複雑・ファジー小説
- Re: 之は日常の延長線に或る【第漆話更新】 ( No.64 )
- 日時: 2015/02/16 21:01
- 名前: 愛深覚羅 ◆KQWBKjlV6o (ID: bVIgAYuV)
そう言って一時間、運が良かった事で見つかりはしたのだが……俺は現在絶体絶命、背水の陣に至る。
何がどうしてこうなった? そんな話は置いておこう。兎に角逃げるが勝ちなのだ。
タワー内を走る事およそ5分。普段運動しない俺にとっちゃ死かつ問題だ。
隣を走る男、「桜木 流星」は何とも思っちゃいなさそうだが——至極、面倒な事になった。
早起きは三文の徳とは誰が言った言葉なのやら……その神経を湛えたいものだ。
さて話を戻そう。桜木 流星、一部裏世界では鷹のギャンブラーと呼ばれ名を馳せているその人だ。何でも「ツキ」は逃さないのだとか……まぁ俺もナキリの話しにしか聞いた事はない、謎の多い人物である。実際目の前にしてみると「え、こいつが?」そのような疑念を抱く。なぜなら彼は普通に普通の学生だからだ。緑の髪と金の目が特徴的な至って普通の学生……否、今時風なお洒落な学生である。我が妹が好きそうなタイプだ。
「ごめんね、僕の事に君を巻き込んで。まぁ僕一人ならどうにかなるんだけど……」
「おい、遠回しに俺が足手まといだと言っているのか?」
「いやいや、そうじゃなくてね……まぁ今は走ろう」
「当たり前だ」
振り返るとそこにはチンピラじみた厳つい男達が……何とロマンスの無い。目に毒だ。元々こいつがイカサマなんぞしなければよかったのだと切に思う。まぁイカサマの事実はないが、俺の予想ではイカサマ以外考えられない。一体どこの世界に超絶ラッキーを生まれながらにして持っている奴がいるだろうか? それこそそいつは人間でない。妖怪や怪異の類に片足突っ込んでいると思わざるを得ない。
最も、そんな事を思っているのは俺だけだろう。こいつはギャンブラーの世界では伝説なのだから。
そしてもう一つ、この平和な閉鎖的空間、タワーには「裏側の世界」がある。「裏側」ではカジノが開かれていて、一部の教師も足を突っ込んでいる。
莫大な金が動き、日夜其処に通うものは病んで行く。なにゆえ俺がこのカジノに足を踏み入れたのか、それも今日と言う日に。
それはたまたま歩いていたら辿り着いたからだ。間抜けだと笑ってもいい。忘れていたのだから仕方がないだろう?
裏への入口は東側のファミリーレストラン、通称ファミレス。表ではその体をとり、店を構えているのだが入口が二つある事を忘れてはならない。表から入ればファミレス。裏から入ればカジノ。それは誰もが知っている真実だ。教師が何故訴えないのか、其れは後ろ暗いことがあるからに決まっている。
俺の思いの中ではいたいけな生徒のため、さっさと廃止してほしいのだが……まぁそうはいかないのだから仕方がない。カジノに普通の生徒は近づかない様後ろで糸が引かれていると言う話しも知っている。
一寸小腹がすいたから、そう思い足を踏み込めばカジノだった。そんな間抜けは俺以外に何人いるだろう。否、黙って出てくればいいものをたまたま噂の鷹がボロ勝ちして店員にキレられていた所に立ち会ったら、逃げるに逃げられない状況が出来上がるわけだ。
そして、現状に至る。
奴を迎えに来た仲間と間違えられて早何分たっただろう。いい加減足が棒になってきた所だ。しかし後ろの男達はそんな言い訳を聞いてくれそうにない。
「何か良案は無いのか?」
「そうだねぇ……あ、いい事を思いついた。要は僕が捕まればいいんでしょ? だから僕が囮になるから君は迷わず走って」
「その申し出は嬉しいことこの上ないのだが、お前一人でどうにかできるとは思わない」
「心配しないで、大丈夫だから」
ヘラっと笑う桜木は大丈夫そうには見えなかった。だが、俺が居た所で何が出来るだろうか? そう考えると逃げると言う選択肢しか浮かばない。
(たぶん、桜木には考えがあるのだろう。伝説の其の人だからな)
そう納得して見捨てる許可を得た。しかし気になる。一体この大人数の屈強な男をどう相手にしようと言うのだろうか? 疑問に思ったら早いものだ、適当に隠れられそうな場所を走りながら探した。
「……じゃ、俺は逃げる。がんばれよ」
「了解。此処は任せて早く逃げてね」
桜木は良い笑顔でそう言うと反対へ走った。男達の群れの方へ——男達は急に飛び込んできた桜木を驚きの目で見た後、得物を狩る猛獣の目になり桜木に飛びかかる。それを俺は角を曲がった階段のすぐ傍から見ていた。実際、曲がっただけならば巻き込まれてしまう為、わざわざ積み上げられた段ボールの上に乗っている。段ボールと言うのは案外耐久性に優れた便利な紙である。この運よく端っこに積み上げられた大量の段ボールはまさに格好の土台だ。その上此処は人が少ない。早朝と言う条件も合間っていないに等しかった。
(さて、高みの見物……)
段ボールの一番上に座り、目を凝らす。そこには桜木と早々に倒れた数名の男、そして厳つい男達の殺気が殺伐とした空間を作っていた。
近づけば火傷をしてしまいそうな熱気をものともせず、桜木はまた一人、男を投げた。投げたと言うのは比喩では無く、そのままの意味と捉えてほしい。先ほどから桜木はその体からは到底想像できない様な怪力で男を投げて飛ばしていた。
一人で無双状態に入った桜木は、何を思ったのか一瞬苦い表情を作り油断した。俺でもわかる油断だった。その隙をつき、後ろから男が飛びかかって行った。反応の遅れた桜木は驚きの表情になる。俺は手に汗握り、奴の無事を祈った——その時だ。一瞬、時間が止まったかのような錯覚に陥ったが気のせいだろうか……桜木に襲いかかった男は飛ばされていた。驚きの表情で壁に背をつく男は気絶しているのだろうか。
(あぁ、俺が足手まといと言った理由が分かったよ)
奴は只者ではないと言うわけか、なるほど、納得だ。
ものの数分、暴れている桜木を見ていると男達が諦めたのか、馬鹿らしくなったのか、退散して行った。桜木はやりきったとばかりに汗をぬぐった。そして何となく振り返った矢先、バッチリ俺と目があった。
「あ」
「あ」
暫しの静寂、そして桜木は指を口の前に持っていき「しー」と言った後、呼びとめる間もなく廊下から去って行った。その速さは目で追えなかったが、最後反対側の廊下の曲がり角を曲がったのを俺はしっかり見届けた。
そして俺は忘れかけていた自分の任務を思い出す。
「最悪だ。折角見つけたと言うのに……何と言う事だろう」
一体次はいつ桜木と会えるだろう。そう考えるだけで気が遠くなる思いである。