた言葉。闇莉はそれっきりこちらを見向きもしなかった。
(全く、我が妹ながら厄介な奴に懐かれたな……)
もう知らん。俺は関わらないと決めて黙々と出されたパンを食べた。花蓮は紅茶を闇莉に渡し、はにかむ闇莉を見てニコリと笑う。そしていつもの席に着き朝食を取り始める。何だかわからない妙な空気が犇めく朝になってしまった。
「俺の珈琲は?」
「は? 自分で用意したらいいじゃん」
……理不尽な。俺にも愛想笑いでいいから、笑顔を見せてくれないものだろうか。